第5話 黄金なる災厄 2
レヴァリス達は駆け足で駐機している宇宙船を目指していた。
一刻も早く洞窟の周辺から離脱しなければならないという、本能的な危機感に突き動かされていた。
駐機地点まで戻ると冒険者達はようやく立ち止まったが、特に侵入班の者達はひどく消耗していた。
そんな中でレヴァリスは息を整えると、全員の前に踏み出して語りかけた。
「まずいことになった。どうやら俺達は“星渡竜”の巣に突っ込んだらしい」
その言葉を聞いてまず驚いたのは待機班の冒険者達とイエーニであった。
互いに顔を見合わせ、告げられた事実を受け止めきれずにいた。
「レヴァリス殿、あの伝説に語られるグランドラールでありますか?」
「ああ、伝説さ。実在するとは聞いていたが、まさかこの目で見ることになるとはな」
冒険者ならば誰もがその名を知っている。一般にも、黄金竜を討つ冒険譚は子供向けの御伽噺として広く親しまれていた。
それでも、実物を目にした今なおレヴァリスには現実感がなかった。
「しかし、本当にそんなことが——」
そうイエーニが言おうとした瞬間、背後の山で大きな地響きが轟いた。
そして山の一角が崩れ落ち、翼を大きく開いたグランドラールが咆哮を上げて出現した。
実物を目にしたことでイエーニや待機班の冒険者達は呆気に取られた。
「あれで信じてもらえるか?」
「は、はい……すぐに退避しましょう」
「同感だ。全員を船内に——」
そこまで言おうとしたレヴァリスは、ふと、あることに気がついた。
眠りを妨げられた星渡竜は大抵の場合、人々が住む都市や街を襲ったということが記録として残っている。
ではこの場合、その都市や街にあたるのは一体どこなのか。
「もしかしてあいつは……」
巨竜は何かを探すように首を振り、遠くを見据えていた。その先にはフロンティア・ナリスがある。
「まずい、奴は街の存在に気づいているな」
冷や汗が背を伝ったのを感じた。
このままあれが街に襲いかかれば壊滅するのは必至だ。宇宙海賊の襲撃よりも酷いことになるのは目に見えている。
ここで自分達だけ逃げるわけにはいかなかった。レヴァリスは決断するしかなかった。
「全員、<ハーヴェリア>に乗船して直ちに街へ行け」
「レヴァリス!? ちょっと待って、まさかとは思うけどあれを相手にする気かい?」
エレフィエルが驚愕した表情を見せて言うと、レヴァリスは覚悟を決めたように頷く。
「時間がない。奴はもう街の存在に気づいていやがる。住人の避難のためにできるだけ時間を稼ぐ必要がある」
「僕だって、あれと戦える自信はないよ。それでもやるのかい?」
「やるしかないだろ。あいつを起こした原因は俺達だしな。お前は全員を街へ送り届けろ。俺が奴の目を引く」
「送り届けたら援護に戻る。それまでは死なないでくれよ。みんな、急いで船に乗って!」
エレフィエルがそう命じると、イエーニと冒険者達は<ハーヴェリア>へと乗り込み始める。
定員を超える人数を収容するため、<ハーヴェリア>は貨物区画も開放した。
レヴァリスが<ペイルライダー>に乗り込もうとすると、サレナが慌ててやってくる。
「サレナ? お前も<ハーヴェリア>に……」
「私も戦います。砲手が必要ですよね?」
「さすがに今回ばかりは俺でもどうにかなるか分からん。それでも付いてくるのか?」
「はい!」
レヴァリスはサレナの決意の強さに驚いた。彼女は初めから戦うつもりでいる。
隠れ家での戦闘やアナザーセンスの行使で顔には疲労の色が出ている。だが、表情にはその戦意がうかがえた。
