2023年5月、フライシュタート・バイヤン⑳
「それくらいおれは暇だ。エヴァ・デュファイエ?」
「エヴァ・クロアレックかも…い、いいや、だからいっちゃんの手を煩わせなくても」
一初はくるんと身を翻すとつかつかとメイアンの周囲を一周する。
「ふうん?ならば強欲なセルジュ・デュファイエからどう聞き出す?無関係なメイアンが突然訪ねてエヴァさんどこですかって問うて答えるか?利害関係深いフォルラーニが訊いて無償で済むか?」
「世界中にエヴァって人がどんだけいると思ってんの。デュファイエさんだって少なくない。クロアレックって名前だって」
この空間ではどこが床なのか判然としなかったが、少なくとも己が身が置かれた平面上にメイアンは両手を突いて一初に身を乗り出した。
「成程成程?エヴァ+デュファイエorクロアレックで絞り込みに手間がかかるとな。可愛いことを言うじゃないか」
「趺坐けてる?」
「趺坐けてなどいない。名前だけならそうかもしれないが、個人には付帯するものが山程ある。絞り込むことは難しくない。だが俺の調査結果など、確固たる裏づけの為だと言い切ってもいいぞ。デュファイエを絞め上げるなり忍び込むなりして調査するのも納得には必要だろう?」
まるでウィンクでもされたような気分になる。
「う、うわ、うわぁ、いっちゃん百戦錬磨のおじさまみたいだよ」
「おれは一体誰と戦ってきたんだ?」
一初は一頻り笑って言った。
「おれは小心なんでな、できないのに大口は叩けないんだ。でもおれのできることがメイアンの助けになるならとても嬉しい。そこはわかってほしい」
メイアンは目を見開いて一初を見ていたが、ふっと吐き出すように笑った。
「…いっちゃんて」
「ん?」
「凄く素直だよね」
「素直?そうか?」
「隠しごとしない。嘘言わない」
一初はメイアンの真横に立つ。人の姿なら尻をついて座ったことだろう。
少しだけ、どこまでも白い天井を見上げる。
「いいや。隠してばかりだし、嘘も、少なからず吐く」
「正直だよいっちゃん」
「いいや。それはここだから。精神世界…以前メイアンのことが多少読み取れてしまうと言ったが、メイアンだっておれのこと多少なり読み取っている筈なんだ。だからここでは正直にならざるを得ないし、…その…素直になると決めてるんだ」
「決めてる?」
一初がちたちたと足音を立てていた。どうにも発散できないものが足踏みとなっているらしい。
「くっ…直に対面したらきっと言えないな!もうここでぶちまけてやる!メイアンが早くほしいんだぁ!それもおれにめろめろになって、おれのことほしくて堪らないメイアンになってほしいんだぁ!あーっ格好悪いなぁ!でも言葉を尽くしてメイアンをおれだけにしたいんだよ!その為だったら歯の浮くような言葉だってじゃんじゃん言ってやる!…とはいつも思ってる…んだが、どうしても気恥ずかしくて完遂できてない!おれって中途半端だ…」
目を丸くして呆気に取られているメイアンを見て一初は更に気恥ずかしさが増したらしく、翼で頭部を覆ってしまった。
「〰︎頭から湯気出そう〰︎」
メイアンはゆっくりと相合を崩した。
「えへ。そっか。そうだよねぇ、気恥ずかしいのに、顔色変えずに言えるの、今ここだけだ。そっかぁ、いっちゃんにずっと口説かれてたんだねぇ…恋しくなるわけだぁ…」
「うううっ、見えなくなりたい」
「どして?凄く格好好いよ」
「そぉかぁ?なにも見えてない若造の戯言だぞ?メイアン、現実に返れ。実際は好き好きだけでは立ち行かないんだ。正直だけでは回らないんだ」
「そうだけど…そのくらいわかってるよ」
「いいや、わかってない。どんなにおれがメイアンを好きで堪らなくても、なにしたっていいわけじゃない。逆にメイアンだっておれになにもかも洗い浚いぶちまけりゃいいわけじゃない。…そうだなおれが例えば…絶世の美女と出会って何時間か共に過ごしたとする。心も清くて心惹かれた時間があった…こんなこと、聞かされたいか?」
「あっ、いや…美しい女がいたら仕方ない…よ?」
「メイアン、おまえ容姿コンプレックスあるだろ。それを突つかれて気分いいか?どう惑わされたのかもやもやしたいのか?おれはメイアンの嫉妬心なんか煽りたくない。だから黙ってる」
「それもなんだかな…」
「なら、心惹かれなかったと言う。一瞬飛び抜けたものに目が行っただけなことを永遠の感情のように勘違いさせたくない」
「う…ん…」
「黄金律でおれに対してそうしてくれたらいい」
「うー…」
「出来心で夕飯前にお菓子ドカ食いしてしまったとかも、黙っていても許す」
「あははっ、ちゃんと食べるよう」
「ははっ、噫と胃もたれで苦しめ」
そうして真面目な顔つきでメイアンを見上げた。
「それから、ビーバーのこと」
「…だだ漏れか…」
「黒ばかり狙われたかもしれないっていうところで合ってるか?」
メイアンは頷く。
「先に言う。人がしたことかもしれないがメイアンがしたことではない。もっと言うなら、メイアンが生まれる前からなされたことだ。これ以上、負うな」
「厳しいなぁ」
「ブルディには、ビーバーを導入すればいい。結論はこれだけだ。あとは誰がやるのかってことだけ。もう充分だ」
「身も蓋もない」
「そうさ、メイアンがやらなきゃなんないことなどないのだから、本体も蓋もあってたまるか。大体このままでは狩り尽くされてしまうと危機感を持たなかったビーバーもいけない」
「裸同然の猿がのさばってきたのに、ぬくぬくした毛皮を見せつけて悠々暮らしてたって?」
「それ以前の問題だろ。湿原だから人は入ってこないだろうだなんて見通し甘い。おれ達よりずっと前から仙はいたんだ、彼らが人に対してもっと疑懼の念を持って対策できた筈だ。それを無惨無惨森に入らせ干し上げさせた。いいや。ファッション界にビーバーフェルトを流行らせた。サン⹀トゥアンの件のとき、国内情報中央局に入り込んでいる仙の影を感じたろ?ああいうのが時代ごとにいたっておかしくない。そうやって人の行動を操ってきていた筈。だが彼らはなにかを怠った。その結果が今のこれだ」
メイアンは少しだけ膨れた。
「全てを見通すのも、世論と主導するのも、難しいことだよ…」
「難しいからやらないというのは、違うだろ。な。責任を取るのはメイアンじゃ、ない」




