家族
知らない記憶は誰にでもある
高校一年の夏、私は同級生たちと肝試しに出かけた
目的地は知る人ぞ知る廃屋だった
昔から幽霊が出るという噂が絶えず
近所の人でさえあまり近づこうとしない場所らしい
退屈な日常に刺激を求めていた私たちは
自転車を走らせその廃屋へと向かった
到着するまでは何事もなかった
いざ目の前にすると誰もが少しばかり怖気づいたのかどうやって中に入るかを相談し始めた
すると一人がぽつりと言った
「……あれ、開いてない?」
見ると玄関の扉がわずかに開いていた
誰かが先に来ているのだろうか
そんな考えも浮かんだがせっかくここまで来たから
私たちは互いに顔を見合わせ
誘われるように中へと足を踏み入れた
中は薄暗くかび臭かった
それぞれ別の部屋を探索することになり
私は玄関に残って周囲を見回した
そこでその家の妙なことに気がついた
それは写真が多いことだ
靴箱の上にも、正面の壁にも、廊下の隅にも。
大小さまざまな額縁が並び
そのどれにも写真が収められていた。
まるで家中の壁という壁を
写真で埋め尽くそうとしたかのようだった
私は近くの写真に目を向けた
そこには家族らしき五人が写っていた
女が一人、男が一人、子供が二人
そしてその真ん中に私がいた
思わず写真に顔を近づけた
見間違いではなかった
中央にいる少女は私によく似ている
という程度のものではなく
髪型も、顔立ちも、着ている服さえ
今の私自身のものに見えた
しかしそんなことよりも
周囲の人間のほうが異様だった
女の首は不自然なほど長く
顔いっぱいに笑みを浮かべている
隣の男は口が裂けているのか大きく口を開けていて
二人の子供は手足の関節があり得ない方向へ
折れ曲がり互いに寄り添うようにして笑っていた
それでも家族全員が幸せそうだった
本当に仲の良い家族の記念写真であるかのように
私は別の写真にも目を向けた
そこにも私がいた、廊下の写真にも
居間の写真にも、階段の壁に掛けられた写真にも
どの写真にも私が写っていて
笑っているものもあれば
誰かに抱きしめられているものもある
食卓を囲んでいるものもあれば
庭で遊んでいるものもあった
どれもありふれた家族の思い出のようだった
ただしそこに写っている家族の姿を除けば
私はこの家に来たことなどなく
この人たちに会ったこともない
そうであるはずなのに
写真の中の私はずっと昔から
彼らと暮らしてきたかのように
自然な笑顔を浮かべていた
恐怖よりも疑問が頭を埋め尽くした
いつ撮った写真なのだろう
どうして私が写っているのだろう
この人たちは一体誰なのだろう
考えても答えは出なかった
そのときだった
「おかえり」
背後から女性の声がした
今まで生きてきて聞いたことのない声色だった
私は振り返ろうとしたがなぜか体が動かなかった
「おかえり、私の子供」
声はすぐ後ろから聞こえていた
「もう二度と離しはしないからね」
それは私を憂うひどく優しい声だった。
「だから、また幸せに暮らそうね」
その言葉を聞いた瞬間に背中に冷たいものが触れた
細い指のようなものが私の肩にそっと置かれる
その手はひどく冷たかった
部屋の奥から友達の悲鳴が聞こえた
一人ではない
何人もの声が重なり助けを求めるように響いている
私は友達の名前を呼ぼうとしたが声が出なかった
肩に置かれた手がゆっくりと私の体に回される
逃げなければ
そう思っているのに足が動かない。
冷たい腕が私の胸元を締めつけた
「大丈夫よ」
女が耳元でささやいた
「もうどこにも行かなくていいの」
私はこの人を知らない、この家に来たこともない
私はこの人の子供なんかじゃないと
必死に否定しようとした
けれど体に食い込んでくる腕は
私の言葉など聞くつもりもないようだった
友達の悲鳴はいつの間にか聞こえなくなっていた
何もかもが手遅れなのだろう
何が間違っていたのか
いつから間違っていたのか
私には、何一つわからなかった
ただ私の体にまとわりつく手だけが
確かな感触を持っていた
その腕は二度と離さないという言葉の通りに
私の体全体へと深く食い込んでいた
そして女は私を抱きしめたまま
ただ嬉しそうに笑っているようだった
本当に自分が知らないとしても




