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第十九章 殺意と羨望

 

第十九章 殺意と羨望



『そういえば、紅音の初恋っていつ?俺、結構遅めで高校の時が初めて何だけど』


『……』


『紅音?』


『……私も高校だ。なにか文句あるか?』


『文句なんてあるわけ無いけど、照れてる紅音が可愛いなとは思った』


『……そうか。そいつは、良かったな』




 2034年6月


 1


「で、お前はゼロの下に付くのか付かないのか?オレとしてはどっちでも構わねぇ」


 大樹のような鵺(レジィ)は無慈悲に選択を魚人のような鵺(デザイア)に突きつける。

 デザイアは溜め息を深く吐く。

 そして、


「――あなた、私を舐めてんの?」


「……へぇ」


 レジィは嬉しそうに目を細める。


「オレはお前のこと大して知りはしねぇが、死を恐れるタイプだって聞いてたんだがな」


「死ぬのは勿論嫌だけど、別に『死』そのものを嫌がってるわけじゃないわよ。私が嫌なのは、私が私らしくいられないこと」


 喋りながらデザイアは両手を前に向ける。


「私は私のまま自由に生きる。だから、死ぬのも、ゼロなんかの下に付くのも、どっちも拒否するわ」


 それは、構えだ。

 自身の能力を、『敵』に定めるための構え。

 それを見たレジィは、


「……ピースの奴を瞬殺したところを見て、まだ戦う気があるわけだ?」


「戦う気があるに決まってんじゃない。死にたくないもの。それに」


 デザイアは薄く目を細めて、地面を見る。

 もう『彼女』の欠片すら残ってない地面を、ジッと見る。


「あんなんでも、長年の付き合いだったもの。仲間じゃなかったし、仇討ちするほど仲良くもないけど、あいつを嗤いながら殺した奴の仲間になるなんて、死んでもお断りよ」


「……」


 デザイアに拒絶されたレジィは顔を歪める。

 しかし、それは、


「……ハハッ」


 怒りではなく、歓びによるものだった。


「ハハハハハハハハハハハ!!お前、そんなにオレに殴り殺されたいのか!!アハハハハハハハハハハハ!!!!」


「そんなこと言ってないでしょ、馬鹿なの?」


「そういうことなんだよ、テメェの選択はさぁ」


「……」


「……」


 氷のように冷たい表情を浮かべるデザイアと、刃物のように危険な笑みを浮かべるレジィが睨み合う。

 そして、



「法臓器動――『海闢の大魔(レヴィアタン)』!」



「法臓器動――『欲求の従者(ベルフェゴール)』!」



 目の前の敵を殺すため、己が全力を解放した。




 2



「もしバラされたくなかったら、隣にいる雲林院葉月を殺してください。ま、あなたの『重大な秘密』と比べるまでもないでしょうけど☆」



 大切な者の姿になる鵺(アクトレス)の、わかりやす過ぎる脅迫。

 それを受けてジャックは、


「……」


 悪魔のような右腕を、茶髪の少女に向けた。


「え……?」


「そう、それで良いんですよぉ」


 葉月は困惑の表情を、アクトレスは悦びの表情を浮かべる。


「……」


 ジャックは無言で己の右腕に炎を溜める。

 法臓『憤怒の獄炎(サタンズフレイム)』。

 それは、彼が持つ能力の中で最も強力かつ最も破壊的な能力だった。


(っ!やばい!)


 葉月は全力でその場から逃げようとする。


(ジャックは少なくとも五十年級以上はある!そんな鵺に私が敵うわけがないし、逃げ切ることも絶対に無理!)


 ただそれでも、葉月は逃げようとしているのは、


(一秒でもいい。ほんの少しでも時間を稼げば、紅音さんがきっと助けてくれる!)


 ……何やら精密作業中らしい紅音に頼り切りな自分の思考に、少女はつい頭の中で『邪魔しちゃってごめんなさい!』と謝るが、すぐに目の前のことに思考を戻す。


(取り敢えず、射線から回避を――)


「……」


 葉月が一歩動くのと同時に、ジャックの右腕から無数の爆炎が放たれる。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()


