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ラミア香紙工房 十五文化圏周縁抄  作者: 黒瀬 量衡


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9/12

9枚目 優しい香りではありません。返品先が三つに増えただけです

 返品先は、一つならまだ追える。


 神殿なら、神殿紙を見る。


 薬師組なら、薬包みを見る。


 白香の家なら、白香の棚を見る。


 青壺の家なら、水札を見る。


 どこから戻ったのか。


 誰が見たのか。


 何に使うはずだったのか。


 それを追えば、戻る道が少し見える。


 でも、返品先が三つになると、風はほどけにくい。


 右から戻る。


 左から戻る。


 奥から戻る。


 同じ紙束が、違う顔をして戻ってくる。


 神殿では重い。


 薬師組では甘い。


 婚礼先では、日ごとに香りが変わる。


 同じ香りのはずなのに。


 同じ白い紙のはずなのに。


 戻ってくる理由が、三つになる。


 その朝、乾燥場へ来た荷は、三つだった。


     *


 一つ目は、神殿からだった。


 薄香紙。


 白い包み。


 赤い封紐。


 神殿の印。


 以前よりも丁寧に包まれている。


 丁寧に戻される荷は、たいてい悪い。


 怒って投げ返された荷よりも、丁寧に包まれて戻る荷の方が重い。


 女主人は、包みを受け取った。


 神殿の使いは、前より顔を硬くしていた。


「再確認の分です」


「また重かったか」


「重い紙と、軽い紙が混じっています」


 重い。


 また、その言葉。


 わたしは控え帳を開いた。


 神殿戻り。


 香り重し。


 参列児童二名、薄香紙風下にて眠気強し。


 白香確認戻し。


 青壺口布日。


 南庭水。


 白花下風。


 黒札扱い字外し。


 白香黒点札、同一視しない。


 点のみ信用しない。


 止まった跡を見る。


 そこまで書いてある。


 それでも、また戻った。


「白香式黒点札の分です」


 神殿の使いが言った。


 女主人の眉が動いた。


 わたしは、包みの札を見た。


 白い札。


 端に、小さな黒い点。


 きれいな点。


 その下に、文字。


 白香香見済。


 青壺家確認水使用。


 婚礼兼神殿薄香可。


 黒点確認済。


 黒点確認済。


 その文字を見ただけで、床の風が冷えた。


 黒点確認済。


 何を確認したのか、書かれていない。


 何を止めたのか、もっと書かれていない。


「止まった跡は」


 女主人が言った。


 神殿の使いは困った顔をした。


「白香の家では、確認されたと」


「止まった跡は」


「……記録にはありません」


 ない。


 黒い点はある。


 止まった跡はない。


 その札は、もう黒い点ではなかった。


 飾りに近い。


     *


 二つ目は、薬師組からだった。


 こちらは怒っていた。


 怒りは、紙の包みにも出る。


 神殿の包みは丁寧だった。


 薬師組の包みは、きつく結ばれていた。


 結び目が硬い。


 ほどきにくい。


 つまり、戻す側も止めたのだ。


 薬師組の使いは、机の上に小布を置いた。


「甘い」


 第一声が、それだった。


 女主人は黙っている。


「白花の甘さではありません。白香の棚の甘さです」


 わたしは顔を上げた。


 白香の棚香。


 七枚目で見た。


 白香確認棚に残っていた香り。


 紙束の下側へ移っていた甘さ。


「薬包みに棚香は不要です」


 薬師組の使いは言った。


「薬が甘くなるわけではありません。ですが、苦みを見る時に邪魔です。湿った粉にも気づきにくくなります」


 その通りだった。


 薬師組の人は、香りを楽しむために包むのではない。


 薬を隠すために包むのでもない。


 薬を守るために包む。


 白香の棚香は、薬を守らない。


「これも白香式黒点札ですか」


 女主人が聞く。


「はい」


 薬師組の使いは、きつく結ばれた札を出した。


 白い札。


 黒い点。


 白香香見済。


 青壺家確認水使用。


 薬包み転用可。


 転用可。


 誰が決めたのか。


 何を見て決めたのか。


 紙の戻る風を見たのか。


 布の結びを見たのか。


 薬師組の使いが続けた。


「薬師組では不可です」


 短い。


 はっきりしている。


 白香の柔らかい言葉より、ずっと乾いていた。


