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第二十一章 最後の戦い

 

第二十一章 最後の戦い



『私は――』




 2034年6月


 1



狂気顕現(キメラフレーム)――――『我が愛憎(ヘブン)は、世界(アンド)を覆う(ヘル)』」



 キメラフレーム。

 自身が抱える全ての影胞子を燃やして発動する、固有能力の進化にして、アーベントの最終奥義。

 そして、月原紅音の固有能力の進化キメラフレームは、至極単純。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』という操作対象の拡張である。


「……チッ」


 しかし、敵であるピースに変化は無い。

 紅音のキメラフレームは確かに発動し、ピースを内側から壊そうとはしているものの、他からの直接干渉でどうにかなる『始まりの鵺』ではない。

『既に、他者によって支配下に置かれてるモノは、実力差がかなり離れてない限り、覆せない』

 故に、始まりの鵺であるピースには、せいぜい『体が少し重くなる』程度の効果しか発揮しなかった。


(……ま、あたしに対して『体をちょっと重くする』だけでも普通は無理な話なんだけどな)


 もし、ここに自分以外の鵺が居たら、百や千居ようとも、瞬く間に内側から斬殺されただろう。

 そんな地獄をピースは頭の中で描き、それを作り出せるであろう白い女の方を見ながら、楽しそうにニヤリと笑う。


「――良いな、アンタ。やっぱりたまには対等な……あ?」


 鬼女は目を見開いて、台詞を途切れさせる。

 なぜなら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どういうことだ、これは。あたしは確かにこいつの法臓に一撃ぶち込んだはずだ。なのに、何故――」


「……そうだな。お前は、一騎に致命傷を与えた」


 紅音は、真紅の視線を鬼女に向ける。

 その視線には、ありったけの憎悪と殺意が込められていた。


「だが、私のキメラフレームは、能力の対象を『私の認識内の生物』に拡張するものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……!?」


