第十八章 それぞれの敵
第十八章 それぞれの敵
『おかえり、紅音。山崎との京都旅行、どうだった?』
『久し振りにひかりに会えて楽しかった。……あ、これ、お土産』
『おー、ありがとう!頼んでた生八橋!俺、食べたこと無かったんだよなぁ……』
『……相変わらずリアクション大きいな、お前は』
『そうか?まぁとにかく、あとで一緒に食べよう』
『……うん、そうだな』
2034年6月
1
――少女のような鵺と鬼女のような鵺が戦い始めてから、10分が経過した。
二人の年級は二十年も差があり、そこまで離れてしまっては、最早勝負にすらならない。
勝負にならない、はずだった。
「なんで、ですか」
アクトレスは困惑したように呟く。
それに対してピースは飄々とした態度で、
「何がだよ?」
「あなたの法臓は、雷を操るというものだったはずですぅ。それだって、辺り一面を破壊し尽くすジャックの『憤怒の獄炎』やデザイアの『海闢の大魔』と違って、目の前の相手に数秒に一回雷を放つような、影大砲と大して性能に違いは無かったはすですよぉ。そんな法臓では、私には到底勝ないっこないはずですぅ……」
「だから、それで?」
アクトレスの言葉に、ピースは適当に聞き返す。
故に、アクトレスはボロボロの体を無理矢理動かして叫ぶ。
「じゃあ、あなたの周りに浮かんでいるそれらは一体何なんですかぁ!?」
アクトレスは焦げた顔で、ピースを睨みつける。
そんな彼女の周囲には、『色とりどりの複数の玉』が浮かんでいた。
それらは野球ボールほどの大きさで、そのどれもが影大砲相当のエネルギーが込められていた。
「何って聞かれても、大した話じゃねぇよ」
必死なアクトレスに対してピースは涼しい顔のまま、少女のような鵺の問いに答える。
「ただ単に、私は今まで本当の能力をあんたに一度も見せてなかっただけの話だ」
「……本当の能力……?」
アクトレスはピースの言葉をオウム返しする。
その直後、アクトレスはハッとしたように、
「複数の能力持ち……?まさか……!」
「あー、違う。それもあんたの勘違いだ」
そう言いながらピースは『赤い玉』……いや、『火の玉』を動けないアクトレスにぶつける。
「……ッ、アァ!」
「あたしの法臓名は『輪廻の富』。その能力は、好きな能力を好きに発動できるってものだ」
「っ!?そんなふざけた法臓、私より年級が下のあなたが持つわけがッ……!」
「……なぁ。お前、中央で何を見てきたんだ?」
ピースは目の前の少女を見下してることも隠さず、鼻で嘲笑う。
「ノブレス、デザイア、ゼロ。この三体は同じ九十年級鵺だが、こいつらでもそれぞれ強さや特異さに差はあったじゃねーか。それに、五十年級のジャックなんかは過去に何度も格上の鵺を倒してるし、つい最近も九十年級の中でも強者のデザイアと引き分けてる。そんな例を知りながら、年級だけで強弱と特異性を判別すること自体、ナンセンスが過ぎる」
「でも、だからって、そんな『何でもできる』なんてこと……」
「勿論、自由度の限度はある。どんなにがんばっても、あたしの年級相当の影大砲以下の威力しか出ないし、防御系や補助系の能力の出力も同様に低い。でも、まぁ」
ピースは喋りながら緑の玉……葉と蔦の塊をアクトレスにぶつける。
すると、蔦がアクトレスの全身を締め上げかつ、蔦に先程の『火の玉』の火が引火することでアクトレスの全身が激しく燃え上がる。
「ギャァァアアアア!!」
「同時発動は可能でな。こんな風に手数は無限で組み合わせも無限ってわけだ」
『赤い玉』、『青い玉』、『黄色の玉』、『緑色の玉』、『茶色の玉』etc。
ありとあらゆる『玉』がアクトレスの周辺を浮かんでおり、それらの全てがアクトレスに襲いかかっていたため、少女のような鵺は死に体となっていたのだ。
しかし、死に体になっていても死んでいないのは、ひとえにピースの目的が『殺すこと』より『嬲る』ことにシフトしたからというだけの話だった。
「さて、アクトレス。あんた、さっきなんて言おうとしていた?」
「……ッ」
アクトレスは体を再生させる……が、すぐに再生した部分をピースの雷によって焦がされ壊される。
そんな状態で少女のような鵺は、まるで抵抗の意思を示すかのように口を固く閉じる。
