表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐と踊れ  作者: 墺兎
343/349

2023年5月、フライシュタート・バイヤン㉒

結論から言ってしまえば、ゼップの冷蔵庫にはなにもなかった。昨晩夜食に軽食をと出そうとしたのはシリアル程度しかなく、牛乳すらコップ一杯あるかどうか。

冷蔵庫に大量に詰め込んでおけとは言わないけれどもと思いつつ、ゼップを伴って近隣の朝市に出かける。

「旨いものを食うのは好きだが」

メイアンは採れたての野菜を幾つか買い、パンやヴルストを選ぶ。

「食わなくてもなんとなく平気なものだから」

「そりゃエヴァさんも心配してくれるわけだあ。そこに甘えて自分をっぽらかしにするからセルジュにつけ込まれるんだぜ。おっ、ホワイトアスパラガス(シュパーゲル)。これ美味しいよね、買っていこう」

日本のスーパーで売られているアスパラガスは殆どがグリーンでつけ合わせとして使われるからか、太いもので四〜五本、鞘隠元より細いものを纏めてもそれと同重量程度の単位でしかないが、シュパーゲルをメインにする南ドイツの食卓の為にはキロ単位で売られている。そしてひとつひとつが極太だ。

ほくほく顔で買い込んだメイアンに農家の女将さんらしい店主がお釣りを渡しながら問う。

「あら貴女、ドイツの人じゃないの」

「あは、日本人ヤパーナリンだよ」

日本人(Japanerin)なの。日本じゃシュパーゲルは食べないの?」

「大概緑だね。白いのも作ってはいるけど、土が違うのかな、こういう味にはならないね」

「そりゃあね、土には手をかけてるからね」

女将さんは鼻高げに笑う。

「シュパーゲル専用の鍋は持ってるのかい」

「専用鍋?」

「おや、なら専用皮剥きも専用トングもなさそうだね」

「ふえぇ、そんなのあるの」

「皮を剥いてそれを先に専用鍋で茹でるの。鍋は縦に細長くてね、半分くらいを浸かるように茹でて、穂先は蒸気で蒸すのさね。皮の旨みと香りをたっぷり吸って、最高よ。それを潰さないように先の広がった専用トングで皿に出すの。シュパーゲルを食べるなら、必需品だよ」

流石はひとつの行動にひとつの道具のある国ドイツだなとメイアンは笑う。女将さんのお勧めは塗し溶かしバターをたっぷりかけるのだという。

Petersil(ペタージル)を刻んでかけてね」

「ペタージル?」

「あらごめんごめん…Petergrün(ペターグリュン)…じゃなくて、Petersilie(ペタージリエ)Blatt(ブラット)petersilie(ペタジリエ)、わかる?」

パセリのことか、とメイアンは頬を緩める。方言や呼び名が沢山ある程パセリが好まれている証だなとそれももらう。バターを売ってる店を教えてもらい、露店を離れた。

「世界が全てこんなだったらなって思うよ」

「こんな、とは?」

「美味しい野菜を胸張って作って、これ美味しいよ、これ使うと便利だよって教え合いながら正当な対価で暮らす。真っ当だろ」

「…まあ、な」

不当な利益で暮らしてきたゼップは素直に頷けない。

「ゼップも自署で得た利益で暮らせばいいさ。まあ最悪なにも食べなくても死なないし」

「途端に酷いことを言う」



鱈腹食べて残りは弁当代わりに包んだ。ゼップはいそいそと大量の荷物を持ち出してきた。

「一体なにしに行くつもりなんだよ」

「エヴァに会いに」

「違う。サンローラン風の絵を気に入ってくれた人のところに修正した絵を納めに行くのっ。エヴァさんのことは、おまけ」

ゼップはしゅんと項垂れた。メイアンはゼップの持ち出してきたものを検分しながら呆れたように言う。

「うへ。やたら食材が入ってる。それになんでこんな大掛かりな箱?」

開けてみると中身はカップとソーサーである。

「三脚もある。なんだなんだ?引っ越すのか?」

「エヴァ達と茶を飲もうと…」

「あのなあ。アーパッドにいるんだろう?生前整理っつーか、終活?で物を徐々に減らしてるんじゃないの?そこに物を持ち込んで増やさせてどうすんの」

「しかし…」

「手土産は手土産。小さくて上質な美しい菓子にしておけよ…パリ市民に野暮ったいのは不粋だぜ」

「野暮ったい…」

メイアンは箱から出したカップとソーサーを具に見て口の端を上げる。

「ふぅむ、シェイプは凡庸だけれど、柄つけはなかなか洒落ている。だがこんなものを渡したらエヴァさんは処分するにできなくて困るだろうよ」

Ehpad(アーパッド)… 医療付き高齢者施設は終末を見据えた老人ホームだ。医療付きとはいうが医師が必要とされるのは入居者が死に瀕したときだけで、略老人が住まうシェアハウスとアパートの中間のようなものである。在宅で暮らすには少々難があるが入院生活を必要としないレベルの老人達…今日明日に死が待ってはいないがそのときは近いと悟った人々が暮らしている。死をもって退去となるであろうから、身軽でいたい。だが全ての持ち物を一気に処分してしまうのは負担である。思い入れがあったり、個人特有の習慣で捨てられないものもある。そういう部分に折り合いをつけてゆく時間でもある。

「…折角描いたのだが」

「へえ、そうなの。なら尚更だな」

「何故だ」

「遺品にゼップ・フォルラーニ柄つけのカップ&ソーサーがありましたって、セルジュを喜ばせてやるのか?」

ゼップは押し込まれるように唸った。

「むむむ…」

「こういうもの作ったから遊びにおいでと言ってやんな。健康増進への意欲になる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