第2話 帰還と旅立ち 9
冒険者街で一通りの買い物を終えた2人は、上級冒険者用の宿舎にある食堂で先に昼食を済ませてからレヴァリスの部屋へ戻った。
部屋に戻ってから買ってきた荷物を下ろしていると、室内の壁掛け端末に通信が来たことを告げる電子音が鳴り響く。
『ようレヴァリス、さっきは急な仕事ですまなかった。いま別件を片付けたところだ』
通信の相手はアティグウであり、急に舞い込んできた仕事を済ませ、ようやく一段落がついたらしく連絡してきたようだ。
「相変わらず多忙そうだな。またと言っていたが何か面倒事が続いているのか?」
『実を言えば頼んだ任務にも関係がないわけじゃないんだ。とはいえ、詳しい説明はこっちで話をしたい。任務の詳細と契約もしないとならんしな』
「わかった、こちらもすぐに向かう」
『ああ、こちらで会おう』
通信を切ったレヴァリスが後ろを振り返ると、サレナは冒険者街で買ってきた物をまとめて次の出発に備えていた。
「サレナ、総合センターにまた向かうぞ」
「は、はい。分かりました」
サレナは荷物をまとめる作業を中断し、レヴァリスと共に再び総合センターに向かった。
昼過ぎの総合センターは朝ほど混雑しておらず、いくつかのカウンターではギルドの職員達が遅めの昼食を取っている姿が目立つ。
アティグウのいるカウンターに向かうと彼はファストフードと栄養ドリンクの昼食を終えたところで2人を待っていた。
「おっ、もう来たのか」
「あまり健康的な食事とは言い難いな」
カウンターに散らばるファストフードの包み紙と栄養ドリンクの缶を見て、いかにも不健康そうな食事にレヴァリスは苦言を呈した。
「しょうがないだろ、時間がないんだ。今日は飯を食えただけ、まだマシな日さ。ひでえ時なんぞ帰るまで飯抜きなんだぜ」
「ギルドの職員ってそんなに激務なんですか?」
「こいつはこれでも職員としてはベテランでな。普通の会社でいえば中間管理職ぐらいの立場なんだ」
「つまり一番苦労する役職ってことさ! はははっ……はぁ」
「た、大変ですね」
アティグウの空元気な笑いのあとに漏れたため息から、その苦労が伝わったのかサレナは少しだけ同情的な表情を見せた。
ふと隣にいるはずのスルシャのカウンターを見ると“試験監督につき不在”という立札が立てられており、どうやら彼女は何らかの試験の場に行っているようだ。
サレナは立札を見つめ、残念そうに肩を落とした。
「それでだ、任務の詳しい説明と契約手続きに入るから、悪いがブリーフィングルームに移動してくれ。一応ギルドに関わる任務なんで聞かれちゃまずい内容もあるんでな」
アティグウはそう言って席を立つと2人を手招きして歩き出した。
総合センターの一角にあるブリーフィングルームは完全防音かつ盗聴対策が施された部屋で、ギルドに関わる任務の詳細説明や契約手続きは、この場で行われる。
上級冒険者はよく訪れる部屋だが下級や中級冒険者は依頼される任務の性質上あまり訪れることはない。
そのためサレナは他の部屋とは異なる分厚い壁や、見慣れない機材を興味深そうに眺めていた。
「さて、形式上の確認になるが任務内容を改めて説明する。まず航路の状況を考慮して、出発は1日前倒しになった。重要機材は明日の朝、クロムポートで受け取ってくれ。運ぶのは封印指定されたコンテナ4基で、現地の職員に引き渡すまで開封は厳禁だ」
部屋の中央に設置されたブリーフィング用のホロプロジェクターに輸送用のコンテナの映像が表示される。
コンテナは合金製でギルドの貨物であることを示す黒い塗装が施されていた。またギルド職員だけが持つ専用の暗号キーでのみ開く仕組みとなっている。
「現地に到着後は速やかにギルド職員に引き渡し、報酬は現地で直接受け取ってくれ。ここまでがギルドからの依頼だ」
