第3話 星路に潜む影 6
工房地区からレヴァリスとサレナが発着場へと戻ってくると、<ペイルライダー>の近くに小柄な体躯の人物がいることに気づいた。
「あの人は誰でしょうか?」
「あれは——いや、まさか……」
レヴァリスが近づくと相手も気づいたのかすぐに振り返った。
彼は長い体毛に覆われており、小柄で体型は丸っこい“コシェルニアン”と呼ばれる種族であった。
頭にはだいぶくたびれた銀河同盟軍の略帽を被り、身体には地元の民兵組織の制服をまとっていた。
「レ、レヴァリス殿! お久しぶりでございます!」
「イエーニ上級曹長、まさかまた会えるとは思わなかったぞ」
2人は再会を喜び合いながら握手を交わす。
後ろからサレナはレヴァリスの古い知り合いとの再会を優しく見守っていた。
「お知り合いですか?」
「おっとこれは失礼。元銀河同盟軍上級曹長、イエーニ・ペテリクであります。今はこの街で民兵部隊の隊長を務めております」
イエーニはそう言って敬礼しながらサレナに自己紹介をする。
その敬礼の所作には今も軍人時代の癖が残っていた。
「はじめまして、私はサレナ・アルナミュールと申します」
「最後に会ったのは大戦の終わった直後だったか。引退して余生を送ると言っていたが、開拓者の一団に加わっているとはな」
「銀河同盟軍では60年も軍務に就きました。戦いばかりの人生でしたが、残りの人生は何かを後に残せる仕事がしたいと思いまして」
「なるほど、そういう選択も悪くないな。民兵部隊の隊長ならば、お前ほどの適任もそういないだろう」
レヴァリスに隊長が適任と言われたイエーニは少し頬を赤らめる。
「彼とはグラ=ナヴァン大戦の緒戦からの付き合いだ。当時の上級冒険者は全員が士官と同じ待遇だったからな、まだ軍曹だったイエーニが補佐に付いていた」
「いやあ、レヴァリス殿は素晴らしい指揮官でした。あのフォトンブレードを掲げ、最前線で常に戦う姿は今も忘れられませぬ」
イエーニの称賛に対してレヴァリスは何も答えず小さく肩をすくめた。
「レヴァリスさんもあの大戦で戦っていたんですね」
「まあな。そういえば何か用があって来たのか? 会いに来てくれただけでも嬉しいが」
「おお、そうでした。実は開拓長から上級冒険者に頼みたい依頼がありまして。冒険者ギルドにも話は通したのですが、やはりこういうのは直接お願いに伺うのが筋かと思いまして」
イエーニはそう言うと自身の携帯端末を取り出し、開拓長からのメッセージを再生する。
映像に現れたのは初老の人間男性で、白髪交じりの髪を長く伸ばしていた。
『私はフロンティア・ナリスの開拓長の“エセル・パトロルス”と申します。上級冒険者の方々に是非お願いしたい依頼がございます。興味がおありの場合は冒険者ギルドにてご説明します』
「こいつはエレフィエルにも見せたのか?」
「ええ、彼にもお見せしました。向こうは乗り気でしたな。つい先ほど街に出向かれたようです」
「そうか、それならこの直々の依頼とやらを後で聞くとするか。昼食を取ったらギルドに出向くとしよう。開拓長にもそう伝えてくれ」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
そう言って携帯端末をしまい込んだイエーニは街へと戻ろうとする。
「昼飯でも一緒に——と思ったが、民兵部隊の長になったからそうもいかんか」
「申し訳ありません、なにぶん忙しいものでして。是非また後日に」
イエーニは2人に敬礼するとそのまま駆け足で街へと戻ってしまった。
レヴァリスは少しばかり寂しさを感じたが、かつての戦友が新しい人生を歩んでいることを素直に喜んだ。
「さて、昼飯にしようか。食い終わったらまたギルドに行くとしよう」
「分かりました。次はギルドで依頼を引き受けるんですね」
「ああ、わざわざ頼みに来たということは、おそらく下級冒険者達にはできん仕事だろうしな」
それから2人は昼食をとりに<ペイルライダー>の中へと入る。