「理由は」


 女主人が聞く。


「棚香戻り。甘香残り。薬臭確認妨げ。湿粉判別不適」


 わたしはそのまま控えへ写した。


 薬師組戻り。


 棚香戻り。


 甘香残り。


 薬臭確認妨げ。


 湿粉判別不適。


 白香式黒点札。


 止まった跡なし。


 書いているうちに、手が少し重くなった。


     *


 三つ目は、婚礼先からだった。


 これは、返品というより苦情だった。


 白香の家を通じて来た書き付け。


 紙束そのものは戻っていない。


 だが、書き付けは戻った。


 婚礼先の家では、合わせ香紙を試しに二日置いた。


 一日目はよい香り。


 二日目は少し甘い。


 三日目は重くなる。


 朝と夜で違う。


 客間ではよいが、寝間近くでは濃い。


 神前へ置くには不安。


 婚礼の場に使うには、香りが落ち着かない。


 そう書いてあった。


 リリア様なら、きっと美しく言うだろう。


 朝、昼、夜で変化する香り。


 婚礼の一日を映す香り。


 清く始まり、柔らかくなり、夜には深くなる香り。


 でも、婚礼先はそう受け取らなかった。


 香りが落ち着かない。


 神前へ置くには不安。


 その言葉が戻ってきた。


 女主人は書き付けを机へ置いた。


「三つだな」


 神殿。


 薬師組。


 婚礼先。


 三つ。


 若い香読みたちは黙っている。


 白香の下働きも黙っている。


 青壺の確認水を持ってきた若い者も、目を伏せている。


 わたしは、乾燥場の入口を見た。


 今日はまだ、リリア様もサイード様も来ていない。


 でも、来るだろう。


 この戻り方なら、必ず来る。


     *


 戻った紙を分ける。


 神殿紙。


 薬師組小布。


 婚礼先書き付け。


 白香式黒点札。


 青壺家確認水使用。


 棚香戻り。


 甘香残り。


 香り日変わり。


 神前不安。


 薬包み不可。


 止まった跡なし。


 札が増える。


 また、増える。


 若い下働きが、札箱を抱えてきた。


「ナディさん」


「何」


「札箱、足りません」


「新しい箱を出して」


「黒札用ですか、留め札用ですか、戻り用ですか」


「戻り用」


「戻り用、もういっぱいです」


「では、白香式黒点札用を作って」


 言ってから、嫌になった。


 白香式黒点札用。


 そんな箱まで必要になるのか。


 若い下働きも、同じ顔をした。


「専用箱ですか」


「専用箱です」


「嫌な箱ですね」


「はい」


「名前、長いです」


「白黒点戻り箱」


「少し悪口みたいです」


「では、白香黒点留め箱」


「もっと悪口です」


 わたしは、少しだけ考えた。


「点留め箱」


「それなら」


「でも、控えには白香式黒点札由来と書く」


「結局長いですね」


「はい」


 下働きはため息をついた。


 でも、箱を取りに行った。


 面倒だ。


 本当に面倒だ。


 でも、箱がないと混ざる。


 混ざると戻る。


 戻ると、もっと面倒になる。


     *


 昼前、サイード様が来た。


 リリア様も一緒だった。


 青壺の使いも一人。


 白香の家の下働きも二人。


 人が増えると、乾燥場の風は悪くなる。


 人の体温。


 衣の香り。


 持ち込む布。


 声。


 目。


 全部が風に入る。


 サイード様は、三つの戻りを見た。


 顔が硬かった。


「白香式黒点札の運用に問題があったことは、認めます」


 最初から、そう言った。


 以前よりは、はっきりしている。


 けれど、続きがあった。


「ただ、白香の家としても、香りの質を落としたつもりはありません。むしろ、従来より柔らかく、婚礼にふさわしい香りへ近づけました」


 柔らかく。


 婚礼にふさわしい。


 リリア様が、静かに頷いた。


「私も、香り自体はよいと思います」


 来た。


 そう思った。


「神殿で重くなったのは、置き場との相性かもしれません」


 リリア様は言った。


「薬師組では甘さが問題になったようですが、婚礼の場ではその甘さが喜ばれることもあります。婚礼先の方も、香りが変わるとおっしゃっただけで、悪臭とは言っていません」


 悪臭ではない。


 そうだ。


 悪臭ではない。


 毒でもない。


 腐敗でもない。


 香りは、よい。


 それが問題だった。


 悪臭なら、誰でも避ける。


 よい香りは、近づく。


 近づいて、使いたくなる。


