第2話 帰還と旅立ち 7
翌朝、レヴァリスとサレナは上級冒険者用の宿舎で朝を迎えていた。
クロムシティの東区は冒険者やギルドの職員、一般市民などが暮らす居住区となっている。
冒険者達には階級に合わせた専用の宿舎が与えられており、特に上級冒険者は専用の高層宿舎にある豪奢な一室で寝泊まりすることができた。
広々としたリビングでレヴァリスは携帯端末の通信機能を使い、<ペイルライダー>の船内にいるビープと会話をしていた。
「昨日は何をしていた?」
『皆ト市場デ働イタンダ。今朝マデ働ケタシ、報酬ヲ沢山モラッタ。今日モ頑張ッテ働クゾ!』
「そうか、あまり張り切り過ぎるなよ」
ビープはいかにも上機嫌な声で、昨日の出来事をレヴァリスに報告した。
<ペイルライダー>を地下格納庫に入れた後、クルーであるビープ達は宇宙港の隣の市場へ働きに出ていたようだ。
ビープ達のようなサルベージされたオートロイドは仕事に対する意欲が極めて強い。
長期に渡って何かしらの仕事を与えないと癇癪を起こしたり、ヘソを曲げて不機嫌になってしまうほどである。
そのため銀河帝国時代のオートロイドには“仕事欲”というものがあると信じられているほどだ。
『今日ハ冒険者街デ働ク予定ダ。稼ギニ期待シテオケ』
「張り切りすぎて下級冒険者達の仕事まで奪うんじゃないぞ」
サルベージされたオートロイドの保有者は彼らの自由行動を許し、自分で仕事を探して好きに働けるようにしていた。
銀河帝国時代のオートロイドはその高性能ぶりから労働者として歓迎されるし、働き口を探すための専用ネットワークも用意されている。
報酬もきちんと所有者に対して支払われるため、それをオートロイドの維持費に充てるのが通例であった。
現代のオートロイドはプログラムされた行動しかできないため、自分の意志で働くオートロイド達を見られるのは銀河系でもクロムシティだけであろう。
『ソレジャア行ッテクルゾ!』
ビープが元気良くそう言うと通信は切れ、彼らは今日の仕事へと行ってしまったようだ。
その後は携帯端末で最新の情報や今後の予定などを確認して時を過ごした。
「レヴァリスさん、お待たせしました」
やがて、朝の身支度を終えたサレナが、割り当てられた個室から現れた。
今日は薄水色を基調にしたゆったりとした普段着を着込み、三つ編みにしたもみあげには小さなリボンが付けられていた。
これまで見てきた限り、彼女は体形の目立たない服を選び、派手な柄よりも落ち着いた色合いを好むようだった。
「それじゃあラウンジへ朝食を取りに行くとするか」
「はい、行きましょう」
2人は部屋を出ると高層ビルの上層から1階にある上級冒険者専用のラウンジへと移動する。
宿舎と同様に上級冒険者の連れであれば中級や下級冒険者も入ることができた。
中級や下級冒険者にとってこのラウンジに入ることは、他の冒険者にも自慢できるほどのステータスとされていた。
白を基調とした室内には、銀河系各地から集められた珍しい絵画や置物が飾られ、洗練された調度品が並んでいた。
店内では複数人の上級冒険者が朝食を取っており、レヴァリスは知り合いのいる席を見つけてサレナを伴って近づく。
「よおレヴァリス、久しぶりに戻ってきたんだな」
「うぃーっす、久しぶりじゃんレヴァリス」
大きなテーブルを囲んで人間男性の上級冒険者と、レヴァリスのものとよく似た装甲服を着込んだ人間女性が挨拶をする。
「久しぶりです、ルーゼルさん。クジェリアも久しぶりだな」
「その子はお前の連れか? 遠慮するな、2人共こっちに座ってくれ」
そう促されると2人は空いている椅子に並んで座る。
「サレナ・アルナミュールです。よろしくお願いします」
2人の上級冒険者を前にして緊張しながらサレナは挨拶をする。
「俺は“カジャトリウス・ルーゼル”だ。レヴァリスとは割と長い付き合いでな」
ルーゼルは白髪のわずかに混じった黒髪と、どこか温和そうな顔つきが印象的な37歳の人間男性である。
レヴァリスが下級冒険者だった頃から世話になっている先輩で、誰に対しても面倒見のよい好人物だった。
元々は企業で事務処理の専門家として働いていたらしく、冒険者としては珍しいことに探索計画の立案や補給の手配などのプロであった。
「あちしは“クジェリア・ミハイント”って言うの。へえ、あんたがこんな可愛い子を連れるなんて意外」
クジェリアは24歳の人間女性で、健康的な小麦色の肌を持ち、髪をドレッドヘアにしていた。
レヴァリスとは何度か任務を共にした顔なじみで、誰とでも打ち解ける気さくな性格だった。
狙撃手や斥候としての実力は上級冒険者の間でも評判で、賞金首の追跡や捕獲を請け負う賞金稼ぎでもあった。
「サレナ、注文は好きなものを頼んでいいぞ」
「はい、それじゃあ……」
テーブルに置かれた端末でサレナは自分の食べたいメニューを選ぶ。
下級冒険者用宿舎の食堂で出される安価な料理とは違い、画面に表示されている料理はどれも魅力的である。
隣りに座っているレヴァリスは頼むものが決まっていたのか手早く注文していたが、サレナはなかなか自分の食事を決めることができなかった。
「しばらくはまた外縁領域にいたのか?」
「ああ、昨日[カダーディアⅢ]から戻ったばかりだ」