「おいおい、何だその態度は。あんたから、あたしに知らせておきたい話があるって言ってきたんじゃねぇか」
ピースは呆れたように首を振る。
「んで、ようやくあんたを死に損ないまで追い込んで、あたしが聞く気になったんだぜ?なのに、口を閉ざすのは道理に合わねぇんじゃねぇか?黙ったままなら、死に損ないを本物の死体にするぞ?あ?」
「……!」
アクトレスは顔を歪めて俯く。
その間にも燃やされ、締め付けられ、千切られ、貫かれた。
最早、どんな言葉を口にするか、考えるまでもないだろう。
しかし、アクトレスは、
「何を言ってるんですかぁ?」
顔を、勢いよく上げて、
「あなたの言うことを聞くわけ、ないじゃないですか……!」
ピースを憎々しげに睨みつけながら、命よりもプライドを取った。
「……」
そんなアクトレスを目にしたピースは、嘲笑から感情を窺わせない無表情に変化する。
直後、彼女は、
「――良いな、アンタ」
先程より何倍も凶悪な、悪魔のような笑みを楽しそうに浮かべた。
「正直、アンタはここでぶっ殺そうと思ってたんだがな。気が変わった」
ピースは適当にそう言うと、アクトレスの首根っこを掴み遠くに投げる。
「アンタは生かす。あとは好きなようにしやがれ」
土の上をゴロゴロ転がるアクトレスには目もくれず、ピースは少女のような鵺に背を向ける。
そして、鬼女は独り言のようにボソリと、
「――あたしは、面白いことは後に取っておく性質なんだよ」
悪鬼のような笑みを浮かべて、そう呟いた。
2
――スポットの中でも、太陽の光は差す。
勿論、影胞子の霧に覆われている以上、街中のように明るく照らされるわけではないが、辺りが薄っすら見えるぐらいには光が入り、朝日が昇ったかどうかも当然わかる。
だから、こうなるのはある意味必然だった。
「……」
「……」
ある一人のアーベントと、ある一体の鵺が無言で向かい合う。
アーベントの名前は、雲林院葉月。
彼女は本来、先輩である月原紅音と一緒にいるはずなのだが、その先輩から『自分はこれから精密作業に入るから、話しかけないでくれ』と言われたため、一人で手持ち無沙汰気味にぶらついていたのだ。
鵺の名前は、ジャック。
数時間前、『朝日が昇り次第合流する』と宣言していたため、『死神』の所に向かおうとしたところ、その後輩の葉月に遭遇しそのまま妨害されているのであった。
「……『死神』は、一体何をしてるんだ?」
「私も『精密作業』としか聞かされてないです。でも、詳しく知っててもあなたには教えないです」
葉月はぶっきらぼうな態度を取る。
警戒しているのだから、当然の反応だった。
時は、少し遡る。
――数時間前――
『葉月、先程言った通り私は「精密作業」に入るが……、朝になっても終わらない可能性は高い。しかし、ジャックとやらは約束通り、私と葉月を迎えに来るだろう。その時、葉月は私抜きでもジャックと合流して欲しい』
『……同盟関係を結んでいるからですか?』
『そうだ。あの鵺は、人を襲わず鵺を殺すことを目的としている鵺だ。恐らく、何かしらの異常で「他種を襲う」本能が壊れている個体なんだろう。だから葉月のことは確実に襲わないだろうし、守ってもくれるはずだ』
『……私には、そこまで親切にしてくれるような鵺には見えなかったですけど……』
『守るといっても、親切ではなく利害関係でだ。……どちらにも利がある今の状況で裏切るのは理屈に合わない。だから、あの鵺が裏切ることはあり得ない』
『そうでしょうか……』
『そうだ。……それに、私は葉月のことを守るとを決めている。だから、葉月の身に危険は訪れない。絶対にだ』
『……わかりました。ジャックはともかく、私は紅音さんを信じてますから!』
『ありがとう、助かる。……では、あとのことは頼んだぞ』
『はい!』
――現在――
そういう会話があったため、葉月はジャックと二人で居るのだが……正直、紅音の言葉が無ければ二人きりになりたくなかった。
理由は、単純。
ジャックが、胡散臭いからだ。
(同盟はジャックからの提案だと紅音さんは言っていた。でも、鵺がアーベントと手を組みたいだなんて、そんなことあり得る?)
