第5話 黄金なる災厄 5
レヴァリスとグランドラールは互いに睨み合っていた。
これだけの体格差があるにもかかわらず、巨竜は遥かに小さいレヴァリスを明確な敵と見なしたのか、少しも油断していないようだった。
狙うべきは頭部だ。だが、長い首の先にある急所には刃が届かない。まずは脚を傷つけ、頭を下げさせる必要があった。
最初に動いたのは向こうであった。竜はけたたましい咆哮をあげると、左翼を勢いよく地面へ叩きつける。
レヴァリスは回避し、左翼に思いっきり白刃を叩き込もうと接近したが、グランドラールは地面にめり込んだ左翼を引き抜くように振りかぶった。
それに気づいたレヴァリスは間一髪で回避すると、土埃の中から突進して足元を狙う。
しかし、グランドラールはそれを見越してか後ろに大きく飛び退いた。意外にも身軽な動きをしたことに、レヴァリスは思わず足を止める。
互いに距離を取ると今度はグランドラールが口を開く。
「雷撃か!?」
レヴァリスは薙ぎ払うような雷撃を地面に伏せることでとっさに回避する。
外れた雷撃は工房地区の方に直撃し、建物の一部をあっという間に吹き飛ばしてしまった。
このままでは街の被害が拡大する。そう思ったレヴァリスは再びグランドラールへの接近を試みる。
だが、巨竜は首を振るって噛みつこうとしてその接近を阻む。
しかし、迫る顎をかわし、レヴァリスは反射的に額へ白刃を振るった。切先は鱗を浅く裂いたが、深く突き立てる前に頭を引かれた。
「届く。噛みついてくる瞬間なら……」
頭部を傷つけられた巨竜は首を大きく引き、威嚇とも警戒とも取れる態勢をとった。
そして咆哮を上げると勢いよくレヴァリスに向かって突進してくる。
さすがにあの巨体に突撃されては敵わないと、必死に足を動かして回避する。
さらに尻尾が横薙ぎに迫ったが、レヴァリスはそれも間一髪で避けた。
「図体そのものが兵器みたいなもんか。これはどう接近したものかな」
振り向いた巨竜はレヴァリスに向けて雷撃を吐き出しながら、さらに巨体を活かして轢き倒さんと突き進んでくる。
雷撃を回避し、突進を躱すとレヴァリスはブラスターピストルでとっさに目を狙う。
何発かは外れたが、1発のブラスター弾が目元に直撃し、それに驚いたグランドラールは仰け反った。
その隙に巨竜の足元に飛び込むと、踏み込んできた前脚に対してがむしゃらにフォトンブレードで斬りつける。
巨体を支える足への攻撃を受けると、さすがの巨竜もたまらず苦しむような声を上げる。
しかし、後脚で勢いをつけて地面を蹴り、残った左翼を打ち下ろす。巨体が低く浮き上がった。だが、飛び続けることはできず、離れた地面へ激しく着地する。
「くそっ、つくづく規格外の生物だな」
再び距離を離されたことにレヴァリスは思わず悪態をつく。
グランドラールが口を開き、雷撃で地表を薙いだ。
近くの工房の瓦礫を盾にしてどうにかやり過ごすが、さらに工房地区に被害が広まってしまった。
『エレフィエルさん、ソルティア・ナリスの住民も避難させました! 次はどうします?』
『レヴァリスの援護に行くよ! イエーニ達を乗せたら出発する』
通信チャンネルに、サレナとエレフィエルの声が入る。
ところが、レヴァリスはグランドラールの動きに目を疑った。
まるで今の通信を聞いていたかのように、巨竜はソルティア・ナリスの方角をじっと見つめていた。
「冗談だろ、通信を傍受できるのか!?」
偶然にしては、あまりに間が合いすぎている。
もしそれが本当ならば、この竜は言語やその意味を理解しているということになる。
グランドラールはただの獰猛な獣というわけではない。この生物は明確な知性を有している。
「サレナ、エレフィエル、こっちに来るんじゃ——畜生、妨害しやがって!」
レヴァリスが通信で慌ててこちらに来ないように伝えようとしたが、グランドラールは磁気異常を発生させてそれを妨害する。
こちらが仲間へ警告しようとした、その瞬間を狙って通信を潰したのか。この生物は、伝説や神話で語られる以上に常識外れなのかもしれない。
しかし、このままではサレナとエレフィエル達が危ない。つまり、決着を急ぐ必要があった。
レヴァリスはフォトンブレードの柄を強く握り、形態を大剣へと変化させる。
これまでは取り回しを重視して片手剣の形態で使っていたが、この巨竜にはとにかく一撃が必要だと考えた。
グランドラールは目を細め、形を変えた白刃を凝視した。まるで、その姿に見覚えがあるかのようだった。
「興味があるのか? なら味わわせてやる」
大剣を両手で構え、レヴァリスは巨竜へ駆け出した。正面からも、地響きを伴って黄金の巨体が迫る。
突進の軌道を外し、すれ違いざまに前脚へ白刃を食い込ませた。
前脚から激しく出血したグランドラールは、たまらず悲鳴を上げて前のめりに転んだ。
巨体が倒れた途端、通信機を塞いでいた雑音が弱まった。
「これなら……」
レヴァリスは地面にまで下りた頭部目掛けて駆け出す。
次の瞬間、死角から振るわれた尾が胸部を直撃し、レヴァリスの身体が宙へ投げ出された。
