第2話 帰還と旅立ち 6
色街の表通りの一角まで来ると、娼館とストリップクラブに挟まれるようにして、レヴァリスの言っていた技術屋が店を構えていた。
周囲の店からは明らかに浮いていたが、レヴァリスはサレナを連れて店内へ入った。
店内には見たこともない機械や機材が並べられ、壁一面に取り付けられた映像モニターには、プログラムコードが流れては消えていく。
店の奥では青いローブを着込んだ店主が、入ってきた2人を興味深そうに見つめていた。
「ふむ、レヴァリスと……その子は新顔だな」
「はじめまして、下級冒険者のサレナ・アルナミュールです」
「私は“エ・キエ・ラント”。発音が難しいからエキランと呼んでくれて構わない。ようこそ私の店へ」
店主であるエキランは丁寧に挨拶し、椅子からゆっくりと立ち上がった。
高重力の惑星[イコー]を故郷とする“ラーテック”である彼は、青いローブの隙間から金属の身体をのぞかせていた。
頭部には顔の代わりとなる小さな映像モニターが取り付けられている。
サレナは初めて目にするラーテックに、まるでオートロイドのようだという印象を抱いた。
「それで今回は何を持ってきたのかね?」
「惑星[カダーディアⅢ]の地下研究施設で見つけたものだ」
レヴァリスはそう言うとユーティリティポーチから金属光沢を帯びた立方体を取り出す。
エキランはそれを受け取ると、興味深そうに凝視した。頭部のモニターには、驚きと興奮を示す顔文字が交互に表示された。
「素晴らしい、これは銀河帝国末期のデータキューブだな」
「ああ、研究施設の最奥の部屋で見つけたものだ」
その言葉でサレナは仲間達が命を落としたあの部屋のことだと気づき、当時の光景を思い出して少し表情を曇らせた。
サレナ救出後の追加調査で見つかったこのデータキューブは、破壊された機械の中から発見されたものだ。
膨大な量のデータを保存できるだけでなく、表面は幾何学模様に彩られており一部の収集家の間では美術品として高値で取引されていた。
「問題は中身だ。同行した上級冒険者のひとりが帝国電脳言語の解析ができる奴だったんだが、彼女曰く“厳重過ぎる封印”だったそうだ」
「ベテランでも難しいとは面白い。すぐに解析を始めよう」
そう言うとエキランは机に置かれていた専用の解析装置を頭に取り付け、データキューブを無数にある装置の1つに差し込んだ。
近くにあった映像モニターの表示が切り替わり、エキランは机に置かれていた大型端末を高速で操作し始めた。
端末を操作する指の動きはサレナでも目で追いきれないほど速く、まるで機械のように正確だった。
「なるほど、こいつは確かに厳重な暗号障壁だな。脳を4つに増やす必要がある」
「の、脳を増やす……?」
エキランの言葉の意味が分からず、サレナは首を傾げる。
すると、彼の金属の身体の内部から微かにプチプチという音が聞こえてきた。
「よし、ショートトラップを解除した。あとは……おっといかん、こいつも罠だったか。こいつは面白いぞ」
データキューブを解析するエキランは時折上機嫌に呟き、その様子はまるでパズルを解いて喜ぶ子供のようであった。
頭部のモニターでは暗号を解読するたびに、ピコピコという音と共に顔文字が次々と映り替わっていく。
「エキランは帝国電脳言語の専門家でな。昼はギルドの訓練施設で講師を、夜は技術屋としてこの手の依頼を引き受けている」
「先生ってことはそれだけすごい人なのですね」
「ああ、遺物の解析は彼に頼むのが一番だ」
レヴァリスの説明を聞き、サレナは彼がわざわざ色街まで足を運んだ理由に納得した。
この店は立地のせいで知る者こそ少なかったが、レヴァリスは上級冒険者の伝手でエキランと知り合って以来、暗号化された遺物の解析をたびたび依頼していた。
「……ふぅ、これで解析完了だ。こいつはなかなかに楽しめたぞ」
「楽しめたなら結構だ」