 名前をつけたくなる。


 柔らかく言いたくなる。


 止める札を外したくなる。


「優しい香りです」


 リリア様は言った。


 若い香読みの一人が、小さく頷いた。


 白香の下働きも、少し顔を上げた。


 サイード様も、リリア様の言葉に救われたような顔をした。


 優しい香り。


 その言葉で、戻ってきた紙が少し軽く見える。


 でも、戻ってきている。


「優しい香りではありません」


 わたしは言った。


 また、乾燥場が止まった。


 リリア様の笑みが、ほんの少し遅れた。


「では、何ですか」


 声は柔らかい。


 でも、目は笑っていない。


「返品先が三つに増えただけです」


 言ってしまった。


 角が立つ。


 かなり立つ。


 でも、言ってしまった。


     *


 サイード様の顔が赤くなった。


「ナディさん。それは言い過ぎでは」


「神殿から戻りました」


 わたしは言った。


「薬師組から戻りました。婚礼先からも書き付けが戻りました」


「婚礼先は返品ではありません」


「苦情です」


「苦情と言うほど強いものでは」


「不安と書いてあります」


 わたしは書き付けを指した。


「神前へ置くには不安。婚礼の場に使うには、香りが落ち着かない」


 サイード様は黙った。


 リリア様が、間に入る。


「ナディさん。言葉は選びましょう」


「はい」


「戻ったものを、そのまま強い言葉で並べると、必要以上に傷が広がります」


「傷はもうあります」


「広げる必要はありません」


「広げて乾かすと、女主人が言いました」


 リリア様の目が、少しだけ細くなった。


 わたしは続けた。


「丸めると臭います」


 若い下働きが、後ろで肩を震わせた。


 女主人が睨む。


 下働きは黙る。


 リリア様は、笑わなかった。


「ナディさんは、私が丸めていると思っているのですね」


「分かりません」


「分からない?」


「はい」


「また、それですか」


 声が少しだけ低くなった。


 すぐに戻る。


「私は、皆が傷つかないようにしているだけです」


「はい」


「サイード様も、白香の家も、青壺の家も、神殿も、薬師組も、婚礼先も、工房も。全部を一度に傷つけてしまえば、直るものも直りません」


「はい」


「だから、優しい言葉が必要なのです」


「優しい言葉で、止まりますか」


 リリア様が黙った。


 わたしは、戻ってきた三つの荷を見た。


「止まるなら、使います」


 自分で言って、少し驚いた。


 リリア様の言葉も、止めるためなら使える。


 黒札も、留め札も、黒い点も、白香香見済も、青壺家確認も。


 全部、止めるためなら使える。


 でも、止まらないなら、飾りになる。


「優しい言葉で止まるなら、使います」


 もう一度、言った。


「止まらないなら、戻ります」


     *


 女主人が、そこで手を叩いた。


 一度。


 乾燥場の空気が切れた。


「分ける」


 短い声だった。


「神殿戻りは神殿戻り。薬師戻りは薬師戻り。婚礼先不安は婚礼先不安。白香式黒点札は白香式黒点札。青壺家確認水は青壺家確認水。セレナ確認とは分ける」


 青壺の使いが、少し顔を上げた。


 女主人は続ける。


「白香香見済は香見済。水未見なら水未見。紐未見なら紐未見。風未見なら風未見。止まった跡がなければ、黒点扱いしない」


 サイード様が口を開く。


「白香の家としては、再確認の機会を」


「ある」


 女主人は言った。


「再確認はする。だが、再出荷はしない」


「いつまでですか」


「止まった跡が揃うまで」


「具体的には」


 女主人は、わたしを見た。


「ナディ」


「はい」


「言え」


 心臓が、少し跳ねた。


 わたしが言うのか。


 でも、言うしかない。


「一つ目。神殿紙は、神殿の置き場を確認するまで再出荷しません」


「二つ目」


「薬師組小布は、薬師組が香りを邪魔しないと確認するまで戻しません」


「三つ目」


「婚礼先用は、一日、二日、三日で香りが変わるか、工房で試します」


「四つ目」


「白香式黒点札は、そのまま信用しません」


「五つ目」


「青壺家確認水と、セレナ様確認水は分けます」


「六つ目」


「黒い点があるかではなく、止まった跡を見ます」


 言い終えると、喉が乾いた。


 リリア様が、わたしを見ていた。


 サイード様も見ている。


 青壺の使いも。


 神殿の使いも。


 薬師組の使いも。


 白香の下働きも。


