◆第八話『過ちの代償』
翌日、ログハウスにて。
アッシュは昼食を終えたのち、居間でくつろいでいた。
ほかにはラピスにルナ、レオがソファに座っている。
ことん、と静かな音をたてて目の前に茶入りのカップが置かれた。
持ってきてくれたのは同居人のひとり、ミルマのウルだ。
「悪いな、忙しいだろうに」
「いえ、ウルがしたいとお願いしたことですから気にしないでくださいっ」
そう言って、ウルが弾けるような笑みを向けてくれる。
いつもながら一緒にいるだけで朗らかな気持ちにさせてくれる子だ。
ウルは続いて同じように席についたラピスとルナ、レオにも茶を出してくれた。
「レオさん、どうぞです」
「ありがとう、ウルくん」
チームメンバーであるレオをログハウスに招待することは珍しくない。
毎度飛び跳ねるように喜ばれて鬱陶しいことこのうえなかったが、今回ばかりは状況が状況だけに大人しくしていた。
みしみし、とわずかに木の軋む音が聞こえてきた。
出所は2階と繋がる階段。
そこからアイリスが静々とおりてきていた。
「どうだった?」
そう問いかけると、アイリスが首を振った。
先ほどクララの様子を見てきてほしいと頼んだところだった。
「手もつけていないようでした」
「あの食いしん坊のクララが手をつけないなんて……」
「やっぱりよっぽどこたえてるみたいだな」
ラピスとともにアッシュはそうこぼす。
判断基準としてどうかと思うが、実際にクララは食べることが大好きな子だ。そんなクララがすぐさま食事に手を出してないあたり、よほどの自体というわけだ。
「少しでも顔を見られたくないってだけだと思うけどね。ひと気がなくなったらこっそり食べると思うよ」
大丈夫とばかりにルナが優しい笑みをこぼす。
いつもながら彼女の落ちつきはありがたかった。
「にしてもアイリスでもダメだったか」
「お役にたてず申し訳ありません……」
「いや、謝る必要はないだろ。ただ、俺たちじゃダメだったから頼んだだけだしな」
「ですが、それでも力になれればと思っていたので……ほかならぬアッシュさんのお願いですから」
「その気持ちだけで充分だ。ありがとな、アイリス」
「はいっ」
アイリスが淑やかながら心底嬉しそうに笑みをこぼす。
もはや最初の頃からは想像もできないほど、いまでは健気な姿を見せてくれている。
そんな彼女のことをレオが悩まし気に見つめていた。
「もうかなり経つのにいまだに慣れないよ。あのアイリス嬢がこんなにも女の子の顔をしているなんて」
「なにか言いましたか、レオさん」
「い、いや……アイリス嬢とアッシュくんはいつ見てもお似合いだなって」
「そうですか? 一番お似合いだなんて、そんな……」
「あ、いや一番とまでは──」
この場において失言であると察したのだろう。
レオが一瞬にして怯えた子犬のように縮こまった。
「レオ、話があるんだけど」
「あ、ボクも。たぶん一緒の話かなー」
ラピスは無表情、ルナは笑みを浮かべている。
2人とも落ちついてはいるが、辺りに満ちる冷たい空気のせいでレオは怯えに怯えていた。
「みんな一番! そう言いたかったんだ! あは、あはは……アッシュくん助けてっ」
「まぁ、レオのことは置いといて」
「アッシュくぅん!」
「チーム活動のことを話そう」
軽口で言い合うのは嫌いではない。
だが、いまは喫緊で解決しなければならない問題がある。
「あのあと……帰り道のことよね」
重苦しくなった空気の中、ラピスがそう問いかけてきた。
アッシュは「ああ」と頷いたのち、全員の顔を見てから告げる。
「クララが魔法を使えなくなっていた件だ」
言葉どおりだった。
クララが魔法を使おうとしても発動しなかった。
補助魔法も、直前まで使えていた治癒魔法も含めてすべてだ。
ほかの者なら魔力切れを疑うところだが、《精霊の泉》を持つクララに限ってそれはない。
つまりは精神的な問題ということだ。
直前にクララがミスを犯していたこともあり、その答えに行きつくのは容易だった。
「マキナの怪我は完治してたけど、それでいいって話じゃないんだろうね」
「自分の失敗で仲間を傷つけてしまったときの罪悪感ってすごいからね」
ルナに続いてレオが気持ちを推し量るようにそうこぼした。
軽い怪我程度ならまだしも、今回は重傷に近い域だった。
仲の良い友人がひどい怪我を負ってしまった。
しかもその怪我が自分のせいともなれば心に負う傷は浅くないだろう。
「ましてやクララの場合、今回は完全に自分の力を過信して招いたことだからな。おそらくそのあたりは本人が一番痛感してると思うが」
「とはいえ、あんな反射攻撃をしてくるなんて誰も予想できなかったと思うけどね」
だからクララは悪くない。
そうレオは主張しているようだった。
気持ち的には同意したい。
ただ、今回ばかりは素直に頷けなかった。
「たしかに予測はできなかったが、クララの様子からいつかは似たようなことに直面していたと思う」
最近の様子からとくにそう感じていた。
それが最悪の形で、ついに訪れてしまったというわけだ。
「ここに来るまで戦闘とは無縁の生活をしていたみたいだからね」
「それでいまジュラル島いちの魔術師なんだから、すごいよね」
「だからこそか。成長が早すぎて精神面のほうが追いつかなかったんだろうな」
ルナとレオの言葉に、アッシュは自分なりの見解を述べた。
気にかけているつもりだったが、防げなかった。
──これは自分のせいでもある。
アッシュは胸中でそう自戒しつつ、気持ちを切り替えた。
「ともあれ、クララがあの調子だからな。チーム活動はしばらく休止にしたいと思う」
「それがいいね。4人だけで狩ってたらクララも戻りづらくなっちゃうだろうし」
「了解。その間は腕が鈍らない程度にならしておく」
ルナに続いてラピスが頷いてくれた。
あとはレオだが……。
「もちろん僕も賛成だよ。というよりクララくん抜きで進むのは骨が折れるどころか、死ににいくようなものだからね」
たしかに、と全員が頷く。
今回こそ大きな失敗をしてしまったクララだが、その存在はいまやチームにとって欠かせないものとなっている。
現状の131階以降ともなればなおさらだ。
そもそもまともに狩れる状況ではなかった。
「わたしのほうでもなるべく気にかけるようにします」
「ウルもです!」
そばで静かに話を聞いてくれていたアイリスとウルがそう言ってくれた。
「ありがとな、2人とも」
クララと一緒にずっとログハウスにこもるわけにもいかない。
そんな中、挑戦者と活動形態の違うアイリスとウルの存在はありがたかった。
アッシュは立ち上がったのち、クララの部屋がある2階のほうへと目を向ける。
──早く立ち直ってくれよ。