多目的室に入るとビープがソファに身体を横たえており、リフトロイド達やシンガーも集まっていた。
オートロイド達はそれぞれの仕事を終えてちょうど休憩に入っていたらしい。
「2人トモオカエリ。船体ノ修理終ワッタ。新シイ仕事ハマダカ?」
「後でギルドで仕事を貰う予定だ。必要ならお前達にも一働きしてもらうつもりだ」
「本当カ!? 新シイ仕事ダ!」
そう言うとビープとリフトロイド達は新しい仕事ができるとはしゃぎ始める。
依頼の内容次第では、彼らの出番がないかもしれない。その場合は街で別の仕事を探してやればいいと、レヴァリスは考えた。
幸いなことに街は人員不足なこともあり、勤勉なオートロイド達はおそらくどこでも歓迎されるはずである。
「お待たせしました」
レヴァリスの元にサレナが解凍した食事を運んでくる。
市場で肉不足なのを見たせいなのか、昼食には肉のソテーやオムレツ、ソーセージなどの献立が並んでいる。
それを見たレヴァリスは苦笑しながら食事に手をつけた。
昼食を終えた2人は再びギルドの支部施設に足を運んだ。
中に入ると大勢の冒険者達でごった返しており、受付カウンターには長蛇の列ができていた。
本部からようやく機材が届いたことで主要な機能が稼働し始めたようだが、滞っていた期間が長かっただけに冒険者達が殺到する事態になったようだ。
ストライダーカードが更新できないと冒険者の功績として反映されないため、この場にいる下級冒険者達もかなり首を長くして待っていたに違いない。
「おや、レヴァリスとサレナも来たんだね」
人混みの中からエレフィエルが現れ、手を振りながら2人に近づく。
「先に来ていたのか」
「久しぶりにイエーニ上級曹長——いや、今は部隊長だったね。彼に会ったけど君も会ったかい?」
「ああ、最後に会った時と変わっていなかった」
「僕も彼に言われて開拓長からの依頼を引き受けてね。明日は北の山脈地帯で調査を行うつもりだよ」
「そうか。俺達はまだ依頼内容こそ分からんが、たぶん別々の任務だろうな」
「そうだね。それじゃあ僕は明日の支度のために戻るよ」
エレフィエルはそう言って支部施設を後にする。
「北の山脈ってここから遠いところでしたよね?」
「たぶん宇宙船に乗って行くんだろう。あいつは現地調査を得意としてるからな、何か開拓地の利益になるものを見つけるだろう」
街の北側にある平原の先に見えていた山脈を思い出しながら、レヴァリスはサレナに語った。
「レヴァリスさん、お待ちしていました。開拓長のエセル様が別室でお待ちです」
するとレヴァリスの姿を見つけたのか奥から支部長のアリエカが現れた。
どうやら話があるというエセルも既に到着しているようだ。
2人はアリエカに案内され、施設の2階にある応接間へ向かった。
「開拓長、こちらが上級冒険者のレヴァリス、そしてその連れのサレナ・アルナミュールです」
「ようこそフロンティア・ナリスへ。私が開拓長のエセル・パトロルスです」
映像で見た時よりも、エセルはだいぶくたびれて見えた。
発展途上の開拓地をとりまとめるのは激務なのだろう、その目の下には大きな隈ができていた。
「それで俺に頼みたい仕事というのは何だ?」
「そうですな、状況説明のためにまずは周辺のマップを出しましょう」
エセルがそう言うとアリエカがテーブルの脇に設置された端末を操作し、テーブル上にフロンティア・ナリスとその周辺のマップを映し出す。
マップの表示範囲が街から南東へ移動し、海岸沿いにある居住地が映し出される。
「実は開拓者の一部は海岸沿いにある“ソルティア・ナリス”という居住地を築いています。ここで生産されているのは——」
「魚介類と塩ってところか。特に塩の確保のために作ったんだろう?」
「おや、ご明察ですな。ええ、塩の確保が最重要課題でしたので」
「まあそうだろうな。開拓地の一番の問題だろう」
塩は多くの知覚種族の生存や生活に欠かせない資源だ。
食事を作るにしても調味料の基本であるほか、冬季や普段の備蓄のための保存食作りにも塩は必要である。