「流石に、自分に対しての操作に比べると、精度も出力も落ちるがな。だが、全身を再生させることぐらい、何も問題ない」


 ピースが目を見開いて驚いてる間にも、ジャックの再生は進み。

 二秒後には、ジャックの体は完治していた。


「……ん?」


 意識を取り戻した一騎(ジャック)は、まるで寝起きのように間が抜けた声を発する。

 その直後、彼は勢いよく立ち上がりながら――ピース(てき)が居ることを思い出したのだ――、紅音の方をチラリと見る。

 そして、彼は自分の胸元に手を当てながら、


「……『これ』って、紅音がやってくれたんだよな?」


「ああ」


「……そっか。ありがとう。ところで、もうバレてる?」


「どういたしまして……と言いたいところだが、お前が私を守ってくれたんだし、お互い様だ。……ちなみに、お前のことは、最初からわかってた」


「……そっか」


 ジャックは顔を顰めて、小さく頷く。

 絶対に、紅音にはバレるわけにはいかなかった。

 だが、今は。


「一騎、悪いがその話は後だ。お前は、葉月を頼む」


「……紅音は?」


「……」


 紅音はジャックの言葉にはすぐに答えず、視線を前の……ピースの方に向けたまま目を細める。

 直後、彼女の背中から、複数の血刀が勢いよく飛び出す。

 それも十本なんて数では無い。

 百を超える血刀が、まるで噴水のように紅音の背中から射出された。

『彼女の認識内にある全ての生物の肉体を自由に操る』。

 その操作対象の拡張は、通常時では十秒しかできなかった血刀の遠隔操作が、無制限に使えることを意味していた。

 宙に浮かぶ、百六の刀。

 そして、両手の中で形成される二本の刀。

 百八の刀を携え、紅音は、


「――アイツを、殺す」


 夫と後輩。

 紅音とって大事な二人を殺そうとした、そんな『敵』への純粋な殺意と憎悪を、静かに告げた。


「――良いねぇ」


 莫大な感情に曝された鬼女は、愉快そうに笑いながら舌舐めずりする。


「確かに、テメェは強い。あたし以外の連中なんて、テメェの足下にも及ばないだろうな」


 ピースはそう言うと、パチパチと拍手する、


「流石、『死神』のキメラフレームって言ったところだ。『キメラフレームは世界を作る』って言われちゃいるが、テメェの世界は別格だ」


 言葉は月原紅音を褒めるが、目はいつもの通り嘲りの色だ。


「だがな」


 なぜなら。


「――何も、『世界』を作れるのはテメェだけじゃねえんだぜ?」


 紅音と同等以上のモノを、鬼女は用意できたからだ。

 ピースは両手を横に広げる。

 そして、


二重狂気顕現デュアルキメラフレーム――――」


 かつて、ARSSの上級ヘルト二名から奪った狂気のうりょくを。


「――――『雷害を纏っ(ルシファー)た聖な(ウィズ)る大騎士(ベヒモス)』」


 最悪の形で、融合させた。

 直後。



 鬼女の周りに、無数の落雷が産まれた。



 その落雷は、消えない。

 まるで固まった柱のように、その場から絶えず上から下に流れ続ける。

 キメラフレーム『顕現する雷害(ベヒモス)』。

 その効果は、『辺り一面に雷を降らせ、使用者は雷の速さで動けるようになる』というもの。

 もう一つのキメラフレームは、『聖なる大騎士(ルシファー)』。

 その効果は、『使用者の体を絶対不可侵の肉体にするのと同時、絶対切断の大剣を創造する』というもの。

 ――この二つのキメラフレームは、五十年前、始まりの鵺に対して使われたものだ。

 しかし、どんなに優秀なキメラフレームでも、始まりの鵺の圧倒的な影胞子量には敵わず、その上級(ヘルト)二人は鬼女の法臓『狂気の簒奪(クリエイトケイオス)』で鵺にされ、そして狂気を盗まれた。

 そして、今現在、鬼女はその盗んだキメラフレームを掛け合わせ、しかも彼女の持つ無限の影胞子で発動させた。

 そんなのは、もう、一種の災害と同じだ。

 どんなモノだろうと、抗うことなどできず、鬼女の『本能』に蹂躙されるだけ。

 なのに、鬼女の目の前に立つ『死神』は、


「――だから、どうした」


 そう囁くと、両手に持つ二本の刀をゆらりと構える。

 直後、彼女の背中から真紅の翼が飛び出すようにして生えた。

 自身の移動性能を少しでも上げるためと、刀補充用の『武器庫』にするためだ。

 翼を携えた彼女のそんな姿は、


「……お前の御託など、どうでもいい」


 まるで天使で、悪魔だった。

 百八の刀と一対の翼を携えた紅音は、全身の影胞子を燃やし、そして告げる。



「ただ、私はお前を殺す。それだけだ」



 単純明快な、死刑宣告を。

 それに対して大剣と雷林を携えたピースは、笑いながらこう返した。



「――テメェら纏めて、ゴミのように殺してやるよ」





 ――ようやく、始まる。

 愛憎と本能。

 二つの狂気(さいきょう)が織りなす、最後の戦いが。





 2


 それは、まるで雨のようだった。

 百を超す血刀が、まるで豪雨のように鬼女に襲いかかった。

 それらに対して鬼女は、周囲に轟かせていた落雷の向きを変えることで、迎撃する。

 百の刀に、百の雷。

 もし、この衝突が普通の物理法則に則ったものなら、勝負も何もあったものではないが、これはアーベントと鵺の戦い。

 百の刀は雷を切り裂き、百の雷は刀を打ち砕く。

 そんな破壊的な光景の中で、二人の怪物は、そちらに目もくれず、正面から斬り合う。


「……ッ」


「ハハッ」


 紅音が無表情なのに対し、ピースは満面の笑みを浮かべている。

 とはいえ、彼我の実力に大して差などない。

 ただの、性格上の問題だ。


「……ッ!」


 紅音は左の刀で黄金の大剣を抑えながら、右の刀でピースを切り刻もうとする。

 直後、鬼女の口から火が放たれるが、紅音はこれを完全に無視した。


(……チッ。死神にこんなの、効かないか)


 ――ピースの法臓は、アーベントから能力を奪い取るものだ。

 そんな鬼女がストックしている能力は、百を優に超えるのだが、


(持ってるキメラフレームはこの二つだけで、残りの能力はザコだ。……まぁ、影胞子を注ぎ込めば一定の効果は出るだろうが、そこに影胞子を使うぐらいなら、二重キメラフレームの方に影胞子回した方が断然良いな)


