第5話 黄金なる災厄 1
翌日、レヴァリスはイエーニと冒険者達を率いて海賊残党の討伐作戦を開始する。
目的地である山脈ではエレフィエルの事前報告通り、強力な磁気異常によって計器類がほとんど使用不能となり、スキャナーを用いた上空からの詳細な偵察は不可能であった。
討伐隊を乗せた2隻の宇宙船は、磁場の影響が及ばない地点へ着陸した。
今回の討伐隊は総勢25名。隠れ家を強襲し、内部に潜む宇宙海賊の残党を殲滅することが目的だった。
この作戦に成功すれば、ようやく開拓地は宇宙海賊による脅威から脱することができる。
着陸後、討伐隊は徒歩で移動を開始し、エレフィエルが事前の偵察で発見した洞窟へ向かった。
「かなり深刻だな。ここまでHUDの機能がまともに使えんとは……」
「通信環境も悪いせいで短距離通信もできない。この場所はかなり厄介な土地だよ」
レヴァリスはヘルメットに内蔵されたHUDが使えないことをぼやいた。
事前にエレフィエルの報告で磁場異常の程度は知っていたが、まさかここまで酷いとは考えていなかったのである。
モーショントラッカーはおろか暗視機能まで沈黙しており、頼れるのはライトだけという有様だった。
海賊達が隠れたらしい一帯には山脈と森が広がり、鬱蒼とした原生林が討伐隊の足取りを阻んでいた。
やがてとある山の麓に到着すると、そこには巨大な横穴がぽっかりと口を開いていた。
「あの洞窟こそエレフィエル殿が言っていた場所ですな」
「どうやらそのようだ。足跡をはじめ、連中が出入りした痕跡があちこちに残っている」
周囲にはゴミが散乱し、燃料の尽きたフロートバイクも乗り捨てられていた。幾人もの足跡が洞内へ続いており、残党が潜伏している可能性は高かった。
「討伐隊を2つに分ける。侵入班と、入口を封鎖する待機班に分かれるぞ」
そう指示するとレヴァリスは各員にそれぞれの役割を割り振る。
侵入班は10名、レヴァリスとエレフィエルが先導役で、ついて行くのはサレナやヴェオルを含む冒険者であった。
その中の数名の冒険者はギルドから支給されたグレネードを携えていた。
冒険者には殺傷用爆発物の個人所有が原則として禁じられているが、ギルドが必要と認めた任務では例外的に支給される。
今回は海賊が築いたバリケードの破壊を想定し、支部長の判断で破砕用グレネードが支給されていた。
待機班15名はイエーニが率い、入口の封鎖を担当する。
そのうちレルカら偵察に長けた者達は、他の出口を探す役割を請け負った。
「イエーニ、洞窟の内部構造が分からん以上、思わぬところから連中が出てくる可能性がある。警戒を怠るな。所定の時刻になっても戻らなかったら判断はお前に任せる」
「はっ、了解いたしました!」
編成を終えるとレヴァリスとエレフィエルを先頭にし、侵入班は洞窟の中へと入っていった。
洞内は予想以上に広く、天然の巨大なトンネルを思わせた。
宇宙海賊の討伐作戦でなければ、ここは絶好の探索スポットだろうとレヴァリスが内心で思うほどだ。
入口から差し込む光は、ほどなく闇に呑まれた。頼れるのは各員の持つヘルメットライトだけである。
敵に気取られないよう、先頭と最後尾の2人だけが光量を絞ってライトを点灯した。
足元は滑りやすく、各員は前後の灯りを見失わないよう一定の間隔を保って慎重に進んだ。
しばらく洞窟の内部を歩いていると、突如としてレヴァリスとエレフィエルが足を止めた。
「どうかしましたか?」
後ろにいたサレナが話しかけても、2人はぴたりと止まったままであった。
「レヴァリス、やっぱり嫌な予感がするよね」
「ああ、同感だ。これほど強い悪寒が背筋を走ったのは久しぶりかもしれん」
2人が見据える先にはさらに奥に進む道があり、そこは鍾乳石や晶石が生えている空間であった。
「サレナ、すまないが少し先の様子を見てくれないか」
「分かりました」
サレナは瞼を閉じ、アナザーセンスで前方を探った。しばらくして目を開けた彼女は、冷や汗をかいていた。
「奥に大勢の人の気配があります。たぶん海賊達です。でも——」
そこで言葉を切ったサレナは、困惑と怯えの入り交じった表情を見せる。
「何か他にもあるのか?」
「そのさらに下に、別の気配があります。これまで感じたことがないほど大きな……何かです」
