第2話 帰還と旅立ち 3
レヴァリスとサレナは本部施設のある中央区を離れると“冒険者街”と呼ばれる西区へと移動した。
冒険者街には、様々な冒険者向け商品を扱う商店のほか、銀行や証券取引所といった金融関連施設が立ち並んでいる。
北区の市場が外界との取引をする場所であるのに対し、西区の冒険者街は地元経済の中心地であった。
ここでは探索や任務に必要な装備や物資を一通り揃えることができるため、冒険者達にとっては欠かせない場所である。
「調査任務で失った装備をまずは買い直すとしよう。買う必要があるものは何だ?」
「そ、その……全部です」
レヴァリスの問いに対してサレナは気まずそうに答えた。
[カダーディアⅢ]の調査任務で彼女は装備をほとんど失ってしまい、着用していた探索用の服もボロボロで使い物にならなくなっていた。
そのため、まずは装備を整えなければ、探索はおろか任務にも行けない状態であった。
「探索用の衣服あたりからにするか。どこの店で買ったんだ?」
「えっと、向こうの通りの角にある“テヴィーネ・ラフ”というお店です。こちらです」
サレナの案内で2人は冒険者街の通りを歩いていく。
「携帯食の定番キュービックの新作が発売! 試食もありますよー」
「ARCシリーズの最新ブラスターピストルを入荷、今ならアクセサリーも2割引!」
通りにある店舗の入口では店員が客寄せの声を張り上げ、歩いている冒険者達の気を引こうとしている。
この一帯の商店では、下級冒険者がアルバイト店員として働いていることも多かった。
装備を整えるにも探索へ赴くにも資金が必要になるため、駆け出しの冒険者はこうした仕事やギルド本部の雑用でこつこつと資金を稼ぐ。
サレナも冒険者になったばかりの頃はここで働き、自分の装備を買い揃えていた。
「あのお店です」
サレナが指差した方向を見ると外壁が水色に塗られた商店が建っていた。
テヴィーネ・ラフは2階建ての冒険者向けの衣服や装備を販売する店のようで、店内には様々な商品が所狭しと展示されていた。
レヴァリスが店内の客層や商品を見たところ、下級冒険者向けの装備を主力として扱っている店であった。
取り扱っている装備の質はそこそこだが比較的安価に抑えられており、懐事情が何かと厳しい下級冒険者でもとりあえずは手が届くといった具合である。
「サレナ、お前は衣服に何かこだわりや考え方があるのか?」
「そうですね……私はできれば身軽で動きやすいものを選んでいます」
「なるほど、軽装にしているんだな」
「はい、スルシャさんにも運動性能を重視したものを選ぶように言われました」
冒険者の服装は、本人の能力や探索方針、使用する武器、種族特性などに応じて選ばれる。
危険をいち早く察知できるサレナなら、すぐに回避行動へ移れる軽装はアナザーセンスと相性がよく、生存性も高めてくれるだろう。
「あー! サレナ、来てたんだ」
ふと後ろからサレナを呼ぶ声が聞こえて2人が振り返ると、店のロゴが入ったエプロンを着たアルバイトらしき少女が立っていた。
「マリアちゃん、今日はここで働いてたんだ」
「フッフッフッ、そうなのよ。店長さんに臨時のヘルプを頼まれたんだよねー」
彼女は薄茶色のウェーブがかった髪をしており、近人間種族である“ノナーリン”のような薄く平たい耳が頭の上でピコピコと動いていた。
耳以外は普通の人間と変わらないことから、おそらくはノナーリンと人間の両親を持つハーフだとレヴァリスは推察した。
彼女の方も自分を見ているレヴァリスの視線に気づき、自分よりも大柄な装甲服を着込んだ冒険者の姿に思わず目を丸くした。
「この人だあれ?」
「あっ、えっと、この人は私を助けてくれたレヴァリスさん。今はこの人と一緒に行動してるの」
「へえーなるほど。私は“コルマリア・タントリエン”。私のことはマリアかマリタンって呼んでね」
そう名乗ったコルマリアは友好的な挨拶のつもりなのか、レヴァリスの右腕を両手で掴んでぶんぶんと振り回した。
「あ、ああ」
レヴァリスはコルマリアの変わった挨拶に少し気圧された。
「ところでサレナー、予算は大丈夫? 全部買わないといけないんでしょ」
「うん、たぶんギリギリ足りる……かな?」
サレナは自分の携帯端末で資金の残高を確認しながら自信がなさそうに答える。
下級冒険者にとって装備一式の損失は手痛いものだ。装備がなければ依頼もこなせず資金を得る手段も限られてしまう。
