第1話 10年目の縁 6
これまで通ってきた道を引き返しながら、レヴァリスは周囲への警戒を強めていた。
救助任務は対象を確保してからが難しい。本来であればパーティを組んで運び役と護衛役に分かれて安全を確保しながら脱出を目指すものだ。
今回は単独ゆえに全ての役割をひとりで担わねばならなかった。しかもサレナの容態は悪く立ち止まっている余裕もなかった。
状況は芳しくなく、こういう時に限って悪いことは立て続けに起こるとレヴァリスの直感が囁いていた。
「そろそろ連中がやって来る頃だろう」
「えっ? あれ、扉が……」
レヴァリスがそう呟くとサレナはどういうことかと首をかしげた。
だが、目の前の通路に並ぶ封鎖扉が高い電子音を鳴らして次々と開いていくと、すぐに彼の言葉の意味を理解した。
開いた扉から現れたのは、警備用オートロイド“フリーリィ”の群れだった。
壁や天井を這い、小柄な体格を生かして狭いパイプや通風ダクトの内部まで巡回できた。
武装は頭部のプラズマガンと前脚のカッターしかなく耐久性も低かった。
とはいえ、複数のグループがすぐに応援に駆けつけるため、手早く片付けないと物量で圧されることもあった。
レヴァリスは歩みを止めることなく、的確にフリーリィの群れを撃ち抜いていく。
通路に遮蔽物が少ない以上は先手を取らせるわけにはいかなかった。
後続で現れたフリーリィの群れは射撃ではなく、物量による近接戦闘を仕掛けてきたが、レヴァリスは接近すら許さず蹴散らした。
十字路に差しかかった瞬間、左右の天井に1体ずつ潜んでいたフリーリィが頭上から飛びかかってきた。
気配を察したレヴァリスはブラスターライフルを左手に持ち替え、1体を撃ち抜いた。
そしてもう1体は右手で鷲掴みにすると壁へ叩きつけた。
「すごい、あんなにたくさんいたのに」
「まあこれぐらいの仕事はしないとな」
レヴァリスにしてみればまだ小手調べにもならない相手だった。
ただ、サレナを背負っている以上、できれば戦闘を避けたいのが本音だった。
試験研究区画から重力リフトまでの道半ばに差し掛かったところで、さらにオートロイドの群れが出現してレヴァリスの前進を阻んだ。
今度はフリーリィに加えて人型の工業用オートロイドである“ヘッドレス”が2体現れた。
その名の通り、人間でいう頭部にあたる部分がないためそのように呼ばれている。
銀河帝国時代の製造工場でよく使われていた機体で鈍重だが、危険な環境で作業できるように正面の装甲は厚かった。
かつての作業で用いていたリベットガンやレーザーカッターといった工具を主な武装としていた。
「一旦下がる」
「きゃっ! リベットが——!」
それを見たレヴァリスは前方に立ち塞がる2体のヘッドレスを確認すると一旦通路の角まで後退する。
その際に熱したリベットが飛んできて近くの壁に突き刺さり、サレナは思わず悲鳴を上げた。
ヘッドレスは正面から相手にすると厄介な存在である。高温環境での作業を想定した分厚い正面装甲は耐熱性が高く、ブラスターとは相性が悪かった。
回り込んで装甲の薄い背中を攻撃するというのが冒険者の正攻法だが、今回は直線の通路であるためその方法もとれなかった。
さらにフリーリィの群れがヘッドレスの後ろに隠れたり、背中に取り付いたりしていた。
そしてプラズマガンによる牽制射撃をしつつ、その歩調に合わせてジリジリと前進してきた。
「正面からの突破は難しそうです」
「問題ない」
そう言うとレヴァリスはブラスターライフルの出力レバーを押し上げる。
高出力射撃では弾倉のエネルギー消費が増す代わりに、ブラスター弾の威力を高められた。
そしてヘッドレスの足首部分に狙いを定めると集中的に攻撃を加える。
2体は被弾してもしばらく前進を続けたが、やがて足首の駆動系が限界を迎えて前のめりに崩れ落ちた。
装甲の分厚い敵は足元から崩す。長年の冒険者としての経験からその判断に間違いはなかった。
すかさず角から飛び出し、盾役を失って困惑するフリーリィの群れを一掃した。
さらに、起き上がろうとするヘッドレスの背中へブラスター弾を撃ち込んでとどめを刺した。
「正面からヘッドレスを倒すなら足首を狙え。装甲は厚いが集中的に攻撃すれば内部の駆動系を損傷させて転ばせられる」
「は、はい、覚えておきます」
レヴァリスにそう教えられたサレナは感心したように返事をした。
