第1話 10年目の縁 9
軌道上の宇宙ステーションに戻ると、サレナはすぐに集中治療室に運ばれていった。
降下艇内で上級冒険者による応急処置が施されたことで、サレナは危機的な状態ながらも命を取り留めた。
扉には『治療中』の文字が表示されていた。その前で、レヴァリスは全身から力が抜けたように立ち尽くしていた。
どれほどそうしていたのか、自分でも分からなかった。
「まだここにいたか、レヴァリス」
後ろから声をかけられて振り返るとヴァリネクが立っていた。微笑みを浮かべていたがその顔からは疲労の色を隠せていなかった。
「救助任務ご苦労だった。生存者を救出してくれて感謝する」
「まさか貴方まで救援に来るとは思いもしなかった」
「いざとなったら私だけでも行こうとしたが、幸いにも通信が途絶した後に他の上級冒険者達が来てくれた。彼らと降下艇に乗って上空で待機していたのさ」
ヴァリネクはそう言うと不敵な笑みを浮かべた。現役を引退して久しいにも関わらず支部長が救援に来たことは、レヴァリスにとっても意外なことであった。
「調査隊を壊滅させたうえ君にまで死なれたら私としてもやりきれないしな」
そう語るヴァリネクを見たレヴァリスは彼が責任感の強い人物だと改めて感じた。
「もう102歳の爺なのに無茶をするんじゃない、そう補佐官にたっぷりと叱られてしまったよ。彼女があんなに怖い顔をしたのは初めてだ」
それを聞くとレヴァリスは任務前に宇宙ステーションへ到着した時、ヴァリネクの傍らにいたあの補佐官の顔を思い出した。
今のションボリとした表情からして相当こっぴどく叱られたのだろう。
ベルネリアンの平均寿命はおよそ120歳で、彼は既に老齢の域に達しているといえる。
それでも重火器を手に持って現れた姿には老いなどは微塵も感じなかった。
しかし、ヴァリネクをよく見ると重火器の反動で痛めたのか、身体のあちこちに湿布やテーピングがなされていた。
補佐官が老体を心配して叱りつけたのも無理からぬことではあった。
「彼女のことが心配かね?」
「サレナにはかなり無理をさせてしまった。救助する側が助けられるようでは、俺もまだまだだな……」
ヴァリネクの問いにレヴァリスはサレナがアナザーセンスによる障壁を張った時の事を思い出しながら、自嘲するように言った。
あの守りがなければ致命的な結果となっていたことは間違いない。それだけに彼女へ大きな負担をかけた自分が許せなかった。
「通信が途絶えていた間に何が起きたかを聞きたくてな。もっとも今は疲れているだろうし後でも構わんが」
途中で通信妨害があったこともあり、地下施設で何が起きていたかをヴァリネクはまだ知らなかった。
後でも構わないと言われたレヴァリスだったが、頭の中には今日起きたことが次々と浮かんでいた。
その整理も兼ねて今回の一連の出来事をまずは報告することにした。
調査隊がヴェンジ・シーカーによって壊滅させられたこと、下層に隠されていた謎の研究施設、そしてもう1体のイレギュラーなヴェンジ・シーカーの存在。
レヴァリスは淡々と任務中に起きた出来事を全て話し、その報告を聞いたヴァリネクは深刻な表情を浮かべた。
とりわけ、工業惑星に軍用オートロイドが配備されていたと聞いたとき、長年支部長を務めてきたヴァリネクの表情はいっそう険しくなった。
「よりにもよってヴェンジ・シーカーが配備されているとはな。何れにせよ、その研究施設は早急に調査せねばなるまい」
「俺としても同感だ。下手をすると、まだ別の機体が残されているかもしれん」
試験研究区画にいくつも立ち並んでいた白い棺を思い出しながら、レヴァリスはそう言って頷いた。
もしほかにもヴェンジ・シーカーが残されているなら、いつ目覚めて活動を開始してもおかしくない。
「とはいえ、35人もの冒険者を一度に死なせてしまった。私も支部長として責任を取らねばなるまい」
「責任を取って辞職を? 調査隊に参加した冒険者達も危険は承知していたはずだ」
「これもひとつのけじめさ。それに80年以上も冒険者ギルドと関わってきたのだ、いつか去る時が来るのは分かっていたことだ」
通路の大窓から眼下に見える[カダーディアⅢ]を眺めながら、ヴァリネクはどこか淋しげに言った。
この責任感のある支部長が辞職することは大きな損失であるとレヴァリスは思ったが、同時に年齢を考えれば引退を止めることもできない。
冒険者となって10年の節目を迎えた自分と同じように、ヴァリネクにもまた節目の時が訪れたのだと思うしかなかった。
「ところで、君はなぜ救助任務を引き受けてくれたんだ?」
「俺に要請しておいてそんなことを聞くのか?」
「正直なところ救助任務の要請を引き受けてくれる者がすぐ現れるとは思っていなかった。後の2人も君が単独で向かったことを知ったから来てくれたようなものだ」
「まあ、そうだろうな」
冒険者の救助任務は、基本的に引き受け手が少ない。困難な状況にある救助対象のもとへ向かうだけでも危険が大きく、到着した時にはすでに手遅れということも多いからだ。
今回のように支部長が依頼したものならともかく、仲間の冒険者がなけなしの金をかき集めて依頼する場合が多く、報酬も危険に見合わないことがほとんどだった。
レヴァリスも過去に幾度か救助任務を引き受けたが、ほとんどの場合は冒険者の遺品を回収するだけに終わった。
最初に引き受けた時には自分自身も危うく命を落としかけたほどで、それだけに同じ冒険者を救うことは難しいことであると認識していた。
冒険者としての経験が長いほど、辛く見返りもほとんどない救助任務を引き受ける者は少なくなっていく傾向があった。
「俺はこの10年で仲間の冒険者の死を見すぎた。目の前で、腕の中で死なれることが恐ろしくなって、上級冒険者になる頃には単独で探索や任務をこなすようになっていた」
レヴァリスの言葉にヴァリネクは黙って耳を傾けていた。その表情には、かつて歴戦の冒険者だった者らしい苦みが浮かんでいた。
「だからこそなのかもしれないが、救える命を取り零したくなかった。もう十分過ぎるほど零れ落ちたはずなのに、俺はそれでも諦めきれないんだ」
集中治療室の扉を見つめたまま、レヴァリスは憂いを含んだ声でそう語った。
ヴァリネクはしばらく何も言わずにレヴァリスを見つめ、やがて深く頷いた。
「君はこの後どうするんだね?」
「サレナにはだいぶ助けてもらった。彼女の意識が戻るまでは滞在しようと思う」
「それなら、その間にあの施設の調査に協力してもらえないか? 危険性を考えると中級や下級の冒険者達に調査させるわけにも行かなくてな」
「ふむ……いいだろう」
ヴァリネクの提案にレヴァリスは少し考え込んだが、あの場所には少なからず興味を抱いていたため承諾することにした。
今度は救助任務ではないため装備も十全に持ち込めるし、未探索の遺跡の調査は冒険者にとって大きな醍醐味である。
「調査に関しては一任するが今日のところは休んでおけ。君の部屋は用意してあるから案内しよう」
「ああ、長い1日だったしな」
調査任務に備えてヴァリネクに今日はもう休むように促されると、ヴァリネクの案内で用意された部屋へと向かった。
冒険者となって10年の節目を迎えたその1日は、波乱に満ちたものとなった。
そしてレヴァリスにとって、忘れ得ぬ出会いの日となった。
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