◆第十話『9等級防具のお披露目』
「レオさん、すごいはしゃいでるね……」
「一瞬で人だかりができちゃったね……」
「ねえ、あれのせいでわたしたちの印象も著しく損なわれてる気がするんだけど」
「……それだけ嬉しいってことだ。大目に見てやってくれ」
仲間から上がる困惑と非難の声。
アッシュはそう擁護したものの、さすがに苦笑するほかなかった。
「あははははははっ、みんな見ておくれ! 目に焼きつけておくれ! これが僕と僕の仲間で集めた汗と涙の結晶っ、セラフシリーズだよっ! あはははははっ!」
昼下がりの中央広場にて。
がちゃがちゃと騒がしい金属音を響かせながら、レオが通りを駆け回っていた。
すれ違う挑戦者が足を止めてはレオへと注目する。
重鎧装備とはとても思えないほどの移動速度なこともあるだろう。だが、もっとも関心を集めているのはレオの身を包む防具の外見で間違いない。
盾型天使と遭遇してから15日後。
運よく揃った9等級の防具交換石をいましがた鍛冶屋で変換し、チームの盾役であるレオに渡したところだった。
シリーズ名は《セラフ》。
基調である純白を際立たせるためか、あるいは対比か。濁りのない漆黒の意匠があちこちにあしらわれ、簡素ながらも等級の高さを存分に感じられる外見となっている。
「セット効果が気になるな」
「あの感じだと間違いなく敏捷性向上はついてるね」
ルナがあごに指を当てながら、そう口にした。
おおむね同意見だが――。
「ただ、移動速度の上がり幅が釣り合ってない感じがするんだよな」
「もしかしたら、そっちはべつでついてるのかも」
「だったらかなり優秀なシリーズだな」
敵との間合いを詰めるにしても、攻撃を躱すにしても移動速度はどれだけあっても損はない。戦闘においてもっとも重要な要素といっても過言ではない。
「だね。ただ、ボクはできればもうひとつの……女性限定の《ヴァルキリー》だっけ。そっちの効果を知ってからどっちにするか決めようかな」
「でも、まだ1個しか出てないのよね」
「出にくいのかもね」
ルナの見解を聞いて、ラピスが少し残念そうな顔をしていた。
現在、彼女が着ている《フェアリー》シリーズのセット効果は敏捷性上昇と《セラフ》シリーズの下位互換だ。セット効果を重視するなら《セラフ》で問題ない気はするが……。
見た目の問題だろうか。
どうやら《セラフ》シリーズはお気に召さないらしい。
「ま、俺たちの防具はまだだが、武器のほうは揃ったし、そろそろ本格的に81階突破を目指さないとな」
防具交換石が落ちた反面、武器交換石は敵から落ちなかったが、クエストを2周したことでソードブレイカーとレオの長剣を9等級に上げることができた。一気に装備が充実してきた形だ。
「ただ、その前に……クララ、そのリングの数はどうにかしたほうがいいかもな」
「やっぱりそう思うよね……」
クララが前に出した両腕をだらりと垂らす。
1本の幅が指2本分もあるリングが6本。
そのうえ、魔石と属性石がふんだんに装着されているのだ。重いのも無理はない。
「……もうなにを装備してるのかわからないわね」
言いながら、片頬を引きつらせるラピス。
クララが自身の装備について説明していく。
「杖に《サンクチュアリ》と《ヒール》はめてるでしょ。指輪はいつもの補助魔法4種。リングは9等級のに《フロストバースト》で、あとは8等級で《フロストウォール》と《ストーンウォール》、《フロストピラー》。あんまり使ってないけど《フロストレイ》もつけてる。一応、《ツナミ》もつけてるけど……」
一応、クララの装備品についてはすべて把握している。ただ一度に言われると、なにかの暗号かと思うほどこんがらがりそうだった。
ラピスが1本のリングを指でつまむ。
「天使たちってみんな浮いてるし、《ツナミ》は一旦外してもいいんじゃないの?」
「もしものときのためにって思ったら、なんか外せなくて……」
「それで移動速度落としてたら元も子もないでしょ」
ラピスのあけすけな物言いにクララが「うぐっ」と呻いていた。
「最近はレイもあんま使ってないだろ。そっちも外したらどうだ?」
「でも、放ってから当たるまでは一番速いし、小さいところも狙えるから便利だよ」
予想外に力強い言葉が返ってきた。
最近、使っていないはずなのにえらく信用しているようだ。そうして彼女の口振りに違和感を覚えた、そのとき。
「賑やかだと思ってきてみたら、やっぱりあんたたちか」
そんな呆れた声ととともにひとりの女性挑戦者が歩み寄ってきた。
自信に満ちあふれた立ち姿に、腰まで伸びた長く美しい髪。なにより豊満な胸が特徴的な彼女は《ソレイユ》のマスター。ヴァネッサ・グランだ。
「よ、ヴァネッサ。今日は休みか?」
「最近、休みなしで狩ってたからね。っと、ちょうどいい。少し話したいことがあるんだが、いいかい?」
「べつに構わないが」
口振りからしてすぐに終わる用件だろう。
そもそも本日の狩りはもう切り上げている。
もし長引いたとしても問題はない。
ヴァネッサが挑戦的な笑みを浮かべながら、ラピスのほうをちらりと見やる。
「ちょっとアッシュを借りるよ、ラピス」
「……好きにすれば」
ラピスが見るからに不機嫌な顔で応じた。
アッシュはため息をつきつつ、ヴァネッサとともにその場を離れる。
「あんまり煽るなよ」
「あの余裕のないところが可愛くてね」
大いにわかる。
だが、わりを食うのはすべてこちらだということを理解してほしいところだ。
「しかし、9等級に相応しい派手な防具だねぇ。着てるのが変態ってところが残念だが」
ヴァネッサがひどく複雑な顔で言った。
その視線は、いまもほかの挑戦者に装備を自慢中のレオへと向けられている。
「あれで口を閉じて、立ち止まれば今頃いい噂のひとつやふたつ聞けるんだろうけどな」
「ま、あの変態が変態じゃないとそれはそれで心配になっちまうけどね」
「違いない」
そうして話しているうちに噴水広場へと辿りついた。
ヴァネッサが噴水の縁に腰を下ろしたのち、こちらの腰裏に差した2本の短剣を見つめてくる。
「苦戦していたみたいだが、なんとかやれてるみたいだね」
「ああ。毎日、ひやひやしながら楽しませてもらってるぜ」
「あたしも負けてらんないね」
「お、そろそろ再挑戦か?」
「それもいいんだけどねぇ」
「……ヴァネッサ?」
伏目がちにもらされたその言葉はどこか迷いが見られた。
負けてられない、と口にした直後のことだ。
諦める道が混ざっていないとは思われるが――。
「ま、こっちのことさ」
ヴァネッサはすぐに顔を上げた。
先ほど見せた顔は想定外のものだったのだろう。
あまり突っ込むなという空気を感じたが、そのまま放っておけるほどいまやもう浅い関係ではない。
「なにか俺で力になれることがあったら言ってくれよ」
「ああ、もちろんさ」
返ってきたのは普段と変わらない勝ち気な笑みだった。こうして滅多に弱さを見せないこともあって心配だが……いまは彼女を信じて待つしかなさそうだ。
「さて、さっき言った話の件だ。いらぬお節介かもしれないが、あんたの耳に入れておきたいことがあってね」
ヴァネッサは早々と空気とともに話を切り替えた。
話の内容がまるで予想できなかったが、彼女が微笑みながら向けた視線を辿った瞬間、すべてが繋がったような気がした。
「あの子……クララのことさ」