本心では<ハーヴェリア>へ乗せたかった。だが、操縦と全火器を1人で扱いながら、あの巨竜を引きつけ続けるのは不可能に近い。サレナによる副砲の操作と感知能力が必要だった。
「分かった……付いてこい」
「はい、お供します」
レヴァリスはサレナと共に<ペイルライダー>に乗り込むや、メインシステムとエンジンを同時に起動した。その間に通信回線を開き、冒険者ギルドへ繋ぐ。
その傍らでサレナは砲手席へ滑り込み、安全ベルトを締めて専用のヘルメットを被った。
『こちらは冒険者ギルドのアリエカ。レヴァリスさん、作戦は成功しましたか?』
「作戦中に非常事態が起きた。グランドラールを目覚めさせた」
『……失礼、今なんと?』
「まあそういう反応だよな。映像を送る」
レヴァリスはヘルメットの映像記録データを通信機にアップロードし、冒険者ギルドに送信する。
ほどなく、通信機越しにアリエカの小さな悲鳴が返ってきた。
『こ、これは本当なのですか!?』
「奴はもうフロンティア・ナリスの存在に気づいている。直ちに住人を避難させろ」
『し、しかし、住人の避難となると時間が……』
「どれぐらいの時間を稼げば良い?」
『全住民を街の外まで逃がすなら最低でも2時間は必要です。ですが、緊急避難区画へ収容するだけなら、1時間で何とかします!』
「分かった、可能な限りこちらは奴を引きつける。そっちは頼んだぞ」
通信が切れると、レヴァリスは重なっていた主翼を展開し、<ペイルライダー>を四枚翼の戦闘形態へ移行させた。
「山影を使って低空で迂回しろ。奴の視界には入るな」
『分かった。レヴァリスも気をつけるんだよ』
レヴァリスはエレフィエルに念のため航行ルートの指示を出す。
<ハーヴェリア>は山影を縫うように低空で飛び立ち、フロンティア・ナリスへ向かった。
「ところでグランドラールに勝てるのでしょうか?」
「奴にこの宇宙船の武器が効くかどうかだな。とはいえ、主力戦艦の主砲すら効かないらしいが……」
レヴァリスは昔読んだ星渡竜に関する記録を思い出す。
数千年前、とある惑星の軌道上でグランドラールと主力戦艦が交戦したという記録が残っている。
戦艦は12門もの主砲で砲撃を浴びせたが、僅かな傷さえ負わせられずに逆に撃沈された。その事件は当時の銀河社会を震撼させたらしい。
改造を重ねた<ペイルライダー>は同型船を上回る火力を有していたが、それでも主力戦艦の主砲には遠く及ばない。
「あっ、見てください!」
サレナが山の方向を指さすと、グランドラールが翼を大きく広げて飛び立って行くのが見えた。
その行き先は間違いなくフロンティア・ナリスの方角であり、レヴァリスは思わず舌打ちした。
「やはり街に行くか。こっちも行くぞ!」
「はい!」
レヴァリスは<ペイルライダー>のエンジンの出力を上げると、急上昇させて巨竜の後を追った。
追跡を開始したレヴァリスは通信機の船内放送を起動してオートロイド達に命令を送る。
「これより奴と交戦する。エレジャー、航行とシールドに必要な分を残して火器出力を最大まで上げろ。ビープ、敵の攻撃に備えて応急修理の用意をしろ。こいつは厄介な戦いになるぞ」
通信を切ると遥か前方を飛んでいる星渡竜を見据える。
遮るもののない空を飛ぶ姿は、地上で見たとき以上にその規格外の大きさを際立たせていた。
ヘヴィガンシップである<ペイルライダー>よりも確実に大きく、あの巨体そのものが武器になりかねない。
「接近戦は危険そうだ。よし、中距離から集中砲火を浴びせるぞ」
「はい、了解です」
<ペイルライダー>を加速させて巨竜が射程に入るまで距離を詰め、中距離を保ったまま攻撃を開始した。