 例えば、こんな風に。

 ピースは全身から雷を発し、紅音の全身を焦がす。

 その時、一瞬紅音の左手の力が弱まり、ピースの大剣が紅音の左の血刀を弾く。

 そのまま鬼女は、紅音の胴を薙ぎ払おうとするが、白い女はピースの腹を蹴り飛ばすことで回避する。

 直後、紅音は翼を羽撃かせながら、音速を遥かに超える神速でピースに近付き、二本の刀から数十の斬撃を放つ。


「チッ!」


 自身を雷と化したピースは一旦距離を取り、遠くから雷の雨を浴びさせようとする。

 だが、それよりも先に、刀の雨がピースに襲いかかった。


「あ!?」


 ピースは驚きの声を発する。

 なぜなら、死神が作り出した宙を浮く刀は、雷林で全部抑えてたはず――


(いや、違う。これはたった今追加された刀か……!)


 紅音が移動するため羽撃いたその時、彼女は更に刀を追加していたのだ。

 そのことに鬼女は気付いたが、もう遅い。

 襲いくる刀を対処している間に、『死神』はもう目前だ。


「はっ!」


 ピースは吐き捨てるように笑う。

 直後、目の前の死神に向かって黄金の大剣を全力で振り下ろした。

 紅音はそれを両手の刀で受け止めながら、背中から飛び立つ無数の刀をピースに襲わせる。

 しかし、鬼女が黙ってそれを見過ごすわけがなく、ピースの体中から発せられた無数の雷が紅音の飛ぶ刀を迎撃する。


「……ッ!」


「ハッ」


 紅音とピースは仕切り直すかのように距離を取り、そして全力をもって相手にぶつかる。

 彼女達はそれを、空を飛びながら何度も何度も繰り返し、スポットの霧がまるで星空のような輝きを見せる。

 光り輝く空の中で、二人の怪物は全力で目の前の敵を殺そうとするが、どちらも相手に致命傷は与えられていない。

 細かい傷は与えているのだが、彼女達の再生能力は凄まじく、瞬く間に回復してしまう。

 完全な、拮抗状態。

 しかし、そんな中ピースは笑みを強める。

 なぜなら、


(こうなったら、完全なスタミナ勝負。どっちが先に影胞子を尽きさせるか、そういう戦いになる)


 そして、その戦いでは不利なのは――。


(キメラフレームは影胞子の消費が異常に速い。いくら、月原紅音といえど、10分持つかどうかだろう)


 一方、ピース(じぶん)は、


(あたしは、このスポットを作り出した『始まりの鵺』だ。あたしは他の有象無象と違って、無限に影胞子を作り出せる)


 故に、影胞子のスタミナ勝負でピースが負けることは絶対にありえない。


(もっとも、スタミナ勝負に持ち込まれたことなんて初めてなんだけどな)


 ――五十年前まで。

 ピースは、いつも一方的かつ圧倒的な暴力で人も鵺も殺してきた。

 だから、初めてなのだ。

 対等に殺し合えることなど、初めてなのだ。

 そして、こんな機会なんて二度と訪れないだろう。

 だから。


(時間切れなんてつまらねぇ。テメェをぶっ殺して、テメェの血で祝杯を上げてやる!)


 ――殺す。

 目の前の女を、殺す。

 下に居る二人も殺す。

 そして、この(スポット)から飛び出して、この大陸――いやこの星に居る奴を片っ端から縊り殺す。

 全て平等に死ね。

 それこそが、この世に許された唯一の平和(ピース)だ。


「オラァ!」


 ピースは雷の雨と大剣の一撃を白い女に振るう。

 それを紅音は宙に浮く刀と、両手に持つ二本の刀で軽々しく弾くと、そのまま鬼女の全身に二十を超す斬撃を浴びせる。

 それらを受けたピースは全身から黒い血が吹き出すが、鬼女は無視して紅音に雷撃を打ち込む。

 すると、紅音の口から少量の血が飛び出した。

 それを見たピースは、


(受けた攻撃量は明らかにこっちの方が上なのに、ダメージは大差無しか。つまり、攻撃性能はやや向こうが上に対して、防御性能はややこっちの方が上ってことか)


 完全な拮抗状態。

 そう見えるが、実際のとこ有利なのはピース(じぶん)だ。

 なぜなら、影胞子量(スタミナ)に余裕がある自分の方が、焦ることなく確実に死神を削り取ることができるからだ。

 そうすれば、死神の急所に、確実に自分の一撃が届く。

 つまり、自分の方が有利。

 だが、一つだけ警戒しなければいけないことがある。

 それは――。




 3


(……埒が明かないな)


