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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、ロワレ①

眼下にフランス国鉄(SNCF)の運行するT(テー)E(ウー)R(エール)の車両が見える。オステルリッツ駅からオルレアン駅まで一時間半とかからずに着く。だがその一時間半が惜しい。なにより、鉄道は発車の定時まで待たなければならない。

オートルートも見える。A10(ラキテーヌ)A71(ラルヴェルヌ)を走ることなるが、道路はとても整備されてはいるものの制限90km/hの道では二時間程かかることになる。

「見えてきた、オルレアンだ」

東西にロワール川が横断している。北側に大きく撓んでふくらんだように湾曲しているのは、中央高地マシーフ・サントラルの南西に位置するセヴェンヌ山脈の北東に端を発するロワール川がロアンヌとヌヴェールをずっと北上してきて、オルレアンにきてぐいと西方に流れを変えるからだ。オルレアンから河口のナントまでロワール川は西を向き続ける。ダムや水門の少ない川で、今以って深刻な洪水被害を出し易い川でもある。長い河川であるため支流も多いが、ロワレ県は名の由来の通り小ロワール(ロワレ)川がロワール川本流に合流する場所でもある。

A71(ラルヴェルヌ)に沿って南下すればオリヴェだ。この際どこでもいい、早く…」

パリからオルレアンまで110㎞程ある。十五分とかからず到着を報せたのだから、ゼップは相当な速度で飛んでいたことになる。

「オリヴェといっても広かろう。どこだかわかっているのか?」

「地番はわかってる」

「そういえば私の家はどうやって知ったのだ?」

ミュンヘン近郊だろうと当たりをつけ、道端の草木に教えてもらいながら辿り着いたのだっけと記憶を辿る。

「ロワール川の、あそこ。落羽松シプレの梢に行ける?」

落羽松シプレ?」

「Die Aufrechte Sumpfzypresse」

「ああ、(Echte Sum)(pfzypresse)。あれかな?」

ゼップは一際高く聳えている落羽松を見つけ、川縁へと降下した。梢に近づくと、老婆が手にしているランタンを振ってこちらに合図していた。落羽松の葉の色をしたフードつきのローブをすっぽり被っている。落羽松の樹精だ。ゼップは老婆と目の合う高さにホバリングのように空中に停止した。翅で浮力を得ている感覚が強いのだろう、どうしてもふらふらと上下してしまうのは否めない。

「来たね。待っていたよメイアン」

「参ったね、ただ漏れじゃん」

「その白いリントヴルムのことはあっという間に知れ渡ったよ。パリから連れてこられた老婦人を探しているだろ?…エヴァ・デュファイエ」

メイアンは慎重に顎を引く。

「息子がね、この街の老人ホーム(アーパッド)に押し込めた。連れてきたなんて生優しいもんじゃない。金を出して指示しただけ。人を使って本当に移動させただけさね。気の毒に、持ち物は小さな鞄ひとつのみ」

「エヴァ…」

ゼップは歯噛みしたのか辛そうに言った。

「旦那さんと一緒に車に乗せられて。旦那さんはすっかり弱ってしまった。ご婦人もまごまごして、辛そうだった」

「エヴァの身の回りのものは…」

「さてね。別便はなかったようだから、息子が処分してしまったかもしれない」

最低だなセルジュ。そう呟きたいのをメイアンは飲み込んだ。

「…エヴァさん達か到着したのは、いつ?」

「今日だよ。昼頃着いた」

「酷いな、朝食後直ぐじゃん」

「元来暢気なところがあるのか旅行気分で息子の仕打ちを気楽に捉えて、堪えないようにしてる風でもある。どうする、メイアン?」

枝の先に立つ隠遁姿の老女はランタンを掲げメイアンの目を覗き込むように見る。

「…そうだねセルジュには悪いけど、もうあいつに任せておくことはできないな、ねえゼップ」

ゼップは悲しげに、しかし怒りを滲ませながら目を逸らす。

「エヴァには、それでも息子なのだ」

「優しいこったね。あれだけセルジュに搾取されておいて、その上世界の、美術界の仇敵にまで祀り上げられたんだよ、貴方」

「私が甘かったのだ」

それは否定できない。最初の一枚のときに強く出なかったまま何十枚と世界にばら撒いてしまったのは、事実だ。

「ゼップがセルジュを切り捨てないなら、エヴァさん達はこの街で長くはないだろう。今年も来るであろう熱波が先か、老いが先か、完全に惚けてしまうか」

「…縁起でもない」

「ゼップ。迷ってる時間はないよ。貴方が決めないならメイアンが決める。エヴァさんは連れ出してセルジュから解き放つ」

「ルイも」

「勿論だよ。ご老体には急な環境の変化は大敵だ。パリのアーパッドには戻せないけど」

落羽松の樹精は静かに頷くと、道順を示した。

「この街にも薔薇は其処彼処に植えられている。それを辿れば、直ぐさ」

すっかりまるで有名人だ。

「メイアン、貴女の決断が夫妻の穏やかな老後を齎すことを祈っているよ。まあ、そこに白いリントヴルムがいるのだから上手くいくだろう」

新米ルーキーだからなあ。ありがとう落羽松シプレ。見守ってくれていたんだね」

「なんの。貴女と話せてよかったよ」

老婆は微笑むと踵を返し、枝蔭の翳りに溶け込むように消えた。もう陽が落ちる寸前だった。



道端の草木に教えられながら歩くと割と直ぐだった。薄明が徐々に失われ暮れてきて、西の空の際だけが焼けた空を残している。

「日本は日付が変わる頃か…」

「む?」

隣を歩いていた少年姿のゼップは不思議そうに首を傾げる。メッセージを送ると直ぐ返事はきた。答えは簡素だ。任せとけ、とだけ。

「取り敢えずエヴァさんとルイさんには夕食を出してもらおっと」

老人食をレストランで用意させるのは困難だ。

メイアンは折鶴を鶺鴒に変えて飛ばすと、セルジュに姿を変えた。

「どういう作戦でどういう手順なのだ?それくらいは聞いおきたい」

「ええ?行き当たりばったりダヨ」

「その口調、信憑性が低い」

「現段階で言えることは、セルジュがアーパッド運営会社の通知が散らばってるのを見てエヴァさん達がオリヴェに到着したか確認の連絡を入れてる筈。オリヴェに押し込めておいて、またゼップを動かすのに使う気なのかもね」

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