「え?」


 葉月はつい動きを止める。

 ジャックが何をしたいのか、わからなかったからだ。


「……お空に雲林院葉月は居ませんよぉ?」


(葉月から見て)紅音の姿をしたアクトレスは訝しげな声を出す。


「……今にわかる」


 ジャックはボソリとつまらなそうに呟く。

 それに対してアクトレスは苛立たしげに、


「私は問答をしたいんじゃなくて、早く雲林院葉月を……」



『ゴウゴウ』

『ヒュゥゥゥ……』



「……?」


 何か、空気切り裂くような音が上空から聞こえたため、アクトレスはふと視線を上げる。

 その視線の先にあったのは、



 先程ジャックが放った無数の爆炎。

 摂氏五千度を超える灼熱の塊が、まるで流星群のようにアクトレスに向かってきていた。



「!!」


 アクトレスは、炎塊の多くが自分の後方に向かっていることに気付き、前に向かって跳ぶことで回避する。

 だが、元々それらの炎塊は、アクトレスを狙ったものではなかった。

 少女のような鵺は後方で轟々と鳴る炎壁をチラリと見る。


「……逃げ道を絶たれましたか。卑しいことしてくれたものですねぇ」


「逃げられたら面倒だからな」


 そう言いながらジャックは悪魔のような右腕をアクトレスに向ける。


「……お前はさっき、バラされたくなければ言うことに従えと言っていたが、そんなの関係ない。お前を殺す理由が一つ増えただけだ」


「……元々の理由は、私が鵺だからですかぁ?」


「そうだ」


「あなたも、鵺なのに?」


「……そうだ」


 今度の返答は、少しだけ遅かった。

 しかし、彼はハッキリした声で、


「面白半分で他者を嬲り、そして殺す鵺は危険そのものだ。善悪を語るつもりはないが、そんな危ない存在、一匹たりとも残しておくつもりはない」


「……まぁ確かに鵺の大半……というかほぼ全てそうですねぇ。でも、超極稀にそうじゃないのもいますよねぇ?具体的に言うと魚人の鵺(デザイア)とか。彼女は何故に?」


「……そうだな。アイツだけは、別の理由だ」


 ジャックは何かを思い出すように、目を閉じて、


「――アイツを殺そうとしてたのは、これ以上ないほど勝手な、ただの私怨だ」


 何かに懺悔をするように、そう呟いた。


「へぇ……。なるほどねぇ……」


 アクトレスはニヤニヤと笑う。

 そして、


「ま、いいでしょう。もう会話も飽きましたし、さっさと死んでください」


 そう適当に嘯きながら、影大砲(スカーガン)を放つ。

 しかし、その矛先はジャックではない。

 ジャックのすぐ側に立っていた、雲林院葉月に向けられていた。


「ッ!?」


「え?」


『バン!!!!!!!!』と、影大砲(スカーガン)による轟音が辺り一面に響く。

 しかし、茶髪の少女には傷一つ付いていない。

 なぜなら、彼女の前に、悪魔の腕を持つ鵺(どうめいあいて)が立っていたからだ。


「……チッ」


 影大砲(スカーガン)の直撃により頭を切ったのか、彼の頬に赤く黒い血が流れる。

 彼の背中の後ろに立つ葉月は呆気に取られる。

 何が起きたのか、わからなかったからだ。

 でも、何か言わなきゃいけないと思って、


「えっと、あの、血が」


「俺は鵺だ、すぐ止まる」


 ジャックは後ろの少女に返事をしながらも、意識は前の方に向かれていた。

 なぜなら、今目の前に『敵』がいるからだ。


「……脅迫を断られた場合のことも考えていたわけか」


「察しがよくて助かります♪」


 脅迫に従ってくれれば、それで良し。

 従わせて嬲って、最終的に壊すだけだ。

 だが、もし脅迫に従わないとしても、その場合は雲林院葉月には『価値』があるということになる。

 仮にそうだったならば、『雲林院葉月』を足枷にして、ジャックを殺せばいい。

 それが、アクトレスの計画だった。


「……だから、どうした」


 ジャックは、目の前の鵺の術中に嵌っていることに自覚しながらも……いや、自覚しているからこそ、刃のような殺意をアクトレスに向ける。

 それに対して、アクトレスはうっとりと頬を赤らめながら、


「いいですよぉ。あなたのそういう表情を、私は見たかったんですぅ」


「……」


 ジャックは再び灼熱の炎を右腕に纏わせる。

 そして、




「お前は、ここで殺す」



「それはこっちの台詞ですよぉ、ジャックゥゥゥゥ??」




 悪魔のような腕を持つ鵺と、蛾のような羽を持つ鵺。

 この地で何十年も生き続けた二体の鵺による殺し合いが、今始まる。




 3


 ――実は、魚人の鵺(デザイア)は生まれついての人型鵺ではなかった。

 デザイアは元々、青い龍のような見た目をしていたのだ。

 しかし、ある時……五十年前の『あの時』から彼女の心が強く『人型』を望んだため、段々と年月を経て人型に近付いていったのだ。

 彼女が何故そんな望みを持ったのか。

 それは――。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……ッ!」


 デザイアの両手から巨大な水塊が放たれる。

 その質量は三千トンを超え、その速度は音速を超える。

 それはもう辺り一面を破壊し尽くす暴力そのもので、喰らったモノは砕け散るしかない。

 しかし、そんな水の暴力を、


「ハハッ」


 大樹の鵺(レジィ)は、拳だけで破壊した。


「どうしたどうした、こんなもんか?あ!?」


 レジィは水を弾いたの同時に、その水が土に落下するよりも早く、雨のように降る水の中を突き進む。


「ッ!」


 それに対しデザイアは咄嗟に水の盾を作る。

 この盾は、火炎を鎮火することは勿論、物理攻撃も衝撃を和らげ最終的に水の中に絡め取り窒息させる凶悪な効果を持っている。

 しかし、


「そんな盾でオレの拳を防げると思ったのか、ザコが!!」


 レジィが左右の拳を一発ずつ放つだけで、デザイアの水の盾は弾き飛んだ。


「死ね」


 レジィは左拳をデザイアに向かって突き出す。

 それをデザイアは水を纏った右腕でガードするが、水ごと右腕が粉々に砕け散った。

 しかし、その程度のダメージは織り込み済みだ。


「――貫け!」


 デザイアは返す刃でレジィの腹に左手を当てると、その掌から水龍と化した槍が射出される。

 その水の槍は装甲車だろうが数十台纏めて貫く威力を秘めており、生物の腹に当てたのなら、良くて上半身、悪くて全身が跡形も無く消し飛ぶ。

 しかし、


「……まさかこれを喰らって五体が無事とか、どんだけタフネスなのよ」


「いやぁ、これでも結構効いてるぜ?」


 レジィは大樹に減り込んだ体――消し飛びはしなかったももの吹き飛びはした――をゆっくりと起こす。


「あ〜。殴るのは楽しいが、攻撃されるのはつまんねぇな。どうせ死ぬんだがら、反撃するのやめろよ面倒臭ぇ」


「面倒なら動かないで。今、楽にしてあげるから」


 デザイアは掌を上に向ける。

 すると、二十の水槍が宙に現れた。


「受け取りなさい」


 デザイアは手を振り下ろすと、二十の水槍が龍となりレジィに向かって突き進む。


「クソが」


 レジィは短く罵倒すると、足運びだけで水槍の半分を回避する。

 残りの半分は、レジィの拳によって打ち砕かれた。


「……チッ」


 流石に無傷というわけにもいかなかったのか、レジィの拳から黒い血が流れる。

 その様子を見ながらデザイアは、


(……ここまでやり合ってるのに、特殊能力見せる気配がない。そして、拳の異様な威力に素早さ、それに頑丈さを考えるに、身体強化系能力って考えるのが妥当かしら)


「――あぁ、面倒臭ぇなぁ」


 レジィは己の掌を顔に当てて呟く。


「面倒臭ぇ、面倒臭ぇ、面倒臭ぇ!オレはただお前を殴って壊して殺してぇだけだってのに、ザコが一丁前に粋がってんじゃねぇぞぉぉ!!」


 レジィがそう叫んだ直後、彼の足元が勢いよく爆ぜる。

 次の瞬間、大樹の鵺はデザイアの目の前に居た。


(こいつ、まだ速度が上がっ……!)


「――死ね」


 レジィは音速を超えた拳を突き出す。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」


 一度ではなく、何度も。

 目の前の魚人が挽肉になるよう、力を込めて拳を叩きつける。


(動、けない。もう指一本も動けない。なら……!)


