◆第十一話『クララの成長』
翌日。
早朝から集合し、挑んだ赤の塔81階。
階段部屋まで早々に到達し、4部屋目――。
アッシュは素早い足運びで身を横に回転、押し寄せる盾を躱した。感じる熱風に顔を歪めながらも一気に前進。いまにも振り下ろされんとする敵の長剣へとソードブレイカーの櫛側を押し当てた。
敵の長剣の刃は部分的に凍っている。
ルナの矢でもクララの魔法によるものではない。
これは9等級のソードブレイカーが持つ特殊効果によるものだ。
その特殊効果とは、接触時間に応じて相手の武器に凍結を付与。すべての刃が凍った時点で破壊できるというもの。少々即効性に欠けるが――。
「悪くないッ!」
敵の長剣の刃がすべて凍った、瞬間。
アッシュはソードブレイカーを押し込みながらねじった。まるで硝子のようにばりんと破砕した刃が氷片とともに宙を舞う。
これで敵の攻撃手段は盾による体当たりのみ。アッシュは敵が長剣を持っていた右手側から背後へと回り込んだ。同時に深く腰を落とし、その背へとスティレットによる突きを繰り出す。
どすっという音とともに完全に穿ったが、敵は相変わらずの耐久力でいまだその場に浮いている。さらに体が抉れることもいとわず、こちらへと振り向きざまに攻撃をしかけてくるが――。
その隙を逃すまいとルナが《レイジングアロー》で敵の背を撃った。アッシュは即座にしゃがんだ。凄まじい勢いで頭上を吹っ飛んでいった敵は、重々しい音をたてて転がり、ついには盾もろとも消滅していった。
背後をとられないように立ち回る盾型だが、一度でもその身を削られるような攻撃を受けると、どうやら迎撃が最優先となるようだ。
アッシュはすぐさま部屋の中央へと目を向ける。
そこではレオが1人で盾型2体を相手にしていた。新たに入手した9等級防具、《セラフ》シリーズの敏捷性、移動速度の大幅上昇の効果のおかげか。今回は2体が相手でもなんとかさばききれている。
その奥ではラピスもまた2体相手に回避専念でしのいでいる。
アッシュはレオのそばを駆け抜け、ラピスのところへと素早く到達。1体を引き受け、先ほど同様にソードブレイカーで相手の長剣を破壊しつつ、慎重に倒した。
その後も順調に1体ずつ処理。
残るはレオが受け持つ1体となった、そのとき。
「ま、待って!」
クララの声が響き渡った。
レオ以外の全員が動きを止め、彼女に注目する。
「幾つか魔法を試したいんだけど、いいかな?」
盾型1体程度なら危険に陥ることはない。
たしかに検証にはこれ以上ない機会だ。
アッシュはいまだ交戦中のレオへと叫ぶ。
「レオ、そのまま維持できそうか!?」
「1体なら余裕だよ!」
互いに盾をぶつけ合いながら、部屋に重厚な音を響かせている。隙を見つけては敵が剣を繰り出してくるが、それすらもいまのレオにとっては防ぐこともたやすいようだ。盾だけで完全にしのいでいる。
「それじゃあラピスはクララのそばについててやってくれ! ルナは敵がクララに向かった場合、裏をとれるよう前目に頼む!」
そう指示を出しながら、アッシュは敵とクララの中間地点付近に立った。敵がいつ突進をはじめても掴まえられるようにするためだ。
全員の配置が終わったのを確認後、声を張り上げる。
「クララ、いつでもいいぞ!」
「うん。それじゃあ《サンクチュアリ》からいくね!」
クララが杖を持ち、その先端を傾ける。
応じてレオの足下に白の輝きを放つ魔法陣が現れた。
8等級の白の魔石、《サンクチュアリ》。
魔法陣上の挑戦者の、《ヒール》の効果上昇にくわえ微量の治癒効果を付与する魔法だ。
初めて見たのは《ソレイユ》と合同で討伐したリッチキング戦だ。あのときにオルヴィが使っていた魔法をクララがいま使っていると思うと、少し感慨深いものがある。
