◆第十四話『ジズ戦①』
舞台に踏み入った直後。
それは現れた。
闇が迫ってきた。
まさにそうとしか思えないほどの巨躯だった。
視界の大半を埋め尽くした10等級階層の夜空。
それを彩る星々たちが一気に隠れてしまっていた。
いまだ距離はあるにもかかわらず、視界からはみでるほど長く雄々しい両翼。空そのものであると思えるほどに壮大な体躯。そして鳥のていさいを保ってはいるものの、竜のそれを上回るほどの獰猛さを持つ嘴。
鳥というにはあまりにも大きすぎる。
あれがジズ。
今回の討伐対象だ。
「改めて見ても大きすぎる……っ」
「はは……ボクに受け止められるかな」
シビラとレオが険しい顔でそうこぼしていた。
ほかの者たちも多くがジズの巨体を前にわずかながら動揺していた。
これからあれと戦うのだと意識したせいだろう。
ただ妨害してくるさまを眺めていたときとは違った感覚だ。
アッシュは抜いた長剣を握りながら、ふぅと息を吐く。
と、隣に立ったディバルがからかうような笑みを向けてきた。
「なんだアッシュ、びびってんのか?」
「んなわけねえだろ。むしろ親父のほうこそ大丈夫なのか?」
「お前と同じだ。年甲斐もなく体が震えてるぜ……!」
怯えからくるものではない。
こちらと同じで高揚感で満ち満ちているようだ。
認めるのは癪だが、やはり親子だなと感じる瞬間だった。
そう軽口を叩きあっている間にもジズとの距離は縮まっていく。ついには開戦の合図とばかりにジズがその大口を開け、咆哮をあげた。
脳をひっかかれるような不快な金切り声だ。
あまりの凶悪さに全員が顔を歪ませる中、ジズが一気に加速。頭上を通り過ぎた。
わずかに遅れて襲いくる風に全員が体勢を崩す。
前衛組はなんとか両足だけで堪えていたが、後衛組の多くはその場に両手をついていた。
「ただ頭上を通り過ぎたってだけなのにこの風圧かよ……っ」
ベイマンズが通り過ぎたジズを目で追いかけながら大きな舌打ちをする。そのそばではドーリエが振り向いてヴァンに必死の形相を向けていた。
「ヴァン、振り落とされるんじゃないよ!」
「わかってる! お前を置いていくなんてぜってぇしねえよ!」
「ヴァン……っ」
「イチャつくのはあとだ! 来るぞ!」
アッシュは大声をあげながらジズの動向を注視する。
すでにジズは反転を終えて再びこちらに向いていた。
しかし、また接近するのではなく距離を置いたまま滞空している。
ばさばさとはばたく音が響く中、ジズ正面の虚空に巨大な魔法陣が3つ描かれた。
「あれって……!」
「メテオストライク!?」
ラピスとルナによる驚愕の声が響く。
まさにその通りで魔法陣からは、ずずずと巨岩が顔を出していた。それらは早くも放たれ、舞台へと向かってくる。
緑の10等級階層で得られる魔法の1つ《メテオストライク》。その純粋な威力は、現在確認されている魔法の中でも上位に入るほどだ。
まともに受ければ命はないが対処法はある。
アッシュは振り返って後衛組へと叫ぶ。
「相殺いけるか!?」
「――やはり予想通りだったな」
そう冷静な声音で発言したのはロウだ。
レア種はその塔と階層に応じた魔法を使ってくることが多い。
つまり今回もその可能性が高いと踏んでいたが、大当たりだった。
「任せてくれ! 《スーパーノヴァ》で相殺する! 残り2発は頼めるか!?」
「わたしがいきます!」
「あ、あたしもっ!」
ロウに続いてリトリィ、クララが相殺のための魔法を打たんと準備する。
ロウは言わずもがな、リトリィもいまでは魔術師として活動中だ。2人はつつがなく《メテオストライク》の進路上に球形の白光──《スーパーノヴァ》を生成しはじめる。
残るはクララだが……。
最近まで魔法を打てなくなっていた身だ。
果たして実戦で、しかもこの大舞台で放つことができるのか。
クララ自身も緊張しているようだ。
見るからに顔をこわばらせ、突き出した右手も震えている。
だが、心配は杞憂に終わった。
いままさに3つ目の《スーパーノヴァ》が生成されたのだ。白光を放つ球は一気に膨張。ちょうど接触した《メテオストライク》を呑み込んだ。
視界が白で埋め尽くされる中、腹に響くほどの轟音が鳴る。
やがて視界が晴れると、《メテオストライク》は綺麗に消滅していた。破片を出さないための《スーパーノヴァ》という選択だったが、正解だったようだ。飛んでくる破片はいっさいない。
ただ、その成功よりもクララが魔法を使えたことへの喜びのほうが大きかった。それはクララも同じだったようで笑みを浮かべている。
示し合わせたように目線で喜びを2人でわかちあった。
これならもう心配はいらないだろう。
そう思った直後のことだった。
攻撃を妨害された怒りからか、ジズがその場で荒れ狂ったように翼をはためかせた。
ただの鳥ならばそよ風程度にしかならないだろう。だが、相手は空を覆うほどの巨鳥。襲いくる風が苛烈なものであることは間違いなかった。
「ストーンウォールだっ!」
後衛組によってすぐさま《ストーンウォール》が生成される。10等級階層ではジズによる突風にたびたび悩まされる。その対策として《ストーンウォール》を使うのが一般的となっているため、対応は素早かった。
ジズに向かって味方を挟む形で前後に配した形。
前方の壁は風を防ぐため。
後方の壁は、前方の壁が壊れた際の保険だ。
おかげで暴風による影響はほとんど受けなかった。ただ、頭上と左右の空いた箇所からは凄まじい音が鳴り響いていた。
まともに受ければ間違いなく舞台から吹き飛ばされるだろう。
前方の壁もいつ壊れてもおかしくないほどにみしみしと音を鳴らしている。
危険を感じたドーリエとレオが前方の壁に向かって盾を構えはじめる。
「……これは万が一にそなえて準備しておいたほうが良さそうだねえ」
「そのときは僕とドーリエ嬢で防ぐしかないね」
「おい、レオ。俺のドーリエに近づきすぎだっ」
「戦闘中だぞヴァン、集中しろ!」
ベイマンズに叱られたヴァンが「すいません!」と大きな声をあげてからまもなくのことだった。荒々しい風音がふっと聞こえなくなった。
「風が止んだ……?」
ラピスが警戒しつつ、ぼそりと呟いた。
敵の様子をうかがいたいが、前方の視界は《ストーンウォール》で塞がれていてわからない。ただ、解除するにも再び突風をしかけられれば被害が出てしまう。
おのずと空いた箇所──。
左右から頭上へ視線を向けた、その直後。
上空に現れた黒雲が目に入った。
さらにあちこちの床が若葉色に発光。
同色の燐光が無数に舞い上がりはじめる。
これは8等級魔法の《テンペスト》の前兆だ。
「みんな散れッ!」





