第1話 10年目の縁 2
宇宙ステーションから出発した降下艇は、低いエンジン音を響かせながら惑星[カダーディアⅢ]への降下を開始する。
操縦席近くの座席に座っていたレヴァリスは、装備を再確認しながら目的地への到着に備えていた。
降下艇のパイロットは中年の人間男性で、操縦桿を片手で握りながら各種計器やモニターを監視している。
「まだ嵐は発生していない……いや、兆候があるか? 念のため進路の修正を……」
強酸の嵐を特に警戒しているらしく、パイロットは気象レーダーに顔を近づけ、ぶつぶつと呟いていた。
降下艇が大気圏上層へ入ると宇宙航行用のサブライトエンジンが停止し、代わって大気内航行用のリパルサーエンジンが起動する。
先ほどまでの低いエンジン音が途切れ、やや甲高い駆動音が響き始める。
機体は一気に加速し、レヴァリスの身体が座席に押しつけられた。
窓の外に目をやると[カダーディアⅢ]の地表が眼下に広がっている。
宇宙から眺めた時でさえ毒々しい星という印象だったが、近づいてみるとその地表は異様というほかない光景を晒していた。
強酸の嵐に焼かれた大地には動植物など生命の兆候は見当たらない。
金属片が砂状となって広がる砂漠がその不毛さを際立たせていた。
酸の海は濁った赤色を湛え、血の海を思わせた。
「いつ見てもひっでぇ景色だ。そういえば旦那はこの星に来たのは初めてで?」
「そうだ。あんたはここに勤めて長いのか?」
「もう15年近くもパイロットをやってますよ。長いことやってるがそれでも今回みたいな事態は経験がない」
レヴァリスに話しかけてきたパイロットはベテランのようだが、それでも40人もの調査隊が壊滅する事態は初めてだと語った。
[カダーディアⅢ]は冒険者の間では腕試しの場所として広く知られている。
中級や下級の冒険者達は銀河帝国の遺跡に挑む際、手始めにこの惑星の地下遺跡を選ぶことが多かった。
工業惑星だったため、地下遺跡で稼働しているものの大半が民間向けの工業用オートロイドであり、比較的危険度が低かったからだ。
上級ほどの装備や実力を持たない中級や下級の冒険者でも、複数人でパーティを組んで適切に対処すれば、どうにか相手取ることができた。
また冒険者同士の連携が試されるため、パーティを組んでの実戦経験を積めることも大きな理由のひとつである。
かつての工場や倉庫からは銀河帝国時代の様々な遺物が見つかり、運が良ければ現代では製造できない“アーティファクト”と呼ばれる希少品を入手できることもある。
今回の事件の発端となったような、未発見の手つかずの地下遺跡が見つかることもある。そのため[カダーディアⅢ]の探索にやってくる冒険者は後を絶たない。
その一方で、レヴァリスのような上級冒険者がこの惑星を訪れることは滅多になかった。
上級冒険者は主に、より危険な場所の探索へ赴く。また、中級や下級冒険者にとって貴重な実戦経験の機会を奪わないという、一種の不文律も存在していた。
「旦那は冒険者になってどれくらいだ?」
「ああ……そういえば、冒険者になって今日でちょうど10年になる」
「おいおいマジかよ旦那。そんな大事な日にわざわざ来てくれるとはよ。いやこっちとしてはありがたいんだが」
返答を聞いたパイロットは、驚いたように目を丸くした。
もっとも、本人はパイロットから聞かれなければ今日が節目の日だと気づいていなかった。
普段からそうした節目をあまり意識していない。だが、いざ気づいてみると冒険者になってもう10年も経ってしまったのかと、落胆にも似た感情を覚えた。
冒険者となったことに後悔はなかった。それでも振り返れば得たものより失ったものの方が多く、いまだ目標にさえ辿り着けていなかった。
だが、今は目先の任務に集中すべきだ。そう考えてすぐに思考を切り替えた。
「今回はかなりやべえ気がするがあんたなら大丈夫そうだな。調査隊には俺が何度も地表へ送り届けた顔なじみが大勢いたんだ。まだ誰か生き延びてるなら帰してやりてえ」
「生きているなら、またあんたの艇に乗せてやるさ」
「期待してるぜ旦那。さてそろそろ目的地に着くぞ、準備しな」
パイロットがそう告げるとレヴァリスは座席から立ち上がって側面ハッチの前に立った。
機体が減速するとハッチが開き、立体映像で見た廃墟が眼前に広がった。
降下艇はその上空をゆっくりと旋回している。パイロットは降下地点周辺の安全を確認しているようだ。
「どうやら周辺にオートロイドはいないようだ。降下地点に近づくぞ」
そう告げるとパイロットは機体を瓦礫の中の開けた場所へ近づけた。
レヴァリスは得物のブラスターライフルを手に取り、ひと呼吸置いて集中力を高めた。
微かな機械音とともに着陸脚が機体底部からゆっくりと展開される。機体は安定した姿勢を維持し、低速を保ったまま垂直に降下していく。
着陸脚が接地すると衝撃緩衝装置が作動し、レヴァリスの足元に軽く弾むような衝撃が伝わった。
同時にハッチ横の赤色のランプが緑色に切り替わり、着陸プロセスが完了したことを示した。
それを合図に、レヴァリスは機体から素早く降り立ち、そのまま地下遺跡の入口へ向かった。
地下遺跡の入口は、崩壊した瓦礫の下に隠れるように存在していた。周囲に立つ溶け残りの柱の本数や位置から、地上にはかつて大きな建物が存在していたようだ。
『レヴァリス、こちらはヴァリネクだが聞こえているか?』
「聞こえている。通信状態に異常はなさそうだ」
現地に到着したところで宇宙ステーションにいるヴァリネクからの通信が入る。
通信状態はフルフェイスヘルメットのヘッドアップディスプレイ(HUD)上に視覚情報として表示され、グラフにも安定した波形が示されていた。
『こちらも追跡可能な限りは支援する。まずは調査隊が襲撃を受けた大広間に向かってくれ』
「了解」
ヴァリネクから指示を受けたレヴァリスは、調査隊が壊滅した大広間へ向かうべく、入口の先を覗いた。
地下遺跡に通じる道には暗闇が広がり、奥を見通すことはできなかった。その道を進むことは、奈落の底に飛び込むようなものだった。
レヴァリスはヘルメットのライトを点灯させ、ブラスターライフルを構えると、臆することなく暗闇へ足を踏み入れた。
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