第2話 帰還と旅立ち 5
日が沈み、夜を迎えたクロムシティを2つの月が照らしている。
2人が訪れた南区の北側は“歓楽街”となっており、綺羅びやかな大通りには娯楽や食事を求めて多くの冒険者や市民が足を運んでいた。
特に探索や依頼で一仕事を終えた冒険者達はこの場所で金を落とし、次に向けての英気を養うのである。
レヴァリスは慣れたように人混みの中を進むが、サレナはこの場所には来たことがなかったのか付いていくのがやっとであった。
「この辺りは初めてか?」
「は、はい。行くような機会がそもそもなくて」
「冒険者同士の付き合いもいずれあるだろうし、ここの空気には慣れておけ」
大通り沿いには酒を出す店が多く、酔って陽気に騒ぐ客やふらついた酔っ払いの姿が目立つ。
また接客業のコンパニオン達から漂う香水の香り、煙草や屋台の煙などが混じった独特の空気が流れていた。
「あんまりこの空気は好きになれません」
「最初のうちはそんなものだ」
サレナが顔をしかめながらそう言うと、レヴァリスは少し笑いながら答えた。
しばらく混雑した大通りを歩いていたが、ふとサレナは空気が変わるのを感じた。
通り沿いの店は、飲食店や酒場から艶めいた雰囲気のものへと変わり、行き交う人々にも浮ついた表情が目立つ。
さらにコンパニオン達の服装も派手になり、中には素肌が露出した際どい衣装を着た者もいた。
「あ、あの、もしかしてこの場所って」
「ここからは“色街”だな」
「や、やっぱり……」
レヴァリスの言葉に、サレナは彼の隣へ逃げ込むように身を寄せた。
南区は大きく南北2つの街に分かれており、北側は飲食店や健全な娯楽施設が立ち並ぶ歓楽街と呼ばれていた。
歓楽街の南には、性風俗店が軒を連ねる“色街”が広がっている。
この一帯の性風俗店は、銀河社会の性風俗産業を統括する“娼館ギルド”の管轄下にあった。
「あの、私、そういうお店は……」
「そういう店?」
「これから行くお店って、その……つまり、そういうお店なんですよね?」
サレナは顔を赤らめ、か細い声でレヴァリスに尋ねる。
レヴァリスはしばらく不思議そうに彼女を見ていたが、やがて、その理由を察した。
「行くのは色街で店をやっている技術屋だ。[カダーディアⅢ]で見つけた遺物の解析を頼みたくてな」
「えっ? 技術屋?」
レヴァリスから返って来た言葉にサレナは上擦った声をあげた。
「そう、技術屋だ。まあ、成人したらそういう店にも連れて行ってもいいが」
「ち、違います! 私は……もう、意地悪」
からかわれたことにサレナは頬を少し膨らませていじけるように言う。
レヴァリスはそんな彼女を見て、微笑ましげに口元を緩めた。
「俺も色街と知らせず連れてきたのは悪かった」
「い、いえ、こちらこそすみません。てっきりその、いやらしい女の人達が踊るような店にでも行くのかなって」
「あいにく、女性が踊るのを眺める趣味はない。だがなサレナ、色街で働いている者に偏見を抱くのはやめたほうが良いぞ」
「あっ……ごめんなさい」
レヴァリスにたしなめられ、サレナはばつが悪そうに俯いた。
「それに色街で働いている娼婦や男娼にはそれしか道がなかった連中も多い。だから決して下に見るんじゃないぞ、いいな?」
「はい、気をつけます」
「まあ俺も昔、担当官から同じことを教えられた。冒険者だって、事情も知らずに偏見の目を向けられることがあるからな」
サレナが素直に頷くと、レヴァリスはそれ以上深く言うことはなかった。
「何か騒がしいですね」
サレナが前方のざわめきに気づいて目を向けると、人混みがまるで波のように左右へ分かれていく。
周囲の視線も、その奥へ釘付けになっていた。
「おっとあれは……」
レヴァリスが目を凝らすと、誰かが身体を左右に揺らしながら、滑るように2人の方へと近づいてくる。
やがて姿を見せたのは、人間に近い上半身と水生哺乳類を思わせる下半身を持つ“レイレシアン”であった。
地表の9割が海で覆われている惑星[トワイト・レイレ]を母星とするこの種族は、下半身から分泌する泡を利用して陸上を滑るように移動する。
優雅に身体を動かしながら周囲に泡を浮かばせる神秘的な光景に、サレナも我を忘れて見とれていた。
「あらあら、もしかして?」