そして、そんな呑気なことを考えていられるほど変化は訪れなかった。
敵はいまもレオに夢中だ。
「……反応しないみたいだな」
「この感じだとほかの天使も大丈夫かもね」
「治癒効果は少しだけらしいけど、それでもこれは大きいわね」
天使との戦闘に慣れてきたとはいえ、かすり傷程度なら少なくない頻度で負っている状態だ。ラピスの言うとおり、たとえ微量だとしても戦闘中に治癒効果を受けられるのはかなり大きい。
「レオさん、次いくね!」
「了解っ!」
クララは杖を背負いなおすと、今度は左手を突き出した。《サンクチュアリ》は予想できたが、今度はいったいなんの魔法を使うつもりか。リングからして攻撃、または妨害魔法であることは間違いないが……。
と、敵の足下に青い魔法陣が描かれた。
現在、クララが装着するリングの中で敵の足下に魔法陣を描くものは《フロストピラー》のみだ。アッシュは敵の動きに対応できるようにと身構える。
ただ、彼女は魔法陣を描いたところで放つことはしなかった。そのままストック状態で止めているらしい。敵もクララに反応することなく、レオへと相対しつづけている。
「魔法を発動するだけなら反応しないのか」
「前に魔法を使ったとき、発動したときか命中したときかどっちかわからなかったから、知りたかったの。あと……」
たたたっ、とクララは走って立ち位置を変えた。
敵との射線上にレオを入れないようにしたようだ。
「レオさん、今度は敵に当てるね!」
「いつでもいいよ!」
レオの合図を受け、クララは今度は右手を突き出した。今度はその手もとに魔法陣が描かれたが、先に放たれたのは待機中の《フロストピラー》のほうだった。
どんっ、と腹に響くような音とともに噴き上がった奔流。見事に受けた敵がたまらずよろめく。
その隙を逃すまいと今度こそクララの手元から魔法が放たれた。閃光のごとく虚空を突き進む極太のそれは紛れもなく《フロストレイ》だ。久々に見たその一筋の光は命中した敵の頭部を豪快に吹き飛ばした。
一瞬、その場で硬直していた敵だが、一拍後にはまるで人形のように脱力し、騒々しい音とたてて床へと崩れ落ちた。その後も立ち上がることなく消滅していく。
「やっぱり盾型は魔法耐性が低いみたいだね。それにしても――」
「いい連撃だったわ」
ルナに続いてラピスが感嘆の声をもらす。
先ほどまでずっと敵の相手をしていたレオがふぅと息をついた。感心したように頷きつつ剣を収める。
「これは大きな収穫だね」
「この敵を相手にするとき、あたしも見てばかりはちょっとって思って。付き合ってくれてありがとう、レオさん」
「いえいえ、これぐらいお安い御用だよ。むしろ僕としてはこのセ・ラ・フッ! の効果を存分に感じられて至福のときだったしね」
相変わらず新防具に心を奪われているレオは置いておくとして。
アッシュは先ほどのクララの魔法を思い出しながら意見を口にする。
「まあ、1体相手ならともかく、複数が相手のときはこれまでどおり魔法は使わないほうがいいだろうけどな」
「やっぱりそうだよね……ごめん、手間とらせちゃって」
言って、クララが肩を落としてしまった。
どうやら勘違いをさせてしまったようだ。
アッシュはにっと笑って続ける。
「謝る必要はない。もしものときってのがある。そのときにいまの情報があるかないかで、かなり変わってくるはずだ。なにしろここから先はまたなにが待ち受けてるかわからないんだからな」
個人的にはクララが自分で考え、試そうとした。
そのことがなによりの収穫だと思った。
責められたわけではないとわかったからか、ほっとしたように頷くクララ。そんな彼女を横目に見つつ、アッシュは次なる道へと足を踏み出した。





