◆第十三話『空に浮かぶ大舞台』
緑の塔91階にて。
内部へと続く転移門前に討伐クエストの参加者全員が待機していた。
集まったのは当初の予定どおりヴァネッサとシビラのチーム、そしてベイマンズチーム。つまるところ現在の10等級以上の挑戦者全員だ。
「みんな集まってくれてありがとな」
「アッシュさんとわたくしの仲ですから当然ですっ」
「むしろ声をかけてこなかったらどうしてやろうかと思ってたよ」
嬉々として応じるオルヴィのそばで、ヴァネッサがそう軽口を言ってきた。そんな彼女の目が次の瞬間には不満げなものに早変わりする。
「とはいえ、ベイマンズたちも呼ばれてるとはねぇ」
「あぁ? なんか文句あんのか?」
「べつにないさ。ただ、ついてこられるのかと心配しただけだよ」
「そういうお前らだって大丈夫なのか? 高いところが怖くて腰抜かしたって助けてやらねーからな」
「誰に言ってんだい。あんたこそ敵に突き落とされて泣きべそかいてもしらないよ」
「まあまあ、ボスそこらへんで……」
「マスターもそれぐらいに……」
一触即発といった様子で睨みあうヴァネッサとベイマンズ。そんな2人をいさめるヴァンとドーリエ夫妻。最近ではお馴染みとなった光景だ。
「ふたりとも大変だな」
「まったくですよ」
「本当にね……」
これでも昔ほど険悪でないのは間違いなく2人のおかげだろう。そもそもヴァネッサとベイマンズも本気で言い合っているわけではないはずだ。……と思いたい。
「これだから野蛮な人たちは。やはり島で唯一健全なギルドは我らがアルビオンだけですね。ね、シビラさんっ」
「リ、リトリィ……たしかにそれには同意だが、あまりみんなに聞こえるように言うのは……」
大人しそうに見えて発言が過激なリトリィと、それをいさめるシビラといった2人の構図も相変わらずのようだ。ともあれ毎度ながら3大ギルドのマスターが集まると賑やかなことこのうえない。
「そんなことより、です!」
突如として大声をあげたのはルグシャラだった。
元聖騎士とは思えないほどの落ちつきのなさで彼女は駆け寄ってきた。にたぁっと下品な笑みを浮かべながら、ぐいっと顔を近づけてくる。
「無事に敵を倒したらわたしと闘ってくれるんですよねぇ?」
「そんな約束した覚えないんだが」
「じゃあいましてくーだーさーいぃー! じゃないと帰ります! はーやーくぅー!」
「わかったわかった! だからいまは大人しくしててくれ!」
「約束ですよぉ! ぐふふ、アッシュ様と決闘! そして勝ったらクルナッツジュース奢り! じゅるり」
ルグシャラから闘ってくれとせがまれるのはいつものことだ。しかもそれがあまりに頻繁なので面倒なことこのうえない。
模擬戦自体は嫌いではないが、ルグシャラとの場合は本当の意味で叩き潰さないと終わらないのだ。おかげで精神的にもどっと疲れるというのが億劫になる大きな理由だった。
「相変わらず愉快な奴らだな、お前の周りは」
ため息を吐いていると、ディバルがそう声をかけてきた。
アッシュは肩をすくめながら応じる。
「俺は関係ないだろ。なぜか上まで昇ってる挑戦者に変なやつが多いってだけで」
「それ自分も入ってるからな、我が息子よ」
「そのまま返すぜ、親父」
いずれにせよ、常人の精神力で塔を昇ることはできないということなのだろう。
「そろそろ行きましょ。キリがないわ」
「たしかに、このままだとここで日を跨ぎそうだね」
ラピスとルナがそう催促をしてきた。
すでに参加者は集まっているし、これ以上待つ必要はない。
「そうだな。じゃあレオ、先導を頼む! みんな目的地まで一旦進むぞ!」
任せてとばかりに声をあげたレオが1番に塔内部へと続く転移門に入っていった。虹色に揺らめくその門の中に姿を消した彼に続いて、どんどん参加者が移動をはじめる。
そんな中、俯いたクララの姿が目に入った。
アッシュはそっと彼女のそばに立ち、声をかける。
「クララ、調子はどうだ?」
「う、うん。いまのところ問題ないよ」
そう言いながら、笑みを向けてくるクララ。
……強がっているのが丸わかりだ。
「知ってのとおり頼れる奴らばかりだ。気負わずいつも通りにやればきっと大丈夫だ」
「ありがと。……うん、頑張るよ」
◆◆◆◆◆
10等級階層では、空中に浮いた足場や通路がたくさん設けられている。その中で目的のレア種ジズ戦の舞台は最上段付近にあるという話だった。
「みんなちょっと待ってくれ」
アッシュは最上段の安全地帯に到着するなり、ポーチに手を突っ込んだ。中から取り出したのは血のように深い赤をした拳大の玉だ。
シビラとリトリィが興味深そうに覗き込んでくる。
「これが話していたブラッドオーブか」
「……禍々しい色ですね」
今回、ジズ討伐戦のクエストを受けるにあたってミルマから渡された道具だ。シビラが難しい顔をしながら首を傾げる。
「どう使うんだ? 割るのか?」
「いや、持っていれば道が示されるって話だったんだが──」
そう言い終えた直後だった。
ブラッドオーブがわずかに発光すると、安全地帯から飛び移れる程度の距離に1枚の足場が生成された。
とてつもなく広い。
それこそ中央広場の敷地が丸ごと入ってしまうほどだ。
「あそこが舞台かな?」
「ずいぶんと大きいのね」
ルナとラピスが警戒しながら、ジズ戦の舞台となる足場を見回していた。障害物がないどころか石ころ1つ転がっていない。本当になにもないただの床だ。
「まあ、敵があのでかぶつだからね」
「いよいよって感じだなあ。やってやるぜえっ」
「くぅ……ぞくぞくしてきましたぁ……!」
ヴァネッサにベイマンズ、ルグシャラが思い思いに声をあげながら気合を入れていた。魔術師たちによる支援魔法も受け、全員がいつでもやれるといった顔をしている。
「みんな準備はいいか?」
アッシュは改めて問いかけたのち、全員の首肯を受けて再び舞台へと目を向けた。鞘から長剣を抜きながら、舞台への一歩を踏み出す。
「じゃあ行こうか……!」
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