第3話 星路に潜む影 2
操縦室に戻ってくると、レヴァリスは砲手席に備え付けられた収納箱からヘルメットを取り出す。
それは、<ペイルライダー>上部の副砲、旋回型ツインアサルトレーザーキャノンを操作するためのフルフェイスヘルメットだった。
被ると砲塔内蔵カメラの映像に加え、照準や砲身温度、出力状態が視界に表示される。
「しばらく時間があることだし、お前にはこいつの扱い方を覚えてもらいたい」
「えっと、これは副砲を操作するためのものでしたっけ?」
「そうだ。お前にも副砲の扱い方ぐらいは覚えてほしくてな。それができれば俺もより操縦に集中できるってわけだ」
レヴァリスはそう言うとヘルメットをサレナに手渡し、それから砲手席の端末を操作して訓練モードを起動する。
サレナは砲手席に座り、固定用の安全ベルトを締めてからヘルメットをぎこちなく被る。
内側の画面には基礎訓練プログラムと表示されており、敵戦闘機との戦闘を想定した標的が準備されていた。
「副砲の主な役割は接近してきた敵を迎撃することだ。主砲との連携もあるが、まずは基本訓練で操作方法と撃ち方を覚えろ」
「わ、わかりました」
彼女が副砲の操作レバーを握ったのを確認すると、レヴァリスは端末から訓練モードを開始した。
サレナは表示される案内に従い、基本的な動きと射撃について学んでいく。
しかし、動き回る敵機を視線で追うたびに上半身までつられて傾き、肩に固定ベルトが食い込むほどだった。
レヴァリスはその様子をハラハラしながら見ていたが、やがて操作感覚に慣れてきたのか、サレナの身体の動きにも落ち着きが見られるようになった。
「基礎訓練モードをクリアしました。次はどうしましょうか?」
「よし、あとは練習レベルを上げながら反復練習だ。実戦だとだいぶ違うが、それよりもまずは基本動作を学ぶことが大事だ」
「はい、頑張ってみます」
サレナは訓練モードのレベルを上げて再び訓練に戻った。
副砲の操作を教えるのは、サレナにも船内で明確な役割を担ってもらうためだった。
元々この<ペイルライダー>の機種であるクエーサーランス級ヘヴィガンシップは操縦士、副操縦士、砲手、観測員といった複数人での運用が想定されている。
当初はレヴァリスが1人であらゆる役割を担っていたが、その負担はかなりのものであった。
今ではオートロイド達がシステム管理や修理を引き受けており、さらに空いていた砲手の役割をサレナが担えるようになれば、レヴァリスの負担はこれまで以上に軽くなる。
「サレナ、俺はしばらく操縦席に座っている。何かあれば呼んでくれ」
レヴァリスはそう言って訓練に集中しているサレナの元から離れた。
操縦席に座ると携帯端末を起動し、銀河系全土の通信網である“ハイパーネットワーク”を使ってニュースサイトを開き、銀河系各地からもたらされる情報に目を凝らす。
レヴァリスはこのような空き時間を情報収集に充てていた。
「宇宙船燃料と冷却剤の価格は上昇傾向か……しばらく出費が嵩みそうだ」
グラフで表示された燃料と冷却剤の価格を見たレヴァリスは忌々しげに呟いた。
大戦以降、宇宙船に用いられる燃料と冷却剤は値上がりが続いている。
特にハイパードライブの冷却剤は、大戦前の2倍近い価格にまで高騰していた。
精製施設の破壊や物流網の混乱が未だに尾を引いているためであった。
宇宙船で旅する冒険者にとって燃料と冷却剤のどちらも必須であり、しばらくは高くても購入するしか選択肢はない。
一通りニュースを確認したところで、購読している歴史学系のネットマガジンを思い出した。
「おっと、歴史学のネットマガジンが更新されているな。“惑星[コルトン]で見つかった人類の神殿は未知の宗教か?”、ほう、興味深い」
夢中でネットマガジンを読んでいるとあっという間に時間は過ぎ去ってしまう。
そしてようやく読み終えて気がついた時には、少しむすっとした表情のサレナが隣に立っていた。
「ああ、すまないな。つい夢中になっていた」
不機嫌そうなサレナの表情を見るのは初めてだったこともあり、レヴァリスは思わず冷や汗をかいていた。
「何度も呼んだのに返答が来ないので寝てるかと思いました。何を読んでいたのですか?」
「いわゆる考古学——いや、歴史書ってところだ」
「歴史ですか?」
サレナはレヴァリスが読んでいたマガジンの内容を聞いて意外そうな顔をした。
「ああ、そうだ。今回のは中々読み応えがあった。俺が贔屓にしている歴史学者の論文でな」