 首、肩、肘、腰、股、膝。

 所謂、『生物の構造上、絶対に固められない箇所』に向けて、紅音は両の血刀で一瞬にして斬撃を放つが、瞬く間に再生されてしまう。


(ゼロにやったみたいに、一点集中して削るのも手だが、ピース(こいつ)はゼロに比べて断然素早い。そんな相手に、一点集中で削る余裕は無いだろう)


 紅音は後ろから三十を超す雷撃に襲われるが、背中の翼から同じ数の血刀を射出することで相殺する。


(……遠距離の物量勝負も拮抗か。なら、手は一つしかない)


 絶対防御だろうが、容赦無く破壊する斬撃――神殺しの血刀(ディーサイド)なら、間違いなくピースを殺せるだろう。

 だが、それも当たればの話だ。


(ゼロ程度の速度なら、問題無く当てれた。だが、私とほぼ同じ速度出すこの鵺に当てるのは簡単じゃないだろう)


 それに、恐らくだが、自分と一騎にした不意打ちのタイミングから考えるに、自分とゼロの戦闘を目撃されていた可能性は高い。

 なら、ピースは当然、紅音の必殺技を警戒しているだろう。


(あれは何発も撃てる技じゃないし、膨大な影胞子を一瞬で消費する仕様上、発動後の隙がかなり大きい)


 つまり、もし外したら、そのまま殺される可能性はかなり高い。

 なら、紅音がするべきことは。


(どうにかして、神殺しの血刀(ディーサイド)を当てる状況を作り出す。なら、そのためにすべきことは――)


 紅音は、ピース何度もぶつかり、斬り結びながら考えようとするが、答えは一瞬で見つかった。


(……これしか、ないか)


 両の血刀でピースを大剣ごと弾き飛ばし、距離を取る。

 そして――。




 4


(あ!?)


 ピースは内心で驚きの声を上げる。

 それは、距離を取ったことではない。

 そんなのは、この戦闘中に何度もあったことだ。

 問題は、その後だ。


「チッ!」


 紅音の刀を受け止めながら、彼女に向かって雷を五発放つ。

 それらの雷を、()()()()()()()()()()()()


(このアマ、防御を捨てやがった……!)


 紅音は雷を浴びながら、血刀の雨をピースに浴びせ、大剣の勢いが緩んだところに両手の刀が煌めく。

 直後、ピースの全身に斬撃の嵐が襲われた。


「クソがっ!」


 ピースは紅音を縦に割るように大剣を振るう。

 しかし、紅音はその大剣を刀で受け止めることは無く、少しだけ横にズレる。

 直後、紅音の右脚が切断された。

 それと同時に、百を超す血刀が一斉にピースの右胸に襲いかかり、まるで獣が齧り付くかのように、鬼女の右胸が腕ごと引き千切られた。


(チッ、これが狙いか……!)


 ――死神の黒刀による一撃は、リスクが大きい。

 故に、死神は、お互いの削り合いを無理矢理加速させ、『互いの動きが悪くなる』ことを狙ったのだ。

 あのゼロを斃した黒刀の一撃を、確実に自分に当てるために。


(ムカつくが、有効な手だ。攻撃性能は向こうが上だから、場の主導権は向こうが握りやすい。……攻撃は防御に転じれても、防御は攻撃に転じることはできないからな)


 だが、これでは。


(このままじゃマズイな。伊達に、五十年も鵺を殺し続けただけはある。あたしも四十年ぐらいは似たことしてたとはいえ、こと『殺し』に関してはどうも向こうに分が有るみたいだ)


 実際、こうしている今も、紅音は刃のように鋭利で純粋な殺意を、真紅の瞳の奥で光らせている。

 ――五十年。

 絶えず、怪物達を斃すことで砥がされ続けた彼女の狂気(さいのう)は、他の追随を許さない。

 それが例え、鵺の王が相手だとしても。


(――認めてやるよ。テメェの方が、殺戮能力は上だ)


 ピースはあっさりと、『殺しの腕』で負けていることを受け入れる。

 なぜなら、


(だが、それで勝敗が決するとは限らねぇんだよなぁ!)


