2023年5月、ロワレ②
オリヴェのアーパッドがエヴァ達に夕食を出し始めたのを見計らってメイアンは施設を訪問した。介護において食事は最も重要な時間帯である。必要不可欠でありながら嗜好の度合いが深く、その上誤嚥などの事故が起き易い。生き死にに関わる。当然一斉に食事の時間になる為、人手が最もかかる。
流石に施設長は現場に携わってはいなかったが、本来来客の応対などしたくないタイミングで訪れた入所者の親族にマニュアル通りの対応をしつつも、どうしても煩わしさと苛立ちが透けて見えた。
セルジュ・デュファイエとその息子或いは孫のような体でソファにゼップと並んで腰掛け、エヴァ達の様子を聞く。落羽松の言った通りセルジュはここを訪れたことなどなく、施設長はセルジュの顔に見覚えが無いらしかった。
面会してゆくかと尋ねられてメイアンは勿論と答えた。預けた親に顔も見せずに去るなはどう考えても面妖しい。ゼップがこれを機と捉えて行動を起こすのかと期待に満ちた目を寄越したが、セルジュ姿のメイアンは知らん顔で事務的に面会手続きを済ませ、割り当てられた個室へと進む。家族の面会が入って職員は皆この個室から退出している。メイアンは丁寧にドアを閉めるとBonsoirと発した。エヴァはきょとんとした目でメイアンを見て取り敢えず返事をしたが明らかに誰だと疑い戸惑っている。横にいる少年のゼップに助けを求めるように目を向けてやっと安堵したように表情を和らげた。
「Oh Sepp, ça fait longtemps…」
ハグを交わしながらゼップは怪訝そうに言う。
「どういうことだね、メイアン」
メイアンは額に手を遣り苦笑いした。一体世の中には幾人神眼の持ち主が存在するのだ?
「どうもこうも。訊いてご覧、メイアンがなにものに見えているのかを」
年齢が全く違っているゼップ・フォルラーニを違わずゼップと呼びかけ受容れたのだ、エヴァには確固たるゼップの姿が見えているのだろう。それはもしかしたらエヴァの見たいゼップの姿かもしれないし、リントヴルムであるのかもしれないし、或いは多重に姿が重なっているのかもしれない。少なくともそれをエヴァは昔からゼップなのだと認識していて、今日もその像が見えたからこそ通常の、否、平凡な目しか持たない人間には少年にしか映らないゼップを老人でもないのにゼップだと認識したのだ。
「La personne qui vous accompagne semble être une jeune femme, mais qui est-ce ? C'est une fille que je ne connais pas.」
メイアンはゼップを押し留め、一歩前に進み出、軽く会釈した。
「Enchantée. Je m’appelle Meilland. C'est mon nom de famille, mais j'aimerais qu'on m'appelle ainsi.」
それまでゼップとドイツ語を話していたメイアンがフランス語で話しかけてきてエヴァは一瞬戸惑ったようだが、理解できる言葉と内容に素直に反応した。
「Mademoiselle Meilland?」
落羽松も惚けてきてきてしまっていると言っていたが、然程ではないようだ。
「Non,non, vous pouvez m'appeler Meilland. Je suis venu ici parce que j'ai obéi aux souhaits de Sepp. Franchement, avez-vous envie de vivre ici ?」
胸を突かれたようにエヴァは息を呑んだ。やはりセルジュにいいようにされている自覚はあったのだろう。困ったように目を逸らして伏せたエヴァにゼップは狼狽する。おろおろと遣り場のない不穏な仕草だけが空転している。するとエヴァの背後のベッドに酸素のチューブを装着されたままの老夫が身動ぎした。起き上がりたいのだという意思表示だとエヴァは直ぐに悟り、手を貸してゆっくりと身を起こさせる。肩かけを広げて着せかけられたところで老夫は掠れてはいたがはっきりした声で言った。
「Votre nom est Mailland, n'est-ce pas ? Voulez-vous vivre ici? Haha, même pas une seconde. Si je pouvais, je retournerais chez moi.」
ほらね、ゼップ。エヴァにもルイにも、最早セルジュは小さな子供ではないんだよ。血縁の息子だからと彼が責務のように両親を取り扱っているから彼らはそれに従っているけれど、夫妻にしてみれば独立した息子に世話を焼いてもらわねばならない義務はないのだ。況してや道具として扱われているならば尚更。そんな目でゼップを見遣ると、ゼップは項垂れてしまった。
「Que voulez-vous dire par votre maison d'origine ?」