「調査隊が壊滅して大変だったらしいじゃん。ヴェンジ・シーカーが出たって嘘みたいな噂もあるけど、もしかしてマジだったり?」
「マジだったんだなそれが」
レヴァリスがそう言うとクジェリアは噂が本当だと知り、顔を引きつらせた。
一方でルーゼルはそれを聞いても冷静だったが、自身の携帯端末を取り出すと何かをチェックしている。
「俺が面倒を見ている中級パーティの1つが今度そこへ行くんだが、ヴェンジ・シーカーはどうなったんだ」
「調査隊を壊滅させた機体は相打ちで破壊されていて、もう1体のイレギュラーな機体は俺が始末した」
「やるじゃんレヴァリス。ってイレギュラーに会ったの? どんなん?」
「バックパック型の修復ナノマシンとプラズマブレードを2本も装備した機体だ。サレナがいなければ俺も死んでたな」
「こっわ、やべー機体じゃんそれ。レヴァリスがそう言うならサレナちゃんもやるわねぇ」
そう言うとクジェリアはサレナを褒めながら頭を思いっきり撫でる。
突然褒められたサレナは戸惑ったように目を瞬かせ、照れくさそうにされるがままになっていた。
「つまりヴェンジ・シーカーはもういないんだな?」
「ああ、その2体が最後だった。追加の調査でも確認している」
「それなら予定通り行かせても問題なさそうだ。ちょうど連中の出発も迫っていたしな」
そう言うとルーゼルは即座に端末を操作し、その情報を件の冒険者たちに転送した。
現地の情報は冒険者にとって最も有益なものだが、星系を跨いだ超距離ともなると重要な部分が削ぎ落とされたり、あるいは尾ひれが付いてしまうことがある。
事件の概要は本部にも届いていたが、詳細までは一般の冒険者に共有されていなかったようだ。ヴェンジ・シーカーが出現したこともこちらでは眉唾物の話だったらしい。
そのため最も信頼に足る情報源は、現地にいた冒険者本人であった。
「それにしても噂が事実だったとは驚いた。あのヴァリネク支部長が辞職願を出したのも、そういうことだったのか」
「こっちでもかなり騒ぎに?」
「本部はだいぶ慌ただしかったねー。50年も支部長やってた超ベテランだったし、あちしも下級だった頃には世話になったからね。引退しちゃうのは惜しいよねぇ」
「俺も初めて銀河帝国の遺跡の探索に行った時には世話になった。真面目で責任感のある人だけに惜しいもんだ」
話を聞くとこの2人もかつてはヴァリネクの世話になっていたようで、それだけに彼の引退を惜しんでいた。
惑星[カダーディアⅢ]が腕試しの場として知られていることからも、冒険者の多くが彼の世話になったことは間違いない。
「ご注文の料理をお持ちしました」
先ほど注文していた料理を持ってウェイトレスが現れる。
レヴァリスとサレナは食事を取りながら、ルーゼル達と近況や銀河系各地の情報を交換した。
「さて、俺はそろそろ仕事に行くとするよ。また何処かでな」
「あちしも稼ぎに行くとしますかね。皆またねー」
先客であったルーゼルとクジェリアはそれぞれの目的の為に席を後にした。
残っていたレヴァリスとサレナは食事を終えると、この後の予定について話し合うことにした。
「昨日の夜に話した任務を正式に受諾しようと思う。任務後もそのまま現地の探索をするつもりだ」
「確か[アルファーニア]という星ですよね。私もそこに行くのは初めてです」
昨夜、宿舎に戻ったレヴァリスは、ギルドから打診された輸送任務についてサレナに話していた。
彼女も任務後の未調査地域の探索に興味を示し、同行に異存はなかった。
「当分は向こうにいるだろうから物資の補充も必要だな」
「そういえば宇宙船の物資も足りてませんでしたよね」
「ああ、支部があるほどの開拓地だが必ず物資を補充できるとも限らん。積めるだけ積んでおいた方が得策だろう」
探索における物資の確保は冒険者にとって悩ましい問題で、原則として現地で調達するかあらかじめ持ち込む必要がある。
冒険者ギルドの支部が設けられた居住地などは基本的に安全であるが、それでも現地の状況次第では物資の調達ができないこともあった。
今回はまだ拠点となる場所があるだけ恵まれたほうで、まったく未調査の惑星では前哨基地を建てるところから始める場合も珍しいことではない。
「サレナは未調査地域を探索した経験はあるか?」
「本格的な探索はまだ経験がなくて。これまで他の惑星で経験したのは、居住地の手伝いや害獣駆除くらいです」
「ならば良い機会だ、探索は冒険者にとって義務みたいなものだからな」
「確かに冒険者ギルドの主目的のひとつですものね」
冒険者ギルドの活動理念は、銀河系の“探索”、発見した事象の“研究”、その成果を踏まえた“開拓”の三本柱から成る。
創設から幾星霜を経た今も、この理念は変わっていない。
研究も開拓も、まず未知を発見しなければ始まらないのだ。
「そろそろ時間だ、行くとするか」
「はい、行きましょう」
レヴァリスは壁に掛けられている洒落た時計を見て出発する頃合いだと判断した。
2人は席から立ち上がって会計を済ませると、担当官の待つ総合センターへと向かうのだった。
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