贔屓の歴史学者の話になると、珍しく自然と声が弾んでいた。
「レヴァリスさんは歴史が好きなのですか?」
「実を言えば歴史そのものに興味はそんなになかったのさ。ただ、冒険者になった理由が歴史に関わっていて、それがいつの間にか興味に変わったのさ」
「そういうものなんですか?」
「ああ、きっかけなんて案外そういうものさ。理由なんてものは後からでも見つけられる」
話を聞いていたサレナが、ふと何かを思い出したように声を上げた。
「あっ、そういえばもう食事時です。多目的室で食事にしませんか?」
「もうそんな時間が経過していたか」
レヴァリスがHUDを確認すると既に2時間近くが経過していた。
「そうだな、あの4人もそろそろ昼時だから集まるだろう。飯にしようか」
レヴァリスが座席から立ち上がると、サレナはふと考え込むように俯いた。
「私が冒険者になった理由……」
小さな呟きが耳に届いた。
多目的室では4人の下級冒険者達が、ソファでくつろぎながら先に食事を取っていた。
相乗り時の食事は原則として自分達で持参した物を食べるが、飲み物だけはシンガーが既に振る舞っていたようだ。
シンガーは清掃だけでなく、飲み物を淹れて客に振る舞うなど、本来のクリーニングロイドにはない機能も備えている。
どうやらかつての持ち主が何らかの改造を施したらしく、シンガーはそういう意味ではカスタム品のオートロイドといえた。
「私、食事の準備をしてきますね」
サレナはそう言って調理設備に向かい、レヴァリスは一足先にソファのひとつへと座ることにした。
すぐにシンガーがやってくると、ソファの目の前にあるローテーブルへ飲み物を置く。
しばらくしてサレナが食事を持ってくる。フィッシュシチューとパン、それからサラダがセットになった冷凍食品を解凍したものではあるが、量も味も申し分ない。
レヴァリスはヘルメットの口元を開き、運ばれてきた食事に手をつけた。
そして食事をしながら下級冒険者達と会話を始める。
やはりベテランの上級冒険者に直接聞きたいことは多いのか、レヴァリスに対する質問がほとんどであった。
「そういえばレヴァリスさんは、どのような理由で冒険者になったのですか?」
セレリーンの質問に対してレヴァリスはピタリと食事を止める。
「俺が冒険者になった理由か? 子供の頃、大人に“人類の母星”はどこだと聞いたことがあってな。だが、明確な答えは誰もくれなかった。だから自分で見つけることにしたんだ」
予想外の内容だったのか、下級冒険者達は揃ってきょとんとした。
「えーっと、人類の母星っていうと……あれ、確かに何処だろう?」
「そういえば聞いたことがありませんね」
コルマリアとセレリーンは互いに顔を見合わせ、首をかしげていた。
「人間はアチコチ沢山イル。住ンデいればソコガ故郷ではナイノカ?」
「いやいやレルカ、そういう意味じゃないんだ。俺っちの[アヴィゼーン]、レルカの[ディマンティア]みたいな母星の事だろう」
「フウム、人間は多スギテ分からんナ」
どうやらレルカとヴェオルにも心当たりはないらしい。
「私は学生の頃に中央領域のどこかって習ったような……」
サレナの声にもいまひとつ自信はなかった。
予想通りの反応にレヴァリスは頷いた。
「そうだな、つまるところ誰も知らないのさ。不思議だろう、銀河系で人間は一番多くいるのに誰も分からんのだ」
人類は銀河系で最も繁栄している種族であるが、その一方でその出自には謎が多い種族でもあった。
特に母星の位置は全く分かっておらず、いくつかの古い歴史を持つ惑星が人類の母星であると主張しているが確固たる証拠はなかった。
「確かに私もあんまり気にしていなかったというか、考えたこともなかったです」
「そこなんだ、サレナ。人間のほとんどは人類の母星がどこかなんてもう気にしていない。だから母星はずっと昔に忘れ去られてしまったんだ」
語るうちに、レヴァリスの声に寂しさが滲んだ。サレナは何か納得したように小さく頷いた。
「いまさら人類の母星の位置なんて知ったところで、それこそ大したことではないのかもしれん。だが、俺はそれがどうしても知りたくてここまでやってきたんだ」
「なんというか壮大な目標っすね。ロマンがあるというか……」
「まあ酔狂な目標だとは思ってるがな」
感心するヴェオルに対してレヴァリスは上機嫌に答えた。