実際、葉月という人間に対しあれだけ友好的だったデザイアでさえ、人間のことは敵だと認識していた。
それなのに、同じ鵺からも『同族殺し』と忌避されるような鵺が、他者と手を組みたいなんてこと本気で考えるだろうか。
それに、
(昨日、初めて見た時から『すごく怪しい』って思ったんだよね……)
そう思った理由は葉月自身よくわかっていない。
敢えて言うなら、完璧に勘だ。
(ジャックから感じるこの違和感は何?この鵺は、一体……)
「……雲林院、と言ったな」
「あ、はい」
ジャックに声を掛けられた葉月は、考え事を中止して悪魔の腕を持つ鵺の方に顔を向ける。
「少し、『死神』について聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「……それは同盟関係に必要なことですか?それとも、情報収集ですか?」
「……後者だ」
「なら、断ります。……私達から見て欲しい情報は昨日紅音さんが尋ねたはずですから、あなたからの情報の見返りも特に望めない。だから、私からあなたにお話することはありません」
「……そうか」
ジャックは難しい顔をするが、あっさりと引く。
その様子を見て、葉月はふと、
(……あれ。そもそも、ジャックは紅音さんのことをどれだけ知ってるんだろう)
昨日、紅音から『ジャックから得られた情報』については聞いたが、『ジャックに話した情報』については聞いてなかったことを思い出す。
だから、葉月は、
「あの、そういえば、あなたは昨日紅音さんから何を聞いたんですか?」
目の前の黒い鵺に、直接質問をした。
問われたジャックは一瞬目を丸くするが、すぐに元の無表情に戻し、
「精々『死神』の能力と経歴を聞いたぐらいだ。……その中には、お前の話もあった」
「……私の話?」
「あぁ、そうだ。とはいえ、お前の固有能力については『個人のプライバシー』ってことで聞いてない。そこは安心しろ」
ジャックは大樹に寄り掛かると、霧に覆われた空を見上げて、
「……『死神』は、アーベントになってからの五十年間について色々語っていたが、一番表情が明るかったのはお前と過ごしたこの二ヶ月の話だ。お前のことを、かなり大切に思っているようだった」
「……」
ジャックの言葉を受けて葉月は、意図的に不機嫌そうな表情を浮かべる。
なんとなく、目の前の鵺にニヤケた顔を見られたくなかったからだ。
ジャックは視線を黒い空からムスッとした葉月に戻して、
「……そんなに硬くなるな。俺を警戒するのはもっともだし、最低限の警戒はしとくべきだが、死神の不興を買う危険性がある以上、俺はお前に手を出せない。なら、別の敵が来た時に備え、適度にリラックスした方が互いにとって良いはずだ」
「……まぁ、確かにそうですね」
葉月はそう言うと深く息を吐き、倒木の上で腰を掛ける。
それを見届けたジャックは、少女から視線を外し目を瞑る。
「……」
「……」
木に寄りかかっているジャックも、倒木に座る葉月も、どちらも口を開かず、視線を向けることもない。
そうして、ただただ無音の時間が流れていった。
3
「あいつ、絶対に許さない……!」
蛾のよう羽を持つ鵺――アクトレスは一人、怨念を込めた言葉を小さな声で呟いた。
彼女の全身にあった傷はもう無い。
アクトレスは鵺の中でもトップクラスである八十年級鵺であり、法臓さえ無事ならほぼ無限に再生できる。
もっとも、法臓が無事なのはピースにその気が無かったからというだけで、いくら見た目の傷が消えようが屈辱が消えることは一切無かったが。