「――あぁ、楽しいなぁ」


 ドンドン、と。

 肉が打たれ空気が破裂する音が響く。

 そんな中、大樹の鵺は、


「拳で殴り壊すこの感覚は、最っっっ高に楽しいよなぁぁぁあああああ!!!!」


 興奮と愉悦に顔を歪めていた。

 そして、


「――最後にいいものをくれてやるよ」


 ボロボロになり、辛うじて息をしているデザイアを掴むと、それを空に放り投げる。

 直後、彼は、


「ハァァァ……」


 腰を捻り、限界まで拳を後ろに引き絞る。

 それと同時に、拳の周りに大量の影胞子が集まり黒く染まる。

 六十年級以上の鵺が使える影大砲(スカーガン)……ではない。

『影胞子をエネルギー体として扱う』という点では同じだか、エネルギー光線として使うためではなかった。

 ただ、彼はその莫大なエネルギーを拳に集中させ、


「消し飛べ――」


 拳の破壊力を、十倍以上に引き上げた。



「――影大拳(スカーフィスト)



 彼は落下してくるデザイアに、ありったけの影胞子を纏った拳を突き出す。

 すると、デザイアを含む周辺一帯……少なくとも百メートル四方のモノは綺麗さっぱり消滅した。

 樹も岩も、欠片も残らない。

 大樹の鵺は、拳の圧力だけで目の前にある全てのものを塵に変えた。

 その破壊的な現状を目の前に、レジィは大きく笑みを浮かべて、


「そうだよ、オレはこれがしたかったんだよ!あぁ、壊すのはやっぱり気持ちが――」



「あなた、少し頭が悪いんじゃない?」



 何か、声が聞こえた。

 それはもう、この世に居ないはず(モノ)の声だった。


「!?テメェ、なんで……!」


「――私は水を操る鵺。さっきあなたが私を投げた瞬間、水の人形と入れ替わったのよ。……いくら水の錯覚で私の姿を投影させてたとはいえ、殴った後にも気付かないほど雑な奴がこの世に居るなんて思いもよらなかったわ」


「――」


 レジィはあまりにもの驚きで絶句する。

 しかし、それはデザイアの台詞に対してではない。

 目の前の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「テメェ、なんだ、その水の量は……!?」


「あぁ、これ」


 数万トンは優に達している水塊の前に立つデザイアは後ろをチラリと見て、


「――私の法臓『海闢の大魔(レヴィアタン)』は水を生成して操るって能力なんだけど、一度に生成できる水の量と操作する量に差があるってだけの話よ」


「ンなことはどうでもいい!オレが聞きたいのはなんで一度にそんな量の水を作り出せたって聞いてんだよ!」


 さっきまで、死にかけだった癖に。

 なぜ、今更そんな『兵器』を持ち出したのかとレジィは問う。

 それに対してデザイアは冷たい表情を浮かべて、


「まだわかんない?私はさっきまで水でずっとあなたを攻撃とか防御してたけど、それをあなたは何度も弾き飛ばした。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……まさか、テメェ!?」


「私の『海闢の大魔(レヴィアタン)』の操作対象は私が認識してる水。つまり、いくらあなたが弾き飛ばそうが、私の支配下にすぐ置き直せる」


 ――今までの攻撃も、このためだった。

 辺り一面に水をばら撒くことで、『武器』を補充していたのだ。

 目の前の敵を確実に斃す、そんな『武器』を。


「もう充分(ぶき)も揃ったことだし、そろそろ終わりするわ」


 デザイアは後ろの水塊に足を踏み入れる。

 水塊に完全に埋まる直前にデザイアは振り向いて


「……ここまでの量になったら、相反する属性(ほのお)を持つジャック……あとは規格外のゼロや死神だったらともかく、あなたは絶対に助からない。確実に死ぬわ」


「ク、ソ」


「じゃあね、レジィ。あなたにはもう、壊す悦びは訪れない」


「クソがぁぁぁぁぁぁぁああ!!」


 レジィは叫びながらデザイアに近付くが、それよりもデザイアが水塊に潜る方が早い。


「溺れなさい――」


 そして、彼女は、



「――崩海(デリュージ)



『海』を、一体の鵺に叩きつけた。




 4


 ――少女のような鵺(アクトレス)は、人が大好きだ。

 いや、正確には『人が戸惑い苦しむところが好き』と言った方が正しいか。

 ……アクトレスの法臓『愛欲の具現(アスモディエス)』は、『相手にとっても最も大切で価値があるものの姿を見せる』という能力だが、発動条件が一つだけある。

 それは、『その最も大切なモノが自分以外の場合』というものだ。

 そして、これが案外難しい。

 生き物の本能としては自分の命が一番大切なのは自然なことのため、発動条件が満たされる生物が滅多に無いのだ。

 しかし、人間に対してのみ話が別となる。

 人間は社会性が高い動物だからか、自分よりも他者に価値を置く人間が少なからず居るからだ。

 故に、アクトレスは人間が好きだった。

 アクトレスの能力が発動すると動きが止まり、そして戸惑っている中『大切な人』に自分が殺される悪夢を見せる。

 その時の人間の困惑と絶望の表情は、アクトレスを心の底から興奮させた。

 ――だから、五十年前は本当に楽しかった。

 何人もの人に『大切な人』を見せ、そして絶望させた。

 中には喜んだものすらいたが、それはそれで滑稽で面白かった。

 能力の発動条件こそ厳しいが、発動してしまえばアクトレスの玩具そのものだった。

 そんな風に思いっきり遊んでから十年経った頃。

 生まれて初めて、『自分以外に大切なもの』を持つ鵺に出会った。




 ――現在――


 ――本来の実力なら、アクトレスはジャックに勝てない。

 いくらアクトレスが八十年級でも、ジャックの法臓『法則咀嚼(イーティングロウ)』の敵ではないからだ。

 しかし、それは一対一の場合での話だ。


「ほらほら、そんなんじゃ守りきれませんよぉ?」


 アクトレスは茶髪の少女に向かって影大砲(スカーガン)を放つ。


「……ッ」


 ジャックはそのエネルギー砲に『憤怒の獄炎(サタンズフレイム)』をぶつけることで相殺する。


「ガラ空きですよ☆」


 アクトレスが追加で放った影大砲(スカーガン)が、そのままジャックの顔面にぶつかる。


「……チッ」


 ジャックは片目が吹き飛んだ状態でアクトレスに爆炎を放つ。


「そんな適当じゃ当たりませんよぉ?」


 アクトレスは小馬鹿にしたように笑いながらその炎を回避する。

 ――それが、この10分間で繰り返されていた光景だった。

 アクトレスが葉月に攻撃し、それをジャックが防ぐ。

 その隙を突いてアクトレスはジャックを攻撃し、ジャックも返す刃で反撃……しようとしているのだが、攻撃を受けながらかつ葉月を意識した状態だと、動き回る敵に攻撃を当てることなどできなかった。

 そして、その様子を雲林院葉月は後ろから見てた。


(……私、勘違いしてた)


