第2話 帰還と旅立ち 10
日が沈み始めた頃、宿舎を出たレヴァリスは再び中央区へと足を運んでいた。
目的地は総合センターの隣に建つ四角い建物――“多目的訓練施設”だった。
多目的訓練施設は、冒険者がさまざまな状況を想定した戦闘訓練や、複数人での本格的な実戦演習を行える大規模施設だ。
各分野で経験を積んだ元冒険者の教官が揃い、必要な技能を学べるほか、試験を受けて各種資格を取得することもできる。
上級冒険者専用の訓練場に入ると、係員に訓練内容と各種条件を伝える。
『指定された内容の上級訓練プログラム、それから80キロスの人型訓練用ダミー……? はい、かしこまりました』
係員は通信越しにレヴァリスの奇妙な要求に首を傾げながらも、すぐに指定されたものを奥の倉庫から運び出してきた。
係員が台車で運び込んできたダミーを専用のハーネスで背中に固定すると、すぐに戦闘訓練プログラムが開始された。
訓練場ではホログラム映像とさまざまな可動式ギミックにより、あらゆる状況を想定した訓練環境を作ることができた。
レヴァリスは[カダーディアⅢ]に似た状況を再現させ、仮想敵にはそこで遭遇した工業用オートロイドよりも強力な軍事用オートロイドを指定していた。
場内のセンサーは武器や投擲物の軌道を読み取り、その命中判定を仮想敵の挙動へ即座に反映する仕組みになっていた。
サレナよりも重いダミーを背負い、さらに装甲服のパワーアシスト出力を落とすことで自らに不利な条件を課していた。
戦闘訓練が始まるやレヴァリスは現れた仮想敵が攻撃態勢に入る前に次々と撃ち抜き、指揮官級のオートロイドを優先的に狙うことで反撃の隙を与えない。
あっという間に30体もの仮想敵を倒し切り、これには上の操作室から見ていた係員も呆然とするだけであった。
『お見事ですね。次はどうしましょうか?』
「そのまま次の戦闘プログラムを——いや、さっきより狭い閉所にして、敵の数を倍にしてくれ」
『ば、倍にですか!? ええ、まあ構いませんが……』
指示通りに先ほどよりも狭い空間に倍の数の仮想敵が設定される。
それから手に持っていたブラスターライフルをナイフとブラスターピストルに持ち替える。
現れた軍事用オートロイドは一糸乱れぬ動きで殺到してくる。
それでもレヴァリスは弱点を冷静に撃ち抜き、接近を許した敵にはナイフを叩き込んだ。
ピストルの弾倉が空になると近くに転がっていた瓦礫片を掴んで向かってくる敵に投げつけ、僅かに生じた隙に素早く弾倉を交換する。
そして敵の数が倍になったにもかかわらず仮想敵の群れを全滅させると、レヴァリスは肩で大きく息をつき、乱れた呼吸をゆっくりと整えた。
『一度、休憩なさいますか?』
「いや、いい。次は開けた場所での戦闘プログラムだ。地形以外の条件はさっきと同じだ」
冒険者として活動してきた10年間、彼は一度も訓練を怠らなかった。
[クロムネムシャ]に戻ると大抵は訓練場を訪れ、旅先で経験した戦闘を再現して自分の動きを検証してきた。
同じ失敗を重ね、同じ後悔を味わうつもりはなかった。
[カダーディアⅢ]から生還できたのはサレナの力によるところが大きい。
だから次こそは自分が彼女を守り抜く。その思いを込めて再び引き金を引いた。
一通りの射撃訓練を終えると、今度はフォトンブレードを手に持って近接戦闘訓練に備える。
『複合戦闘プログラムを開始します。数は60体、遠距離型と近接型の複合構成です』
係員の合図と同時に仮想敵が前方に出現する。
レヴァリスはフォトンブレードを実戦での切り札と位置づけ、必要な時が来るまでは抜かないようにしている。
彼にとってこの武器は憧れの人物から託された大切な品だった。だからこそ常に頼り切ることは避けている。
剣技は我流であり実戦の中で磨いてきたものだ。それでもその根底にはかつて目にしたあの人物の剣筋があった。
遠距離から飛来する模擬プラズマ弾を刃で打ち消し、間合いへ踏み込んできた敵を一閃のもとに斬り捨てる。
いつか見たあの剣技にはまだ及ばないと思いつつも、レヴァリスは少しでも近づけるようにただ剣を振るい続けた。
『ようレヴァリス、相変わらず訓練に精が出ているようだな』
訓練を続けていると不意に通信機から係員ではなくアティグウの声がした。
操作室を見上げると、そこではアティグウがこちらに向かって手を振っていた。
「何だ、様子でも見に来たか?」
『そろそろ閉館時刻だ、係員ならもう先に帰らせたよ。今日のところはその辺にしておけ。お前は訓練を続け過ぎるのが悪い癖だ』
そう言われてHUDで時刻を確認すると、訓練を始めてからすでに数時間が経ち、閉館時刻が目前に迫っていた。
アティグウはよく訓練を覗きに来ており、下級冒険者の頃は直接訓練に付き合っていた。
だが、上級冒険者となった今では訓練をやり過ぎないように止めに来ることの方が多かった。
『ところでサレナはどうした? 一緒じゃないのか』
「ちょうど開かれていた応急処置講座を受けに行かせた」
『ほう、お前がそういうことをするようになるとは思わんかったな。自分で教えるタイプだと思っていたが』
