第2話 帰還と旅立ち 1
[カダーディアⅢ]における救助任務から2週間後。
銀河系の中間領域と外縁領域の境に位置する惑星[クロムネムシャ]の近傍で、<ペイルライダー>は銀色の超空間を抜けて現れる。
あれからレヴァリスはサレナの体力が完全に回復するのを待って、ようやく帰路に就いた。
病室でのあの一件を経て、レヴァリスはサレナを冒険者としてのパートナーに迎え、行動を共にすることにした。
上級冒険者が下級冒険者と組むことは珍しくない。師弟関係を結ぶ場合もあれば、単に気が合って組む場合や、相手の将来性を見込んで指導役を引き受ける場合も多い。
だが、サレナとの関係がそのどれに当たるのか、レヴァリス自身にもまだ分からなかった。答えを出すには時間が必要だと考えていたが、その胸の内を本人に明かすことはなかった。
「さて、ようやく帰ってこれたな」
「あの緑豊かな星の姿を見ると、やっぱり戻ってきたって感じがしますね」
青々とした草原が広がる惑星[クロムネムシャ]の姿を見て、操縦席にいる2人は本拠地に戻ってきたことを実感していた。
つい先日まで毒々しい赤色に覆われた[カダーディアⅢ]にいたこともあり、その緑は殊更鮮やかに映った。
「やることは多いが、まずは担当官に会う必要がある。地上に下りたら本部へ直行だ」
「私も担当官の方からすぐ会いに来るようにって連絡が来てます。ところで帰還の予定を2週間も延ばしたそうですが大丈夫なのですか?」
「上級冒険者なんて予定通りにはまず動かん。いつものことだ、どうせ運び屋の仕事でも頼みたかったんだろう」
冒険者は銀河系の各地を探索するが、全員が宇宙船を保有しているわけではない。むしろ個人で所有している者は、冒険者全体の2割にも満たなかった。
理由は単純で、購入にも維持にも莫大な金がかかるからだ。資金不足に苦しむことの多い下級や中級の冒険者には、とても手が出せなかった。
「でも、冒険者の輸送って結構な稼ぎだとは聞きますよ?」
「運ぶ側としてはそんなに苦労しないで済むが、どうも冒険者としては刺激が足りない。路銀稼ぎだと割り切ればそう悪くないけどな」
惑星間の移動方法には定期船を利用する、他の冒険者の宇宙船に乗せてもらう、民間の輸送業者や個人のパイロットに依頼するといったものがあった。
レヴァリスも担当官からの依頼として目的地に向かう冒険者の輸送、あるいは回収を引き受けることがあった。
冒険者ギルドからは燃料代に加えて報酬も支給されるため、実入りも悪くない。ただ、上級冒険者となった今では退屈なのも事実である。
「レヴァリス、オ買イ物リストダ」
足元から声がして下を向くといつの間にかビープが潜り込んでおり、預かっていたレヴァリスの携帯端末を身体にぐいぐいと押し当てている。
携帯端末を受け取り、ビープがまとめたお買い物リストを確認すると、そこには不足している物資が羅列されていた。
「また随分と買い足す必要があるな」
レヴァリスは指でリストをなぞりながら、予想していたよりも購入すべき物資が多いことをぼやいた。
「シバラク補給シテナカッタカラナ。サレナモ仲間ニナッタンダ、サラニ必要ニナルゾ。計画性ハ大事ダゼ?」
ビープの「仲間」という言葉に、サレナは少しくすぐったそうに頬を緩めた。
「そういえば最後にまともに補給したのが2ヶ月前だったな。今後は多めに物資を補給しておくとしよう」
サレナもパートナーとして宇宙船に乗る以上、彼女の分の物資も計算に入れる必要がある。
幸いにも<ペイルライダー>の貨物区画には彼女の分を加えても、半年分の物資は十分に積めるだけの容量があった。
「レヴァリスさん、通信機に地上から連絡が入ってます」
「ああ、“クロムポート”の管制塔からだな」
サレナの報告を受けてレヴァリスは通信機を起動し、地上の宇宙港であるクロムポートの管制塔との通信を確立させる。
『こちらはクロムポート管制塔です。冒険者名を名乗り、識別コードをこちらへ送信してください』
「こちら上級冒険者レヴァリス、識別コードを送信する」