 みんな、わたしを見ている。


 よくない。


 見られるのは苦手だ。


 わたしは床を見た。


 花弁を落としたくなった。


「その通りだ」


 女主人が言った。


 それで、場が少し動いた。


 わたしの言葉ではなく、女主人の判断になった。


 少し、息ができた。


     *


 サイード様は、長く黙っていた。


 それから、言った。


「白香の家の香見が、不十分だったということですね」


「役が違います」


 女主人が答えた。


 七枚目と同じ言葉。


「香見は香見。水見ではない。風見ではない。荷紐見ではない」


 サイード様は、悔しそうだった。


「白香の名で出す以上、香りの責任は白香にあります」


「なら、白香の名で止めろ」


 女主人の声は鋭かった。


「白香の名で通すな。白香の名で止めろ」


 サイード様は黙った。


 その言葉は、強かった。


 白香の名で通す。


 それは今まで、サイード様がしてきたことだった。


 白香の名で確認した。


 白香の名で黒点札を整えた。


 白香の名で婚礼棚可とした。


 白香の名で薬包み転用可とした。


 でも、女主人は逆に言った。


 白香の名で止めろ。


 名は通すためだけではない。


 止めるためにも使う。


 サイード様は、その言葉を受け止めきれていない顔をしていた。


 リリア様が、そっと横へ寄る。


「サイード様」


 柔らかい声。


 白香の袖が、少し揺れる。


 でも、サイード様は今日はすぐにリリア様の方へ寄らなかった。


 戻った紙束を見ていた。


 神殿。


 薬師。


 婚礼先。


 三つの戻り。


 白香の名。


 その全部が、目の前にあった。


     *


 午後は、試験になった。


 婚礼先から不安と書かれた香紙を、工房で三日分に分ける。


 今日すぐ嗅ぐもの。


 一晩置くもの。


 二晩置くもの。


 棚を変えるもの。


 吊るすもの。


 包むもの。


 白香の棚香を抜くもの。


 青壺家確認水と触れさせるもの。


 触れさせないもの。


 神殿紙候補。


 薬師組不可。


 婚礼先再確認。


 旅袋外包み候補。


 札が、また増える。


 若い下働きが、とうとう言った。


「札で紙が見えません」


「見えるように置いて」


「無茶です」


「無茶でも」


「ナディさんも、少しリリア様の柔らかさを」


 言いかけて、下働きは自分で口を閉じた。


 わたしは少し笑いそうになった。


「何ですか」


「いえ」


「言って」


「言うと、戻りそうなので」


「賢いです」


「褒められました?」


「たぶん」


 少しだけ、乾燥場の空気がゆるんだ。


 こういう柔らかさなら、悪くない。


 止まった後の柔らかさ。


 分けた後の笑い。


 紙束を動かさない笑い。


 それなら、たぶん大丈夫だ。


     *


 夕方、リリア様が一人で戻ってきた。


 また、人が減った後だった。


 乾燥場の音が少なくなる頃を選んだように、白い肩掛けが入口に揺れた。


 紙束を動かす者も、壺を運ぶ者も、もう少ない。


 乾き紐を巻く音だけが、細く残っている。


 こういう時の声は、よく通る。


 聞きたくない言葉まで、よく通る。


「ナディさん」


「はい」


「今日は、あなたが場の中心でしたね」


「違います」


「また、違う」


「女主人が決めました」


「でも、あなたが言いました」


「言わされました」


「それでも、皆が聞きました」


 リリア様は微笑んでいた。


「よかったですね」


 よかった。


 その言葉が、少し冷たい。


 わたしは、何も言えなかった。


「下働きだったあなたが、白香の家にも、青壺の家にも、神殿にも、薬師組にも、婚礼先にも、手順を言う」


 リリア様は、紙束を見た。


「すごいことです」


「すごくありません」


「そうかしら」


「戻った紙を分けているだけです」


「また、それ」


 リリア様は、小さく笑った。


 その笑いは、いつもの柔らかい笑いとは少し違った。


「ナディさんは、自分がどこに立っているのか、本当に分かっていないのですね」


「乾燥場です」


 リリア様の笑みが、止まった。


 ほんの一瞬。


 でも、止まった。


「……そういうところ」


 小さな声だった。


 今度は、はっきり聞こえた。


「ストーリーを乱すの。イライラする」


 ストーリー。


 イライラ。


 また、知らない種類の言葉だった。


 背景モブ。


