幕間 葉月の選択
幕間 葉月の選択
――自分は、とんだ勘違いをしていた。
そう、雲林院葉月は思った。
「なぁ、そうだろう、ジャック。いや、五十年前に死んだ、月原一騎さんよぉ?」
初めて会った時より何倍もの影胞子を纏っている鬼女――ピースはニヤつきながらそう言う。
……そうだ。
自分は、以前、ふと思ったのだ。
紅音から『人が鵺化する時には全身の体細胞が劇的に変化する。それは脳……つまりは心だって例外じゃない』って言われた時。
『もし、何らかの手段で、脳だけ変化を免れたら、どうなるんだろう』って。
(でも、本当に、そんなことが――)
だけど、そう考えると、色々シックリ来ることがある。
初めて、ジャックが自分達の前に現れた時。
彼はまるで『ゼロを倒す為』に紅音とゼロの間に割り込んだかのような口振りをしていたが、あれはゼロから紅音を守るためだったのだ。
そして、その直後、彼はゼロに斬り殺されそうになったが、紅音がゼロを蹴り飛ばすことでことで事なきを得た。
……そう。
ジャックも紅音も、同盟云々の話が出る前から、互いに助け合っていた。
それは、ジャックの心が、月原一騎のままだったからで。
そのことに、月原紅音は一目で気付いていたということだった。
それだけで終わるのだったら、感動的な話。
だけど、実際は。
「狂気解放――『輪廻の富』」
鵺であるピースが、鵺ではなくアーベントの祝詞を囁く。
直後、彼女が纏う影胞子量が一気に十倍近くまで引き上げられた。
「――あたしが昔どっかの誰かから奪ったこの『輪廻の富』は、望んだ能力を使えるようになる能力じゃねぇ。こいつの本当の能力は、『異次元に影胞子をストックしておく』って能力だ」
それは、つまり。
「あたしは鵺の王――『始まりの鵺』だ。そこらの鵺とは比べものにならねぇぐらい影胞子を生成できる。それを五十年分溜めたら、『こう』なるってわけだ」
「――」
葉月は絶句する。
その影胞子の濃さは、あまりにも酷かったからだ。
強いとか弱いとか、多いとか少ないとか、そんな次元じゃない。
真っ黒な絶望そのものが、そこにあった。
「そろそろこの森も飽きたしな。とりあえず、この国の連中を片っ端から殺していこうと思ってたが、やっぱ手始めはコイツだよなぁ?」
ピースが黄金の大剣を下に向ける。
その剣の先には、一騎の側で跪いている月原紅音が居た。
紅音は今放心状態になっており、ピースの動きに一切反応を示さない。
「……あと一分も経たずして死ぬ奴にしがみつくか。愚か過ぎて笑えるな?」
……ジャックは、無限の再生能力を持つ鵺だ。
にも関わらず、彼の体は再生せず、身体が消滅し始めていた。
それは、法臓を砕かれてこそいないものの、かなり深いダメージ――つまりは致命傷を負っていることを意味していた。
「本当愉快だよ、テメェらは。纏めて殺してやる」
ピースは大剣を高く構え直す。
それを見るのと同時に、茶髪の少女は、跪く先輩に向かって走り出した。
「あ?」
ピースは動きを止めて葉月を見る。
一体何がしたいのか、理解できないとでも言いたげに。
しかし、理解してないのは、葉月自身もそうだった。
(――私は一体、何をしてるんだろう)
やってみなくてもわかる。
目の前の鵺の一振りで、自分は千回死ねる。
それほどの実力差で、肉の盾にすらならないだろう。
それでも、葉月は飛び出していた。
大好きな先輩を守るために。
――かつて、その先輩はこう言っていた。
『恐怖を覚えても、それでも相手に立ち向かうのか。恐怖を覚えたから、逃げるのか。どちらを選ぶのかは本人と状況次第だが、とにかく一番やってはいけないことは何もせず足を止めることだ』
――。
――。
――私、ちゃんと動けましたよ、紅音さん。
ピースが呆気に取られている隙に、茶髪の少女は紅音の前で仁王立ちして両手を横に広げる。
先輩を、守るように。
「紅音さんは、やらせません」
「へぇ」
葉月の勇気ある行動を、ピースは嘲り嗤う。
そして、
「一人取り残されるのは嫌か。良い心掛けだな、死ね」
鬼女は、三人纏めて殺すよう、黄金の大剣を全力で振り下ろした。




