四十六、シンパシー
『…ご主人?』
「ん?」
ブレスレットの勾玉から声が聞こえ、久々に小雪が姿を現した。
もふもふの白い毛が気持ちいい。愛らしい瞳を揺らめかせながら、横になっている私の首元にすり寄ってきた。おでこの辺りを指で撫でると、小雪は気持ちよさそうに目を細めた。
「…あったかい。」
月はさっきと位置が変わっていて、空は少し明るくなっている気がする。
「小雪…やっぱり私、まだ臆病者みたい。」
『…。』
「それどころか…馬鹿みたいだよ。」
独り言のように、ぼんやりと呟いた。
もしかしたら、このまま死ぬかもしれないという時に、一体自分は何を考えているのか。
ヒリヒリとした痛みが消えた訳ではない。けれど、ただ何もしていない時間が長いと、余計なことばかり考えてしまう。例えば、さっきの拳心さんに聞かれたこととか。
「…分かんないよ。」
それが、正直なところだ。
陰陽師になる前、元彼…進玄と別れてからそれなりに年月は経っている。
それでも、長年の癖のようなものは未だ抜けていない。通っている学校は同じで、たとえ話をすることが無くなっても、廊下を歩けば声が聞こえてくることは多い。何気なく生活している、ふとした瞬間に声が聞こえるとつい、まるで条件反射のように声の方へ振り向いてしまうのだ。
もう終わったと、頭では分かっているのに、体か言うことを聞かない。毎度毎度切ない気持ちになる。
そんな状態のうちに自分は恭士さんに出会い、あれよあれよと言う間に陰陽師になった。
そしてこの前知ってしまった、恭士さんの過去。
普段ふざけているようで、時折切ない表情を見せる彼に、勝手に感じていたシンパシーのような何か。その理由が分かった気がした。
そう、こんなものただのシンパシーだ。何か力になりたいとか、笑っていて欲しいとか、ふとした瞬間に沸いて来るこの感情は…きっと恋なんかじゃない。
もやもやとはっきりしない気持ちのまま、頼まれたからと自分に言い聞かせて、ほいほいと実家について行ったり、吹奏楽部ではあるあるだからと自分に言い聞かせて、同じマウスピースでサックスを吹いてみたり。
あの反応を見た感じだと、恭士さんも満更でもないなとか、心のどこかで思ってしまっている自分が嫌になってくる。
傷心している人間の心に付け入るような真似をして、これでは進玄と付き合い始めた時と大差無い。
こんな自分の中の汚い感情も、きっと隠しきれてなどいないのだろう。
ふらふらふらふらと、彷徨ってばかりだ。
「人の心を弄んだ…罰かな。」
火傷の後が残る手首を掲げて、ぼそりとそう呟いた。