エキランは満足げに解析装置を頭から外すと、壁面の大型モニターに解析結果を映し出した。
「このデータキューブには、<エンペラージャッジ>と呼ばれる強襲艦の積荷記録が残っていた」
「強襲艦だと? ということは、軍事機密だから暗号障壁が厳重だったのか」
「ところが、軍事機密にしては妙なことに、あまり興味を引きそうなものはなかったがね」
エキランが端末を操作して積荷目録を表示すると、レヴァリスとサレナはその内容に目を通した。
「食料と燃料に予備の修理部品——あれ、これって普通の積荷ですね」
「ああ、確かにこれは……」
2人が目録にひと通り目を通しても、特筆すべき積荷は見当たらなかった。
だが、レヴァリスは修理部品の項目を見たときに“HRS”という文字を凝視していた。
サレナには分からなかったが、ほんの一瞬だけ彼から強い怒りと憎悪が伝わってきた。
しかし、彼はその項目からすぐ目を離して平静を取り戻し、彼女がその理由を知ることはできなかった。
「この宇宙船の目的地は分かるか?」
「ああ、座標は特定してある」
レヴァリスが<エンペラージャッジ>の行き先を尋ねると、エキランは端末を操作し、星図上に1つの座標を示した。
外縁領域にあるアルカナリス星域が映し出され、その中の1つの惑星が強調表示された。
「現在でいうアルカナリス星域だ。その座標にあるのは[アルファーニア]という惑星だ。確か最近になって支部ができたと聞いたな」
「それで宇宙船はまだその場所に?」
「この記録が作成された時期は、人工知能の反乱が起きた頃とも重なるし、幽霊船にでもなって宇宙を彷徨っているかもしれん」
「そうか……」
消息を掴めないと知り、レヴァリスは残念そうに溜息を漏らした。
サレナにも、それがアティグウから示された依頼先と同じ惑星だと分かった。彼は何か思うところがあるのか、星図をじっと見つめていた。
「ということだ。内容としてはハズレとでもいうべきか」
「いや、俺としては当たりだった。少なくとも行き先は決まった。それだけで十分だ」
エキランは解析結果をレヴァリスの携帯端末へ転送すると、装置からデータキューブを抜いて返した。
「そうか、ならば良かった。ところでちょっと聞きたいんだが……」
「どうした?」
「あの少女は、私の種族について知らないのかね?」
その質問を聞いたレヴァリスは、露骨に眉をひそめた。
「おい、あまりオススメはしないぞ。その子は……」
「知らないのだな、よし!」
レヴァリスの制止も聞かず、エキランはサレナへ近づいていった。
突然近づいてきたエキランに、サレナは困惑の表情を浮かべた。
「ところで君は私のことをオートロイドと勘違いしてないか?」
「えっ、えーっと、ごめんなさい。実はそう思っていました……」
「いやいや、そう思うのも仕方のない話だ。そこでだが私の頭部の蓋を開けてみてくれたまえ」
「ええっ? あの、それってどういうことでしょうか」
「遠慮しなくていい。君が我々の頭部の中を見る機会など滅多にないし、知っておくことも勉強のうちだと思うぞ?」
そう言われて興味をそそられたサレナは、慎重にエキランの頭部の蓋へ手をかけた。
一方、レヴァリスはなぜか2人からそっと距離を取った。
頭部のモニターには、先ほどまでとは違う、怪しいほどにこやかな顔文字が表示されていた。
サレナがおそるおそる蓋を開けると、内部では何かが蠢いていた。顔を近づけ、目を凝らす。
「……? えっ、あっ……きゃああぁ虫ぃっ!?」
中身に気づいた瞬間、サレナは悲鳴を上げて反射的に両手を突き出した。
青いヴェールが爆ぜるように広がり、その衝撃でエキランの重い身体が入口まで弾き飛ばされた。巻き起こった風圧で、店内の埃が煙のように舞い上がった。
そしてそれを見届けたレヴァリスはゆっくりと近づき、床に倒れ込むエキランを覗き込んだ。
「だから言っただろうが。中身がだいぶこぼれてるぞ」
