三十六、怪力
「どういうことやねん。あんたが昨日、ここにおった化けネズミ倒したて。」
紡さんが警戒を解かないまま、前日ラーメン屋で見かけた青年に尋ねた。
すると青年は、ぽつりぽつりと語り始めた。
「昨日の、アルバイトの帰りの話です。」
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「ふぅ…。」
アルバイトが終わった帰り道、僕はため息をついていた。しかしその理由は、仕事で疲れたからでは無い。
また物を壊してしまった。一体これで、何度目になるだろう。あのバイト先を失うのも、時間の問題かもしれない。
僕には、普通の人には到底理解することができない、どうしようもない悩みがあった。
自分は少し掴んだつもりでも、捕まれた物はまるで紙屑のように簡単に変形してしまう。
少しでも気を緩めると、誰かに怪我を負わせてしまう。
自分の力を、極度に恐れていた。
僕の筋力は、異常だった。
「ちょっとだけ、また寄り道しようかなぁ。」
暗い夜道を、比叡山の延暦寺の方を目指して歩き出す。
常識人なら、この真夜中にここから延暦寺まで歩くなどあり得ない話であり、間違っても『ちょっとだけの寄り道』になろうはずもなかったが、それでもよかった。
いつものように、気持ちを落ち着かせるために山へ足を踏み入れる。
1人になりたい…。
誰も傷つける心配がない1人の時間が、1番安心できた。
那須川風磨。現在、大学一年生。生まれてこの方、心から安心して過ごせる日常なんて…ありはしなかった。