 自分がいくら実力不足でも、誰かの足手纏いになるとは思ってなかった。

 実際、この二ヶ月で自分が弱いことで先輩に迷惑かけたりする場面は無かった。

 だけど、それは、


(私が足手纏いにならなかったのは、紅音さんが物凄く強かったからってだけ。普通なら、私は足枷にしかならない)


 ……何となく、葉月にもわかる。

 目の前の黒い鵺は、アクトレスよりも強い。

 だけど、その差は、『足枷』を覆すほどではなかった。


(……)


「そろそろ終わりにしたいのですが、まだ生きてるんですかぁ?」


 アクトレスは嘲笑を浮かべながらそう呟く。


「……まだ、この地の鵺を殺し切ってない。それまでは、死ねない」


 ジャックは鵺の再生能力によって全身の傷を回復させながらアクトレスを睨みつける。


「あぁ、そうですか」


 アクトレスは溜め息を吐く。

 そして、


「……鵺に再生能力があるといえど、再生スピードより早く壊せばいいだけの話。あなた、時間の問題だって気付いてないんですかぁ?」


「……」


 ジャックは返事をしない。

 代わりに、爆炎をアクトレスに向かって放った。


「おっと!」


 油断してたアクトレスは右腕の肘から先を焼失させる。

 アクトレスは無くなった右腕を嫌そうに見ながら、


「……まだ心は折れないんですか?」


「その質問に答える意味があるか?」


「……そうですね。あなたはそういう(ヒト)でした」


 アクトレスは右手を再生させながら、左手をジャック……いや、葉月に向ける。


「そんなあなただからこそ!初めて会った時から憎くて憎くて仕方なかったんですよぉ!!」


 アクトレスは影大砲(スカーガン)を連続で放つ。

 それをジャックは、まるで曲芸のように爆炎で全て落とし切る。


「……チッ」


 ジャックは短く舌打ちする。

 ……アクトレスに言った通り、こんなところで諦めるつもりなどない。

 しかし、現実問題として、この状況をどう打開するか――。

 そんなことを、考えていた時だった。



「狂気解放――『生命奔流(サプライエナジー)』」



 背中を、誰かに触られた。

 直後、この10分の間に失われた体力が瞬く間に回復した。

 だがそれは、この戦闘の助けにはならないだろう。

 なぜなら、今ジャックが追い詰めれているのは、体力の問題では無いからだ。

 そして、そんなことぐらい茶髪の少女もわかっていた。


(わかっている。こんなの、ほとんど役に立たないことぐらいわかってる)


 でも、それでも。

 例え、焼き石に水なのだとしても。

 今助けられていること自体、ただの利害関係の上なのだとしても。

 自分を守るために傷付いてるヒトを目の前にして、何もしないなんてこと、葉月にはできなかった。


「――」


 ジャックは葉月に背を向けたまま、驚きで目を大きく見開く。

『なんで』、『どうして』。

 そんな言葉がジャックの頭の中で浮かぶが、問答している暇など無い。

 だから、彼の口から出た言葉はこうだった。


「――ありがとう、雲林院」


 そう言った直後、ジャックは爆炎を地面に叩きつけ、炎と土煙の二つでアクトレスの視界を遮る。


「……こんな煙幕で、どうにかなるとでもぉ?」


 煙の向こうから、ジャックを馬鹿にしきった声が届く。


「先程、雲林院葉月から何か補助を受けたみたいですが、微々たる効果しかないのはあなたの影胞子を観察してればわかるんですよぉ?」


「……そうか」


 ジャックはアクトレスの言葉を否定しない。

 実際、その通りだったからだ。

 だが、


「微々たるものかどうかなんて関係ない。お前に勝てるようになったのなら、それで良い」


「だ・か・らぁ。今更何をしようと、あなたは私に勝てないってそう言ってるんですよぉ!」


 ジャックが右腕に炎を溜めるのと同時に、アクトレスも再生した右手に影胞子を溜める。


 煙の向こうに居る敵を、確実に殺すために。




 5


 ――先日、蝙蝠の鵺(ノブレス)はこう言っていた。

『この地で一番強く特別だった「彼」が人間どもを殺し回ってるその姿があまりにも楽しそうで、私も真似してみたんですよ』と。

 だが、何もそう思ったのはノブレスだけではない。

 もう一体、同じことを思った鵺がいたのだ。

 しかし、その鵺はノブレスと違い、人型ではなかったため、まず形から真似た。

 進化の方向性を、人型に無理矢理変更したのだ。

 そして、暴れた。

 暴れて暴れて暴れて暴れて暴れて。

 暴れて。

 疲れて。

 ある鵺の庇護下に入って。

 そして、大樹の鵺(レジィ)は眠りについたのだった。





「……」


『海』により木も岩も全て洗い流された大地に、魚人の鵺――デザイアは一人歩く。

 もっとも、数百メートル先には残骸が大量に転がっているのだが。


「……嘘でしょ」


 デザイアは思わずといったように独り言を溢す。

 なぜなら、


「まだ生きてたの、あなた」


「……」


 何も無い真っさらな大地の上で、レジィがポツンと蹲っていた。

 手足はグチャグチャに曲がり、腹の一部は欠けており、頭は少し歪んでいる。

 あまりにも酷い有り様だが、それでもレジィは生きていた。

 とはいえ、


「……その様子を見る限り、法臓に致命的な損傷を受けてるようね」


 法臓は能力の源であるのと同時に、半不死身である鵺の唯一の弱点だ。

 法臓に損傷を負えば、固有能力の発動どころか再生能力すら上手く発動できなくなる。

 それでも、時間をかけさえすれば法臓ごと回復する……のだが、敵であるデザイアがそれを待つ理由なぞ、どこにもなかった。


「死になさい」


 デザイアは掌から水の槍を作り出す。

 そして、その槍をもってレジィを真っ二つにしようとした正にその時。

 目の前のレジィが姿を眩まし、その場に土煙だけが残った。


「!?」


 驚きと戸惑いで魚人の鵺の動きが固まる。


(もう動けるような体じゃ……!)