アティグウはホロプロジェクターを操作して次の映像へと切り替える。
次に映し出されたのは、青い塗装を施されたコンテナだった。この色は民間からの依頼品を積んでいることを示していた。
「次は民間から請け負った複数の輸送依頼だ。荷物を託したのは主に開拓地で暮らす者の家族や親戚だ。いずれも検疫と内容物の確認は済んでいる」
映像が切り替わり、コンテナの中身についての詳細が表示される。
そのほとんどが遠くで暮らす家族や親戚への仕送りや贈り物といった類のものだ。
「これらも現地のギルド職員に引き渡してくれ。向こうで仕分けた後、それぞれの届け先へ配達される手筈だ」
そしてアティグウは再びホロプロジェクターを操作した。続いて軽貨物船と船主のデータが表示された。
「最後は同行する星間商人についてだ。護衛対象の名前は“エルメティ・ライジャヌ”。年齢は19歳。商人になってまだ1年半ってところだ」
近人間種であるエメヴィンは平らな乾燥地帯が広がる惑星[エメヴィーナ]に住む種族で、黄緑色の肌と太く長い髪の毛を特徴としている。
厳しい環境下で遊牧民のように生活を営む彼らは好戦的な気質でも知られており、母星を離れて銀河社会で暮らす者の多くは傭兵として生計を立てていた。
商人であるエルメティは長い髪の毛をひとつにまとめ上げ、顔には網目模様のような入れ墨が施されていた。
「そして護衛する船はナクロシップヤード社のアライスカ級軽貨物船<ヴェイメルローク>だ」
「割と古い船だな。確か50年前に開発された機種だったか?」
アライスカ級軽貨物船はずんぐりむっくりとした船体に大きめの主翼を備え、コックピットの上部には2本の触角のようなアンテナが取り付けられていた。
この機種は鈍足そうな見た目に反して俊足で知られており、大きな主翼によって大気圏内でも安定した飛行を行うことが可能だった。
古い機種ではあったが星間商人には人気があり、現在でも中古船にはそれなりの値が付くという。
「何だか羽を広げた蛾みたいですね」
「エルメティの船には、フロンティア・ナリスの行政機関が注文した品物が積まれている。ギルドとしても開拓地の発展のためにこの商船の護衛は重要だと考えているんだ。こっちの方もしっかり護衛してくれよ」
「護衛は了解したが、航路の状況はどうなっている? アルカナリス星域は俺も初めて行くんだが情報が欲しい」
レヴァリスの問いに、アティグウは表情を曇らせて航路図を呼び出した。
「実を言えば、状況は芳しくない。朝に舞い込んだ一件も、別の開拓地へ向かっていた船が行方不明になったというものでな」
そう言うと航路図の幾つかの箇所で赤く光る点が表示された。
「ここ2ヶ月で星間商人の船が相次いで消息を絶っている。今日のを含めればこれで6件目だ。どれも単独行動をとった商船だ。それでギルドも当面は開拓地へ向かう商船に護衛を付けることを決めたんだ」
「あまり良い状況とは言えんな。宇宙海賊がこの航路を狩場にしたか、何処かの惑星か衛星にでも拠点を築いたと考えるべきだ」
「おそらくお前の推測が正しいだろう。とはいえ、居所が分からん以上はすぐに討伐隊も出せん。だからこそお前の<ペイルライダー>を護衛に付けたいんだ」
「あわよくば討伐してこいと?」
「いや、まずは任務が最優先だ。とにかく積荷と商人を無事に送り届けることだけを考えろ。任務が終わった後は好きに動いてもらって構わない」
アティグウはあくまで任務が最優先だと念を押し、レヴァリスもそれに同意するよう静かに頷く。
とはいえ、思っていた以上に危険な任務になりそうだとレヴァリスは感じていた。その隣ではサレナも表情を強張らせている。
最後に2人は任務に関する電子契約書に署名し、ストライダーカードに今回の任務情報を書き込んで契約手続きが完了した。
