第4話 荒野の向こう側 3
フロートバイクに乗ったレヴァリスとサレナは、丘陵地帯を抜けて荒れ地を高速で移動していた。
緑豊かだったこれまでの地域と違い、この荒れ地は岩や石が散らばる不毛の土地であった。
しばらく進むと、前方に岩山が見えてきた。
「何だか、随分と変な形をした山ですね」
「ああ、そうだな」
背後から聞こえたサレナの言葉に、レヴァリスもその岩山を不思議そうに見つめた。
細長い岩山はまるで大地に刺さっているようにも見え、自然にできたにしては不可思議な形をしていた。
気にはなったが、ひとまずHUDに座標を記録するだけにして、さらに西へ進んでいく。
前哨を発ってから既に2時間近くが経過していた。次の定時連絡までもう1時間半ほどしか残されていない。
バックミラーへ目を向けると、サレナは時折目を閉じて短時間ずつアナザーセンスを用いて周囲を探っていた。
彼女が集中しているのを妨げないように、レヴァリスは話しかけなかった。
やがて荒れ地を抜けると大きなクレーターが見えてくる。
直径は2キロルを超え、その内部にも大小の岩石だけが転がる荒涼とした景色が広がっていた。
これはかつて巨大な天体が衝突してできた痕跡なのだろう。
「レヴァリスさん、この辺りで止まってください」
突然サレナが止まるよう声を上げ、レヴァリスはフロートバイクを急停止させる。
彼女は周囲をしきりに気にしており、やがて車両から降り立つと気配の発生源を探るようにクレーターの縁へ歩き始めた。
フロートバイクを岩陰へ移動させてエンジンを停止させると、外部から車体が見えないことを確かめてからサレナに追いつく。
「サレナ、大丈夫か?」
「おかしいですね。たくさんの人がいる気配を感じるんですけど……」
その言葉にレヴァリスは眉をひそめた。
確かに総勢300名近い宇宙海賊がいるとは情報にあったが、見渡す限り海賊どころか建物の1つすら見えない。
だが、サレナのアナザーセンスが見当違いの場所を示したとも思えなかった。
「あれ、こっちの方で何か揺らいだような」
サレナはクレーターの縁ぎりぎりまで進み、虚空へ伸ばした手を左右に振った。
「えっ!? これは一体……?」
すると突き出したサレナの腕が空中で突然消えた。しかし、慌てて引き抜くとすぐに腕が何もない空間から現れる。
レヴァリスも隣に立ち、揺らめく空間へ手を伸ばした。
遠くからでは気づかなかったが、よく見るとそれは光学的なフィールドであり、指先で触れると水面のような波紋が広がった。
「こいつは光学迷彩フィールドだな。向こう側に誰かいるか分かるか?」
「いいえ、近くにはいません」
その答えを聞いてから、レヴァリスはライフルを構えたまま慎重に境界へ上体を滑り込ませた。
境界を越えた瞬間にヘルメットの映像がわずかに乱れ、その先ではクレーターの景色が一変した。
レヴァリスが手招きするとサレナも慎重に境界をくぐり、その隣に身を伏せた。
「これって……」
「ああ、大当たりだ」
そこにはクレーター内部に隠されていた宇宙海賊の拠点が、2人の眼下に広がっていた。
レヴァリスとサレナは姿勢を低くしながら、眼下に広がる拠点を観察する。
中央には大きな塔のようなものが立っており、その頂上からクレーター全体を覆うように、半球状のフィールドが展開されていた。
クレーターの内部にはプレハブや掘っ立て小屋が乱立して1つの街のようになっており、さらに南西側には中型貨物船と軽貨物船が1隻ずつ停泊していた。
「これほどの拠点が隠されていたとはな。お手柄だぞ、サレナ」
「は、はい。でも、この後はどうしましょうか?」
「まずは偵察からだ。スカウトバイノキュラーは持っているな?」
「はい、あります」
サレナは装備ポーチから偵察用のスカウトバイノキュラーを取り出す。
一方のレヴァリスはヘルメットに内蔵された遠視スコープ機能を起動し、海賊団の拠点に焦点を当てる。
「よし、まず目についたものを言え」
「えっと……まず中央に立っている大きな塔は何でしょう?」
「あれはおそらく“ステルス・スパイア”だ。この拠点を外界から隠すためのステルスフィールドを展開する設備だ」
「なるほど、だから気配は感じたのに見えなかったんですね」
レヴァリスがそう説明するとサレナは納得したように頷く。
「でも、あんなのを何で海賊が持っているのでしょう?」
「本来は軍事用なんだが曰く付き——いや、失敗した製品だったんだ」