 悪役令嬢。


 退場。


 それらと同じ匂いがする。


 けれど、今度の言葉には、はっきりと苛立ちが混じっていた。


 わたしは、手を止めた。


 リリア様は、すぐに笑みを戻した。


「失礼します」


 そう言って、出ていく。


 白い肩掛けが揺れる。


 乾燥場の入口で、一度だけ振り返る。


 その顔は、やはり柔らかかった。


 わたしは、控え帳を開いた。


 ――リリア様、小声。


 ――ストーリーを乱すの。イライラする。


 ――意味、不明。


 ――背景モブ、悪役令嬢、退場と同種の語か。


 ――人を役に置く気配、継続。


 ――対象、ナディか。セレナ様か。両方か。不明。


 書いてから、少し手が震えた。


 背景モブ。


 悪役令嬢。


 退場。


 ストーリー。


 イライラ。


 少しずつ、言葉がつながっている気がする。


 でも、まだ分からない。


 だから、分からないまま残した。


     *


 夜、女主人は新しい奥帳の項目を作った。


 白香式黒点札再戻り。


 神殿、薬師組、婚礼先の三方向より指摘。


 神殿指摘。


 香り重し。紙ごとに差あり。


 薬師組指摘。


 棚香戻り。甘香残り。薬臭確認妨げ。


 婚礼先指摘。


 日ごとに香り変化。神前使用不安。


 共通原因候補。


 白香式黒点札の意味軽化。


 黒点確認済の文言曖昧。


 止まった跡なし。


 白香香見と水見、風見、布紐見、置き場見の混同。


 青壺家確認水とセレナ確認の混同に注意。


 対応。


 再出荷停止。


 用途別再試験。


 白香式黒点札は、そのまま信用しない。


 黒い点ではなく、止まった跡を見る。


 女主人は、最後の一行を強く書いた。


 黒い点ではなく、止まった跡を見る。


 前にも書いた。


 でも、もう一度書いた。


 何度でも書くのだと思った。


 大事なことは、一度書いても薄くなる。


 何度も戻る。


 だから、何度も書く。


「ナディ」


「はい」


「明日から、白香の黒点札は全部、お前が見る」


「はい」


「青壺家確認水も、セレナ確認とは分ける」


「はい」


「リリア様の言葉は」


 女主人は、そこで少し止まった。


「奥帳には入れない」


「はい」


「だが、控えには残せ」


「はい」


「人を役に置く気配、だったな」


「はい」


「それが、紙を動かすこともある」


 わたしは頷いた。


 言葉が紙を動かす。


 人が手を動かす。


 手が荷を動かす。


 荷が風を変える。


 風が香りを変える。


 香りが紙を戻す。


 全部つながる。


 だから、言葉も控える。


     *


 今でも、わたしは魔法を使えない。


 香りを留める秘術も知らない。


 白香の家の面子も、青壺の家の順も、婚礼先の気持ちも、全部は分からない。


 リリア様の言うストーリーも分からない。


 背景モブも。


 悪役令嬢も。


 退場も。


 イライラも。


 まだ、分からない。


 でも、戻ってきたものは見える。


 神殿から戻った紙。


 薬師組から戻った小布。


 婚礼先から戻った不安。


 三つの戻り。


 それは、優しい香りではなかった。


 返品先が三つに増えただけだった。


 そう書くと、角が立つ。


 だから、奥帳にはこう書いた。


 白香式黒点札。


 再出荷停止。


 用途別再試験。


 黒い点ではなく、止まった跡を見る。


 それで十分だと思う。


 十分ではないかもしれない。


 でも、今日より前へ戻るよりはましだ。


 わたしは、花弁を一枚落とした。


 花弁は、三つの紙束の間で迷うように滑った。


 神殿戻りの方へ少し。


 薬師戻りの方へ少し。


 婚礼先書き付けの方へ少し。


 最後に、黒い点の札の下で止まった。


 今日の風は、三つに割れている。


 でも、割れているなら、分けられる。


 神殿。


 薬師組。


 婚礼先。


 白香。


 青壺。


 工房。


 ローデン商隊。


 セレナ様。


 サナさん。


 サイード様。


 リリア様。


 そして、わたし。


 誰か一人の毒ではない。


 誰か一人の失敗でもない。


 でも、全部が少しずつ動いた。


 だから、止める。


 黒い点を見るのではなく。


 止まった跡を見る。


 そのために、今日も控え帳を閉じない。

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