シールド消失、胸部装甲の重度損傷、肋骨数本の骨折——HUDを警告表示が埋め尽くした。
建物の瓦礫に叩きつけられたレヴァリスは、激しく咳き込んで血を吐いた。痛みで一気に視界がぼやけ、周りの音が聞こえなくなる。
「うっ……くそっ」
息を吸おうとするたびに胸の奥が痛み、うまく空気を取り込めなかった。
直ちに装甲服に内蔵された緊急プロトコルが起動し、局所麻酔薬とエリクシアルジェルが傷ついた胸部に注入される。
痛みは徐々に引き始めたが、崩れた壁に手をついても立てずにいた。
前脚を抉られた巨竜も、まだ立ち上がれずにいた。
だが、先に起き上がられれば終わりだった。
「サレナ、エレフィエル、聞こえるか?」
『レヴァリスさん! 大丈夫ですか!?』
『レヴァリス、もうすぐ着くから待っていて!』
「奴はお前達が来ることを知っている。通信を奴は聞き取れるらしい。だから……こっちには来るな」
息も絶え絶えにレヴァリスはそう告げると、突然雷鳴のような音が響いたので通信を切って正面を見る。
驚くべきことにグランドラールはよろめきながらも立ち上がっていた。
前脚を見ると傷口を青白い放電が這い、焦げた肉から煙が上がっている。
それは焼きごてで無理やり出血部分を止血するような行為であり、そんなことまでできるのかとレヴァリスは驚いた。
グランドラールは止血した前脚を庇うように左翼で覆った。
「駄目だ、思うように動かん……」
どうにか立ち上がろうとするが、身体は痛みと息苦しさのせいで動きがままならない。
そうこうしているうちにグランドラールは態勢を立て直していた。
「やっぱり俺じゃあ駄目なのか」
目の前のグランドラールはレヴァリスに止めを刺そうと、口を開いて迫る。
飛来したミサイルが頭部に命中し、巨竜の顔が爆炎に包まれた。仰け反った拍子に左翼が浮き、傷ついた前脚が露わになる。
同時に遠くから聞き慣れた機体の音がする。サレナの操る<ペイルライダー>がやって来たのだ。
『レヴァリスさん、助けに来ました!』
「サレナ、傷のある前脚を狙え!」
通信機で指示を出すと、サレナの乗る<ペイルライダー>は旋回してありったけのミサイル弾をグランドラールの前脚に叩き込んだ。
負傷した脚では踏ん張りが利かず、爆発の衝撃でグランドラールは大きくよろめく。
「レヴァリス、助けに来たよ!」
「撃てぇ! レヴァリス殿を援護するのだ!」
巨竜を挟んだ向こう側から、エレフィエルとイエーニの叫び声が聞こえる。
巨竜の後方に着陸した<ハーヴェリア>から現れた乗員達は、全員が肩に担いだミサイル発射器を構えていた。
続いてエレフィエル達の構える発射器から、次々とミサイル弾が放たれた。
それは海賊の拠点に残っていた武器庫から鹵獲した武器であった。
2方向からのミサイル攻撃に、グランドラールは残っていた左翼で身体を覆って守ろうとする。
仲間達が稼いだ時間を無駄にするわけにはいかない。
フォトンブレードの柄だけは、まだ握りしめていた。
痛みは鈍っていたが、息苦しさは消えない。崩れた壁に手をつき、装甲服の駆動補助に身体を預けて立ち上がる。砲火が途切れた瞬間、もつれる足を前へ踏み出した。
レヴァリスの存在に気づいたグランドラールは、首を振るって横から噛み砕こうと迫る。
地面すれすれを薙いできた顎をかわし、螺旋状の角の隆起に指を掛ける。振り上げられる頭に引かれながら、角の根元へ片膝を押しつけた。
頭に乗ってきたレヴァリスに対して、グランドラールは首を振って激しく抵抗する。しかし、片手で角を掴んだレヴァリスはそこから手を離さなかった。
「コーエン、俺に力を貸してくれ」
そう言うとフォトンブレードの出力を最大限まで引き上げる。
柄の奥から甲高い異音が響き、握った手に急速に熱が伝わってきた。
だが、そんなことなどお構いなしにレヴァリスは眩く輝く白刃をグランドラールの脳天に叩き込んだ。
激しい音と共に白刃は頭蓋を一気に貫通し、グランドラールは大きく悲鳴を上げた。
それと同時にレヴァリスの手にあった光刃が眩い光を発して弾けた。
その衝撃でレヴァリスは巨竜の頭部から弾き出され、地面に背中から叩きつけられる。
長い首を左右に振り乱し、グランドラールは断末魔の声を発してついに地面に倒れこんだ。
「うっ……」
地面に投げ出されたレヴァリスは意識が薄れつつあった。
もはや身体を動かすことさえできなかった。
目の前にはフォトンブレードの金属の柄が熱を帯びて落ちていた。
すると、その金属の柄から過熱したフォトンクリスタルが吐き出される。
眩い光を発していたクリスタルは、高い音を立てて細かな粒となって砕け散った。きらめく粉が風に攫われ、青空へ消えてゆく。
「ああ、いつかまた、あんたに見せるつもりだったんだがな……」
まるでコーエンとの縁まで途絶えてしまったように感じた。
薄れゆく光を見つめたまま、レヴァリスは意識を失った。
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