「いや、装備にかかる金は俺が出す」
「で、でも、そんなお金まで出してもらったら……」
「仮にも俺は上級冒険者だ。それぐらいの余裕はある」
レヴァリスにも装備の購入に苦労していた時期があった。
だからこそ、今度は上級冒険者である自分が、下級冒険者の面倒をきっちり見るべきだと考えていた。
「あ、ありがとうございます」
サレナは携帯端末に表示された残高を恨めしそうに見てから、レヴァリスの申し出に胸を撫で下ろすように感謝の言葉を口にした。
「ほほーう、それなら——」
その話を聞いていたコルマリアは耳を興奮気味にピンと立たせ、さらに目を光らせると店の奥に足早に行ってしまった。
しばらくして彼女は商品を両腕いっぱいに抱えて2人の元に戻ってくる。
「ならサレナに必要な装備を全部買っちゃいましょー。大丈夫です、ちゃんと値引きしとくんでー」
「マ、マリアちゃん、そんなにいっぱいは……」
「いやいやいや、やっぱり準備は大事ですもんね。ねねね、そうでしょレヴァリスさん?」
「まあ、確かに」
ぐいぐいと押してくるコルマリアにレヴァリスも押されっぱなしであった。
コルマリアが持ってきたのは、装備ポーチやスカウトバイノキュラーなど、いずれも今のサレナが探索や任務を行ううえで欠かせない品ばかりだった。
値段と品質の釣り合いもよく、彼女の目利きは確かなようだ。
「そういえばレヴァリスさんって宇宙船は持ってますかあ?」
「ああ、持っているぞ」
レヴァリスがそう答えた途端、コルマリアは近くの宇宙服の棚に飛び込み、人間用かつサレナの体型に合った宇宙服を掴んで戻ってきた。
「じゃあこれもついでに買っちゃいましょう、必要ですもんね!」
「お、おう、そうだな」
「それじゃお会計しときますねー。わあい、これだけ売ればボーナス確定じゃー!」
彼女は商品の山を抱えると会計のために店の奥へと消えていく。
2人は嵐のように去った彼女を見て、ただ呆然とするしかなかった。
「すごい友人だな」
「すみません、失礼だったら私が後で言っておきます」
「いや、あれはあれで大成すると思うぞ」
レヴァリスのその言葉に対してサレナは意外そうな表情をした。
上級冒険者を前に物怖じする者は多いが、コルマリアにはその様子がまるでなかった。
接客態度だけを見れば、失礼と取られても仕方がない。それでも商品選びは的確で、目利きが確かなことも間違いなかった。
ああいった変わり者ほど大成する——冒険者としての勘がそう告げていた。
「お待たせー、商品は後でまとめて送るからねえ。お会計額はこちらでーす」
しばらくしてコルマリアは、クラゲに似た種族“レヴェンジェ”の触手を右手で掴み、まるで風船のように連れて戻ってきた。
レヴェンジェはガス惑星[レヴェン・プライム]を母星とし、体内で生成する浮遊ガスによって宙に浮かぶ珍しい知覚種族である。
コルマリアはその触手を握ったまま、にこにことレヴァリスの会計を済ませた。
「ありがとう、マリアちゃん。あの、ところでその方は……」
「あ、この人は店長さんだよー」
「店長さんなの!?」
まさか相手が店長だとは思わず、サレナは驚きの声を上げた。
レヴェンジェの店長は2本の長い触手を2人に向け、ゆらゆらと振って挨拶した。
これほど雑に扱われながらも怒る様子がないところを見るに、コルマリアとは普段からこういう仲らしい。
「ささっ、次のお客さんのところに行きますよ店長。サレナとおじさん、またねー!」
そう言うとコルマリアは店長を振り回しながら他の客の接客へと行ってしまった。
サレナは唖然としており、一方でレヴァリスはおじさんと呼ばれたことに大きなショックを受けていた。
「いつ言われても泣けてくるな……」
レヴァリスは声変わりを境に声が急に低くなったうえ、普段からヘルメットで素顔を隠しているため、実年齢より上に見られがちだった。
初めは大人っぽく見られることを喜んでいたが、やがて同年代の冒険者からまで初対面でおじさん扱いされるようになり、素直には喜べなくなっていた。
「す、すみません。マリアちゃんには後でちゃんと言っておきます」
「気にするな。割と慣れている」
悪意がないことは分かっている。それでも、傷つくものは傷つく。
平静を装ったつもりだったが、サレナは困ったように彼を見つめるばかりだった。
感想、レビュー、ブクマ、評価をお待ちしてます( ・3・)b