「失敗した製品ですか」
「フィールドの展開中は外部との通信や広域索敵ができん。そのうえ、外からスキャンされれば円形の空白が残り、何かを隠していると悟られる」
「それは軍隊では使いにくいですね」
「ああ。だが、未踏地に巣食う海賊なら大した問題にはならん。前哨との定時連絡は、通信係がフィールドの外に出て受けているんだろうな」
その欠陥から正規軍ではとうに廃れ、配備されていたものの多くは廃棄されていた。
しかし、それを海賊達が有効利用していることに、レヴァリスは内心で毒づいた。
「よし、次は何が見える?」
「はい、南西側に宇宙船が2隻見えます」
「片方には前哨で見た海賊旗と同じ紋章が付いているな。もう片方は鹵獲した商船ってところか……?」
停泊している中型貨物船は全長150メトルほどの“クワイオン・コルヴェット”と呼ばれる機種で、銀河系でも普及しているものであった。
船体には海賊なりの改造が施され、各所に砲塔や戦闘機用の外部ドッキングアームが増設されていた。
軽貨物船の方は“リコーカ・ハイランナー”という機種で、レヴァリスの記憶では1年前に販売が始まったばかりの最新型の宇宙船であった。
船体には戦闘による焼け跡と応急修理の痕跡が残っている。
こちらには海賊旗のマークは付いておらず、おそらくは鹵獲されたものであった。
「宇宙船から何か運び出してますね。お酒でしょうか?」
サレナがそう言うとレヴァリスはスコープの倍率を最大まで上げる。
海賊達はいかにも陽気そうに酒の入った箱を軽貨物船から運び出しており、その近くで酒瓶をあおっている団員達の姿も見えた。
レヴァリスは黄色いケースのラベルを読み取り、酒の銘柄を特定した。
「コルマリアが見つけた酒瓶と同じだな。あれは“ナリアンハニーネ”という高級酒だ。宇宙海賊が飲んで良い代物じゃない」
「他の海賊達もみんな飲んでますね。でも、何だか飲みすぎているような……」
「ナリアンハニーネは飲みやすいが度数の高い酒だ。少なくとも、外に出ている連中の大半は酔っていると見ていいな」
「詳しいですけど飲んだことあるんですか?」
「1本だけ開けたつもりが、気づけば3本も空にしていた。それ以来は戒めとして必ず1本までにしている」
「それでも1本は飲むんですね……」
拠点を見渡してみると、酒瓶を片手に騒ぐ者、千鳥足で歩く者、建物の壁にもたれて眠り込む者が至るところにいた。
まともに見張りを続けている者は、数えるほどしか見当たらない。
それでも武装を解いていない者は多く、完全に無防備というわけではなかった。
また2つの海賊団は所属ごとに分かれて酒盛りをしていた。
時折、酔った団員同士が怒鳴り合い、仲間に引き離されている。手を組んではいても一枚岩には程遠いようだ。
「あの軽貨物船を仕留めた祝杯らしいな。攻撃前にしては飲みすぎだ」
「レヴァリスさん、北東の方に檻みたいなのが見えます。何だか大勢の人が捕らえられているみたいです」
指示された北東へ視点を移すと、頑丈な鉄柵で囲まれた収容区画に大勢の人々が押し込められていた。
武器を持たず、服装にも統一性がない。捕らわれた民間人だと判断するのに時間は掛からなかった。
「あれは狩りで捕らえられた一般人だな。どこかで襲撃されたんだろう。奴隷一歩手前ってところだな」
「そんな! ということは、あの人達を助けなきゃ……!」
「おい、落ち着け。まずは拠点の状況を探れ。今飛び込んでも、あの人数を街まで逃がし切れん」
「あっ……そうでした。すみません」
とはいえ、レヴァリスも彼らを救い出したいと思っていた。
襲撃先の住人を戦利品として捕らえ、奴隷にするのはよくあることだ。
銀河同盟では奴隷制度と人身売買が禁止されている。だが、その法が十分に及ばない外縁領域の一部では、今なお奴隷の売買がまかり通っていた。
街が占拠されれば、今度は数千人もの住民が同じ境遇に落とされるだろう。
「レヴァリスさん、北側の大きな建物に海賊旗が掲げられています」
「旗はどう並んでいる?」
「えっと、2つの海賊旗が横に並んでいます」
HUDで旗章を照合すると、片方はギュナータ・カンパニーのものであり、もう片方は“トライナイフ”という海賊団のものだった。
「横に並んだ海賊旗というのは、お互いに対等な関係の同盟を結んでいるという意味だ」
「対等な同盟……ですか?」
