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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、ロワレ③

痴呆があるとセルジュも施設側も思い込んでいるようだが、この夫妻は年相応に穏やかなだけのように思える。セルジュにとって親、特に父親は口煩く厳しかったのかもしれない。だが息子の独立を認めて口を出さなくなったことを衰えと勘違いしたのなら、どこまで他人を軽んじているのかとさえ思えてくる。

急にルイは咳き込み始め、エヴァが慌てて背中を摩る。ルイは苦しそうに、しかし咳を鎮めようと踠くように苦闘して、エヴァは少しでも和らげようとはするも、あまり助けになっていないことに落胆を隠せないでいる。どちらも必死な様子に見守るしかないゼップの方が辛そうだ。

咳はなんとか治まったが、ルイは肩で息をして、エヴァが差し出した小布で口許を拭う。そして未だ息が落ち着ききっていないのに、ルイは言った。

「Notre maison d'origine, c'est... la maison où nous vivions avant.」

「Où se trouve la maison où vous habitiez avant? Peut-être l’Ehpad à Paris?」

ルイは振り払うように右左と首を振った。くるくると何度も振らないのはそれが億劫だからか辛いからか。いずれにしても落ち着いた動作だ。

「C'est une vieille maison à Argenteuil.」

「Avez-vous déjà vécu dans cette maison avec Serge?」

ルイは微かに瞠ったが、あっという間に押し隠してしまった。そしてルイではなくエヴァが答えた。

「Serge ne se souvient probablement pas d'avoir vécu là-bas. Un tournant dans ma carrière a coïncidé avec l'entrée de Serge à l'école primaire, et nous avons déménagé à Paris.」

Hmm, Je vois. とメイアンは気のないような返事をしてゼップに意味ありげな目を向ける。

「…なんだね?」

「アルジャントゥイユだってよ」

「小さいが庭のある住み良い家だ」

「アルジャントゥイユだってさ」

「だからなんだと?」

「ジョルジュ・ブラックの出身地で、ギュスターヴ・カイユボット、クロード・モネやアルフレッド・シスレーが居を構え、特にモネのところにはルノワールが滞在して共同制作してたな。ねぇ?」

「なんの当て擦りだ」

にまとつい笑みが浮かんでしまう。ゼップの癇に障ったらしい。

「当て擦りだってわかるんだ?」

ゼップは不貞腐れてぷいと横を向いてしまった。

アルジャントゥイユ(川の煌めき)。印象派が名前だけで虜になりそうな街だ。パリの北西約10㎞、セーヌ川右岸にある。

「…断っておくが」

横を向いたままゼップは低く言う。子供の姿なのに、その落差ギャップが何故か可笑しい。

「二人共ドイツ語がわかるのだからな。特にルイは」

「ゼップと内緒話をしたくてドイツ語で話してるんじゃないもん、問題無い無い。それとも?内緒にしてほしかった?」

画商であったことを考えれば、ゼップの絵をセルジュが贋作に仕立てて売買してきたことなどルイの耳に簡単に届いているに違いない。或いはマスコミに取り上げられてエヴァも知るところになっていることだろう。敢えて隠すのは、悪手だ。

「…Sepp, notre fils Serge t'a fait quelque chose d'impardonnable, et nous en sommes sincèrement désolés.」

「Ne t'en fais pas. Serge... enfin... il n'a pas vraiment le sens artistique.」

言うだけ言っておいて、ゼップはいやそうじゃなくてと無用な弁明を始めた。ルイはそれを静かに遮った。

「Tu as raison, Sepp. Serge n'a aucun talent artistique. Il aurait dû se lancer dans la production de masse, comme l'imprimerie, au lieu d'acheter et de vendre des pièces uniques. On a fait une erreur.」

「Vous n'aviez pas tort.」

ルイはまた少し咳き込んだ。口許に小布を当てメイアンを目だけで見上げた。

「Eva t'a appelée une jeune fille, mais moi je te vois comme Serge. Mais ce n'est évidemment pas Serge, il ne me regarde pas comme ça.」

親にまで閑卻かんきゃくな態度なのかと唾棄したくなる。寧ろなにが彼をそんなに思い上がらせているのか知りたくなるくらいだ。

「Toi aussi, Sepp. Eva l'a dit sans hésiter, alors tu dois être Sepp. En te parlant, je suis sûre que tu l'es. Tu as l'air d'un garçon, mais… Sepp était sûrement un peu plus âgé que nous, non?」

狼狽するゼップにルイは目を細めた。ルイはエヴァの特殊な視力を丸ごと信頼しているのだろう。どうしてこのような夫妻からあのような尊大な男が生まれてくるのか、謎でしかない。

「…Nous avons des pouvoirs magiques. Mais ça ne marche pas sur Eva. Comme les visites sont limitées, je vais lui dire ce dont j'ai besoin. Pourrai-je supporter de ne plus revoir Serge ?」

二人は瞬時に身を硬くした。息子と接点を持つ限り、彼は両親からなにかを奪うように利用し続けるであろうし、そういう存在と捉えているから扱いも等閑だ。この個室を見ればそれは明白だ。盆地のオルレアン近郊で、窓は一方向しかなく、設備も古い。パリから離れた分、提供されるサービスの質もどうしたって落ちてしまう。だが肉親の情も、どうしたって捨てきれないのだ。

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