その言葉を聞いたレヴァリスとエレフィエルは顔を見合わせる。
サレナの報告は抽象的だったが、レヴァリスの脳裏には一つの可能性が浮かんだ。
「もしかしてここは原生生物の巣か?」
「可能性はあるよ。たぶん、未発見の生物じゃないかな」
「原生生物の巣の中に隠れ家を作ったとしたら、かなり間の抜けた話になるな」
「そうなると僕達まで間抜けみたいじゃないか。でも、どんな生物が出るかは分からないから警戒しよう」
「そうだな。各員、周囲の音や気配に気をつけろ。海賊どころか原生生物が飛び出してくるかもしれん」
レヴァリスは後ろにいた冒険者達にそう指示を出すと、ブラスターライフルを構え直す。
「ところでその反応は動いているのか? それとも静止しているのか?」
「その気配は動いていません。ずっと深いところに留まっています」
「奥に縦穴か何かがあるんだろうな。海賊だけを制圧してさっさと引き返そう」
レヴァリスはそう言うと再び前進し始め、冒険者達もその後に付いていく。
「本当に原生生物……なのかな」
サレナはなおも納得できない様子で闇の奥を見つめていたが、やがて一行の後に続いた。
しばらく進んでいくと洞内に発光する藻や植物が生え始め、暗かった内部が多少は明るくなった。
「それにしても天然の洞窟にしてはちょっと変だね。まるで何かがくり抜いたって感じ」
エレフィエルは周囲の壁面や天井を見回しながら言った。
「俺には天然の洞窟にしか見えんがな。仮にくり抜いたとして、一体どんな生物がこれを作ったんだ?」
「巨大なワーム類の可能性はあるけど断定はできないね。ただ、違和感があるのは確かだよ」
「それに関しては同感だ。正直なところ海賊よりも厄介なのがいるかもしれん」
磁場異常によりモーショントラッカーが正常に使えないため、レヴァリスは目視と気配のみで薄暗い通路の内部を先導している。
エレフィエルも長い耳を動かし、周囲の僅かな音の変化がないかを探っていた。
やがて通路を抜けると、広大な地下空間が目の前に広がった。
レヴァリスが右手を上げて後方の冒険者達に静止を促す。
「見つけたぞ」
声を潜めて告げると、張り出した岩陰から陣地の様子をうかがった。
遥か高い天井の細い亀裂から日の光が差し込み、洞窟内には各所に水溜まりや池が点在し、陣地の奥には底の見えない巨大な縦穴が存在している。
海賊達はこの広い空間に陣地を築いていた。目視できるだけでも20名余り。
半数近くが負傷しているらしく、横たわったまま動かない者もいた。
衣服には紋章を剥ぎ取った跡があった。エレフィエルの報告から考えても、両海賊団の残党がここに集まっているのだろう。
あまり余裕がないのか、ここなら見つからないとでも思っていたのか、陣地には見張りすら立てていなかった。
「降伏勧告ぐらいはするべきかな」
「さて、どれぐらいが応じるだろうか」
「それじゃあ僕がやってみるとしよう」
エレフィエルはそう言うと陣地側からよく見える位置に足早に移動する。
「洞窟の入口は封鎖した! 武器を捨てて投降しろ!」
洞窟内にエレフィエルの降伏勧告の声が響き渡る。残党達は当然ながら動揺の色を隠せない。
しかし、宇宙海賊の1人が雄叫びを上げると一斉にブラスター弾がエレフィエルに向けて放たれた。
すぐにエレフィエルは近くの岩場に身を隠す。
「やっぱり駄目みたいだね」
「仕方ないさ。全員、攻撃開始!」
レヴァリスの合図と共に隠れていた冒険者達が一斉に攻撃を開始する。
「ヴェオル、サレナ、ついてこい! 他は援護しろ」
「うっす!」
「分かりました!」
陣地へ突撃するレヴァリスの後を、ヴェオルとサレナが追う。
彼らは陣地の正面にある岩陰まで来るとそこに身を隠す。
「ヴェオル、グレネードはあるな?」
「ギルドから支給された物が3個あるっす」
「よし、サレナと俺に1個ずつくれ。合図と同時に正面のバリケードを吹き飛ばすぞ」
ヴェオルは2人にグレネードを1個ずつ手渡した。
「よし——今だ、投げろ!」
レヴァリスの合図と同時に、3人は正面に築かれたバリケードへ向けてグレネードを投げ込む。
海賊達は爆発前に飛び退いたが、グレネードはバリケードを破壊して突破口を開いた。
「突入!」
「僕達も行くよ!」
その言葉と同時にレヴァリスは2人を率いて陣地の内部に侵入する。
