◆第九話『迫る黄昏時』
「それで、どうだった?」
「……合わせる顔がないって」
翌日、夕焼けで辺りが赤く染まりはじめる頃。
アッシュはマキナと中央広場の噴水で待ち合わせをしていた。
噴水の縁に腰かけていたこちらの隣にマキナが座ったのち、溜め息をこぼす。
「ごめんねって何度も謝られちゃったよ……」
「そうか」
──ララたんの様子を見てくる。
そう言い残してクララに会いにいったマキナだが、結果は芳しくなかったらしい。
俯いた様子からも得られたものはなかったようだ。
クララの失敗で怪我をさせてしまった相手──マキナであればまともに会話が出来るのではないかと思ったが、どうやら上手くいかなかったらしい。
簡単に解決できる問題ではないと思っていたが、想像以上に引きずっているようだ。
「ララたんみたいな逸材がわたしのせいでダメになったら悔やんでも悔やみきれないよ」
「マキナのせいじゃないだろ。これに関してはクララの自己責任だ。……いや、いつかこうなるって予想できたのに放置してた俺のせいか」
「アシュたんも面倒な性格してるよね」
「島に来てから同じことを言われすぎて、そうなんじゃないかと最近思いはじめたところだ」
「自覚するのはいいことだねっ」
軽口を言い合っているわりに場の空気は重いままだった。
赤く染まった建物と、落ちた影。
また後ろから聞こえてくる噴水の音が、その空気をさらに強めているように感じられた。
「アシュたんもあんまり思い詰めないでね。じゃないとその、わたしも調子でないしさ」
「たしかにいつもよりしおらしいしな」
「どっちが好み?」
「いまのも悪くないが、やっぱいつもの元気なマキナが俺は好きだな」
「も、もぉー、そういうとこ!」
マキナは攻められることにまるで免疫がない。
おかげでその顔は夕陽で染まったとはいえないほどに赤らんでいた。
「まあ、そのためにもクララのこと早くなんとかしないとな」
うんうん、と。
マキナが同意するように頷いたときだった。
「あれ、アッシュじゃねーか」
覚えのある声が聞こえてきた。
見れば、三大ギルドの1つ《レッドファング》のマスターであるベイマンズがこちらに歩いてきていた。そばにはお馴染みのロウとヴァンの姿も見える。
よっ、とアッシュは雑に応じた。
相手側からも三様の挨拶が返ってくる。
「こんなとこでどうしたんだ? って、ソレイユんとこの……」
「どもー、ソレイユいちの美少女マキナでーすっ」
「お、おう……」
マキナの天真爛漫な様子にベイマンズが気おされていた。
相変わらず女性と極力接触しないようにしているからか、対応がぎこちなかった。
とはいえ、昔よりはマシなほうだった。
それもこれも彼の右腕でもあるヴァンが結婚したことが大きいだろう。
当のヴァンだが、マキナの発言になにやら思うところがあったらしい。ずんずんと前に出てくるなり、マキナへと圧を向けはじめた。
「聞き捨てならねぇな。一番はうちの嫁だ」
「ドーリエさんは美人枠。対するわたしは可愛い枠! なので、わたしとは住み分けできてます!」
「そ、そうなのか。ならいいけどよ」
ヴァンが上手く丸め込まれていた。
それどころか嫁を美人と称されて上機嫌なぐらいだ。
なんて扱いやすい性格だろうか。
「そっちは狩りからの帰りか?」
そう問いかけると、ロウが「ああ」と頷いた。
「まだ本格的な攻略には時間がかかりそうだからな。日帰りだ」
「そのわりには充実してるように見えるけどな」
「いずれ突破できるという確信があるからな」
現在の彼らが挑戦している階層は10等級だ。
その難度は凄まじいが、ロウからは自信が見て取れる。
必ず踏破できると確信しているようだった。
そんなロウのそばではベイマンズがなにやら肩を竦めていた。
「おまえの親父が規格外すぎるんだよ。年齢的に衰えてもおかしくないだろうに、まだ成長してそうだぜ。いったいどうなってんだ」
「それに関しては俺でも不思議に感じてるところだ」
親父──ディバルの年齢はすでに50近い。
にもかかわらずピンピンしているあたり化け物といっても過言ではないだろう。
「ルグシャラのやつとも上手くやってるのか?」
「最近、ようやく連携できそうな気がしてきたぐらいだ」
「……気がするだけなのか」
「しゃーないだろ。気づいたら突撃してんだからよ」
呆れたように口にするベイマンズだが、言葉ほど嫌気はさしていないようだ。ロウとヴァンの様子を見る限り、そう悪くはないのかもしれない。
ルグシャラの振舞いが狂人のそれとあってか、女性と意識せずに済んでいる点も大きいのだろう。ディバルがルグシャラの手綱を握っているようなので、なんだかんだと上手くまとまっているのかもしれない。
彼らの言うとおりそう遠くないうちに10等級階層を抜けそうだ。
そう思っていたときだった。
なにやらヴァンが思い出したように「そういや」と話題を変えてきた。
「兄貴んところのちんまいの大丈夫っすか? なんか思い詰めた表情してましたけど」
「……クララに会ったのか?」
「あ、はい。さっき青の塔帰りに浜辺のほうで見かけた感じっすね」
傷心のクララが1人で外に出ている。
それも青の塔近くの浜辺に。
そこはジュラル島唯一の船着き場があるところだ。
いやな予感がしてならなかった。
マキナも同じ考えに至ったらしく、焦った表情を向けてくる。
「アシュたん、やばくない?」
「あ、ああ……」
アッシュはすぐさま立ち上がった。
「いったいどうしたんだ? あ、おい──」
「悪い、急用ができた!」
事情を説明している暇はない。
あっけにとられるベイマンズたちの脇を抜け、船着き場のほうへと向かいはじめる。と、ちょうど前方に見慣れた女性挑戦者が目に入った。
長めの黒髪と、腰に携えた正統的な長剣。
姿勢の正しさや、曇りなき目からは実直さがありありと窺える。
三大ギルドの1つ。
《アルビオン》のマスターであるシビラだ。
彼女はこちらに気づくなり、足を止めていた。
ぱあっと明るい笑みで迎えてくれる。
「アッシュ? こんなところで会えるなんて──」
「シビラ、いいところに! 《揺らぎの刃》を頼む!」
「え、あ、ああっ! なにがなんだかわからないが急いでるみたいだな、任せろっ!」
ろくに説明もしていないのにシビラは協力してくれた。
彼女からの信頼がいまはなによりありがたかった。
やや上方へ向けられた斬撃──《揺らぎの刃》に合わせてアッシュは思い切り地面を蹴りつける。と、一気に中央広場を飛び越えられるほどの高さまで跳躍できた。
まるで空を飛んでいるかのような感覚だ。
この勢いならすぐにでも浜辺に辿りつける。
視界の中、大半を埋め尽くす空と海。
その手前に広がる浜辺を見つめながら、アッシュは胸中で叫ぶ。
──はやまるなよ、クララ!