「ところで聞きたかったのだが、お前達はフロンティア・ナリスに辿り着いたらどうするつもりだ?」
「そうっすね……とりあえず支部で泊まれる部屋があるか聞いて、それから現地の依頼を受けて地元の信頼を得るべきかなって」
「ああ、セオリー通りだな」
旅先では、まず支部の宿泊部屋や現地の宿を確保し、どちらもなければ野営することになる。
また、依頼を通じて地元の信頼を得ることも欠かせない。排他的な土地では余所者というだけで命を狙われることもあり、住人との関係が身の安全を左右するのだ。
「向こうに着いたら支部でこれを使え。しばらく宿泊費がタダになる」
「えっ? おっとっと……」
レヴァリスはユーティリティポーチから1枚の丸いトークンを取り出し、ヴェオルに投げ渡す。
「このトークンは一体?」
「そいつを支部の職員に渡せば、お前達4人ともしばらく無料で泊まれる。俺とサレナには<ペイルライダー>があるから必要ないんでな」
上級冒険者に定期支給される宿泊トークンは、中級や下級の冒険者への餞別としてもよく使われていた。
施設の宿泊費は現地の宿よりも割安であることは多いものの、これ1枚で宿泊費を節約できるため重宝されていた。
「マジっすか!? ありがとうございます!」
「これで宿泊費が浮きましたね」
「美味しいもの買える!」
「コラコラ……食費ニするんジャナイ」
喜ぶ4人の反応をレヴァリスは穏やかな気持ちで見ていた。
食後も下級冒険者達との会話は続き、超空間に入ってから6時間ほどが過ぎた頃、レヴァリスとサレナは操縦室に戻った。
「あと1時間で超空間を抜ける。ここからが護衛の仕事の本番だ」
「惑星にはすぐ辿り着く感じですか?」
「いや、[アルファーニア]の周辺には小惑星帯がいくつかある。今回は少し遠い宙域へ出ることになるな」
超光速航法にはいくつかの制約がある。そのひとつが離脱地点をできるだけ何も存在しない宙域に設定しなければならないことだった。
というのも、超空間内においては現実空間の惑星や恒星、小惑星帯あるいは星雲といったものがノイズのような影として投影されている。
これら質量の影との衝突は致命的な事故に繋がる。そしてそれらを回避するために設定されたのが銀河航路と呼ばれるものであった。
今回の場合、事前に入力した航路座標は惑星から少し離れた何もない宙域へ出るようになっていた。
「そこから1時間弱は通常空間を航行する。だが、そういうタイミングを狙って宇宙海賊共は襲ってくる」
「確かハイパードライブは冷却が必要なんですよね」
通常空間に出た直後のハイパードライブは過熱状態であり、冷却剤を注入して冷却が完了するまで再使用ができなくなる。
そのため宇宙海賊は航路の出口で待ち伏せしていることが多く、超光速航法から抜け出した直後が一番危険といえた。
冷却剤をさらに投入して冷却を早めれば逃げ出すチャンスもあるが、ハイパードライブに大きく負荷が掛かるため緊急事態以外では使えないリスキーな手段だった。
今回は護衛役であるため、万が一の際は少なくとも<ヴェイメルローク>が脱出するまでの時間を稼ぐ必要もあった。
「そういうわけだ。超空間を離脱する10分前には、念のため砲手席に着いておけ。出た途端に交戦する可能性もある」
「分かりました。10分前には配置につきますね」
レヴァリスからいきなりの交戦も想定していることを聞き、サレナは表情を強張らせた。
50分後、レヴァリスは通信機を操作して船内放送を入れる。
「各員、10分後に超空間を離脱する。乗客は客室に戻って離脱に備えてくれ」
それに続いてエンジンルームにいるエレジャーへ連絡を入れる。
「エレジャー、超空間を離脱したらハイパードライブに冷却剤をすぐに注入しろ。それから通常空間に出ると同時にパッシブとアクティブ、両方のセンサーをすぐに起動しろ」
そう指示されるとエレジャーは得意げな電子音声で了解と告げた。
そして最後にエレフィエルとエルメティにも通信を入れ、離脱の準備が整っていることを確認する。
「こちらはレヴァリスだ。超空間を出る用意はできてるな?」
『こっちは準備できてまっせ』
『いつでも大丈夫だよ』
他の2隻も超光速航法から離脱する準備は整っているようだ。
もう間もなく目的地であるアルカナリス星域へと、3隻の宇宙船は到着しようとしていた。
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