三十二、なんとなく
比叡山延暦寺の敷地内、半径1メートルくらいの穴が突然地面に現れた。その穴から、パイプい椅子に縛りつけられた少女と、端正な顔立ちをした病的に肌が白い青年が飛び出す。
彼らが現れた数秒後、後方で日本の宝、ユネスコ世界文化遺産の1つが音をたてて崩れ落ちた。
建造物が瓦礫の山と化し、土埃が広がる。
「うわ…やば…。」
己の命が助かったことで他のことにも頭がまわる様になった私は、あまりの取り返しのつかない状況に言葉を失った。横にいる織雅が、来ているワイシャツに付いた土埃を冷静に払う。
「なんで助けたの?」
織雅が相変わらず感情の読めない瞳で、未だパイプ椅子に縛られている私に尋ねた。
声をかけられて我に返ったが、返事に困って苦笑する。
「なんでって聞かれても…なんとなくだよ。」
その回答に織雅は呆れた様な表情を浮かべ、私の目の前に再び呪符を突きつけてきた。
「ついさっきまで、そして今この瞬間も、君の生き死には僕の手中にある。さっき呪符が消えた瞬間に、僕を置いて1人で外に出ることだってできたはずだ。故意にそんな真似してるの?それとも、やっぱり馬鹿なの?」
「あんまり馬鹿馬鹿言わないでよ。傷つくなぁ。まぁ、考えて無かったのは確かだから、馬鹿なのかなぁ?」
呪符が消えても、グルグル巻きにされているガムテープの拘束を筋力だけで解くことはできない。助かる絶好の機会を自ら手放してしまった。眉をハの字にして苦笑するしかなかった。
「あ、考えて無かったのもそうだけど、ただ、あなた最初に…殺す以外の選択肢を提示してくれたから、根っからの悪い人じゃ無さそうって、思ったのもあるかな?」
「…変なの。」
織雅がそう呟いた直後、彼の後方から白い霧が現れる。
「ん?っ…!」
「おっと。」
危険を察知して飛び上がった織雅に、突然霧の刃が襲いかかった。これは… 仙太郎さんの『蜀犬吠日』だ!
それに気がつくと同時に、私の身体に巻きついていたガムテープご粉々に千切れる。
「千晶!無事か!」
「あ…はい!大丈夫です!」
私を助けに来た陰陽師の面々が、境内にぞろぞろと入ってくる。
瓦礫の上を擦るような音がし、織雅が片膝をついた。霧の刃を避けきれなかったのか、額の辺りから派手に出血していた。
「…作戦失敗。今回はこの辺で失礼するよ。」
織雅はそう言って立ち上がり、瓦礫と化した建造物の上へ移動する。
「っ…待ちやがれ!」
拳心さんが飛ばした呪符を、織雅は結界を貼って弾き返した。
「そんなに焦らなくても、いずれまた会うことになる。君たちが活動をやめない限り、僕はこの任務を終えられない。その時まで、精々対策を立てることだね。」
織雅はこちらを見下ろす形でそう言い残すと、瓦礫の向こう側へ消えていった。




