◆第二話『陽だまりの笑顔』
「2人ともなにしてるの~!? 早く~!」
密林の中、先を行くクララが呼びかけてくる。
ほんの少し前まで気だるそうにしていたとは思えない元気っぷりだ。
アッシュは並んで歩くラピスとともに仕方ないなと笑みをこぼす。
いまは中央広場へ向かっているところだった。
目的地は人気店トットのパン工房だ。
「そんなに急がなくてもなくならないだろ」
「でも並ばないとじゃん~!」
どうやら今日のクララはご機嫌のようだ。
浮かれた様子で足は早まり、鼻歌まで聞こえてきている。
あんな無邪気な姿を見せられては微笑ましい気持ちにならざるを得なかった。ラピスも同じように優しい笑みを浮かべていたが、気づけばその表情を険しいものにさせていた。
「ねえ、アッシュはどう思う?」
「どうってなんのことだ?」
「クララのこと。なにを言いたいかわかってるでしょ?」
「……昨日のことか。いや、昨日だけじゃない。ここ最近ずっとか」
兆しのようなものは1年……。
いや、もっと前から見えていた。
いつからかクララが指示を無視することが多くなった。
それ自体はいい。
こちらですべてを把握できているわけではないため、個々で判断することは多くの場合で有効だ。ゆえにほかの仲間たちもしている。
ただ、クララの場合はその判断が、己が力を過信したものからきているという点が問題だった。
ちょうど昨日。
白の塔136階を攻略している際もその問題が顕著に表れる場面があった。
「いまは成功しているからいいけど……」
「とはいえ、失敗してないのに指摘するってのもな」
「……そうね。いまはもうあの子も立派な挑戦者だし」
島に来てからの青臭い頃ならまだしも、いまやクララも歴戦の猛者といっても過言ではない。能力だけでいえば魔術師として最強であることは間違いないだろう。
そのうえいまは同じチームメンバーだ。
対等であるべきで、叱責は可能な限り避けたいところだった。
いまはクララが大きな失敗をしないよう祈るばかりだ。
「にしても、すっかり姉って感じだな」
「年上なんだから必然的にそうなるでしょ」
「それだけじゃこんな親身になって考えないと思うけどな。ま、なんだかんだ面倒見のいいところがラピスの魅力的なところなんだが」
島に来てからなにかと世話を焼いてくれている。
そんな昔からいまに至るまで受けた親切を思い出しながらラピスを見やる。と、ついっと顔をそらされてしまった。
彼女の耳がわずかに赤らんでいたのは言うまでもない。
「……褒めてもなにも出ないから」
「期待せずに期待しておく」
「と、ともかく! あの子……クララのことは気にしてあげて」
「ああ、言われなくてもそのつもりだ」
初めて組んだチームメンバーというだけではない。
いまではほかの面でも深い関係となった相棒だ。
気にかけないなんて選択肢はなかった。
なかなか距離が縮まらないからか、しびれを切らしたクララが足を止めていた。並んで歩みを再開したのち、むっとしながら上目遣い気味に訊いてくる。
「──ねえ、なんの話してたの?」
「クララが可愛いって話をしてたんだよ」
「……なんかさらっと言われると嘘っぽい」
「嘘じゃないぞ。なあ、ラピス」
「嘘よ」
「ほらやっぱり!」
ここぞとばかりに攻め立ててくるクララ。
誤魔化すために共犯になってくれると信じていたのだが。
当のラピスはというと我関せずといった様子で目をそらしていた。
「おい、裏切るの早すぎだろ」
「もともと約束なんてしてないもの。でもそうね、クララが可愛いのは認めるわ」
言いながら、ラピスが優しく微笑んだ。
途端、クララが嬉しそうに顔をふにゃっと崩した。
「そ、そうかな……へへ」
「おい、俺のときと反応が違いすぎだろ」
「当然でしょ、島一番の色男さんっ」
それを言われては口を噤まざるを得なかった。
お手上げだ。
満足したように無邪気な笑みをこぼすクララ。
かと思うや、拗ねたように口を尖らせていた。
「でも可愛いかぁ。あたしもラピスさんみたいに美人って言われてみたいなぁ」
「クララの可愛さは特別だと思うけど。それこそわたしにはないものだし」
「うん……ひとそれぞれってわかってるんだけど~。でも憧れっていうか、なんかあたしって子ども扱いされがちだから、少しは大人扱いされたいなって」
いまでは年齢的にもクララは立派な大人だ。
ただ、出会った頃から印象が大きく変わらないのはその通りだった。
「それは見た目の問題じゃないと思うけどな」
「むぅ、アッシュくんのばか」
クララが頬を膨らませながら睨んできたのち、またも早足で離れていってしまった。その背を横目に見ながら、アッシュは隣を歩くラピスへと意見を求める。
「1番に思ってもらいたい人から言われたんだから怒るのも当然でしょ」
「って言われてもな。クララはあのままが1番だろ」
「それはわたしも同意」
チームにおいてもあの天真爛漫な姿は大きな強みだ。
暗い雰囲気を吹っ飛ばしてくれる。
つまるところ、ムードメーカーとしても欠かせない存在だ。
クララの良いところが消えないよう大人になっていってほしい。
そう切に願うばかりだ。
気づけば密林を抜け中央広場に出ていた。
多くの挑戦者やミルマの姿が見られる昼間とは違い、朝は閑散としている。ただ、その中にあって目的地のトットのパン工房だけは行列で賑わっていた。
先行するクララが「ほら、歩くの遅いから!」とばかりに行列を指さした。
その直後──。
「ララた~んっ!」