「というのは建前で、実際には利害が一致したから組んでいるというのが大半だ。海賊の同盟なんぞ基本的にはロクなものではない」
「実際には仲が良くないということですね」
「ああ、お互いに寝首をかこうとしているかもしれん。船長同士が決めても、船員が納得しているかは別問題だしな」
2人はその後も偵察を続け、武器庫や弾薬庫、発電設備、両海賊団の兵舎、見張りの巡回経路を記録した。
「もし捕らわれている人々を救出するなら、あの北東側の経路が使えそうだ」
収容区画の裏手からは、クレーターの北東側へ向かう緩やかな搬入路が延びていた。
その先はステルスフィールドの境界を抜け、外側の岩場へと続いている。
岩陰も多く、戦闘に巻き込まれずに一時的に身を隠す避難場所として利用できそうだった。
岩場のさらに先には、宇宙船を着陸させられそうな平坦な土地も広がっている。
2人は脱出経路を地図に記し、収容区画の見張りの人数と交代間隔も確認した。
「捕らわれている者は、確認できるだけで100人ってところか」
「多いですね。少しずつ逃がすべきでしょうか」
「小分けにすれば途中で気づかれる。救出するなら一斉に動かす必要があるな」
捕らわれた人々をそこまで誘導できれば、<ペイルライダー>による回収も可能だろう。
定時連絡まではあと1時間ほどであり、海賊達が前哨の壊滅に気づくのは時間の問題となっていた。
集めた情報をもとにレヴァリスは思案する。このまま情報を持って一旦開拓地に引き返すか、それともこちら側から仕掛けるか。
フィールドの外へ出たところで、開拓地は通信圏外だ。中継衛星もまだ整備されていない。
ヴェオル達が街へ戻れば、エレフィエルは<ペイルライダー>で捜索に出るはずだ。ステルス・スパイアを停止させれば、船のスキャナーでこの拠点を発見できる。
正面から300人近い海賊を相手取るなど、サレナがいても不可能だ。
だが、見える範囲の団員の多くは酒に酔って警備も緩んでいる。サレナのアナザーセンスがあれば、見張りを避けながら拠点内へと潜入できるかもしれない。
刻々と時間が迫っている。レヴァリスは一呼吸置くとサレナに作戦を告げる。
「まず弾薬庫へ潜入して、爆薬と遠隔起爆装置を調達する。ステルス・スパイアの電源部と、2隻の宇宙船の推進機関へ仕掛ける。爆薬を仕掛けるついでに、2隻とも主機の起動回路を切断しておく。これで起爆する前に逃げられる心配はない」
「同時に爆破して混乱を起こすんですね」
「いや、爆破は最後だ。まずはどちらかの船長を見つけて、同盟相手にやられたように見せかけて狙撃する。酔っ払った連中なら、攻撃された方角を見ただけで相手を疑うはずだ」
「同士討ちが始まったら、捕らわれている人達を逃がすんですね」
「ああ。俺が収容区画の見張りを排除したら合図する。小分けにはせず、一斉に逃がせ。動ける者には負傷者を支えさせ、お前は先頭に立って北東の搬入路から岩場まで誘導するんだ」
「あれ、でも片方の宇宙船は私達や捕虜の脱出とかに利用できませんか?」
捕らわれた人々の脱出手段まで考えたことに、レヴァリスはわずかに感心した。
「海賊共をこの惑星から逃がすわけにはいかん。軽貨物船を残せば、混乱に乗じて幹部連中が逃走に使う。仮に船を奪っても、捕らわれた連中を乗せ終えるまで守り切る余裕がないしな。最新型を吹き飛ばすのは惜しいが、連中を取り逃がすよりはマシだ」
「捕らわれている人達は、その後どうするんですか?」
「外の岩場で待機させる。<ペイルライダー>の貨物区画なら、100人程度は一時的に収容できる。到着後は全員を乗せて街まで運ぶ。スパイアを破壊すればフィールドが消え、船のスキャナーでも目視でも拠点を捉えられる。エレフィエルなら見逃さん」
話を聞き終えたサレナは、覚悟を決めたように頷いた。
レヴァリスはサレナとの短距離通信チャンネルを固定し、偵察で作成した簡易マップを2人の端末で共有した。フィールドの内側同士であれば通信に支障はない。
「アナザーセンスは必要な時だけ使え。捕らわれている人達を逃がすための力は残しておけ」
「分かりました」
「始めるぞ。サレナ、お前はこの岩陰に残って拠点を監視しろ。異変があればすぐに知らせろ」
「はい、お気をつけて」
レヴァリスはブラスターライフルを構え直すと、岩陰を伝ってクレーターの斜面を下り始めた。
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