「実技なら一度見せたさ。だが、あいにく専門分野じゃあないからな。そういうのは専門家に教えてもらうものだと言ったのはあんただろう?」
『ふっ、そういやそうだったな』
アティグウは目を細めると、どこか懐かしそうに笑った。
「そういえばエレフィエルも[アルファーニア]へ同行することになった。さっき酒場で会ってな、一緒に来てくれるそうだ」
『顔なじみのエレフィエルも一緒に行くなら、そりゃあ好都合なこった。上級冒険者が2人もいりゃ大抵のことは何とかなるしな』
「そうだな。久しぶりに賑やかな旅になりそうだ」
『……それなら、今日は早く帰るんだな。もうサレナもお前の部屋に戻っているだろう?』
アティグウの声は担当官として注意するときよりもいくらか穏やかだった。
「そうだな。今日はもう戻ることにする」
レヴァリスは訓練装置を停止させると、背負っていたダミーを外した。
いつもならば閉館を告げる職員が来るまで居座るところだが、その日は最終放送が流れる前に訓練場を後にした。
疲労で重いはずの足取りが、なぜかいつもより軽かった。
宿舎の自室にレヴァリスが戻ると、リビングルームのソファにサレナがぐったりと身を沈めていた。
普段は見せない彼女の姿にレヴァリスは思わず面食らった。
「ひどく疲れているようだな」
「あっ、レヴァリスさん。お、おかえりなさい……」
レヴァリスの声に気づいたサレナは力なくソファの上で上体を起こした。
顔には濃い疲労の色が浮かんでおり、どういうわけか両手の震えが止まっていない。
「随分とハードな内容だったようだな」
「合格判定を貰うまで帰れませんでした……」
そう言うとサレナはぐったりとソファに身体をうずめる。
レヴァリスがふとテーブルに置かれた携帯端末の画面に目を向けると、応急処置講座についての情報が表示されたままになっていた。
「“境界なき医師団”主催——なるほど、あの連中が講師をしてるならこうもなるか」
「知っているんですか?」
「連中は医療技能を持った冒険者が中心の“冒険者旅団”だ」
冒険者旅団とは共通の目的を持つ冒険者達が結成する、通常のパーティよりも大規模な組織である。
構成員は少なくとも数十人で、大規模な旅団ともなれば数十万人に達することもある。
境界なき医師団は、その中でも特に著名な組織の1つであり、その名はよくも悪くも銀河中に轟いている。
「止血処置と負傷者の搬送を、合格するまで何度も繰り返したんです。受講者の半分くらいは途中で逃げちゃいました……」
「連中は医療についてはかなり大真面目なんだが、いかんせん手加減というものを全く知らない。活動を妨害した国家と本気で戦争を始めたことさえある」
「えーっと……冗談ですよね?」
「後で調べてみるといい。俺も駆け出しの頃に受けた。あの実技試験を最後までやり切ったのなら大したものだ」
その苛烈な指導を身をもって知っているだけに、過酷な試験をやり遂げたサレナには素直に感心していた。
当時の記憶が脳裏をよぎった。あまり良い思い出ではなく、レヴァリスはすぐに思考を切り替えた。
「だが、ぐったりしている暇はないぞ。明日の支度を整えろ。重い荷物は俺がやるから、お前は自分の荷物だけまとめろ」
「そうでした。まだ準備が全部終わっていない!」
サレナははっとして、すぐにソファから飛び起きた。
そして慌ただしく、総合センターへ行く前に中断していた荷造りを再開した。
レヴァリスも自身の荷物をまとめ上げ、翌日の出発へ備えることにした。
当分は帰ってくる予定もないため、旅に必要な荷物はすべて<ペイルライダー>へ運び込むことになる。
しばらくして、レヴァリスの携帯端末から着信音が鳴る。
『夜分遅くにすまないなレヴァリス』
「ルーゼルさん、どうかしたか?」
『実はママ・ジョンズからお前が[アルファーニア]に行くと聞いたんだ。それで俺が目をかけている下級冒険者4人組を相乗りで連れてってもらえないかと思ってな』
目的地を同じくする冒険者が、宇宙船を持つ者に同乗を頼むことは珍しくない。
特に資金に余裕のない下級冒険者にとって、相乗りは定番の移動手段だった。
「相乗りなら別に構わない。明日の朝には出発予定なので早めに来てもらえればいい。場所は141番の発着場だ」
『助かるよ。そいつらのことは多少こき使っても構わない。それじゃあよろしく頼む』
そう言ってルーゼルは通信を切った。
面倒見の良い彼の頼みをレヴァリスが断ることはほとんどない。
レヴァリス自身も駆け出しの頃に世話になっていただけに、なおさらだった。
念のため<ペイルライダー>のオートロイド達に連絡し、客室を使える状態に整えるよう指示を出した。
「レヴァリスさん、準備ができたのでお先に寝ます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
支度を終えたサレナは疲れた笑顔で挨拶すると、少しふらついた足取りで自分の個室へ引き上げた。
レヴァリスも翌日の慌ただしさを予感し、その日は早々に眠ることにした。
気づけば新たな旅立ちはもう目前に迫っていた。
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