 先程までレジィは凄まじい速度で移動していたが、あれは強化された脚があってこそだ。

 グチャグチャになっていた今の彼の脚では、動くことすら……。


(……いや、移動方法なんて今はどうでもいい。今はレジィがどこに居るかが――)


「グルァァァアア!!」


 獣の唸り声が、聞こえた。

 直後、上から降ってきた『何か』によってデザイアの右肩から先が喰い千切られた。


「っ!こんの……!」


 デザイアは左の掌から水弾を射出する。

 それは、上から降ってきた『何か』――レジィに当たり、そのまま遠くに吹き飛ぶが影大砲(スカーガン)を噴射させることで体勢を整える。


(……なるほど。影大砲(スカーガン)で空に移動したっていうわけね。そして、空という死角から落下することで不意打ちを決めたと)


 ……確かに驚きはしたし、実際右腕を失った。

 だが、こんなのは損害の内にも入らない。

 なぜなら、


「驚いたけど、こんなの何度も通用しないわ。今の一撃で私を倒せなかった時点であなたの負け。腕一本ぐらいすぐに――え?」


 そこまで話して、ようやくデザイアは気付いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あなた、一体、何を……!?」


「イタダキマス。ソシテ、ゴチソウサマデジタ」


 デザイアの視線の先で、レジィはゴクリと嚥下する。

 次の瞬間、彼の右腕が膨れるようにして再生された。


「あなたの法臓は、確かに大きな損傷を――」


「そうだな、オレの法臓は確かにダメージを負った」


 レジィは片腕だけ綺麗に元通りに戻った状態で、黄から赤に変わった瞳を愉悦の色に染めながらケラケラと笑う。


挿絵(By みてみん)


 直後、


「流石、オレと同じ九十年級って言ったところか。テメェの右腕を食っただけで、結構回復できちまう」


 まるで右腕からエネルギーが流れてくように、右腕が段々細くになるにつれてレジィの肉体全体が修復され、本来より一回り小さい体格であるものの五体満足な姿になる。


「とはいえ、完全回復は無理か。それにはオマエを丸ごと喰わなきゃなぁ……」


 レジィの法臓『欲求の従者(ベルフェゴール)』。

 その効果は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「殴り壊すのはもういい。それより、オレは腹が減ったんだ」


 先程までの凄まじい身体能力は、レジィの『目の前に居る敵を殴り殺したい』という欲求によるもの。

 そして、今彼が抱いている『欲求』とは、


「テメェにダメージ負わされたから、腹減っちまったんだよ」


『食欲』。

『食べて、栄養を補給したい』というその原始的な欲求が、鵺である彼に『捕食したものの影胞子を奪い取る』という能力(チカラ)を与える。


「――だから、責任持ってオレに喰わせろ」


 舌舐めずりしながらそう言い放つと、樹の鵺は音に迫る速さで駆ける。

 直後、


「っ、ぐあぁ!」


 デザイアの左脚にレジィが噛み付く。


「っ……!」


 デザイアは痛みで歯を食いしばりながら、レジィの頭を水矢で撃ち抜こうとするが、それよりもレジィがデザイアを振り回す方が早い。


「ッ!」


 デザイアは回転する世界の中で、レジィに狙いを定めようとするが、地面に叩きつけられた衝撃で明後日の方向に空撃ちする。

 その隙にレジィは、


「イタダキマス」


 デザイアの左脚を、大きく一齧りした。


「こ、の……!」


 デザイアは水の槍を適当に振り回すが、レジィは飛び退くことでそれを回避する。


「……流石に脚を一口ってわけにはいかねぇか」


 レジィは舌舐めずりする。

 ――あぁ、それにしても。


「本当に楽しいなぁ……」


 楽しくて、美味しい。

 初めはただの真似事で、途中から面倒でとある鵺の庇護下でヌクヌクと寝ていたが、この悦びはやはり何物にも変えられない。

 だから、


「もっと、寄越せ!!」


 レジィの体が再び消える。

 次の瞬間、レジィはデザイアの左腕を噛み千切っていた。


「ぐっ……」


 デザイアは苦悶の声を漏らす。

 一方、レジィは、


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 笑う。

 五十年前まで猛威を振るっていたどこかの誰かのように、大きく嗤う。


「――ありがとう、デザイア」


 レジィはデザイアの左腕をバリボリと食べながら、礼の言葉を口にする。


「オレの腹を満たす食物になってくれてありがとう。だから、お前の全てを美味しく頂いて――」


 しかし、彼の言葉は途中で止まることになる。

 なぜなら。



 左脚は大きく損傷し、両腕を失った絶体絶命のデザイアが。

 まるで勝利を確信したような、不敵な笑みを浮かべていたからだ。



「……なんだ、その顔は」


 予想とは違うデザイアの反応に、レジィは苛つく。


「食物が、笑ってんじゃねぇぞ!!」


 大樹の鵺は、威嚇するかのように吠える。

 しかし、デザイアは涼しい顔で、


「あなた、本っ当に雑ね。さっき私の左腕食べてたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「…………………オイ。まさか」


「もう遅い。あなたは、水を多く含ませた私の腕を取り込んでしまった。そして、いくらあなたが『食べたものを取り込む』能力なのだとしても、既に私の支配下に置かれてる水をどうこうするほど私達の力量は離れていない」


「!!」


 レジィは自分の失態に気付くが、それで止まるような鵺ではない。


「なら、テメェの全て喰って終いだ!」


 レジィは地を蹴って、デザイアに襲い掛かろうとする。

 それを認識しながらも、デザイアは一歩も動かず、



「バン」



 と、小さな声で囁いた。

 直後。



『パン!!!!!!!!!!!』と、まるで巨大な風船が破裂する音が響き、レジィの全身と法臓が内側からズタズタに引き裂かれた。



「――」


 バラバラに弾けたレジィの体の勢いは止まらず、デザイアは大量の赤黒い血を浴びることになる。

 しかし、それらも数秒後には全て消えた。

 法臓が完璧に破壊され、レジィという鵺が死んだためだ。


「……」


 デザイアはヒタヒタと歩いて、黒緑の鉱石のような『何か』――レジィの法臓の欠片を拾おうとする。

 しかし、触れる直前に消滅した。

『死んだら、何一つも残らない』。

 鵺という生き物の死は、そういうものだった。


「……呆気ないわね」


 デザイアはセンチメンタルな気分になりながら、ボソリと呟く。


「殺されたくないから殺し返したけど、命の危機から脱した途端に虚しくなるのって、何でかしらね」


 ……後悔はしてない。

 知り合いを笑いながら殺し、そのまま自分を殺そうとしたモノを殺したところで、デザイアの心は僅かにも傷つかない。

 でも、


「……こんなの、何が楽しいんだか」


 つまらない。

 圧倒的に、つまらない。

 なんでレジィがあんなに『殺し』を楽しんでいたのが、意味がわからない。

 でも、多分おかしいのは、


「私の方、なんでしょうね」


『鵺は、自分達の種を存続するための本能ではなく、他の種を殲滅させるための本能しか持ってない』。

 自分が、葉月に言った言葉だ。

 だから、レジィみたいなのが普通なのであって、壊すことにも殺すことにもほとんど興味無いデザイアの方が異常なのだ。

 ただ異常といえば、


「ジャックの奴は……まぁあれはあれで、私とも違うしなぁ……」


 ……それにしても。


(アイツと初めて会って五十年。そんなに経って、ようやくあのイカレが戦っている理由を知ることになるなんてね)