レイレシアンはレヴァリスを見つけるなり一気に滑り、2人の目の前でピタリと止まった。
間近で見ると、思っていた以上に大柄だった。だが、それ以上にサレナの目を奪ったのはその美しさである。
亜麻色の長髪は街の光を受けてきらめき、上半身を包む衣装は水着のように際どいながらも、どこか気品を漂わせていた。
周囲からは彼女の名を囁く声も聞こえ、サレナはこのレイレシアンが街の有名人なのだと察した。
「久しぶりね、レヴァリス。半年ぶりかしら」
「元気そうで何よりだ、アミレイン。今日は随分とご機嫌なようだな」
レヴァリスはクスクスと笑う“アミレイン・ネネ・ロウカルナ”を見上げながら挨拶をする。
レイレシアンとしては恵まれた体格を持つアミレインは、この色街で一番の娼館である“トラッカーナ”に所属する高級娼婦だ。
「この可愛い子はあなたのパートナーかしら。あなたのお名前は?」
「あっ、えっと、下級冒険者のサレナ・アルナミュールです」
「うふふ、名前の響きが素敵だわ。私はアミレイン、よろしくね冒険者さん」
アミレインにぐっと顔を近づけられ、サレナは真っ赤になって、ぎこちなく名乗るのが精いっぱいだった。
アミレインはその反応を楽しむように目を細めると、今度は隣のレヴァリスへ顔を向けた。
「今日は非番の日か?」
「これから久しぶりに故郷へ帰るの。妹に子供が生まれたから、初めて会いに行くのよ。とても楽しみだわ!」
「そうか、それはめでたいことだ」
アミレインは無邪気な笑顔を浮かべた。
そして彼女が身じろぎするたび、豊かな胸元も大きく波打ち、間近にいたサレナは目のやり場に困った。
「それにしてもお前が休みじゃ、トラッカーナも商売にならんだろう」
「そんなことはないわよ。素敵な子は他にもいるんだから、あなたもたまには別の子を指名してくれると嬉しいんだけど」
「今度店に行った時には検討しておこう」
「本当はせっかく会ったのだからお食事にでもと言いたいところだけど、定期便に乗るからまた今度ね」
「ああ、また会ったら飯ぐらいはおごる」
「それなら甘いものがいいわね。サレナちゃんも大人になったらお店で指名してくれると嬉しいわ。ふふっ、またね」
そう言うとアミレインはサレナの頬にキスをし、上機嫌で北区の宇宙港の方へと行ってしまった。
レヴァリスは頬にキスをされて完全に固まってしまったサレナを見て、思わず苦笑いをする。
アミレインの美しさと女性としての魅力に、サレナはすっかり魅入られていた。
「高級娼婦の彼女にキスされるなんて誰もが羨む名誉だぞ。気に入られたようだな」
「す、すごい方でした。まだ心臓がドキドキしてる」
胸に手を当てたサレナは落ち着こうと深呼吸をする。
アミレインほどの高級娼婦は、自分が気に入った客しか取らない。
「レヴァリスさんとはお知り合いなのですか?」
「客として何度か世話になっている。店の外で会えば、食事や雑談もする仲だ」
「そうなんですか……」
その言葉を聞いたサレナの胸に、これまで覚えたことのない複雑な感情が湧き上がった。
アミレインが娼婦であり、レヴァリスがその客なら、2人がそういう関係なのも理解はできる。それでも、どうにも気持ちの整理がつかなかった。
「一応聞いておきたいんですけど、あの人のお店ってどれくらいのお金が必要なんですか?」
「ほう、意外と行く気があったんだな」
「もちろん行きませんよ! ただの……そう、興味です!」
「なるほど。まあ一晩だけなら30万リイルもあればいけるだろう」
レヴァリスから告げられた予想外の金額に、サレナは驚いて目を見開いた。
[クロムネムシャ]で暮らす一般市民の平均年収は約3万リイル。一晩でその10年分ともなれば、高級娼婦がいかに高嶺の花なのかが分かる。
「じょ、冗談ですよね?」
「お前は気に入られているからそれで済む。何十万リイルと貢いでもお喋りとお茶を出されて終わる客がほとんどだからな」
「住んでいる世界があまりに違います……」
またアミレインに会えたらいい。そんな思いが、サレナの胸にひっそりと芽生えていた。
そんな彼女を見て、レヴァリスはどこか満足そうに笑っていた。
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