4門のヘヴィレーザーキャノンが一斉に光条を放ち、サレナの副砲がそれに重なった。六条の光が黄金の背を打ち据える。巨体はわずかに揺れたが、鱗には焦げ跡すら残っていなかった。
「攻撃が効いていません!」
「くそっ、それなら……」
レヴァリスは照準を巨竜に合わせると、船体の上部側面に取り付けられた多目的ミサイル発射管から2発のミサイルを解き放つ。
発射されたミサイルは高速で接近するが、黄金竜は2発のミサイルを翼で直接薙ぎ払った。爆炎に包まれながらも、その鱗には傷一つ残らず、何事もなかったかのように飛び続けている。
「冗談だろ、対地対艦用のミサイルだぞ」
「もう1度撃ちますか?」
「いや、駄目だな。こうなったら正面から頭部を狙うか」
そう言うとレヴァリスは<ペイルライダー>を一気に加速させ、前方を飛ぶグランドラールを勢いよく追い抜く。
そしてそのまま直進して距離を稼いだところで回頭し、その頭部を狙おうとした。
「いない!?」
回頭した瞬間、レーダー画面を激しいノイズが覆い、巨竜の反応が消えた。
「また磁気異常か!? 奴はどこに消えた?」
「レヴァリスさん、直上です!」
サレナが叫ぶとレヴァリスは緊急加速し、直上から突撃してくるグランドラールを間一髪で回避する。
「あれもあいつの能力なのか? なんて野郎だ」
「後ろから追ってきます!」
そして狙いをこちらに向けたのか、後方から巨竜が猛然と追いかけてくる。
どうにかフロンティア・ナリスから目を逸らすことには成功したが、今度はこちらが危機的な状況に陥ってしまった。
グランドラールは大きく口を開けると、喉奥から雷撃を吐き出す。
「エレジャー、火器へのエネルギー供給を切れ! 後部シールドへ全出力を回せ!」
エンジンルームのエレジャーに直ちに命じると、火器へ回されていたエネルギーが遮断されて後部シールドへ集中した。
その直後に後部シールドへ雷撃が直撃して機体が大きく揺れ、船内の照明が明滅した。
状態表示モニターを見ると、防御シールドの残量はたった一撃で半分まで低下していた。そのあまりの威力にレヴァリスは思わず戦慄した。
「まずい、次に直撃を喰らったら撃ち落とされかねん」
「どうしますか!?」
「少しでも時間を稼ぐ。あの渓谷に奴を引きつけるぞ!」
レヴァリスは眼下に見えた渓谷でグランドラールを何とか撒くつもりでいた。
機体を一気に降下させて高度を地表すれすれまで落とし、険しい谷間を通り抜けようとする。
星渡竜もほとんど速度を落とさず、<ペイルライダー>を喰らわんとばかりに追いすがる。
「レヴァリスさん、あの崖に寄せてください!」
サレナの指示を受けてレヴァリスは<ペイルライダー>を崖際へ寄せる。
「エレジャー、副砲へのエネルギー供給を戻せ!」
レヴァリスはサレナの考えを読み取り、すぐさま副砲へのエネルギー供給の再開を指示した。
そして、タイミングを見計らってサレナは副砲を崩れかけた岩棚に向かって撃ち込んだ。
着弾の衝撃で崖崩れが発生し、無数の巨大な岩塊がグランドラールの身体に直撃した。
「やるな。あれなら……」
後方の砂煙が竜の翼の羽ばたきで一瞬にして晴れる。岩をぶつけられたことで怒りが増したのか、大きく咆哮を上げると再び<ペイルライダー>を追跡してくる。
「駄目です、あれでも効いていません!」
「巨大な岩でも足止めにならないのか!?」
レヴァリスは焦りを募らせていた。主砲も対艦ミサイルも、巨大な岩塊さえ足止めにならない。
近距離用のビームレーザー砲は残されていたが、試すには危険なほど接近する必要がある。
