◆第五話『ザルボア戦①』
「最近、とくに調子良いんだよね~」
「じゃあやばいときはララたんに頼っちゃおうかなぁ」
「うんうん、任せて! あたしの魔法てどかーんって終わらせちゃうから!」
後方から聞こえてくるクララとマキナの会話。
薄暗く黒ずんだ洞窟内には場違いに明るい声音だ。
アッシュはマキナチームとともに黒の塔72階を訪れていた。
竜が跋扈する階層とあって相変わらずだだっ広い空間ばかりだ。おかげで形状は洞窟のそれだが、外にいるのと変わらない解放感が続いている。
「クララのやつ、また調子に乗ってるな……」
アッシュは肩越しに後ろを窺いながらそうこぼす。
と、隣を歩くレオが困ったように笑っていた。
「まあまあ、実際調子が良いのは本当だしね。クララくんのおかげで切り抜けた場面は少なくないし」
「それはそうなんだけどな」
「僕としてはアッシュくんのほうが心配だよ。そんな険しい顔をしてたら本来の力を出せないだろうしね。ほら、僕がほぐしてあげ──いたっ」
「ほぐす場所が明らかに違うだろ」
いつもながら尻に伸びてきたレオの手を撃退していると、先導していたユインが足を止めた。前方には竜1頭が通れる程度の穴が見えるが、どうやら目的のルートはそちらではないらしい。
「着きました。あの崖上の先です」
ユインがそう言いながら指さした方向──。
右手側の崖上にはわずかに手前へと足場が突きだしている。
角度的に見えづらいが、奥には人が余裕をもって通れる程度の穴も確認できた。
「ルナ、あんな場所あったか?」
「たぶんボクたちが突破したときはなかったと思う」
そうアッシュはルナと端的に確認しあっていると、マキナが驚いたような声をあげた。
「え、もしかしてアシュたんたちって通った場所ぜんぶ覚えてるの?」
「俺は漠然とな。ルナのほうは違うみたいだが」
「ボクも完全に記憶してるわけじゃないよ。でも……うん。やっぱりあそこはなかったと思う」
狩猟民族は動物が残した自然の痕跡を見つけるのが得意だ。
そんな特性が塔内でも発揮されているのだろう。
「じゃあ新しく作られたってことかしら?」
「そんなことってあるの?」
マキナが驚きで呆ける中、レインとザーラが訊いてきた。
アッシュは肩を竦めながら応じる。
「さあな。ただ、あのときじゃないかってタイミングには心当たりあるぜ」
「……アッシュさんたちの頂到達ですか」
ユインが神妙な面持ちでそう言った。
──100階到達、あるいは踏破が前提。
仮に本当にそれが条件だとすれば、ただの8等級階層のレア種と考えるべきではないだろう。
「なるほど……異様に感じたっていうマキナくんたちの話も頷けるね」
「これは思ってる以上に気を引き締める必要がありそうね」
レオに続いてラピスがこぼしたその言葉で場の空気が引き締まる。
アッシュは全員と顔を見合わせたのち、目的のルートがある崖上へとのぼりはじめた。
◆◆◆◆◆
「言ってた3つの像ってのはあれか」
崖上から続く穴を進んだのち、辿りついた空間。
竜が複数暴れても問題ない広さの中、祭壇らしきものが正面に鎮座していた。
祭壇は円状で3つの段を上がった先、ゴブレット型の盃が配されてるだけの簡素なものだ。
盃に炎はまだ灯っていない。
おそらくは時間経過で灯るか、戦闘開始と同時に一斉に点火するかのどちらかだろう。
祭壇の周囲には平坦な床が広がっている。
いかにも戦闘舞台といった様相だ。
その舞台を囲うよう円形に巡る、大股1歩程度の幅の堀。
堀の内側──舞台外縁には3つの像が等間隔で置かれている。
どれもが中央の祭壇を向いた格好だ。
「鳥と獣と……なんだろうあれ」
「ヒレっぽいのがあるし魚類じゃないか」
