第三十九話:危機感と理性
「一部なのか、大半なのかは分からないけど、親にも“子どもに奨学金を借りさせたくない”“大学に行かせてやるのも親の務め”って言ってる人もいるらしい」
七海の姿は、あまりにも眩しい。
大学を出て大手に勤めて、副業もうまくいって、数年後には子会社社長だ。借家だとはいえ、そこそこ都会でこの規模の一軒家に住めて、借りてもなお貯金や投資に回す金が万単位で残る。
大学って、こんな特別な人が行く場所なんだろう。――その気持ちは、俺の中でも拭えなかった。
「でもさ。私は奨学金借りたからこそ、死ぬ気で勉強したし、奨学金の返済があっても余裕で生活できる会社に行けるよう、努力もした。バイトもしなかったよ。勉強と人脈づくりに勤しむために、無駄は省いた」
大学時代の七海は、とにかく金がなかった。でも、無いなりに楽しんでた記憶はある。
「怖く、なかったんですか?」
綾香ちゃんが小さな声で聞いた。
「それこそ、借りても返せるくらいお給料のいい会社に行けるとは限らないですよね……」
結果論になりがちな話だと思った。七海は結果として凄くなったけど、当然、なれなかった未来もあったはずだ。
その時の七海なら、なんて答えたんだろう。
「怖い? 全く」
七海は即答した。
「むしろ奨学金借りてない子たちは負荷足りてないって笑ってたくらい」
すごい考え方だな、と思うことがよくある。
「負荷があるから努力するんだよ。普通に危機感を持てる人間なら、土壇場で理性が効く。“このままじゃヤバい”って。だから努力できるんだよ」
俺なら借りたことを後悔する。けど七海は、負荷がかかってるくらいが心地いいって、余計やる気を出すタイプだ。
「もし大学に行きたいけど行けない理由が、“将来返済できるか”の不安なら――自分が危機感を持てる人間か、考えてみるといいよ」
こんな俺でも危機感は人並みにあったから、大工をやりながらでも高校を卒業できた。
大工時代の金銭感覚が抜けてないのもあるだろうけど、七海の六百万なんて、しんどくても案外返せる額だ――そんな感覚が、どこかにある。
でも俺のそういう考えが、あとで誤算を生んで返済に困るんだろうな、と苦笑いした。
「ありがとうございます。考えてみます」
気づけば綾香ちゃんの緊張が解けていた。
“考えてみる”と言っても、もう答えが出たんじゃないのかと思うくらい、表情は晴れやかだった。
「二人とも……これ、食べない……?」
話してる途中、七海の手が止まったと思ったら――。
このあと結局、三皿ほど残して死にそうな顔をしている七海を拝むことになった。