その後も散発的な攻撃は続いたがレヴァリスは難なく突破していき、ようやく見覚えのある重力リフトの部屋に辿り着いた。
後方から迫るオートロイドの群れにブラスター弾を撃ち込みながら重力リフトへ乗り込み、制御盤で上層を指定した。リフトはすぐに上昇を始めた。
「急に忙しくなってきたな。しかも、妙に統率された動きをしてやがる。まるで俺達の出方を見ているようだ」
ブラスターライフルの弾倉を装填しながらレヴァリスはここまでの一連の戦闘を思い返し、オートロイド達の動きが妙に組織的だと考えた。
本来であればオートロイド達は遺跡内を彷徨っているか、もしくはかつての持ち場で侵入者が現れるまでただ突っ立っているものがほとんどだ。
ところが今回遭遇したオートロイドはいずれも2人を待ち伏せたり、不意を突こうとしたりしていた。
そのためレヴァリスは先ほどまでの戦闘が威力偵察であり、こちらを試して実力を把握しようとしているのではないかと考えた。
「道中ではオートロイドに遭遇しなかったんですか?」
「クリーナーとリペアバグを見ただけだ。大広間での戦闘後に修理と補給で姿を見せなかったのだと思っていたが、これは厄介なことになりそうだ」
サレナの問いにそう答えるとレヴァリスはすぐに考え込んだ。
調査隊を襲ったヴェンジ・シーカーは既に破壊されており、指揮官を失ったオートロイド達は通常通り元の配置や巡回ルートに戻っているはずである。
それにもかかわらず組織立った動きを見せている。本来は上層の工場施設にいるはずのヘッドレスが最下層まで降りてきている点が引っかかっていた。
そうなると気がかりなのは、何者がオートロイド達を指揮しているのかということだった。
「あの……レヴァリスさん」
「ん、どうした?」
「制御盤の文字が光ってませんか?」
考え込んでいたレヴァリスだったがサレナの指摘を聞くと慌てて制御盤に目を凝らした。
制御盤に浮かんでいた行き先を示す立体文字が激しく点滅しており、その下には複雑なコードらしき文字列が次々と流れて表示されている。
その直後、重力リフトが突如として停止した。制御盤が赤く点滅し始めると、背中でサレナの身体がこわばった。
「これって……」
「まずい、おそらく進路を変えられた」
レヴァリスが言い終えた直後、目の前の壁が崩れるように変形して別の空間が現れた。
制御盤の点滅が消えると重力リフトは新たに開かれた空間に向かって速度を上げながら移動を始めた。
HUDの深度計は4キロル付近を示しており宇宙ステーションとの通信を回復させるにはまだ上の方に向かう必要があった。
レヴァリスが制御盤を改めて確認すると、行き先は“第17機械部品製造工場”という別の施設に変わっていた。
コードのような文字列が少しだけ残っていたが、レヴァリスにはそれを読み取ることができなかった。
「この文字列は何でしょうか?」
「“帝国電脳言語”という当時のプログラミング言語だ。あいにくと俺には専門外でな」
サレナの質問にそう答えるとレヴァリスは思わず溜息を漏らした。
帝国電脳言語は、銀河帝国時代に使われていた極めて複雑かつ圧縮性の高いプログラミング言語である。
銀河帝国の遺跡を探索する冒険者であっても、この難解な言語を読み解ける者は少なく、解読には専門知識と専用装備が必要だった。
レヴァリスもかつて学ぼうとしたが、初歩すら理解できず早々に諦めていた。
やがて重力リフトは変更された目的地に辿り着き、HUDで現在位置を確認すると試験研究区画から西へ3キロルも離れた場所だった。
「もう一度引き返してみますか?」
「いや……それはやめておいた方が良さそうだ。ここから地上に出る道を探すとしよう」
サレナの提案にレヴァリスは少し考えを巡らせたがおそらく得策ではないと判断した。
同じ重力リフトに乗れば再び進路を操られる可能性がある。ここから別の道を探す方が安全だった。
部屋を出た先には、大広間で見つけたものと同じような薄暗い通路が延びていた。
行き止まりの開閉端末を操作すると壁が変形して開いた。レヴァリスはその向こうを警戒しながら足を踏み入れた。
「こっちは大量生産用の工場ってところか」
壁の先には製造工場の名にふさわしく、ベルトコンベアや大型の組立機械が立ち並んでいた。
照明こそ機能していたが機械は稼働していないため静けさに満ちていた。
ベルトコンベアの上には組み立て途上だった機械部品が等間隔で並んでおり、この場所が稼働していた頃のまま時が止まっているようにさえ思える。
