◆第十話『思い出のデートコース』
浜辺に辿りつくと、早々に人影が目に入った。
小柄な体、髪につけた花飾り。
なにより空気感からして見間違えるはずがなかった。
クララだ。
無事に見つけられたことにほっとした。
だが、すぐさま心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。
彼女の進路が船着き場に向いていたのだ。
アッシュは浜辺の砂が舞うのもいとわず、必死になって駆ける。
「クララ!」
「……アッシュくん? え、なにっ、いきなりどうしたのっ」
初めのうちはきょとんとしていたクララだったが、こちらの形相を見てか。ぎょっとしたように目を見開き、狼狽えていた。
アッシュはクララの前に立つなり、上がった息を整える。
「いや、クララが思い詰めた様子で浜辺にいたって聞いたから……」
「あぁ……そういうこと」
近くの船着き場をちらりと確認し、察したようだ。
クララが首を振ったのち、少し困ったように笑いかけてくる。
「大丈夫だよ、そんなこと考えてないから。ていうか島の外にあたしの居場所なんてないしね。アッシュくんだって知ってるでしょ?」
「そう、だったな。たしかにそうだ」
大国ライアッドの王女であるクララは、いまやジュラル島で死んだことになっている。そのうえで、ライアッドの刺客たちが島に入れぬようアイティエルによって保護されている状態だ。
島はいまやクララにとって安全な場所となっている。
逆に言えば、島から出たとなれば命の保証はないということだ。
「それだけ焦ってくれたってことかな?」
「当然だろ。大事な仲間なんだからな」
ずっと部屋に篭りきりだったのに外出している。
気持ちが上向いたのかと思ったが……。
いまも翳りのある表情を見る限りそうではなさそうだ。
「……役立たずでごめんね」
「一度失敗したぐらいでなに言ってんだ。俺だって毎日失敗してばかりだぜ」
「アッシュくんのは大した失敗じゃないでしょ。あたしのはただの失敗じゃなかったから。あんな……味方を危険にさらすようなこと絶対しちゃいけないのに」
「たしかにな。調子に乗って自分の力を過信した結果だ」
ここで濁しても良いことはないと踏んで言いきった。
当のクララはというと、ばつがわるそうに俯いている。
先ほど彼女自ら口にしていたとおり、反省は済んでいるはずだ。
島に来た頃の幼いクララとは違う。
もう立派な挑戦者である彼女にこれ以上の説教は必要ない。
アッシュは肩を竦めたのち、全身から力みを解いた。
「けど、やっちまったことは仕方ないだろ。それにマキナだって気にしてないって伝えにきたんじゃないか?」
「……うん」
「でも、怖くなっちゃって。また誰かを……大切な人たちを傷つけちゃったらどうしようって」
「そしたら魔法が出せなくなった、か」
こくりと力なく頷くクララ。
クララが精神的に立ち直るためになにが必要なのか。
いまの話を聞いて、はっきりと見えた気がした。
落ち込んでしまったクララの力になれないか。
そう胸中で思っていたこともあり、アッシュは少し嬉しくなった。
「なあ、クララ。少し付き合ってくれるか?」
「え、うん。いいけど……いまはあんまり人が多いところには行きたくないかも」
ためらいがちではあったものの、頷いてくれるクララ。
そんな彼女に向かって、アッシュはにかっと笑いかける。
「安心しろ。2人きりのデートだ」
◆◆◆◆◆
「あの……デートって言われて浮かれた気持ちを返してほしいです」
そう言いながら、クララがぷくっと頬を膨らませていた。
氷のような壁に通路脇に配された水路。
見るからに涼感を与えてくる造りは、塔の特徴を体現しているといっても過言ではないだろう。
アッシュはクララとともに青の塔1階を訪れていた。
リフトゲートを使わずに正面から入ったのは久しぶりだ。
水路から飛びでてきた魚人型の魔物──サハギン5体をさくっと処理。からんからんと音を立てて落ちたジュリーをガマルが食べはじめる中、アッシュは肩越しに振り返る。
「これも立派なデートだろ?」
「こんな物騒なデートなんて聞いたことないよっ」
「気晴らしにちょうどいいと思ってな」
その思惑が上手くいったかはわからないが、先ほどよりもクララの気分が上向いているのは間違いなさそうだった。それでも完全復活したわけでないことは、いまも俯きがちな様子からも一目瞭然だ。
「2人で初めて入ったのも青の塔だったよな。覚えてるか?」
「忘れるわけないよ。その前のことが衝撃的だったもん」
──期限までに赤の塔10階を突破できなければ島を出る。
クララの元チームメンバーであるダリオンと、そんな賭けを約束した直後のことだったか。
随分と前の話だが、島に来てからの時間があまりに濃密だったからだろうか。ついこの間のことのように感じられた。
「青塔の地縛霊」
「そっちは忘れてたのにっ」
「それがいまじゃ島いちの魔術師なんだから面白いよな」
クララの魔術師としての才覚はほかの追随を許さない。
《精霊の泉》という魔術師にとって最高の血統技術を持っていることもあるが、それを抜きにしても頭抜けている。
もちろん持って生まれたものもあるだろう。
だが、彼女なりに努力し、食らいついてきた結果であることは間違いない。
ただ、当の本人はそう思っていないようだった。
「全部アッシュくんの……チームのみんなのおかげだよ」
クララがそう切り出したのち、力ない声で話を続ける。
「いまだからわかる。やっぱりあたしは凡人なんだって。だから、最近の自分の思い上がりがすごく恥ずかしい……それこそ消えちゃいたいって思うぐらいだよ」
「打って変わって卑屈になってるな」
「だって……魔法も使えなくなっちゃったんだよ? こんなんじゃもう、みんなと一緒に塔を昇れないよ……」
「ほら、受け取れ」
アッシュはポーチから取り出した腕輪を放り投げた。
それを慌てて両手で受け取ったクララが、きょとんとした顔を向けてくる。
「い、いきなりなに……?」
「知ってのとおり島の腕輪だ。フロストアローを埋め込んである」
「さっき準備してくるって言ってたけど、これのため?」
青の塔に来る前、急いで中央広場で揃えてきた。
1等級の腕輪にフロストアローを埋め込んだだけのものだ。
「ああ。初心に帰ればもしかしたらって思ってな」
「無駄だよ。……ほら、やっぱり出ないし」
渋々と腕輪をはめたクララが開いた右手を前に向ける。
が、その先で氷の矢が生成されることはなかった。
「そう急ぐ必要はない。まだデートは始まったばかりだしな」
「まだデートのつもりなの……」
「お、あったあった。次はここだ」
「無視しないでよ~! ってまさか……行く気じゃないよね?」
クララが見るからにいやそうな顔を向けてきた。
予想通りの反応に、アッシュは思わず口の端を釣り上げてしまう。
向かう先はジュラル島で初めて見つけた隠し通路。
サハギンたちの通り道とも言える、水路の中だ。