また塩は工業分野でも大量に使われるため、日常生活に必要な物資の生産にも欠かせない。
「5000人の開拓民のために塩を輸入すれば大変なことになるしな」
「ええ、全くです。外部から輸入していてはとてもやっていけません。今はちまちまと輸送しているのですが、やはり工房地区から足りないと苦情が出ているのです。それに、向こうもそろそろ倉庫が満杯になりかけています」
「そもそも輸送車両はないのか?」
「それがですね、うちの輸送車両は数が少なくて順番で使ってまして。開拓地の発展に伴いさらに需要が増して、塩の輸送にはなかなか順番を回せないんです」
「今はどう輸送してるんだ?」
「街道だけは何とか整備できたので、冒険者の方々に頼んでリパルサーカートで細々と輸送しています」
そう言うと目の前のマップに2つの居住地を結ぶ街道が強調されて表示される。
街からは徒歩でおおよそ片道3時間ほどで辿り着ける距離で、車両ならもっと短時間で移動できるはずである。
しかし、せっかく整備した街道も肝心の輸送車両が使えないという皮肉な状況であった。
「なるほど、つまり俺の<ペイルライダー>で運んでほしいんだな?」
「話が早くて助かります。貴方が宇宙船を持ってきていると聞いて、これはもしかしたらと思いまして」
「それでどれぐらいの量を運べばいい?」
「実を言うと300キロトスほど倉庫にたまっていまして……」
「大型倉庫が満杯になるほどか。かなりの量だが何往復かすればいけるな。輸送計画についてだが——」
レヴァリスとエセルは輸送計画について協議し、貨物の積み下ろしを迅速に行えるよう計画を練っていく。
「どうせなら塩以外にも運んだらどうだ?」
「そうですな。それなら魚の乾物や新鮮な魚介もついでに……」
サレナは口を挟まず、レヴァリスとエセルのやりとりにじっと耳を傾けていた。
「発着場から運び直すのは手間だな。工房地区のどこかに直接下ろせる場所はあるか?」
「それでしたらこちらの空き地を利用しまして……」
1時間近い協議の末、輸送の段取りがまとまり、2人は正式に契約を交わした。
「それでは私はこれで。輸送任務をよろしくお願いします」
エセルは契約締結後、すぐに次の仕事があるからと足早に去ってしまった。
「悪いが俺への支払額の半分を使って下級冒険者達を集めてほしい。10人ほどで良いが頼めるか?」
「人手が必要なのですね、分かりました。こちらで募集をかけておきましょう」
アリエカは募集の手配をするため、下の階へ向かった。
オートロイド達だけでも運搬はこなせるが、何度も往復する以上、人手は多い方がいい。
「この冒険者達の報酬はレヴァリスさんが持つんですよね。赤字になりませんか?」
「燃料代も考えたら差し引きでぎりぎり黒字ってところだな。だがな、開拓地にも他の冒険者にも利益が出ると考えれば、そんなに悪い話でもないだろう」
今回レヴァリスに支払われる報酬の半分は、雇った下級冒険者達へ回ることになる。
とはいえ、下級冒険者に依頼を手伝わせることは別段珍しいことではない。
上級冒険者は任務や依頼に人員が必要とあれば、中級や下級を雇うこともあった。
費用は上級冒険者持ちではあるが、報酬は比較的高く設定されるため、募集枠は埋まりやすかった。
「時には下級や中級の利益になることもしなきゃならん。上級冒険者ってのは意外と考えなきゃならんことが多い」
「やっぱり上級冒険者って大変なんですね」
「お前もいつか昇格すれば分かるが、上級冒険者だって楽じゃないのさ」
支部施設から外に出ると既に日は傾きかけていた。空には[アルファーニア]の2つの月が浮かんでいる。
街には明かりが灯り始めており、レヴァリスは長い1日の終わりを感じていた。
「明日からはまた忙しくなるぞ」
「はい、頑張りましょう」
そう言って2人は<ペイルライダー>の待つ発着場へと戻るのであった。
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