「……クソ」
――アクトレスは被虐趣味のある鵺だ。
ゼロに乱暴に扱われ、暴力を振るわれることに快感を覚えていた鵺だ。
だが、それはゼロが自分の命を庇護してくれる格上だからだ。
自分を殺そうとする格下からの暴力など、ただの屈辱でしかない。
「ピースはこの手で殺したいところですが……まぁ、その時は永遠に来ないでしょう」
そう口にするアクトレスの表情は悔しさというよりも、嘲笑に変わっていた。
そして、その嘲りは自分に向けたものではなく、ゼロの配下に付かなかったピースに向けたものだった。
「ま、終わったこと……いえ、これから終わることを考えるのはやめましょう。そんなことより、ずっとずっと大事なことがありますからぁ」
アクトレスはピースのことを頭の中から追い出し、もっと重要なことに思考を巡らせ始める。
それは、元々ピースと手を組んでやることだった。
「ピースを巻き込もうとしたのは念のため。私一人だって、やろうと思えばできる。できるんですよぉ……」
アクトレスは独り言を溢しながら笑う。
奇しくも、その笑みは、つい先程ピースがアクトレスに向けていたものと同種のものだった。
「ようやく、あなたを苦しめて、苦しめて、苦しめて、そして殺せますぅ」
彼女は加虐心と恍惚を織り交ぜた表情を浮かべる。
そして、
「ねえ、そうでしょ?」
最も憎く、最も殺したい男の名を。
「――ジャック」
嬉しそうに、囁いた。
4
「お、探したぜ、デザイア」
鬼女のような鵺――ピースはニヤリと笑いながら、倒木に座っている魚人のような鵺――デザイアの隣に腰掛ける。
デザイアはピースの方をチラリと見て、
「……あなた、さっきアクトレスと揉めてたみたいだけど、何があったの?」
「語るようなことは特に無いねぇ。ただ、ちょっと戯れてただけだ」
「ふーん……」
デザイアは興味無さそうにボンヤリと正面を見つめる。
横に座るピースもつまらなそうな表情に変えて、
「……どうしたんだ、一体?雲林院葉月と別れたあとから様子が変だぞ、お前」
「……別に、大したことじゃないわよ」
そう言いつつも、デザイアの声は溜め息混じりだ。
眉を顰めるピースを横目にデザイアは、ボソリと退屈そうに、
「……葉月っていう『人間』と交流することで、長年の夢は叶ったんだけど、なんかそれで燃え尽きたみたい」
「……燃え尽きたってどういうことだよ?」
「言葉通りの意味よ。……葉月とのお喋りの時間は生きてきた中で一番楽しい時間だったけど、それでもうやりたいこととか無くなっちゃった」
「……」
「そのお喋りにしたって、楽しかったけど、『これが本当に私が求めてたものかな』っていう謎の虚無感もあったし。だから、今燃え尽きちゃってるってわけ」
「……なるほどな」
ピースは無表情で頷く。
そして、何かを言おうと口を開きかけたその時、
「……はぁ」
デザイアは大きく溜め息を吐きながら立ち上がった。
「……招かれざる客が来たみたいね」
デザイアの言葉に、ピースも面倒くさそうな顔をしながら立ち上がり、辺りを警戒する。
すると、すぐに『招かれざる客』は見つかった。
その『招かれざる客』とは、
「……お前、レジィか?」
常に寝ているはずの、男性型の鵺だった。
「……」
――その男は、樹のような見た目をしていた。
茶色い腕も脚もかなり太く、体の端々から枝のようなものが伸び、その先には緑色の葉が付いていた。
彼の名はレジィ。
金色の鵺の配下の一人だ。