 今行っているのは一対一の決闘ではなく、ルール無用の殺し合いなのだから。

 ピースは紅音に躊躇いも無く背を向けると、雷の速度で地上に向かって進む。

 その先に居るのは――


(雲林院葉月。『死神』のバックアップにして、『死神』の弱点)


『葉月を人質に取って交渉しよう』……なんて面倒なことは考えない。

 なぜなら、


(死神の弱みは、身内の死。ジャックの奴が死にかけただけでアレだけ動揺したんだ、雲林院葉月をぶっ殺せば、確実に死神の動きは鈍る)


 ならば、ピースがやるべきことは、


(死神に追いつかれる前に、雲林院葉月を殺す。それで弱った死神の首を切り落として、終いだ!)


 ピースは舌舐めずりしながら、雲林院葉月に向かって突き進む。


(悪いな、死神。殺す順番を入れ替えちまってよ!!)


 しかし、これもある意味当然の結末。

 なぜなら、今行っているのは一対一の決闘ではなく、ルール無用の殺し合いなのだからだ。

 だから。



 ピースが葉月から狙うのも当然であるのと同時に。

 名無しの騎士(ジャック)が、鬼女を横から襲いかかるのも当然の話だった。



「!?」


 ピースは突然現れた気配――ジャックは姿隠しの法臓を使っていたのだ――の方に視線を向ける。

 それと同時に、ジャックの右腕から五万度に達している爆炎が放たれた。


「チッ!」


 ピースは舌打ちをしながら無視し、そのまま葉月の元まで進もうとするが、ジャックの炎に当たったピースは横に吹き飛び、葉月から数十メートル離れた地面に墜落する。

 ピースは起き上がりながら、


(は!?今の威力はなんだ、今までのジャックの炎の十倍以上は出てたぞ!?)


 一体なぜ――


(いや待てよ、死神は確か……)


『私の認識内に居る仲間を強化できるし回復させることもできる。流石に、自分に対しての操作に比べると、精度も出力も落ちるがな』


(クソ、死神からの強化か……!)


 もし、いつものジャックの炎だったら、ピースに擦り傷一つつけれなかっただろう。

 しかし、死神によって強化されたジャックの炎は、本気を出した始まりの鵺(ピース)にも届く。

 とはいえ、


(こんなの、不意打ちだから喰らっただけ。擦り傷程度にしかならないんだよ、ザコが!)


 ピースは地面蹴り、雷速で地上を駆ける。

 その進行先に居るのは、雲林院葉月ではない。

 もっと鬱陶しく、この五十年殺したかった黒い鵺だ。


「――テメェから死ね」


 ピースは黒い鵺の胸に黄金の大剣を突き刺す。

 だが、彼女は知らなかった。

 とある人型の鵺が死んだ時、その法臓はバラバラに砕け、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()



「法臓器動――『黒蠅の主(ベルゼビュート)』」



 とはいえ、一部だけでは、完全な能力の再現はできない。

 しかし、今はそれで十分だった。


(文字通りの影武者か……!)


『影胞子による影武者を作り出す能力』。

 それが、ジャックが蝙蝠の鵺(ノブレス)から獲得した能力だ。

 しかし、ハリボテの影武者を作ったところで、雷の速度で動く鬼女には大した時間稼ぎにならない。

 だから。


「灰になれ――」


 黒い鵺は、逃げない。

 彼は悪魔のような右腕でピースの顔を掴む。

 そして、



「――炎壊(インフェルノ)



 今かつてないほどの、高温の炎流(じごく)を、鬼女に流し込んだ。

 ――彼が持つ最強の法臓、『憤怒の獄炎(サタンズフレイム)』。

 その能力の内容は、『使用者の感情に従い威力が上がる炎』である。

 故に、かつてないほどの最高火力。

『とある白い女』を殺そうとする敵に、彼が憎悪(いかり)を向けないわけないのだから。


「ッ!ナメてんじゃねぇぞぉぉぉぉぉ!!」


 とはいえ、相手はあのピースだ。

 二つのアーベントの最終奥義(キメラフレーム)を、本来より何倍も出力上げ融合させている彼女からしたら、支援を受けたジャックの全力だろうと、全身を少々焦げ付かせるだけ。

 そして、そんなことは百も承知だった。

 だから、この全力の炎ですら時間稼ぎ。

 そして、その死神(ほんめい)は、もう鬼女の背中に迫っていた。

 しかし、


(ンなこと気付いてるんだよ、バカが!)