 だが、そんなこと自分には関係ない話。

 魚人の鵺は、レジィが死んだことによって徐々に回復しつつある腕で伸びをしながら、


「さて、これから一体どう――」




 ズブリ、と。

 後ろから、何者かによって胸を刺された。





「……え?」


 デザイアは呆けた表情を浮かべる。


(だって、レジィは死んだはず――)


 デザイアは自分の胸元――法臓ごと貫かれた胸元に視線を落とす。

 そこにあった、一本の大剣。

 そしてその大剣には、見覚えがあった。


「……そう。あなたなの」


 デザイアは小馬鹿にしたように嘲笑を浮かべる。


「レジィが勝てば、それで良し。レジィが死んでも、ボロボロになった私を後ろから刺せばそれでいいってわけね。なんて、つまらない手を――」


 デザイアは呆れたような口調で言葉を紡ぎながら振り返り、自分を刺したモノの顔を見る。

 すると、デザイアは目を大きく開いて、


「……そう。そういう、ことなの」


 ボソリとそう呟いた直後、背中から刺された大剣が引き抜かれる。

 デザイアを後ろから刺した『何か』は、そのまま足早にその場から去る。

 だから、その場には、これから一人で死ぬデザイアだけが残った。


(……あーあ)


 デザイアは土の上に仰向けで倒れながら、思考をのんびりと巡らせる。


(結局、こうなったかぁ……)


 ……『死神』が中央(ここ)に辿り着いてから、薄っすらと予感がしていた。

 多分、自分は誰かに殺されて、死ぬことになるのだと。


(……でも、最後に望みは叶った)


 ――ずっと、人間に憧れていた。

 五十年前、アーベント達と戦争になった時、彼女は人間に憧れて、ずっとお喋りがしたかったのだ。


(敵だったから、殺した。でも、羨ましかった)


 ――鵺は基本的に独りだ。

 半不死身という、生命としてある種の完成形なのだから当然だ。

 だから、新鮮だったのだ。



『おい、そっちは大丈夫か?』

『お前の方こそ、怪我は?』

『もうちょっと頑張って、みんなで生きて帰ろう!』



 そんな風に心配し合って、優しく声を掛け合って。

 そういう関係性が存在していることが、デザイアにとって新鮮だったのだ。


(……葉月)


 だから、魚人の鵺は茶髪の少女を質問攻めにした。

『どうしたら、そんな関係性が発生するのか』を、知りたくて。

 ……あぁ、それにしても。


(葉月、死なないよね……)


 葉月には、『次会う時は、気兼ねなく殺し合いましょう』なんて言ったけど。

 自分の命より、葉月の命の方が大切なんて思えなかったけど。

 それでも、葉月に死んで欲しくないって、そうも思っていたのだ。


(葉月の側には、あの『死神』が居る。だから、絶対に死なないよね……)


 デザイアは土の上でそんなことを考える。

 笑顔で自分とお喋りしてくれた少女のことを、考える。


(それにしても、昨日は楽しかったなぁ……)


 ……あぁ。

 この感情は何て言うんだろう?

 自分とあの少女の関係は何て言うんだろう?

 それが、デザイアにはわからない。


(葉月に聞けば、教えてくれるかな……?)


 ……多分、教えてくれるだろう。

 葉月が優しい少女だということは、昨日一日だけでわかったから。

 ……あぁ、本当。



(もっとお喋り、したかったなぁ……)



 そんなことを考えて。

 昔からの望みを叶えた満足感と、新しい望みへの僅かな物足りなさを感じながら。

 魚人の鵺デザイアは、人知れずこの世から去った。








 6


 ――月原紅音に『なんのために鵺を殺してるのか』を問われた時、彼はこう答えた。

『変身能力を持つ鵺を炙り出し、そいつから法臓を奪うことだ』、と。

 ――アクトレスに同様の事を問われた時、彼はこう答えた。

『鵺は危険そのものだ。善悪を語るつもりはないが、そんな危ない存在、一匹たりとも残しておくつもりはない』、と。

 ……彼はそれぞれ別の答えを返したが、彼にとってはどっちも同じくらい重要で大事なことだった。

 そして、その二つの答えは、ある一つの『理由』に繋がっていた。

 その『理由』は彼にとって存在意義に等しいほど大事なもので、誰にも知られてはならないものだった。

 ――少なくとも。

 一つ目の『答え』が、叶えられるまでは。





「……こんな煙で、どうにかなるとでもぉ?」


 炎と土の煙で視界が塞がれながらも、アクトレスは不敵に笑う。

 なぜなら、


「私達鵺は、影胞子で相手の位置がわかるっていうのに」


 ……そう。

 アーベントもそうだが、鵺も影胞子感知能力を持っており、影胞子を内包している生物の気配を察知することができるのだ。


「まぁ目があった方が狙いは定まるのも確かですか、大雑把にならあなたの居場所が――」


 そこで、アクトレスの台詞が途切れる。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「!?」


 本当に、忽然と消えた。

 まるで炎に炙られた氷のように、ジャックの気配が完璧に消え去ったのだ。


(一体、何が……?)


 影胞子の活動を抑えることで気配を薄めることはできるが、『薄める』のが精々で、完全に『消す』なんてことはどんな鵺にもできないはずだ。

 なのに、何故……?

 アクトレスの頭の中が疑問符で埋まっていく。

 しかし、そんな彼女にも一つだけ分かっていることがあった。


(……雲林院葉月の気配はまだある。いつでも、私は雲林院葉月を殺せる)


 そんな状況での、ジャックの気配消失。

 そこから考えられる結論は。


(……逃げたんだ)


 方法は、わからない。

 でも、この場から逃げ出したことだけは分かった。


(ジャックの奴が逃げた!私を恐れて、逃げたんだ!!)


 これは完璧に予想外だった。

 まさか、あのジャックが、自分から逃げるなんて。


(あぁでもこれは当然の話ですね。だって、『大切なモノと同じ姿(わたし)』と戦ってまで、どうでもいい存在なんて守りたいわけありませんからぁ!)


