幕間 始まりの鵺
幕間 始まりの鵺
――五十年前――
『狂気の簒奪』。
それが、『始まりの鵺』の法臓の名前だった。
その法臓の内容は、『触れた生物を鵺化させる』というもの。
しかも、触れた相手がアーベントだった場合は、アーベントの固有能力を己にコピーするという効果も付随していた。
そんな『彼』は、スポット内におけるどんな存在よりも強く、五十年前のその時までずっと虐殺者として君臨していた。
人も鵺も、目につくモノは全て殺した。
理由など無い。
敢えて言うなら、『本能』だ。
『彼』はどんな鵺よりも鵺らしく、生まれつき備わっていた『本能』のまま、全ての生物殺した。
そして、『彼』は、『本能』による快感に病みつきになっていた。
だから、アーベント達の大規模侵攻があった際には、『彼』が最も多くのアーベントを殺し、多くのアーベントを鵺に変えた。
そして、殺した。
『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!』
楽しくて、楽しくて、大きな声で笑いながら殺した。
本当に、楽かった。
なのに。
「どこに行った、あの黒づくめの野郎……!」
左胸を焼失させた『彼』が憎々しげに呟く。
そのダメージは、法臓にまで達していた。
(姿を隠して、後ろから燃やすとか、舐めたことしやがって……!)
この四十年で、初めてだ。
四十年前のあの日、この世界に降り立ち『誕生』して以来、本当に初めてだ。
生まれて初めて、『彼』は怪我を負った。
(クソ……)
しかも、その下手人は取り逃してしまった。
あまりにもの怒りで、頭が弾け飛びそうになる。
だが、そういうわけにもいかない。
『彼』は自分の頭ではなく、『黒づくめ』の頭を吹き飛ばしたいのだから。
(……完璧に油断してた。そして、多分、アイツはまた自分を殺しに来るだろう)
なら、姿を変えよう。
今と同じ姿のままでは、格好の餌食だ。
(近くに丁度良い奴は……居たな)
『彼』は数キロ先のある一点を見つめると、そこに向かって思いっきりジャンプする。
そして、
「よう。そして、死ね」
その場に居た、鬼女のような鵺を一秒もかけずに引き千切って殺した。
「悪いな。もうちょっと遊び相手として生かしとくつもりだったが、まぁテメェが弱いのが一番悪い」
そう言った直後、『彼』の姿が、先程『彼』……いや『彼女』が殺した鬼女と全く同じ姿になった。
「これで身元は隠せた。あとは、あのクソ野郎をぶっ殺す方法だが……。ま、これはおいおい考えるか」
『彼女』は新しい姿の調子を確かめるかのようにグルリと頭を回す。
(……それにしても、便利な能力なこと)
殺したアーベントから奪った能力だが、中々どうして使える。
(……ってか、身元を隠したんなら、『力』も隠さなきゃな。そうしなきゃ、不意打ちも決められない)
なにせ、相手は『姿隠し』の能力を持っている。
ならば、正面からの直接戦闘ではなく、暗殺か謀殺するのが良いだろう。
(正面からじゃねぇ殺しは初めてだが……こういう趣向も悪くねぇな。自分も姿隠しの能力持ってるし、同じように後ろからズブリってのも……。あぁ、考えただけでも涎が出そうになる)
何年、何十年かけてもいい。
あの黒づくめの鵺は、最も残虐な方法で殺してやる。
「……あれ、あなた、生きてたの」
「あ?」
話しかけられた『彼女』は、声の方に振り向く。
その先には、大きな青龍が空を飛んでいた。
「なんかこっちの方ですごい影胞子感じたから覗きに来たんだけど……今ここに『始まりの鵺』が来てなかった?」
「……いや。目の前に現れて、そのままどっか消えちまった」
「ふーん……。ってか、私達、話すの初めてよね?あなた、いつもすぐ逃げるし」
「そうだったか?ま、なんでもいいだろ」
「ええ、そうね。でも、名前を知らないのは不便よ。あなたの名前を教えなさい、私も教えるから」
「……名前?」
鬼女は首を傾げる。
そんなモノ、考えたこともなかったからだ。
「私の名前はデザイア。あなたの名前は?」
「……自分の名前は、そうだな……」
『彼女』は霧に覆われた空を見上げ、少し考える。
数秒後、『彼女』は、
「――平和。それが、あたしの名前だ」
今付けた己の名前を、皮肉げに告げた。
――現在――
――アクトレスの奴が、馬鹿で助かった。
アクトレスは『情報』を自分に知られてないと思い込んでるようだったが、自分には『弱っている相手の頭の中を覗く』という能力がある。
それで、アクトレスの頭の中を覗き、ジャックの秘密を知ることができた。
――レジィの奴が、愚かで助かった。
六十年級鵺の強度の体を大雑把に粉々にしただけで満足していた。
あんな程度では自分の法臓は傷一つつかず、バラバラになった後『姿隠し』の能力を使うことで、まるで消滅――つまりは死亡したように見せかけられた。
――デザイアの奴は、つまらなくなった。
鵺のくせに人に憧れている歪さが面白かったのに、『燃え尽きて、やりたいことが無くなった』とかほざきやがった。
だから、背後から刺して殺した。
レジィが死んだ直後に殺したから、その場に居ない他の連中からしてみれば、レジィと相打ちしたかのように思えただろう。
――ゼロの奴が、傲慢で助かった。
ゼロは確かに強く、五十年級にもかかわらず九十年級よりも上だった。
だから、ゼロが『始まりの鵺』だと勘違いする奴が多く、ゼロも声を大にして否定しないため、自分が始まりの鵺だとバレずに済んだ。
……まぁ、ある意味において、ゼロは自分の『狂気の簒奪』で作り出した鵺なのだから、自分の仔と言えなくもないのだが……自分の手で殺せなかったことだけが残念だ。
――そして、ジャック。
忌々しい、クソジャック。
やっと、殺せた。
ようやく、殺した。
番いの目の前で殺すという、これ以上無いほど最高のカタチで、殺せた。
だけど。
まだ全然、殺し足りない。
だって、そうだろう?
五十年、我慢したんだ。
なら、少なくともあと十億匹は殺さなきゃ、話にならないってもんだろうが。