 ピースにとって、雲林院葉月もジャックも取るに足らない。

 唯一警戒すべきなのは、白き死神ただ一人だ。

 そして、もっと言うならば、


(あの黒刀の斬撃。だが、あの技の発動プロセスは一度見て覚えてる。一瞬後には発動できるだろうが、その時にはあたしは離脱して――)


 そんなことを考えながら鬼女は振り返るが、彼女のその目論見は外れることになる。

 なぜなら、一瞬で作られると思っていた黒刀が、一瞬よりも早い刹那の時間で作られていたからだ。


(!?気力と影胞子を集中させてたあの技を、僅かとはいえどうして以前より早く――)


 そこまで考えて、ピースは気付く。

 白い女の背中を、茶髪の少女が触れていることに。


(雲林院葉月の『生命奔流(サプライエナジー)』!それで体力を補充させてやがる!)


 とはいえ、それで早められた時間は、一瞬にも満たない刹那の時間。

 だが、音速を遥かに超えて動く彼女達にとってその時間は、文字通り致命的な時間だった。


「――」


 紅音は無言で黒い刀を――神殺しの血刀(ディーサイド)を振り下ろす。

 直後、その刀の先に在る全ての物が消滅した。

 しかし、肝心のピースは、


「ハハッ!!」


 笑う。

 生きて、嘲笑わらっている。

 そんな彼女の左胸は、左腕ごと完璧に失っていた。

神殺しの血刀(ディーサイド)』に掠ったとか、そんなのではない。

 もし掠っていたのなら、そこから真紅のエネルギーが伝播し、ピースの全身が崩壊している。

 つまり、ピースは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、今。

 大技を放った直後で、紅音は隙だらけだった。


「ハッ」」


 ピースは嗤いながら、空中で斬られていた右腕を完璧に再生させ、黄金の大剣を上段に構える。

 直後、その大剣は、夥しいほどの光を放つ豪雷に包まれた。


「死ね――」


 ピースは、その莫大な雷に包まれた黄金の大剣を振りかぶり。



「――雷神の聖撃(ネメシスインパクト)



 鬼女が放てる最大最強の一撃を、死神に向かって振り下ろした。

 直後。



 白い女の左肩から腰――つまり心臓を含む身体の左側が吹き飛び、消失した。



 ……。

 …………。


「――()った」


 その結果を見て、ピースは心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべ、心の底から楽しそうな言葉を紡ぐ。


「あぁ、こんな苦労して殺せたのは、生まれて初めてだ!礼を言うぜ、死神。アンタのおかげで、あたしは一生に一度の悦びを――」


 しかし、そこで鬼女は台詞を中断させることになる。

 なぜなら。



 心臓が消滅し、もう死んだはずの月原紅音が。

 まるで、何事も無かったかのように、右手の血刀を上段に構えたからだ。



「あ!?」


(何故だ!?どれだけ馬鹿げた力を持とうが、月原紅音は人間、心臓を失って生きている訳がっ……!)


「……」


 紅音は、鬼女が抱く疑問に気付いていながらも、一言たりとも答えない。

 直後、彼女は、右手の中で創り出す。

 今までに無いほどの。

 この地に存在した、どんなモノよりも。

 莫大かつ濃い殺意(エネルギー)が込められた、漆黒の血刀を。

 それを見てピースは、先程なんで紅音が死ななかったを理解する。


「テメェ、まさか……!?」


 しかし、もう遅い。

 今更何に気付いたところで、もう遅い。



「壊れろ――――」



 故に紅音は、ピースの反応を全て無視する。

 そして、彼女は、




「――――真・神殺しの血刀(ラストディーサイド)