上層に向かう道を探していたレヴァリスだったが、しばらくしてHUDのモーショントラッカーが高速で接近する複数の反応を捉えた。
「レヴァリスさん、上から来ます!」
サレナの声を受けて天井を見上げると、現れたのは警備用オートロイドの“ウイングアイ”と呼ばれる小型機種だった。
ウイングアイは眼球のような丸い本体に、翼がそのまま生えたような姿をしている。
翼を高速で羽ばたかせて飛行し、見た目以上に俊敏であった。
高精度の視覚センサーで侵入者の位置を特定しつつ、周辺のオートロイドに位置情報を提供する支援機としての役割もあった。
高所からプラズマガンで攻撃してくるうえ小型で狙いづらい。経験の浅い下級冒険者が苦戦することも多かった。
レヴァリスが周囲を見渡すとウイングアイ以外にもフリーリィやヘッドレスが製造工場に入り込んできているのが見えた。
「か、囲まれてます。逃げた方が良さそうです!」
「同感だ、突破して逃げるぞ」
サレナの言葉に同意したレヴァリスは数で圧倒されていると判断し、この場所から逃げるべく駆け出した。
すぐに四方八方からプラズマ弾の閃光が飛び交い、2人は激しい砲火にさらされた。
立ち並ぶ組立機械やベルトコンベアを遮蔽物にし、その間を縫うようにして進むことでどうにか敵の射線をかわしていた。
背中のサレナを射線にさらさぬよう、レヴァリスは敵の射線へ自らの装甲を割り込ませながら遮蔽物の間を移動した。
「なかなか進ませてくれないものだな」
押し寄せてくるオートロイドを迎撃しながら忌々しげに呟く。
前進しようにも敵の攻撃が激しく思うように進むことができず、このままでは物量に圧されるのも時間の問題だった。
押し寄せる敵を迎撃していると、背中からサレナの焦りをにじませた呟きが聞こえた。
「何か私にも……私にできることをしなくちゃ」
背中でサレナが息を潜め、レヴァリスの肩を掴む指先に力を込めた。しばらくして、確信を帯びた声が飛ぶ。
「北西方向の大型機械、その陰に4体います!」
突然の指示にレヴァリスは即座に反応した。大型機械の陰からフリーリィ達が姿を現した瞬間、放たれたブラスター弾が4体を次々と撃ち抜いた。
「後方上空からウイングアイが2体!」
次の指示に反応し、走りながらベルトコンベアの端を片手で掴む。その勢いを利用して一気に背後へ向き直った。
不意を突くはずだった2体のウイングアイは、突然こちらを向いたレヴァリスに反応して慌てて回避しようとした。
しかし、回避行動に移るより早くブラスター弾が直撃し、ばらばらになって墜落した。
「あの天井の接続部分を狙って!」
サレナが指さした先へ照準を向けると、頭上に吊り下げられた大型コンテナが見えた。
HUDのズーム機能で接続部を捉えて撃ち抜く。大型コンテナが落下し、ちょうど真下へ踏み込んだヘッドレス達を押し潰した。
あまりにも的確な指示だったためにレヴァリスは内心で大いに驚いていた。
「今のはどう気づいたんだ?」
「えーっと、その……か、勘です。ごめんなさい、急に命令みたいなことを言ってしまって」
「いや、大いに助かったぞ」
ぎこちない答え方から何かを隠していることは明らかだった。だが、今はこの状況を切り抜ける方が先だと追及を見送った。
サレナが物陰に潜む敵や死角から迫る敵を察知し、レヴァリスが即座に応じる。二人の連携は次第に噛み合っていった。
モーショントラッカーは乱戦になると多数の反応が重なり、個々の動きを追いにくい。
そのため、サレナの的確な指示は実際にありがたかった。
だが、戦闘が長引くにつれて、背中から飛んでくる指示の声はわずかにかすれ始めていた。
「奥に重力リフトがあります!」
「あれに乗るとしよう」
敵を迎撃しながら工場の奥へ進むと、搬送用と思しき大型の重力リフトが見えた。レヴァリスは追撃を振り切り、その床へ駆け込んだ。
複数の金属コンテナが載せられた重力リフトに乗り込むと、制御盤の上昇ボタンを拳で叩いた。
重力リフトが上昇を始めると、2人を逃すまいとウイングアイ達が殺到した。
レヴァリスは積まれた金属コンテナを盾にして迎撃を続けた。
やがて製造工場も追いすがるウイングアイ達も眼下へ消え、2人はようやく一息つくことができた。
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