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幕間 紅音の今

 

幕間 紅音の今



 ――私の『血躯操作(オペレートブラッド)』は、やろうと思えば顔の表情を完璧にコントロールすることができる。

 でも、本当に『やろうと思えばできる』というだけで、この五十年やったことは一度も無い。

 だって、自分の能力で自分の表情を無理矢理操るなんて、まるでロボットかアンドロイドだ。

 故に能力で表情を操ることは避けたいと考えていて、幸いなことに、今まで『絶対表情を隠さなければならない』という機会が無かった。

 だから、初めてだったのだ。

 あの、黒い鵺が私の前に現れた時。

 私は初めて、自分の能力で自分の表情を操った。

 ――そうでもしなければ、私は立ってもいられなかっただろうから。





 ――現在――


 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。


「一騎……」


 一騎が、今、目の前で倒れている。

 もう絶対に逢えないと彼が。

 ようやく逢えた彼が。

 赤黒い血を流して、倒れている。

 彼の体は今は鵺で、再生能力があるはずなのに。


「一騎……」


 それなのに、血が止まらない。

 それは、法臓(きゅうしょ)に致命傷を負っていることを意味していて。

 これから、彼が死ぬことを意味していた。


「一騎……」


 どうしよう。

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。


「一騎……!」


 私は彼の名前を呟くことしかできない。

 どうすればいいか、わからない。

 何も、わからない。

 だから、私は――。


「紅音さんは、やらせません」


 頭上で、何か声が聴こえた。

 その声は、ここ二ヶ月の間で何度も聴いた声だった。

 私はつい顔を上げる。

 直後、


「へえ。一人取り残されるのは嫌か。良い心掛けだな、死ね」


 鬼女が、黄金の大剣を振り下ろした。


「!!!!」


 私は立ち上がりながら、左手で葉月の首根っこを掴むと、後ろに放り投げる。

 そうしながら、右手で血刀を作ると鬼女の大剣を受け取め、そのまま弾き返すことで距離を取った。


(私は馬鹿か……!!)


 敵の前で茫然自失になるなど、絶対にあってはならないことだ。


(『決して立ち止まるな』。それは私が葉月に教えたことだろうが!)


 ――呆然として失うのが、自分の命だけならまだ良い。

 でも、喪われるのは、大切な人達の命だ。

 そんなの、許容できるわけがない。

 絶対に。


(……考えろ)


 思考放棄してる暇など無い。

 悲しむことなんて、あとでいくらでもできる。

 だから、考えろ。

 今はただ、葉月を守ることを。

 今はただ、どうやって一騎の命を助けるのかを。

 それだけを、考えろ。

 そうしなきゃ、一体何の為に力をつけたのか――


(……?)


 ――今の思考は、変だ。

 だって、私が力をつけたのは、復讐のためのはずだ。

『アーベントの能力は、個人の精神性に左右される』。

 だから、憎悪に身を焦がしてた私が望んだのは、復讐の力のはずだ。

 だから、私の力を殺す為のもので、決して守るためのものじゃ――。


(……あぁ、そうか)


 ようやく、気付いた。

 ようやく、自覚した。

 私の力は、殺しのため『だけ』で生まれたものじゃない。

『アーベントの能力は、個人の精神性に左右される』。

 それが本当なら、私が持っていた憎悪(のぞみ)の『源泉』が反映されていてもおかしくない。

『なぜ、復讐がしたかったのか』。

 それを考えると、自ずと答えは見えてくる。


(――死んで欲しくなかったんだ)


 一騎に、死んで欲しくなかった。

 愛してる彼と、ずっと一緒に居たかった。

 ただ、それだけだ。

 だから、私のこの能力(ちから)は、大切なものを奪う敵を殺すためのもので。

 私の大切な人達を、守る為のものだった。

 そんな、ちょったした認識違い。


(そして、それが私の視野を曇らせていた)


 ――今ならわかる。

 今まで、『威力は高いが、コストを考えると使い物にならない』と思い、一度も実戦で使わなかった『あの奥義』の本当の使い道が。


「――」


 私は視線を前の方に向ける。

 そこには、一騎に致命傷を与え、葉月を殺そうとした鬼女が立っていた。

 直後、視線を足下に向ける。

 そこには、死に向かっている大切な人が倒れていた。




 ――憎い敵は、何が起ころうとも絶対に殺す。

 ――大切な人は、どんな手を使おうとも絶対に守る。




 それだけが、私の望みで。

 それが、私の狂気だ。



狂気顕現(キメラフレーム)――――」



 だから、私は。




「――――『我が愛憎(ヘブン)は、世界(アンド)を覆う(ヘル)』」




 世界を、私の狂気(のうりょく)で塗り替えた。





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