後方から援護していたエレフィエルと冒険者達も、開いた突破口に向けて一斉に進み出す。
「くそっ、こんなところで死ねるか!」
「野郎共、根性を見せろ!」
なおも残党達は頑なに抵抗を続けており、陣地内では激しい白兵戦が展開された。
レヴァリスはショットガンへ持ち替え、遮蔽物の間から飛び出してくる海賊を至近距離から撃ち倒していった。
後ろではサレナとヴェオルもブラスターピストルを持ち、レヴァリスを援護していた。
次第に陣地内にいた海賊達は縦穴の方向へと追い詰められていく。
「レヴァリスさん、危ない!」
すると、レヴァリスに向かってグレネードを投げようとした海賊を見つけたサレナが叫んだ。
反射的にブラスターピストルを撃つと青い光弾は額に直撃し、男は信管の作動したグレネードを握ったまま、縦穴の闇へと落ちていく。
数秒後、先ほどバリケードを吹き飛ばした爆発とは異なる、くぐもった爆発音が縦穴のはるか底から響いてきた。
「助かったぞ、サレナ。あと一息だ、そのまま奴らを討ち取れ!」
しかし、洞窟そのものを震わせるような咆哮が轟いた。水面に幾重もの波紋が走り、天井から細かな晶石が降り注いだ。
「何、今の……?」
片手で耳元を押さえながらサレナは奈落の方向に目を凝らす。
「これは一体……」
その瞬間、レヴァリスのHUDを覆っていたノイズが消えた。復旧したモーショントラッカーには、奈落の底から急速に浮上する巨大な反応が表示されている。
奈落の底から、一度、また一度と重い羽ばたきが響いた。音が近づくたび、吹き上がる風が砂塵を巻き上げる。
「まさか——」
レヴァリスがそう呟いた瞬間、黄金の鱗をまとった巨大な竜が姿を現した。
頭部からは複雑な螺旋を描く2本の大角が伸びていた。先端が二股に分かれた長い尾が、ゆっくりと左右へ揺れている。
翼は身体よりも大きく、その翼の先端からはもう一対の腕を思わせる巨大な鉤爪が伸びていた。
誰もが唖然とした表情で現れた竜を見上げており、いくつもの修羅場を潜り抜けた上級冒険者であるレヴァリスとエレフィエルですら釘付けになっていた。
レヴァリスは動けなかった。恐怖ではない。目の前の存在を、現実のものとはすぐに受け入れられなかった。
竜は長い首をゆっくり振りながら地面にいる者達を見定めていたが、その縦に細い瞳孔を宿した双眸には、明らかな怒りが浮かんでいた。
レヴァリスは何とか思考を取り戻そうと頭を激しく振ると、腹の底から声を上げた。
「全員、撤退しろ!」
命令を受けて我に返った冒険者達は、悲鳴を上げながらライトを最大光量へ切り替え、我先にと洞窟の入口へ駆け出した。
「サレナ、しっかりしろ! 逃げるぞ!」
「は……はいっ」
レヴァリスは呆然とするサレナの手を掴むと一目散に走り出した。
走りながら一度振り返ると、海賊達は混乱のただ中にいた。立ち尽くす者、悲鳴を上げて銃を乱射する者、壊れたように笑い出す者までいた。
錯乱した海賊達が放つブラスター弾にも、竜はびくともしなかった。やがて低く唸ると、自らを攻撃した者達へ襲いかかった。
「僕が最後尾を守る、走れ!」
エレフィエルが最後尾に張り付き、後ろの様子を見ながら叫んだ。
背後に響く海賊達の悲鳴を振り切り、侵入班は入口へ向かって走り続けた。
ふと、レヴァリスは通信も回復しているのではないかと気づき、慌てて通信回線を開く。
『イエーニ、聞こえるか! 今すぐ船まで退却するぞ!』
『レヴァリス殿!? すぐに偵察班を呼び戻します!』
『説明は後だ。急げ!』
レヴァリスはそれだけ告げると通信を切り、足を止めずに走り続けた。
やがて血相を変えた一行が洞外へ飛び出すと、待機班が一斉に武器を構えた。
他の出入り口を探していた偵察班も駆け足で戻ってきた。
イエーニは全員が揃ったことを確かめ、レヴァリスへ頷いた。
「レヴァリス殿、中で一体何が……」
「話は後だ。全員、まずは船まで下がるぞ」
「しかし、何がいたのでありますか?」
レヴァリスは荒い息のまま振り返り、闇の奥から響く咆哮を聞いた。
黄金の鱗、二股の尾、翼端の大爪——それは古い記録に描かれた姿と一致していた。
「伝説に首を突っ込んじまった」
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