『識別コードを受信、確認しました。誘導信号に従って着陸場に着陸してください。2ヶ月ぶりのご帰還、長旅お疲れ様です』
管制員から指示と丁寧な挨拶が返り、ほどなく誘導信号も送られてきた。
管制から届いた誘導信号を航法端末に取り込むと、機体は自動的に指定された進路へ入り、軌道を離れて惑星の地表へと降下していく。
大気圏に突入して厚い雲を抜けると、そこには草原地帯に築かれた巨大都市、惑星首都“クロムシティ”の姿が現れる。
およそ35000年前、冒険者ギルドを創設したグランドマスターである“エヴァン・フリーライダー”によってこの都市は建設された。
ここには冒険者ギルドの本部が置かれており、多くの冒険者達が様々な目的を抱いて銀河系各地へと旅立っていく。
そして冒険者にとってクロムシティは自分達の帰るべき家であり、何より第二の故郷のような場所でもあった。
「今日の宇宙港には貨物船が多く停泊してますね」
「精錬企業のマークが目立つな。どっかの冒険者達が希少鉱石を大量に回収してきたんだろう。今日の市場の競りは盛り上がっていそうだ」
大型船用の発着場に並ぶ外界の貨物船を見渡し、レヴァリスはその理由についての推察を口にした。
クロムシティの北区には、都市の玄関口である宇宙港クロムポートと、銀河屈指の星間交易市場“セレヌ・マーケット”が存在する。
冒険者が持ち帰った様々な戦利品の取引は、冒険者ギルドの主要な収入源のひとつだ。
加えて、その立地からこの惑星は大昔より交易の要衝となっている。
そのため、外界から訪れる星間商人や商船団、企業との取引も活発であった。
「よし、着陸するぞ」
レヴァリスは誘導された発着場の上空で機体を静止させ、地上の係員に従って<ペイルライダー>を着陸させた。
レヴァリスが<ペイルライダー>のエンジンを停止させると、2人は操縦席を後にした。
前方ハッチから地上へ降りると、係員の人間男性が両手に誘導灯を持って出迎えてくれた。
「ようレヴァリス、2ヶ月ぶりじゃないか」
「久しぶりだなアルトン」
2人を出迎えたのは発着場で誘導員を務める“アルトン・メイガード”であった。
元冒険者であるアルトンは右目を機械製の義眼に置き換え、長く伸ばした黒髪を後ろで束ねている。
現在はベテラン誘導員として働くアルトンとは、レヴァリスが下級冒険者だった頃からの付き合いである。
「今日は随分と忙しそうだな」
「ヴァズカズの採掘野郎共が超希少鉱石を大量に持ち帰ってきやがった。それもブラックホールに吸い込まれかけている小惑星からだぜ?」
「おいおい、相変わらずイカれた連中だな。ってことは、ブラックホールとの瀬戸際採掘に勝ったわけか」
「ああ、おかげで150キロトスの超希少鉱石が市場に流れてこの騒ぎよ。セレヌ・マーケットも競りで大盛り上がりだが、証券取引所も面白くなってるだろうな」
アルトンは今の状況を笑いながら説明すると、誘導灯で停泊している貨物船の方を指した。
冒険者達が銀河各地から持ち帰るものは、遺物や珍品だけとは限らない。
今回のように、莫大な量の資源が一度に市場へ流れ込むこともある。
そうなれば精錬企業だけでなく、鉱業や輸送に関わる企業の株価や、関連商品の価格も大きく動く。
そのため、この惑星の市場動向は銀河各地の経済にもしばしば影響を及ぼしていた。
「検疫が終わったら船を地下格納庫へ移すが、格納庫はどれくらい押さえておけばいい?」
「まだ分からん。ただ、そんなに長くいるつもりはない」
「それじゃあ、とりあえず1週間ってことにしておく。悪い、次の船が来るから俺は行くぜ。ゆっくりしてけよ!」
アルトンは手を振ると、次の着陸に備えて別の発着場へと向かっていった。
そして入れ替わるように<ペイルライダー>の周囲には検疫作業員達が集まっていた。
「世間話も済んだし、そろそろ本部施設に移動するとしよう」
「はい、行きましょうか」
レヴァリスは傍らでアルトンとの話を静かに聞いていたサレナと共に、市内の冒険者ギルド本部へと向かった。
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