 アクトレスはあまりにもの愉悦に破顔し、顔を両手で覆う。


(あぁ、今日はなんて良い日なんでしょう――)


 だから、彼女は気付かなかった。




 自分の背後に、逃げ出したはずの男が立っていることに。




「え?」


 アクトレスはいきなり現れた『気配』に疑問の声を発した直後、逃げ出したはずの男――ジャックは右腕から爆炎を放つ。


「!!」


 アクトレスは回避しようとするが、いくらなんでも距離が近過ぎた。

 蛾の羽を持つ鵺は、モロに爆炎を浴びることになる。


「……ァァ!」


 アクトレスは呻き声を上げながら、ジャックから距離を取る。


「一体、どうやって……!」


『どうやって、影胞子の探知能力に引っかからず、自分の後ろに回れたのか』。

 そこまで言葉にしなかったが、目の前の鵺にはキチンと伝わっていた。


「……不思議に思わなかったのか?」


 ジャックが小さい声で呟く。

 直後、()()()()()()()()()姿()()()()()


「!?」


 アクトレスは目を見開いて辺りを見渡すが、ジャックの影も形も見つからなかった。


(瞬間、移動……?いや、これは……!)


 アクトレスの思考が途切れる。

 真横……一メートルもしない近さにジャックの姿が現れたからだ。


「あの、敵対者に対して容赦の無い黄金の鵺(ゼロ)が、俺という存在を見逃していたことに」


 超至近距離から再び爆炎を当てられ、アクトレスの全身に衝撃と痛みが走る。


「ああァァァァ!」


 アクトレスは痛みに叫びながら頭を回す。

 ……ジャックが今やっていること。

 それは、


「姿隠しの法臓を取り込んでいたってことですかぁ」


 ジャックの法臓『法則咀嚼(イーティングロウ)』。

 他の鵺の法臓を奪うその能力で、『自分の身を隠す』法臓(のうりょく)を奪っていたということなのだろう。


「光情報と影胞子に関してのみだがな。……空気の流れまで読み取れる奴だったら意味の無いものだ」


 しかし、弱点もある。

 それは、『姿を隠してる間、ありとあらゆる影胞子操作ができない』というもの。

 つまり、この姿隠し能力を見破られた時、最低限の防御すらできず、一撃で殺される可能性もあるのだ。


(……だから、ここ何十年は撤退する時にしか使ったこと無かったんだがな)


 ジャックは一瞬だけ、煙の向こうに居る少女に意識を向ける。


(……あの時、体力を回復させられなかったら、危なかったかもしれない)


 さっきまでの自分は、アクトレスの術中に嵌って冷静さを欠いていた。

 だが、茶髪の少女の思いがけない行動で、ジャックの思考に一瞬空白が生まれた。

 そして、体力が回復した脳と、空白によって取り戻せた冷静さで、いつもだったら選ばない選択肢に思い至ることができたのだった。


「……このぉ!」


 全身ボロボロになったアクトレスは、煙の向こうに居る葉月に向かって影大砲(スカーガン)を放とうとする。

 しかし、


「……させるわけ、ないだろうが」


 ジャックは悪魔のような右腕でアクトレスの首元を掴むと、そのまま近くの大樹に叩きつける。


「ここまで距離を詰められた時点でお前の負けだ、アクトレス」


「……!」


 ジャックの腕の中でアクトレスは思いっ切りに目の前の鵺を睨みつける。

 ――ジャックの『大切なモノ』の姿で。


「……なんで、攻撃できるんですか?」


 アクトレスは再生しなくなった肉体――法臓まで損傷が達したためだ――を無理矢理動かそうとしながら、目の前の黒い鵺に問う。


「なんであなたは、私に攻撃できるんですか?私はあなたにとって、大切な存在のはずでしょ……?」


「?何を言ってるんだ、お前?」


 ジャックは目の前の鵺が何を言ってるかわからず、眉を顰める。

 それを見て、アクトレスの憎悪が膨れ上がる。


「だから!私は、あなたにとって大事な存在になっているというのに!なんで攻撃ができるのかって聞いてるんですよ!!」


 ――四十年前。

 初めてジャックと会った時まで、居なかった。

『大切なモノ』の姿になれる自分を攻撃できる奴なんて、居なかった。

 一目で見破る奴ですら、存在しなかった。

 能力発動条件である『自分以外に大切なモノ』が存在しない奴ならともかく、能力が発動さえすれば、どいつもこいつもアクトレスに弄ばれて殺されるだけの玩具だった。

 それなのに、この男だけは自分の正体を一瞬にして破り、そのまま容赦なく攻撃してきた。

 まるで、アクトレス(じぶん)になんか価値が無いと、言わんばかりに。


「……あぁ、お前の言いたいことがようやくわかった」


 ジャックは納得したように頷く。

 しかし、直後彼は冷たい表情を浮かべると、


「――姿を真似ただけの偽物風情が、あまり調子に乗るな」


 怒りを込めた口調で、そう吐き捨てた。


「偽物……?偽物ですって……?」


 アクトレスはジャックの言葉に、わなわなと震えながら、


「私の能力は本物ですぅ。私は、ヒトの『大切なモノ』そのものの姿なのだから、『大切なモノ』のばすでしょぉ!?」


「違う。お前は、『アイツ』とは違う」


「違うわけない!そんなわけがないっ……!」


 アクトレスはまるで駄々っ子のようにそう喚く。

 だが、そんなもの、


「違う、全然違う」


 彼が認めるわけがなかった。


「いくら同じ姿をしてたからって、お前が偽物だってことぐらい『 』を見ればすぐわかる」


「……」


 アクトレスは固まる。

 目の前の彼が、強がりとかじゃなくて、本気でそう思っていることが伝わってきたからだ。

『偽物なんて要らない』。

 そんな彼の意思が、痛いくらいに伝わってきた。


「法臓器動――」


 ジャックはアクトレスの焦げ落ちた腹の中にある法臓を、悪魔のような右腕で潰そうとする。


「――『法則咀嚼(イーティングロウ)』」


 彼女の能力『愛欲の具現(アスモディエス)』を奪うために。


(……俺が求めてるものとは少し違うが、恐らく代替にはなるだろう)


 ――ようやくだ。

 ようやく、五十年間求めていた希望(ユメ)が叶う。

 黒い鵺はそんな事を考えながら、アクトレスの首元を右手から左手に移し、少女のような鵺の法臓に空いた右手を伸ばす。

 しかし、その直前、


「ドーン☆」


 アクトレスは影大砲(スカーガン)を発動した。

 しかし、死にかけであるアクトレスの影大砲(スカーガン)の威力はあまりにも低く、ジャックに当たったところで傷一つ付かないだろう。

 だから、狙いは別のところにあった。


「……お前!」


「アハ」


 アクトレスの影大砲(スカーガン)の矛先。

 それは。



 自身の力の源であり、弱点である法臓。

 彼女は、自らの手で自分の急所を撃ち抜いたのだ。



「これで、あなたは私の能力を奪えなぃ……」


 アクトレスの法臓は影大砲(スカーガン)によって完全に消滅した。

 故に、ジャックに能力を奪われる事もないが、数秒後にはアクトレスは消滅する。

 にも関わらず、アクトレスは大きく笑っていた。


(――だって)


