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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、ヴィル・ド・パリ52

蝶のようなコーポレートマーク。左側が寒色、右側が暖色の翅のデザインだが、それは横倒しにされたハートマークが線対象に組み合わされているのがわかる。如何にも我々は愛に満ちた心を込めたサーヴィスを提供致しますという虚飾のように思えてメイアンはつい眉を寄せた。

「大手高齢者向け介護施設運営会社だな」

「セルジュならこういうところを選びがちだよね」

封は切ってある。

「どこの施設だね?記載は?」

「…いいや、これは精算の請求書だ。転居…違う施設に移ったか、自宅介護に切り替えたか…」

「セルジュが自宅に引き取るとは考え難いな」

広げた書簡を端から読もうと背伸びをしているゼップにメイアンは真顔を向けた。

「ねえ、なんでブランシュ・オシュデ・モネ風の絵だけ最後までセルジュに渡すのを渋っていたの?」

するとゼップは跋が悪そうにすいっと目を逸らした。

「その訊き方は卑怯だと思うぞ」

白状したも同然にゼップはぶすっと言う。

「絵と引き換えにエヴァさん達がどこにいるのか教えろと食い下がったのか」

目を逸らしたままゼップは不本意そうに言葉を継いだ。

「結果的にセルジュは盗み出していった。庭の硝子窓を破って、そこから。まあなんとも、玄人顔負けの遣り口だったよ」

ゼップが二階に上がった隙を突いて硝子にテープを貼り、砕ける音を最小限に抑えて侵入したのだという。急いで輸出してしまいたかったのにはそういう理由もあったのかもしれない。ゼップは硝子業者を呼んだり警察を手配すべきか真剣に悩んだりと愚痴が続く。

メイアンはあるパイプファイルを手に取り、適当に捲って目を瞠る。折り紙をつけて元に戻し、広げた郵便物類も元に戻した。否、戻さない方がセルジュ・デュファイエも気づき易いだろうと蝶のマークの封筒だけデスクに散らばしておく。

「絵を抱えて逃げてゆくセルジュの後姿に正直唖然とした。エヴァの居所が掴めなかったのももどかしく悔しかったが、それ以上にセルジュの執念というのか…偏執的な、あれは金の所為なのか?濁った気質を見せられたようで」

この書簡以上の手がかりは無かった。メイアンはゼップを促して通りに出る。屋内ではまたセルジュが不審がっていることだろう。



スマホの画面にさっと目を通したメイアンはゼップに急かしてリントヴルムの姿に戻した。

「オルレアンに向かって飛べ」

「オルレアン?」

納得してはいないがゼップは急上昇し、パリの街を南下する。

「そんな急かなくてもっ」

メイアンは凄まじい風圧に目を眇め、鬣を強く掴む。風を防ぐ陣を張りたいのだが、鬣から手を離せない上、気流に常に煽られ集中できない。

「バイクで地上を走ったらば間に合わないのだろう?」

「それはっ、そうっ、なんだけどっ」

ゴーグルも無しにこの風を受け続けていては眼を傷めてしまう。ゼップの背にへばりつきながらメイアンはなんとか風を防ぐ陣を張った。

「セルジュはゼップから絵を奪った日に、エヴァさんとルイさんのパリ市内のアーパッドを解約してる。多分市内のアーパッドに入れていたのはゼップ、貴方に絵を持って来させる為だ。けれど貴方は絵を持って来なかった。セルジュが強盗紛い…いや、強奪してった。もうエヴァさんはパリに置いておく必要はない」

「だから田舎へ追い遣った?母親だぞ?父親だぞ?」

「セルジュには金のかかる頭痛の種でしかないのだろ。ゼップを釣り上げることもできない。パリ市内のアーパッドは割高だ」

「それでオルレアンに?」

「正確にはオルレアンより5㎞程南…南南西のオリヴェっつー街だ。オルレアンは県都だ、セルジュはとことん払いたくなかったと見える」

ゼップは悲痛に呟く。

「絵を奪ってからまだ一週間と経って…そんなものか。エヴァ達は…そんなに移動には耐えられまいに」

エヴァはまだしも、ルイは介助なしにはもう動き回れない。下手をすると寝たままの搬送かもしれない。

「うん。でもセルジュはエヴァさんの居所がばれたと気づいたら、速攻また別のアーパッドに移すだろう。こんな短いスパンで転居を繰り返されたら、エヴァさん達が弱ってしまう。それに、次にエヴァさん達が移されるとしたら、もっと南になるに違いないし」

「南?」

「ロワレ県を出て、サントル⹀ヴァル・ド・ロワールですらなく、…そうだな、オクシタニーとか…」

「長閑だな」

「いいのか?ミュンヘンからどんどん遠去かるぞ?」

豪速で翔びながらゼップは目を伏せる。

「…エヴァが過ごし易いのなら…」

「過ごし易くなんか、ない。ここ最近のニュースが耳に入ってないのか。サントル⹀ヴァル・ド・ロワールだって本当は危険なんだ」

「き、危険⁈」

「特にオルレアンは盆地だ。今年も熱波がきたら、アーパッドなんかいちころだ。それでなくてもまだcovit-19の脅威が残ってるのに」

「待て、メイアン」

「振り返るんじゃないよ、危ないな」

「〰︎ううっ。メイアン教えてくれ。どうして危険などとと言うんだ?」

またこれを説明するのかとうんざりする。

「ここ近年ロワレやオクシタニーではとんでもない高温を叩き出してる。…といっても36℃から40℃くらいで、日本に暮らしてるとふむふむ夏だな今年は猛暑日が続くなくらいにしか思わないが、ここはフランスだ。こんな高温になるなんて予測してない。身体も慣れてないし、冷房も無い。皆んな熱中症になってしまう…老人なんか、耐えられないんだよ。ここでちょっとした風邪でも引いたら弱って肺炎起こして死んでしまう。況してやインフルエンザやcovit-19(コロナ)に感染したら、絶対に助からない…」

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