2023年5月、ロワレ④
それでも答えは決まっているのだろうとメイアンは思う。
「Il vous est difficile de devoir choisir rapidement entre deux options en ce moment. Un jour, vous réveillerez soudainement dans une maison familière. Prenez soin de vous et reprenez des forces pour ce jour-là. Si vous vous réveillez à Argenteuil, il vaut mieux renoncer à Serge.」
エヴァが強張った顔で痞えながら発した。
「Serge, que va-t-il arriver à Serge?」
メイアンは肩を竦めた。
「Il ne fera rien. Peut-être essaiera-t-il de retrouver ses parents, mais il ne les retrouvera jamais. Voilà le genre de magie que je lance.」
エヴァは項垂れる。
「… Ce serait très triste.」
「いや〜間一髪だったねえ」
アーパッドを出てメイアンは姿を戻し、並木の下を伸びをしながら歩く。ゼップは少年のまま、縋るように追いついてくる。
「問答無用でEh bien, au revoir.で消えるって面妖な話だろう」
廊下で訝しげな会話が飛び交っているのを察知し、メイアンは別れの言葉ひとつで姿を消した。といっても防御陣で視覚を遮断したに過ぎない。あまりエヴァが驚いていなかったのを鑑みるに、彼女には消えたようには見えなかったのかもしれない。職員がノックは一応したものの略礼儀もなにもなく勝手に扉を開けて入ってきた。セルジュの姿のメイアンはどこだと問うてきたのだから、当のセルジュ本人から問い合わせがあったのだろう。それだけ確認できれば充分だ。メイアンは強権的に立ち入ってきた職員の横をゼップを押し遣りながら擦り抜け、正面玄関から出たという経緯だ。
「セルジュが散らばしといた封書に気づいたってとこかな。んー…ふむ。」
メイアンは足を止め、くるりと振り返る。
「レア・セドゥとソフィ・マルソー、どっちがいい?」
目線を合わせられてゼップは顎が外れたような顔になっていた。将に愕然という顔だなと可笑みが込み上げてきてしまう。
「…なんだ?映画でも見ようとでも?」
「ゼップ暇なの?」
「私が訊いているのだ」
「ワールド・イズ・ノット・イナフよりブレイブハートのソフィの方が良かった気がする。007で核弾頭とか趺坐けこと言ってたから気に食わないだけかな、アハ」
「レア・セドゥも007シリーズに出ていたな」
「ソフィはピアーズ・ブロズナン、レアはダニエル・クレイグ版ね。ミッション・インポッシブルにも出てたよ」
「どれに」
「四作目のゴースト・プロトコル。でも今度デューンにも出るっていうから、そっちの方が気になる」
「…躍進目覚ましい女優のどちらかを選べという意味を知りたいね」
「二人の女優の顔でセルジュをけちょんけちょんにしたんだ。ゼップは爺さんだって大前提があるから、女優に化けてたら全く関連性が見出せないでしょ?」
ゼップは鼻頭に皺を寄せた。
「セルジュに絡んだということは、絵画…私に返してくれた四枚の絵に関することだな?その顔でセルジュから取り上げたのか」
ゼップは想像以上に切れる男だなとメイアンは目の覚める思いがした。
「またその顔でうろちょろしたら絵画関連だと勘づくだろう、やめた方がいいのでは?」
「どっちにしたって、セルジュは贋作を世に送り出してしまう悪徳画商だって、それが彼の側面…というかもう殆ど本質みたいなものなんじゃん?レアとソフィは天誅を加えにくる天使みたいなものと位置づけた方が彼にとっても解り易い」
ゼップは現在の、半世紀以上生きたソフィ・マルソーに姿を変える。
「Non, non...若い頃のぴちぴちしたソフィにしてよ。その方がちょっと現実離れしていて嘘臭いでしょう?」
ゼップは薄く笑う。
「成程、嘘臭い…か」
察しがいいゼップは若さが眩しい時代のソフィ・マルソーに変わる。上出来だね、と笑いながらメイアンはレア・セドゥに変わった。
「よし、アーパッドに戻ろう」
「どういう陽動を?」
「んー…そだねえ、マッチポンプしよう。レアとソフィは動き回るセルジュを追いかけてきた…セルジュが動けば復讐の女神達が追いかけてくる、こんな構図、どうだい?」
ゼップはソフィの顔で右上に目線を投げる。
「ギュスターヴ・モロー…いいや、フランソワ⹀エドゥアール・ピコ、いやいや、アレクサンドル・カバネルのタッチで描いたらセルジュの頭が噴火しそうだ」
「是非描いてやれ。モデルはソフィとレアで」
ゼップは態とだろう、媚びたような女性っぽい仕草で考えついたように言う。
「復讐の女神というから、無礼に対する神の憤りと罰を表す義憤の女神ネメシスを思い浮かべていたが、エリニュスの方が相応しいな」
「エリニュス?」
「時代で変遷はあるが復讐の三女神エリニュエスという。アレクト、ティシポネ、メガイラ…エリニュエスは犯した罪に対する懲罰という意味の復讐を執行するのだ。謂わば刑務官」
「ネメシスもエリニュエスも、不利益を蒙ったーからの腹立つーからの、仕返ししてやるー、じゃないのか」
「怒りを力に変えるとか、そういう感情論はギリシャの女神にはない。罪がある。それは罰せられる。どのような罪なのかによって格の違う女神が対応する。それだけだ」
格、か。
五本の爪で生まれてきてしまった寒霏。学びが足らず振れば涸びた脳の欠片がからからと音を立てそうだが、知恵がついて判断力が養われたら、彼にも果たすべき役割があるのだろうか。
そういえばゼップは四本爪だ。このリントヴルムには己が撒いた種とはいえ、世界中に散逸してしまった夥しい数の贋作…ゼップの描いた絵を回収しなくてはならないのだろう。ばら撒いたセルジュを罰しながら。