そうなると、ほかに現実的な攻撃手段は思いつかなかった。
狭い渓谷内を飛びながら次の一手を探るが、思考は空回りするばかりだった。
谷間で何度も進路を変えて、追撃をかわし続けた。それでも黄金の影は離れず、時刻表示の数字だけが進んでいく。
このまま飛び続けていても埒が明かない。レヴァリスは決断すると通信機を操作し船内放送を行う。
「ビープ、ミサイル発射管にありったけのスモーク弾を装填しろ!」
『了解、了解!』
レヴァリスはビープにそう命じると操縦桿を強く握りしめる。
「何か考えが?」
「このままじゃやられるのも時間の問題だ。仕切り直しが必要だ」
レヴァリスがそう言うと、目の前の端末に2門のミサイル発射管にスモーク弾が合計4発装填されたことが表示される。
『装填完了!』
「お前は念のためエンジンルームで待機しろ。さて、うまくいくか……」
<ペイルライダー>は加速し、前方の渓谷へと突入した。
最も狭い場所に差しかかると、レヴァリスは4発のスモーク弾を立て続けに発射する。噴き出した煙が谷間を覆った。
機首を急激に引き上げると同時にクローキング装置を起動し、その場から全速力で離脱した。
グランドラールは煙幕を突き抜け、そのまま谷の奥へ飛び去った。数秒後、獲物を見失ったことに気づいたのか、怒りの咆哮が響く。
十分に距離を稼いだところで減速し、木々に囲まれた空き地へ機体を滑り込ませた。着地と同時にエンジンとクローキング装置を停止させる。
「よし、とりあえず奴を撒いたな。ビープ、エンジンルームの状況は?」
『今回ハ火ガ付カナカッタナ。ツイテルゼ!』
ビープからの報告を聞いて、今回はクローキング装置の過熱による火災が起きなかったことにレヴァリスは胸を撫で下ろした。
「そうか、よし……。サレナ、奴の動きは分かるか?」
「はい、少しお待ちください」
サレナは目を閉じ、精神を集中させて巨竜の気配を探った。
「私達を見失ってかなり怒っていますね。辺り一帯へ手当たり次第に雷撃を吐いています」
耳を澄ますと遠くでは激しい雷鳴のような音が聞こえる。こちらを見失ったグランドラールの怒りは相当なものらしい。
過去の記録には“破滅の嵐”、“破壊をもたらす神”という大層な異名が付いていた。
あれだけ強力な雷撃を吐けるのであれば、それらの異名は誇張ではなく事実なのだろうとレヴァリスは思った。
「サレナ、大丈夫か? だいぶ呼吸が乱れているぞ」
「まだ平気です……。今はあれを何とかしなくては」
通信越しに聞こえるサレナの呼吸は荒く、砲手席のバイタル表示も脈拍の上昇を示していた。
それでも街を守りたい一心なのか、彼女は気丈に振る舞っていた。
「このままだとまた街の方角に行きそうです。でも、私達じゃあれを止められません」
「ああ、そうだな。だが、何か手があるはずなんだ」
レヴァリスは深呼吸をして思考を巡らせる。
星渡竜は過去にわずかながら討伐例がある。
そのいずれもが冒険者達によって成し遂げられた偉業であり、彼らは“竜殺し”と呼ばれていた。
どうすればあれを倒せるのか。レヴァリスは目を閉じ、古い記録、神話、冒険譚——知りうる限りの情報を脳裏から探った。
だが、どの討伐記録も古く、肝心の戦い方は誇張された冒険譚の中に埋もれていた。
最後に浮かんだのは、初めて胸を躍らせた冒険譚だった。それを語ってくれた人物の面影が脳裏に浮かぶ。
記憶の中で、懐かしい声がよみがえった。
『レヴァリス、お前は大事なものを守り通せよ』
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