 怒りと絶望で顔を歪めている彼が、目の前に居るから。

 ようやく彼が、剥き出しの感情を『自分』に向けてくれたから。

 だから、アクトレスの口から出た最期の言葉こうだった。



「ザマァミロ♪」



 アクトレスは嬉しそうにそう嘯いて。

 跡形も無く、この世から消滅した。








「……クソ!」


 ジャックは口汚なく吐き捨てる。

 あともう少しで、五十年望み続けた願いが、叶うかもしれなかったのに。

 だが、


(……いくら後悔したところで状況は変わらない。俺はやるべきことをやるだけだ)


 とりあえず、アクトレスは殺せた。

 残りの奴等も一匹残さず――。


「……それにしても、すごいですね」


 いつの間にか近付いてきていた葉月がジャックに話し掛ける。

 ジャックは葉月をチラリと見て、


「何がだ?」


「さっきの炎や姿を隠す能力のことですよ。『法則咀嚼(イーティングロウ)』でしたっけ?あんだけ強力なのを、複数使えるなんて」


「……あぁ。それは元々そういう能力だからな」


「……元々?」


「ああ。お前も『死神』から聞いてると思うが、俺はアーベントを元にして生まれた鵺だ。その場合、アーベントの固有能力が鵺の法臓になることがたまにある。……まぁ、多少歪みはするがな」


「……確かに、能力が引き継がれると聞いたことはあります。あなたもそうだったっていうことですか?」


「そうだ。俺の宿主のアーベント、つまりベオスコールがそういう強い能力の持ち主だったというだけの話だ」


「え?」


 葉月はジャックの言葉に困惑する。

 その名前に、聞き覚えがあったからだ。


「ベオスコールって、今そう言ったんですか?」


「……?確かに、そう言ったが」


「――」


 ベオスコール。

 その名は、ARSSの中では特別な意味を持つ。

 何故なら、彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(――ベオスコールさんはARSSの中も歴代で二人しかいない極級(ステラ)の一人で、今もまだ後方支援で活躍してる。なのに、なんでこの人はその人の名を騙ってるの……?)


 ベオスコールなんて珍しい名前、偶然の一致とは到底思えない。

 恐らく、目の前の鵺は、


(……知らないんだ。ベオスコールさんがカリフォルニア(ここ)鵺の巣(スポット)に来たことは知っていても、生還したことを知らなかったんだ)


 だから、宿主の名前に『ベオスコール』を使った。

 本当の話を混ぜて、リアリティを持たせるために。

 では、何のために……?


(……まさか)


 誰が宿主だったかなんて、本来なら嘘を吐くような話ではない。

 なのに、そんな嘘をついたのは、正体を隠すためとしか思えない。

 そして、正体を隠す必要がある鵺といえば――。


「……あなたが、そうだったんですか?」


「……何?」


 葉月の声色の変化にジャックは眉を顰める。

 そんな彼に対して、葉月は告げる。

 嘘をついてまで隠さなければいけないような、そんな正体を。



()()()()()()()()()()()()()()()()?」




 ――ずっと、違和感があった。

 だけど、それも当たり前の話だ。

 一番月原紅音を殺したいであろう鵺の巣の王(そんざい)が、その殺意を隠して自分達に近付いてきていたのだから。





 7


 ――アクトレスが斃される五分前――



「……」


『精密作業』が、終わった。

 全裸だった月原紅音は下着とスパッツを履き、赤いラインが入った黒いワンピースのような装束を身に纏う。

 最後に黒いブーツを履くと、紅音は血で作ったカーテンを手で払い、虚空に消滅させた。

 直後、紅音は自身の足元を見て、


(……まさか、川が干涸びるほどになるなんてな)


 自分の『精密作業』に超高熱が伴うことがわかっていたため、川に入って行っていたのだが、まさかここまでのことになるとは思わなかった。

『まぁ、いつか元に戻るだろう』なんて事を考えながら、紅音は川だった場所から歩いて移動する。

 そして、


「……『死神』。貴様、一体何をしていた?」


 四肢に黄金の鎧を纏わせた鵺――ゼロにそう話し掛けられた。

 ……実のところ、ゼロは数分前から、紅音のすぐ側まで来ていた。

 しかし、手は出さなかった。

 なぜなら、月原紅音の影胞子の様子が明らかにおかしく、横槍を入れたら辺り一面吹き飛ばす暴発を起こしかねないと思ったからだ。


「一体、何をしていた。我の問いに答えろ」


「……」


「チッ」


 目を細めるだけの紅音を見て、ゼロは舌打ちする。

 直後、明後日の方向を見ると、


「貴様も気付いてるだろうが、デザイアとピースは死んだ。我の配下のレジィと差し違える形でな。ジャックの方はアクトレスが対処しているが……、ジャックの『隠密』能力に翻弄されてるな。恐らくアクトレスはジャックに殺されるだろうだが、まぁ一対一(このじょうきょう)の時間さえ稼げれば何でも構わん」


「……」


「そして、いくらあのアクトレス(ザコ)でも、ジャックの法臓を傷つけることぐらいはできるだろう。なら、あとは我がトドメを刺すだけだ。勿論、貴様ら人間を殺した後になるが」


「……どうでもいい」


 紅音はボソリとそう呟くと、両の手の中に血刀を出現させる。

 そして、彼女は、


「これから死ぬお前の言葉なんて、心底どうでもいい」


 純然たる殺意を込めた視線で、ゼロを睨みつけた。


「……『死神』風情が、調子に乗るなよ」


 ゼロの手元に黄金の大剣が現れ、全身から金色の光を僅かに漏らす。

 黄金の鵺の法臓――『明星の大騎士(ルキフェル)』を発動させたのだ。


「我の能力はどうせ知っているのだろう?なら、貴様は我と戦えこそすれ、我に殺されるだけなのもわかるはずだ。なら抗うことなく、それが道理だと早く弁えろ」


 ゼロは当然のことのように淡々とそう告げる。

 しかし、紅音はそれらの言葉を全て無視して、



「――お前は、ここで確実に殺す」



 それだけをボソリと呟いて、一瞬で黄金の鵺に近付き、殺意と憎悪(にほんのかたな)を全力で叩きつけた。






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