第四十八話:覚めぬ夢
「おまたせー。なに、私の話?」
コンビニ袋を引っさげて戻ってきた七海に、俺はフッと笑って頷く。綾香ちゃんも、少しだけ頷いた。
「私のこと、大好きじゃん二人とも」
ニッと笑う七海の笑顔は眩しい。
あぁ……そうか。そうだった……
「うん。大好きだよ」
なんともないふりをした。心の底から大好きだって思う気持ちは嘘じゃなく、勝手に湧き上がる。
「な〜にー?嬉しいねー」
こんなにニコニコ笑うようになったのって、ここ数年だ。俺と出会ったときの七海は……眩しいんじゃない。自然で、心底幸せそうで、楽しそうな――そんな笑顔だった。眩しいなんて思ったこともなかった。
「お二人は、本当に仲がいいんですね」
俺たちを見て、なぜか嬉しそうな表情を浮かべていた綾香ちゃん。七海は自慢するように俺の手を取り、何年かぶりの恋人繋ぎをした。
「でしょ」
満足気にずんずん先頭を歩く七海に、俺は引っ張られる。
俺はずっと七海の隣を歩いてきたはずなのに。今思えば――
その行動も、表情も、笑顔さえも……俺の知っている七海じゃなくなっていたんだ。
だから、俺は七海から離れたくなった。俺より何歩も先を歩く七海を見て、一生横に並べる日は来ないと薄々感じていたから。
なにより、足を引っ張っているのは俺だと自覚していた。
七年も付き合って、俺は結婚の「け」の字も出せる職も金もなかった。
あるのは、大好きだって、愛してるって気持ちだけ。もっとも、七海にはもう昔みたいなそんな気持ちがないのも分かってた。
半年前、別れを切り出そうって決めたはずだった。でも言い出せないのは、まだ俺が――
「そうだ。綾香ちゃん。いつか私たちが結婚したら、スピーチ頼むね〜」
七海に期待してた。
まだ、俺――
「え、一樹さん?」
七海が俺を必要としてくれてるって、七海はまだ俺を愛してくれてるって信じていたかったし、そう期待したかったんだよ。
「いっちゃん、どした?」
俺の目から止めどなく溢れる涙は、俺でもよく分からないほど複雑な感情が混ざり合っていた。
七海の口から出る「愛してる」も、「大好き」もそうだ。囁かれる愛のすべては、昔の名残りで愛着なんだって分かってる。
「い、いや。ごめん」
それでも時折見せる七海の笑顔や言葉には、きっとそれだけじゃない何かがあった。
「目にゴミ入って全然取れないわ。目薬ない?」
そう思う俺はまだ、夢を見ているんだろう。
「えー、目擦らないでよ。てか目薬なんてもってないよー。買いな?」
「私、買ってきましょっか?」
どうせ結末が同じなら……早く覚めてほしい。俺はそう思いながらも、それを良しとする矛盾に目を背けた。