「出発は明日だから、できる準備は整えておくようにな。それじゃ、俺はカウンターに戻るぜ。何かあれば連絡してくれ」
そう言うとアティグウは足早にブリーフィングルームから去ってしまった。
残された2人もとりあえず総合センターから出ようと部屋を後にした。
2人が1階に到着したところで、館内放送を知らせる電子音が鳴り響いた。
『総合センターで開催中の応急処置講座は、まもなく受け付けを終了します。受講希望者は第2受講カウンターまで速やかにお越しください』
館内放送を聞いたレヴァリスは、ぴたりと立ち止まった。
「どうかいたしましたか?」
「サレナ、応急処置の訓練を受けたことはあるか?」
「えっと……学生だった頃に授業の一環で受けたことはあります。ただ、止血や心肺蘇生を習った程度ですね」
「ならばいい機会だ。参加して改めて応急処置について学んでくるといい」
レヴァリスがそう言うとサレナは思いもよらない提案に目を丸くした。
「応急処置のやり方はいくら学んでおいても損はない。一般向けの処置と冒険者向けの処置じゃ違いもある。医療キットにしても使い方を学ばない事には十全に扱えん」
「そういうものでしょうか。えっと、受講費とかは……」
「それぐらいは俺が出してやる。それに、ここで開かれる講座なら大して費用もかからんだろう」
その言葉を聞いたサレナは少し考え込んだ後、右脚にそっと手を添えた。
[カダーディアⅢ]で負傷した際のことを思い出したのかもしれない。
「分かりました、この講座を受けてきます」
「ああ、終わったら宿舎で会おう」
そう言うと携帯端末を取り出して受講費を送金し、彼女が受講カウンターの方に向かうのを見送る。
「知っていれば、できることは増えるからな」
誰に聞かせるでもなく呟いた声には、僅かな苦みが混じっていた。
総合センターを後にしたレヴァリスは上級冒険者の宿舎施設へ戻った。
その足で施設の地下にある酒場“ストライダーズ・パーチ”を訪れた。
食堂とは違い上級冒険者のみが入ることができた。
この店を経営しているのは、元上級冒険者の人間男性“ママ・ジョンズ”だ。
「あら、久しぶりねレヴァリス。2ヶ月ぶりぐらいだったかしら?」
「明日にはまた発つ予定だから、今のうちに寄っておこうと思ってな」
そう言ってカウンター席に座るとママ・ジョンズはレヴァリスがよく飲むノンアルコールドリンクを小さなグラスに入れて差し出す。
香辛料と清涼感のある薬草を加えたドリンクで、酒ではないが気分をすっきりさせるには十分だった。
「今度はどこに行くのかしら?」
「アルカナリス星域に任務がてら行く予定だ。またしばらく戻らないかもしれん」
「あそこは確か新しいギルドの支部ができたところね。貴方が行くことを覚えておくわ」
上級冒険者の間では旅立つ前にママ・ジョンズの店に寄ることがひとつの慣習となっていた。
行き先を教えることで何かあった時に備えるというものでもあった。
ママ・ジョンズは店を開いてから20年間、ここを訪れた冒険者を一人残らず覚えているという。
「ところでルーゼルから聞いたんだけど貴方に連れができたんだって?」
「ん、まあな」
「ずっとソロでやり続けると思っていたけど、何か心境の変化でもあったのかしら」
「かもしれん。だが、正直なところ自分でもよく分からなくてな」
ヘルメットの口元だけを開いてグラスのドリンクを飲んだレヴァリスは考え込んだ。
10年にわたる冒険者生活の中で、誰かと行動を共にする機会は何度かあった。
だが、いずれも一時的な同行にとどまり、長く組み続けた相手はいなかった。
病室でサレナから「ひとりぼっちにしないで」と言われた時、その言葉はまるで自分自身の心境を代弁しているようにも思えた。
