第5話 黄金なる災厄 3
記憶の中のレヴァリスは、まだ11歳だった。荒廃した砂漠の広がる辺境惑星こそ、当時の彼にとって世界のすべてだった。
ぼろぼろのダスターコートに身を包み、フードを目深に被っていた。
満天の星空の下、大岩に腰掛けた少年は、隣にいる男の物語に聞き入っていた。
それはおよそ300年前の話だった。とある冒険者が故郷を襲った黄金の竜と戦った英雄譚である。
「そして激しい戦いの末、純白の刃を携えた冒険者はたった1人で星渡竜を討ち取った。故郷を救った彼を、人々は“竜殺し”と称えたのさ」
男の名は“ベレキウナル・コーエン”。“瞬刃のコーエン”の通り名で銀河に名を馳せた上級冒険者であり、後にレヴァリスの担当官となるアティグウの師でもあった。11歳の少年にとって、何より憧れの人物だった。
くたびれた茶色のロングコートをまとい、帽子には美しい白い羽飾りを挿していた。短く整えた髪には白いものが交じり、口元には手入れの行き届いた髭を蓄えていた。その低く穏やかな声を聞くだけで、幼いレヴァリスは安心できた。
「すごいな、そんな巨大な竜を1人で倒せるなんて」
「ああ、そうだな。だが、この物語には続きがあってな」
「続き?」
「結局、彼は一番大事な人を守れなかったのさ。人々はこぞって彼を称えたが、称賛を浴びた本人はどんな気持ちだったのだろうな」
コーエンはそう言って夜空を見上げ、どこか寂しそうな表情を浮かべた。
当時のレヴァリスには、その言葉に込められた思いが分からなかった。真意を知ったのは、ずっと後のことだ。
「その冒険者はどうなったの?」
「彼か。残念だが消息を絶ってしまってな。冒険者を辞めてしまったのか、それとも何処かの星で死んでしまったのか。ただ、消えてしまいたい気持ちはよく分かる」
「大事な人を守れなかったから?」
「そう、どんなに名誉を得て偉業を成し遂げても、一番大事なものを守れなかった悔いは消えんのさ」
「俺には分からないな。だって、まだ一番大事なものを持ってないよ」
俯きながらレヴァリスが言った言葉を聞いて、コーエンは微笑んだ。
「大事なものはいつか必ずできる。それがいつなのかは誰にも分からない。だが、その時が来れば初めて分かるのさ」
だが、その微笑みの奥に隠れた深い憂いには、当時のレヴァリスは気づかなかった。
大事なものとは、人なのか、物なのか、それとも形のないものなのか。少年にはまだ、その答えを想像することさえできなかった。
「ところでグランドラールを倒した白い刃って、どんなものなの?」
「ん、ああ……記録が正しければ、こいつと同じ種類の武器だ」
コーエンは腰から金属の柄を取り出すと、レヴァリスの前でそれを起動する。
展開されたのは、美しい光を放つ純白の刃だった。それまで見たどんな光よりも澄み切っている。光刃の表面は波打つように揺らめき、光の強弱が幾何学的な文様を描いていた。
「これと同じ剣で、グランドラールを倒したの?」
白い刃を間近で見ようと、レヴァリスは身を乗り出した。
「おっと、下手に触るんじゃないぞ。こいつはフォトンブレードといってな、ずっと昔に作られた剣さ」
「すごいな。酒場に入り浸っている傭兵達のバイブロソードやアックスとは随分違う」
「こいつは軽いうえに、大抵のものを切り裂ける。フォトンブレードの光刃なら、戦艦の主砲すら効かないグランドラールの鱗も貫けるのさ」
当時のレヴァリスは、それも英雄譚を彩る誇張のひとつだと思っていた。
「コーエンはどうやってこの武器を手に入れたの?」
「随分昔、とある遺跡で拾った。あまり愉快な思い出ではないが、成り行きで手に入れたものさ」
白い刃を見ながらコーエンは遠い日のことを思い出すかのように語った。
「こいつには随分と助けられたものだ。わしにとっては得物というよりも相棒みたいなものかもしれん」
「もし冒険者になれたら、いつかそんな武器を持ちたいな。そしたらコーエンみたいな冒険者になるんだ!」
レヴァリスの言葉を聞いたコーエンは、にっこりと笑い、フードの上から少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「冒険者になることができたなら、お前にこれをやろう」
「本当!? でも、それはコーエンに必要なんじゃないの?」
「なに、そうでもないさ。もうわしも年だからな。以前よりも身体は動かなくなってしまった。それにもう、わしには大事なものが無くなってしまったからのう」
コーエンは光刃を消し、柄を腰の金具へ戻すと、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、今日はもう夜も遅いから帰りなさい。また抜け出したのがバレたら大変だろう」
「うん、わかった。また明日も話を聞かせてくれよ」
帰るよう促され、レヴァリスも立ち上がり、街へ向かって駆け出した。
「レヴァリス、お前は大事なものを守り通せよ」
背後から届いたその声を最後に、砂漠の夜は遠のいた。
レヴァリスは操縦席で目を開くと、既に腰のフォトンブレードへ手を伸ばしていた。
あの話が真実なら、まだ勝機は残されている。
腰から抜いた金属の柄を握りしめ、小さく呟いた。
「コーエン、俺に勇気をくれ」
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