「……本当は、起きたくなんかなかったけど、ゼロが起きろって言うから仕方なく起きただけだ」
眠いのか、緑色の瞳を薄く細め、小声でボソボソと喋る。
それに対して、ピースはニヤリと笑いながら、
「あたし、あんたが話してるとこなんて初めて見たぜ、レジィ」
「……うるさい、静かにしろ」
レジィの眠そうな声に、苛立ちが混じる。
「オレはさっさとやること済ませて寝たいんだ……。正直、今だって眠い。だから――」
「じゃあ、目を醒まさせてやるよ」
ピースはレジィの言葉を遮ると、雷玉をレジィに浴びせ『バン!』と空気が破裂する音が高く響く。
「……ピース、いくらなんでも短気過ぎじゃない?」
「いいんだよ、このぐらいで。どうせコイツの用なんて――」
鬼女の言葉はそこで急に途切れる。
なぜなら、ピースの上半身が粉々に砕け散ったからだ。
一瞬で近付いてきた、レジィの拳によって。
……。
…………。
「 、は?」
空中に浮かぶ鬼女の頭が疑問の声を発する。
一秒後、土の上に落ち、そのままゴロゴロと転がりながら、
「何が、起きた?折角これから楽しくなるところだったのに、なんであたしが――」
「さっさと死ねよ、オイ」
ピースを粉々にした下手人――レジィが、ピースの頭を思いっきり踏み潰す。
すると、辺り一面に散らばっていた鬼女の欠片が空気に溶けるかのように消滅した。
「……え?」
デザイアはポカンと口を開く。
(ピースが、死んだ?)
あの、ピースが?
六十年級でありながら、九十年級ともまともに渡り合えるほどの実力を持っていたあのピースが?
こんなにも、簡単に……?
「あ〜」
レジィは頭をガシガシと掻きながら、苛ついたように溜め息を吐く。
「眠気が晴れて、ついうっかり殺しちまったじゃねーか。ゼロからは、ピースとデザイアは殺す前に勧誘しろって言われてたのによぉ……」
しかし、レジィはニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、
「ただまぁ、壊すのは楽しかったけどな。あぁ、命を壊すこの快感だけは何物にも変えられねぇ」
そう言いながら、大樹のような鵺は、緑から黄に変わった瞳を魚人のような鵺の方に向ける。
そして、彼は、
「で、お前はゼロの下に付くのか付かないのか?オレとしてはどっちでも構わねぇ」
最初にして最後の通告を、どうでもよさそうに告げた。
5
「……おい、雲林院」
大樹に寄り掛かっていたジャックが、急に葉月に声を掛ける。
葉月はジャックの方に顔を向けながら、
「……どうしたんですか?」
「誰か……いや、『敵』がこっちに向かって来てる」
「!」
その言葉で葉月は勢いよく立ち上がり、辺りを見渡す。
一方、ジャックは木から離れると、葉月の前に立ち、木々の間のある一点を睨みつける。
すると、その木々の影から一人の女が現れた。
その女は、
「……紅音さん?」
「あぁ、葉月か。丁度――」
女は茶髪の少女を見るな否や、何かを言おうとする。
その直後、ジャックは彼女に向けて五千度を超える爆炎を放った。
「!」
「!?」
女は目を見開くと、その場から跳んで逃げようとするが、左手が爆炎に掠り灰になる。
一方、葉月はジャックの掴みかかりながら、
「!?何をしてるんですか!?」
「ただの、『敵』の駆除だ」
ジャックは葉月の方に視線を向けることもなく、短くそう告げる。
「あなた、まさか裏切っ……!」
「その判断は早とちりだ。……しっかりと前に居る『敵』を見ろ、雲林院」
「……?」