だからこそ彼女を冒険者としてのパートナーに選んだのかもしれない。
「今はまだ分からなくてもいいのよ、理由を探すんじゃなくて貴方の直感を信じなさい。時が経てば、いずれ分かるようになるわ」
「ああ、そう思うとしよう、ママ。もう一杯頼む」
そう言われるとレヴァリスはグラスのドリンクを一気に飲み干して追加の一杯を注文する。
しばらくは1人で物思いに沈んでいると、やがて彼の背後から懐かしい声がした。
「レヴァリスかい?」
振り向くとそこには“セレナール”の青年が立っていた。
顔には火傷のような大きな傷が斜めに走っており、長い右耳の一部が欠けている。
長い金髪は1つに編み込まれ、葉をイメージした銀の髪飾りで留められていた。
それでもなお、どこか壮麗な雰囲気をまとった青年だった。
「エレフィエル、久しぶりだな」
「レヴァリスも元気そうで何よりだよ」
そうにこやかに言うと同じ上級冒険者である“エレフィエル・ユーンテイア”は隣の席へと座る。
「最後に会ったのはいつだったかな」
「“グラ=ナヴァン大戦”が終わった直後だから2年ぶりだろう」
「そうか、もうあれから2年も経ってしまったんだね」
エレフィエルはそう言うと目を閉じ、しばし黙り込んだ。
今より3年前、銀河系ではグラ=ナヴァン大戦と呼ばれる銀河規模の戦争が勃発した。
海賊ギルドの大提督たる“グラ=ナヴァン”が率いる連合勢力と銀河同盟との戦いは1年にもわたって続いた。
冒険者ギルドの本拠地である[クロムネムシャ]も強襲を受けた。これに対抗するため、ギルドは冒険者からなる義勇兵部隊を銀河同盟軍へ派遣した。
レヴァリスとエレフィエルもまた、その義勇兵として共に参戦していた。
「久しぶりの再会だ。今日はおごってやる」
「おや気が利くね。それじゃあメルシューニ酒をお願いしようかな」
そう言うとカウンターにいたママ・ジョンズはすぐに注文された酒をグラスに注いでエレフィエルの前に置く。
メルシューニ酒はメルシュフラワーから醸造されたオレンジ色の酒で、すっきりとした後味と上品な味わいから、エレフィエルのお気に入りだった。
2年ぶりの再会とあって2人の会話は自然と弾んだ。
特にレヴァリスが下級冒険者のサレナをパートナーとして連れている事に、エレフィエルは驚きを隠せない様子だった。
「君があの大戦から立ち直ってくれて嬉しいよ。僕はあの時に君の力になれなかった。今でもすまないと思っている」
「もう過ぎたことだ。あれはどうしようもなかった。気にしなくていい。むしろ、お前に大きな重荷を背負わせたと思っている」
返事の代わりに、エレフィエルはグラスへ視線を落とした。
「ところでエレフィエル。お前はどこかに行く予定はあるのか?」
「実はアルカナリス星域の[アルファーニア]という惑星に行こうと思っているんだ。まだほとんど探索されていない場所って聞いて興味が湧いてね」
「奇遇だな。俺は任務で向かうんだが、目的地は同じだ」
思わぬ偶然に、エレフィエルの顔へ笑みが浮かんだ。
「出発はいつだい?」
「明日の朝には発つ予定だ。よければ一緒に来るか? ここ2ヶ月で、あの星域へ向かった商船が6隻も消息を絶っている」
「それはまた急だね。でも——今から支度をすれば間に合うのかな。久しぶりに君と行動するのも悪くないね」
そう言うとエレフィエルはカウンターの席から立ち上がった。
「それじゃあ出発の支度をしてくるよ。明日、軌道上で合流するとしよう」
「ああ、また明日会おう」
エレフィエルは旧友との再会の喜びもあってか上機嫌な足取りで店を出て行った。
時刻が夕方に差しかかっていることに気づき、レヴァリスも勘定を済ませて席を立った。
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