 彼女の身に宿る全ての力を使って、黒い血刀を振り下ろした。

 直後。




 血刀から放たれた莫大な真紅の光によって、斬撃の先に在る全てのモノが、壊れ消え去った。



 それは、鬼女――ピースも例外ではない。

 彼女の体を纏う豪雷も、彼女の絶対不可侵の肉体も、もう何も無い。

 完璧なる、絶命。

 こうして、鵺の王(はじまりのぬえ)は、塵も残さずこの世から消え去った。





 5


 終わった。

 全てが、終わった。

 そう、黒い鵺は思った。


「――よっこらせっと」


 そんなこと言いながらジャックは、近くの木に寄り掛かり、そのまま座り込む。

 その状態で彼は上を見上げると、清々しいほど透き通った青空が広がっていた。

 スポットの主である始まりの鵺(ピース)が死に、スポットが消滅したためだ。


「……五十年ぶりに青空を見た。なんというか……なんだろうな。上手く、言葉にできない」


 ジャックは微笑みながら、視線を空から白い女――全身の傷を回復させた月原紅音に移す。

 そして、彼は穏やかな顔で、


「俺は、もうすぐ死ぬ。……さっきの戦いで、結構ヤバいのを貰っちまってな」


 ――先程のピースとの戦い。

 そこで、彼はピースに一度接近しており、その時鬼女に炎を浴びせていたのだが、ジャックの方も雷を浴びせられていたのだ。

 その雷はジャックの全身のあらゆる箇所を破壊し、法臓にもある程度のダメージを与えていた。

 しかし、そのダメージは『ある程度』のものであって、致命傷というわけではない。

 鵺なら、再生能力で回復する程度の傷だ。

 にも関わらず、ジャックが死にそうになっているのは、ジャック自身に生きる意思が無いからだ。

 なぜなら――


「……俺の体は、どこからどう見ても鵺だ。人間社会で生きていけるわけがない。……紅音と一緒に、生きていけるわけがない」


 ……そう。

 彼は、ずっと『それ』を気にしていた。

 だから、彼は変身能力を欲しがっていたのだ。


「一騎、それは――」


「……悪い、紅音。最後まで、言わせて」


「……」


「……ありがとう」


 紅音が無表情で口を閉じるのに対し、ジャックは微笑みを浮かべる。

 そして、彼は口にする。

 五十年前に、伝えられなかったことを。


「紅音。もしかしたら、気付いてたかもしれないけど、お前と初めて会った頃の俺は、ずっと死にたがってた」


「……」


「でも、お前と一緒に居る内に、そんなこと思わなくなった。紅音が隣に居るだけで、そんな気持ちは綺麗さっぱり消え去っていた」


「……」


「一緒に居てくれて、ありがとう。ここまで来てくれて、ありがとう。お前のおかげで、俺は幸せだったよ」


「…………」


 紅音は目を瞑る。

 目を瞑って、ジャックの言葉を噛み締める。

 数秒後、紅音はパチリと目を開けると、木に寄り掛かり座っているジャックと視線を合わせるため、彼の側で膝をつく。

 そして、彼女は、何でもないような表情を浮かべながら、


「……一騎。私からも、お前に言いたいことがある。今まで、言いそびれていたことだ」


 この五十年――いや、もっと長く。

 ずっとずっと言いたくて、それでも言えなかった言葉。

 彼が何度も、自分に言ってくれた言葉。

 そんな言の葉を、彼女は、




「一騎。私はお前を、愛してる」




 ようやく、初めて口にして。

 愛する男の唇に、深いキスをした。


「……」


「……」


 お互いもう、何も言わない。

 二人とも目を瞑り、相手だけを感じ取っている。


(……俺には勿体ないぐらいの、最高の最期だ)


 黒い男は、そう思う。

 だが、そう思っているのは男だけだった。

 なぜなら――


「!?!?」


 ジャックは驚きで目を開かせる。

 なぜなら、口の中に、何か固いモノが押し込まれたからだ。


「っ!?!?」


 ジャックは驚きのあまり、反射的に離れようとしてしまうが、紅音はそれを許さない。

 白い女は唇を合わせたまま、強引に『それ』をジャックに飲み込ませる。

 直後。



 ジャックの悪魔のような腕が人の腕へと変わり。

 体のあちこちを覆う、赤黒い鱗が消え去った。



「……え?」


 ジャック――いや、一騎は、紅音から少し離れると、自分の体を見下ろしながら疑問の声を放つ。

 完璧に、昔の、人間だった頃の体だ。

 この現象は――


(変身能力……?でも、俺は変身能力の法臓を摂取していない。それに、何故今のタイミングで……)


 そこまで考えて。

 彼は、ようやく気付いた。

 先程自分が、一体何を飲み込まされたのかを。

()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()