葉月はジャックの言葉に何か違和感を感じ、ジャックの視線を追う。
その視線の先に居た女は、忌々しそうに顔を歪めていた。
そして、彼女は、
「……なんで、あなたはすぐ見破るんですかぁ?」
見慣れた先輩の顔で、聞き慣れない甘ったるい口調で言葉を放った。
「……え?」
葉月は困惑に見舞われる。
……見た目は、月原紅音そのものだ。
瞳も髪も、服さえも。
全て、見慣れた先輩そのものだ。
だが、その声に込められた『色』は、葉月にとって初めてのものだった。
そこまで認識して、葉月は思い出す。
昨日、魚人の鵺から聞かされた、ある鵺の法臓を。
「まさか、あなたは……」
「あらあら。この感じだと、私の能力の概要ぐらいは知られちゃってる感じですかぁ?」
紅音の見た目をした『何か』は、適当な調子で笑う。
「ん、んー。でも、発動条件は知られてないはずですよねぇ、ジャック?」
「……推測は、つく」
ジャックは目を細めて、紅音の見た目をした『何か』を睨みつける。
「俺がお前と相対した四十年前、お前は『あの姿』に変身したが、『あの姿』を知らないはずのお前が変身できるはずがない。それでも変身できた……いや、『そう見せれた』ということは、お前の変身は変身ではなく、『相対した相手の記憶を読み取って、そいつの知り合いの幻覚』を作り出すことになる。違うか?」
「70点。合格点ですが、正解ではないですねぇ」
白い『何か』はケタケタと笑いながら、手を叩く。
「正解は、『相手にとって最も価値があり、最も欲しているモノを見せる』ですよぉ。それが私、アクトレスの法臓『愛欲の具現』です☆」
「……!」
葉月は驚きで息を呑む。
『相手にとって一番大切で、欲してる人の姿を見せる』ということは、つまり、
(私にとって一番大切な人って、紅音さんだってこと?)
……自分のことなのに、知らなかった。
こんな時だというのに、顔が赤くなりそうになる。
そんな葉月を他所に、アクトレスは、
「で、ジャック。私が何を言いたいのか、わかってますよねぇ?」
「……」
ジャックは鱗で覆われた目元をピクリと動かす。
それを横目に見ながら葉月は、
(……そういえば、この人にはどんなモノが見えているんだろう)
アクトレスが『人』ではなく『モノ』と言ったあたり、人に限定されるわけではないようだが……。
アクトレス――葉月の目には紅音にしか見えないが――はニヤリと笑い、
「今の会話でわかりました。ジャック、あなたはやはり『秘密』がバレることを恐れてる。そして、その『秘密』が私に知られていることも十分にわかってますよねぇ?」
「……何の話だ」
「とぼけても無駄ですよぉ?それに、私はあなたのその秘密が命の価値ほどもあることも知ってます♪というか、折角この私が気を利かして隠してあげているというのに、それをもう台無しにするつもりですかぁ?」
「……チッ」
ジャックは短く舌打ちする。
「……で、何の用だ?何が言いたい?」
「なに、簡単な話ですよぉ。単純な取捨選択の話ですぅ」
アクトレスはジャックに合わせていた焦点を、ジャックの隣に立つ葉月に向ける。
そして、彼女は、
「もしバラされたくなかったら、隣にいる雲林院葉月を殺してください。ま、あなたの『重大な秘密』と比べるまでもないでしょうけど☆」
嗜虐的な笑みを浮かべて、これ以上無いほどわかりやすい脅迫を行った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
レジィ第二形態