一見して鯨にも思えるほど体が太い。
ただ長さがあるため、どちらかと言えばシーサーペント寄りだ。
「で、例のレア種……ザルボアがあれか」
「祈りのポーズのまま動かないね」
祭壇の中央に人型の姿を視認できた。
その全身は成人男性より一回りほど大きいぐらいか。
フードつきの真っ黒いローブに身を包んでいる。
傷んだ生地のせいか、少しみすぼらしい感じだ。
見たところ得物はなにも持っていない。
「……たしかに不気味な感じかも」
「なにより階層に合わない雰囲気が引っかかるな」
わずかに顔をこわばらせたクララに、アッシュはそう返した。
竜の棲み処でもある8等級階層は荒々しい洞窟の造りがほとんどだ。そんな中、いかにも人工物といったこの場所は珍しいと言える。
「ここの水も黒の塔とは思えないぐらい澄んでて綺麗だしね~」
言いながら、屈んで堀の中を覗き込むマキナ。
疑問は尽きないが、視覚から得られる情報はこの程度だ。
あとは戦ってみてから状況判断するしかないだろう。
「事前に話したとおりレオが先行。少し遅れて残り全員で堀を越えたのち、前衛と後衛にわかれて行動開始でいいな?」
全員に確認をとると、首肯が返ってきた。
ただひとりクララを除いて。
「分断されないためだよね? でも思ったんだけど、それだとレオさんがひとりになる可能性も……」
「ま、そんときゃそんときだ」
「ちょっとアッシュくんーっ!」
すかさずレオから飛んでくる訴えるような声。
アッシュはレオの肩に手を置いてにっと笑いかける。
「レオならなんとかするって信頼してるだけだ」
「そ、そうだよね。アッシュくんが僕を見捨てるわけないよね。だって僕らは魂で繋がれて──」
「そんじゃ行くとするか。みんな準備はいいか?」
そのまま抱擁しようとしてきたレオから逃れ、仲間たちに最後の確認をした。
後ろで空振りに終わったレオの間抜けな姿に全員がくすりと笑みをこぼしている。どうやら場のこわばっていた空気もいつの間にかなくなっていたらしい。
全員が得物を手に頷いている。
「レオ、頼むっ!」
「りょーかい!」
先ほどまでのふざけた様子とは打って変わって凛々しい顔で返事をするレオ。重厚感のある鎧に似つかわしくない動きだしで堀を飛び越えた。
「続け!」
合図から間もなく残った全員が堀を飛び越える。
肩越しに後方を窺ったが、舞台が分断された様子はない。
いまのところ撤退は可能なようだ。
よし、とアッシュは胸中で頷いたのち、前方に集中した。
直後のことだった。
祭壇に置かれたすべての盃に、ぼうっと炎が点火。
中央のザルボアがこちらを向いた。
フードで縁どられた顔は紫のおどろおどろしい目玉以外は影で満ちている。その体も同様に影で構成されているようで袖から伸びた腕もまた黒い。
ザルボアは両の手のひらを天井へを向けてぐいっと持ちあげた。
連動するようにこちらとザルボアの手前の床に3つの魔法陣が描かれる。
「なんかいきなりやばそうな雰囲気でてないか!?」
「あれって……召喚!?」
後ろからザーラとレインの焦った声が聞こえてくる。
実際、レインの予想は当たっていた。
それぞれの魔法陣からせり上がるようにして魔物が出現した。
肉のない二足歩行の鳥竜種。
全高はこちらの3倍程度とドラゴンにしては小柄だ。
しかも骨のみとあって質量的には通常の竜よりも圧倒的に少ない。
だが、与えてくる威圧感はまるで遜色がなかった。
それどころか、目の前の骨のみドラゴンのほうが強いぐらいだ。
「ねえ、アッシュあれって……!」
隣で駆けるラピスがそう声をかけてきた。
アッシュは「ああ」と頷く。
「間違いない。黒の77階の小型レア種スカルドラゴンだ!」





