◆第十一話『信頼の証』
「アッシュくん、これをデートって言い張るのは絶対やめたほうがいいと思う」
改めてクララがそう恨みがましく、かつ強く主張してきた。
いましがた水路を通ってきたこともあり、互いに髪も服もびしょ濡れ状態だった。初めての頃と変わらず、羞恥心は感じるらしい。
こっちを見ないでとばかりにクララから威嚇した目を向けられてしまった。アッシュは肩を竦めながら、彼女に背を向けて服をしぼる。
「安心しろ。こんなことクララにしかしないからな」
「そんなこと言われても嬉しくないよ、もぅー!」
しばらくして服から水気を抜いたのち、奥へと続く通路を進む。
やがて少しひらけた部屋に辿りついた。
「お、いたいた! 意外と残ってるもんだな」
高さが成人ほどある花瓶型の肉体。
上部から髪の毛のごとく生えたたくさんの触手。
部屋の中央に目的のレア種が佇んでいた。
レア種の情報交換で知人に教えたこともある場所だ。
ほかの挑戦者が知らない秘密のレア種というわけでもない。
それでも残っていたのは、やはり水に濡れたくないという理由からだろうか。いずれにせよ、残っていたことに感謝だ。
……おかげでやりたかったことができる。
「クララ、俺と賭けをしよう」
アッシュは1歩前に出たのち、レア種に背を向けた。
クララと対峙しながら両手を広げる。
「俺がこのまま下がって敵に辿りついたら俺の勝ち。それまでにクララがフロストアローで敵を倒せばクララの勝ちだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! いきなりなに言い出して──」
「それじゃ開始だ」
「まだやるって言ってないのに!」
クララから抗議が飛んでくるが、聞くつもりはなかった。
強引だとわかってはいる。
だが、それでもいまは必要なことだと割り切るしかない。
アッシュは1歩、2歩と下がりはじめる。
そのたびにクララの表情に焦りの色が強くなっていく。
ばしっと鞭に打たれたような衝撃が右腕を襲ってきた。
どうやらレア種の攻撃範囲に入ったようだ。
続けて腰、膝裏へとレア種の触手が攻撃をしかけてきた。
いまは敵に背を向け、完全に無防備な姿をさらしている状態だ。
こちらが止めるつもりはないと悟ったか。
クララが慌てて右手の平を向けてくる。
ぎゅっと力を込めるように突き出しているが、しかし氷の矢は一向に出てこない。
「やっぱり無理だよ……できないよっ」
「無理じゃない。クララならきっとできる」
自らの攻撃で他者を傷つけるかもしれない。
その危険性を、前回のマキナチームとの合同討伐で知ってしまった。
まさにいまの構図は、そんな恐怖を刺激するようなものだ。
クララが《フロストアロー》を放てないのも無理はなかった。
それでもクララなら出来るはずだ。
そう信じてアッシュはレア種に背を向けつづける。
いまもまだレア種による攻撃は続いている。
低階層の敵とはいえ、さすがに無防備な状態で受ける攻撃だ。
当たるたびにわずかに顔を歪めてしまう。
そんな変化がクララに伝わっていないはずもなく──。
彼女の表情がいまにも泣きそうに歪んでいた。
「俺は絶対当たらない。俺を信じろ」
そう告げた直後、後頭部に衝撃が走った。
意識が飛びそうになったが、歯を食いしばって堪えた。
無事だと伝えるために笑みも浮かべた。
そんな挙動がクララをさらに苦しめたようだ。
彼女は全身を震わせながら、ぎゅっと目をつむった。
「お願い……お願いだから、出てよぉっ!」
あふれる感情とともにこぼれた切ない声。
それがせき止めていたものを破壊するきっかけとなったのかもしれない。
青白い燐光がクララの右手前に集まり、結晶化。氷の矢となって勢いよく放たれた。こちらのこめかみのそばを通り抜けていったのち、ドスッという音が聞こえてくる。
どうやらレア種にしかと当たったようだ。
ただ、レア種による触手攻撃は止んでいない。
むしろ攻撃を受けて怒ったか、激化している。
おかげでクララの表情は成功したにもかかわらず、まだ焦りに支配されていた。
ここは青の塔で攻撃に用いたのは《フロストアロー》だ。
同じ青の属性とあって効果は薄い。
その分だけ多く当てなければ倒せはしない。
ただ、いましがた1度できたことだ。
再生成するのは、そう難しいことではなかったらしい。
新たに生み出された氷矢が1本、2本……。
そこから次々に生成され、そばを翔けぬけていった。
後ろから聞こえてくるぐさりぐさりという刺突音。
やがてそれらは不快な慟哭とともに終わりを告げた。
ジュリーが床に落ちた音が響く。
どうやらレア種は無事に消滅したようだ。
「ほらな、できたじゃないか」
アッシュはふぅと脱力しながら微笑みかける。
当のクララはというと、その場でへたり込んでいた。
「アッシュくんのばかぁ……なんでこんなことするのぉ、ひどいよ……!」
「悪かった。でも、こうでもしないとまた使えないと思ってな」
「だからってこんな危ないことするの意味わかんないよ。怪我しちゃってるし! 杖も持ってきてないのに……」
「これぐらい大したことはない。クララが立ち直ってくれるなら安いもんだ」
「そんなので使えるようになっても全然嬉しくないよ……」
実際、大した怪我はない。
多少の打ち身はできたが、これぐらい塔を昇っていればよくあることだ。わざわざ《ヒール》をかけてもらうほどでもない。
ただ、クララはそう思えなかったらしく苦し気に顔を歪めていた。
「でも、また使えるようになったな」
「アッシュくん相手だから、かもだよ」
「ほかの仲間も信用できないか?」
「そんなことないよっ! ただ、アッシュくんが特別っていうか……」
「相棒だしな」
「……うん。懐かしいね、それ」
クララとの2人から始まったチーム。
発足時のことを思い出すと、なんだか懐かしい気持ちで胸が一杯になった。
「いまさらだけどおかしな話だよね。あたしみたいな全然戦いとは無縁だった人間が、いまじゃ1番のぼってるチームの一員なんて。まあ、それもこれも《精霊の泉》のおかげなんだけど……」
自嘲するように話をするクララ。
それから重ねた両手を自身の胸元に添えると、切なげに表情を歪めた。
「この力のおかげでここまで来られたってことはわかってる。でも、この力がなかったら今回みたいなことにはならなかったのかなって、そんなこと考えちゃってたんだ」
血統技術を持つ者の多くが悩む問題。
そこにクララはいま直面しているようだった。
「……強い力を持つ怖さはわかる。俺だって振り回されてきたからな。ただ、俺の力は道具でしか制御できないが、クララの力はそうじゃない」
アッシュはクララのそばに歩み寄った。
屈みこんだのち、目線を合わせながらしかと告げる。
「精神面、判断、技術を磨けは防げる。なにより経験を積むことだ。クララなら必ず出来る。そう俺は信じてる」
「……うん。信じて頑張ってみる」
か細い声ながら力のこもった声が返ってくる。
その後、クララが顔を上げると、飛び切りの笑みを向けてきた。
「ほかの誰でもない。アッシュくんの言葉だから……!」