「……いつからだ?」


「何がだ」


 目の前の紅音は涼しい顔だ。

 そんな彼女に対し、一騎は必死な顔を浮かべながら、こう尋ねた。



()()()()()()()()()()()()()()!?」




「……」


 紅音は一騎の言葉に、少しだけ嬉しそうに微笑む。

 彼の言葉が、自分を心配して出てきたものなのが、明らかだったからだ。


「……いつから、と言われたら今朝からだな」


 ――朝まで掛かっていた、紅音の『精密作業』。

 その内容とは、『心と身体(みため)を元に保ったまま、自身の存在を鵺に作り変える』ことだった。


「なっ……!」


 一騎は『なんで』と聞きそうになったが、理由は明らか過ぎるほどに明らかだ。

 だって、紅音は自分の正体を一目で見破っていて。

 自分は紅音に、『変身能力を手に入れるのが一番の目的』と言っていたのだから。


「――正直、俺はあの時の言葉を失言だと思ってた。お前に、正体を勘づかれることになるんじゃないかって。余計な目的を持たせて、戦いの邪魔になるんじゃないかって。でも、こんな選択をお前にさせるなんて、思ってなかった!」


「思ってなくても仕方ない。正直、元の形を保ったまま鵺になるのは、かなり大変だったしな」


「じゃあ、どうして、お前は……!


「決まっている。それが私の一番の願望だからだ」


 紅音の言葉に、一騎は目を見開く。

 驚く一騎を他所に、紅音は立ち上がりながら、


「――私はお前とずっと一緒に居たい。それが、私が本当に望んていることだったんだ」


 それこそが、月原紅音の本当の望み。

 この五十年、ずっと夢の中でだけで見ていた、彼女の幻想(ねがい)だった。


「お前は、違うのか?」


 紅音は笑いながら、尋ねる。

 彼がどう答えてくれるか、わかっていたからだ。


「お前は、私と一緒に居てくれないのか?」


 でも、本当はちょっとだけ不安で。

『鵺になった私を、彼は嫌がるかな』なんてことを思ったりしてた。

 そして、その紅音の不安は、目の前の男にしっかりと伝わっていた。


「……馬鹿。んなわけねーっての」


 一騎は小声でそう呟きながら、立ち上がる。

 立ち上がりながら、『相変わらず、紅音は感情が目に出るよなぁ』なんてことを思う。

 そして、彼は、目の前に居る彼女を思いっきり抱き締めた。


「――ありがとう、紅音」


 何に対する礼か、もう彼にはわからない。

 礼を言うべきことが、多過ぎる。

 ただ一つ、これだけは言っておきたい。

 そう思って彼は、こう呟いた。


「愛してくれて、ありがとう。……俺も、愛してる」


「――」


 紅音は何も言わない。

 何も言えない。

 何も言わず、彼女は泣いて。

 彼を、強く抱き締め返した。













「――葉月。悪いが、一つ、頼みがある」


「なんですか?」


 葉月はコテリと首を横に倒す。

 そんな少女に、白い女は、


「今回、このスポットで起きた出来事。その報告書を書く時に、ジャックの存在と、私と彼の間で起きたことは書かないで欲しいんだ」


「……なんだ、そんなことですか。全然良いですよ」


 茶髪の少女は迷わず即答する。

 そんな少女に、紅音は困惑しながら、


「……良いのか?」


「むしろ、私が断るかもしれないって思われたのが心外です」


 葉月は少しだけ膨れっ面をする。

 しかし、それはちょったした冗談だったのか、すぐにいつもの笑顔を浮かべて、


「私、紅音さんが好きです。だから、紅音さんの望みと幸せの邪魔なんて、絶対にしないです」


「――」


 紅音は、別の意味で再び目を丸くする。

 直後、白い女は柔らかい笑顔で、


「……すまないな、葉月。迷惑をかける」


「私が好きでやることなんで、謝らないでください。ただ、お礼を言って貰えたら嬉しいです!」


「……そっか」


 そう頷く紅音は、ほんの少し照れ臭くなったのか、『コホン』とわざとらしく咳払いをする。

 そして、紅音は、


「――ありがとう、葉月。恩に着る」


 短くも、心を込めたお礼の言葉の口にする。

 だから、葉月は、


「どういたしまして、紅音さん」


 明るく笑いながら、お礼の言葉を受け取った。







 ――こうして、五十年に渡る彼女の戦いは、幕を閉じたのだった。










第三部『死闘編』

End



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