「おお……まさか、私が吹き飛ばされるとは」
エキランは起き上がると、床に散らばったワームを拾い集め、頭部の中へと押し戻した。
ラーテックの金属の身体は非常に頑丈なうえ、相当な重量がある。
それほどの彼を吹き飛ばしてしまったサレナは、慌てて駆け寄った。
「ご、ごごっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!」
「いやあ私は大丈夫。しかし、これほど刺激的な体験は初めてだ」
そこでサレナは、人前でアナザーセンスを使ってしまったことにも気づき、さらに顔を青ざめさせた。
「力のことなら心配しなくていい。彼は他人の秘密を漏らすような奴じゃない」
「もちろんだ。客の秘密は必ず守るとも」
エキランがそう答えると、頭部のひび割れた映像モニターに、刺激と快感を表す顔文字が同時に映し出された。
吹き飛ばされたことに満足しているかのような姿を見て、サレナは気味悪そうに一歩後ずさった。
「224年も生きてきたが、まさか人を驚かせて自分が吹き飛ばされるとはな。明日、仲間達に自慢しよう——いや、今すぐだ!」
「おい、まだ代金を払って……」
「いいやレヴァリス、代金は十分に貰った。行ってくるから店は閉めておいてくれ!」
そう叫ぶとエキランは店を飛び出してそのままどこかへと行ってしまった。
散らかった店内にはあまりのことに呆然とするサレナと、溜息を吐くレヴァリスだけが残された。
「あの、エキランさんの身体ってどういう……?」
「ラーテックは正確にはワームの集合体だ。金属の身体は外殻にすぎず、その内側ではワームのコロニーが活動している」
「ということは、あのワームの群れが本体なんですね」
「正確にはワームの群れ全体で一個体だ。必要に応じて、それぞれが臓器や筋肉の役割を担う。俺達と会話している人格も、ワームの集合意識みたいなものだ」
レヴァリスの説明を聞き、サレナはラーテックの奇妙な生態に改めて驚いた。
先ほどの「脳を4つに増やす」という言葉も比喩ではなく、本当に体内の脳を4つに増やしたという意味だったらしい。
無数のワームが一個人を形作るという事実を知り、サレナは銀河にはまだ自分の知らないことが数多くあるのだと思った。
「それにしても、とても悪戯好きな人なんですね」
「いや、あれは種族全体の悪癖みたいなものだ」
「エキランさんだけじゃないんですか?」
「中身を見せた相手の反応を、仲間同士で自慢し合うのが趣味なんだ。サレナの驚き方は、しばらく格好の自慢話になるだろう」
「えぇ……」
レヴァリスが苦笑しながら言うとサレナは何とも複雑そうな表情を浮かべる。
ラーテックは自力で超光速航法を確立した数少ない種族であり、その科学技術は現在の銀河社会でも屈指の水準にある。
その一方、この悪癖のせいで他種族からはしばしば変わり者の種族と見なされている。
他種族の外交官にこの悪戯を仕掛け、危うく星間戦争に発展しかけた逸話まで残っているほど、その悪癖は筋金入りである。
「種族が違えば、俺達には理解しにくい習慣もある。冒険者を続けていれば、初めて出会う種族も多い。何事も経験のうちだ」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうもんだ。今日の目的は果たしたし、歓楽街で晩飯でも食って今日は帰るとしよう」
「そういえば、まだご飯を食べていませんでしたね。すっかりお腹が空いてました」
レヴァリスはエキランに言われたとおり店を閉め、扉の電光表示を『閉店』に切り替えた。2人は歓楽街で晩飯を食べるため、色街を後にした。
サレナは今日出会った様々な種族を思い返しながら、前を歩くレヴァリスの背を追った。
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