第十六章 接触
第十六章 接触
――五十年。
『変わらないものなど何も無い』と、そう言い切ってしまいたくなるほど永い時間。
だけど、ずっと変わらないものだって、きっとある。
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『そういや、紅音って異性の好みってあったりする?クール系が好きとか、明るい系が好みとか』
『特に無い。敢えて言うなら、一……。……やっぱりなんでもない』
2034年6月
1
黄金の鎧を四肢に纏う最強の鵺、ゼロ。
鵺でありながら鵺を殺す同族殺しの鵺、ジャック。
そして、遠い日に復讐を願った純白と真紅のアーベント、月原紅音。
三者はそれぞれ、己の敵を定め、殺意を叩きつける。
そして、彼らはその殺意と衝動のまま、自身の敵を――
「ちょっっっと、待ったぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
その時、とある女の大きな声が、三人の間に響いた。
その声は三人のものでも無ければ、月原紅音の後方に控えている雲林院葉月のものでもない。
新しくこの場に現れた、第三者のものだった。
「こっちに注目ー。あ、死神さんは初めましてになるわね」
その第三者は、全身が群青色の鱗に覆われており、頭から黒い角が生えていた。
明らかに人ではないその魚人のような女は、
「私はデザイア。よろしく」
笑顔で己の名を告げると、視線を後ろに向け、
「んでこっちに居るのが、ピース。私の仲間……ってわけでもないか。敢えて言うなら協定を結んでる知り合いかな」
「……勝手にあたしの紹介してんじゃねーよ」
大樹の影から、頭から二本の角を生やした鬼女が、うんざりしたような声を出しながら現れる。
最も、そんな彼女の表情は、楽しそうな嘲笑だったが。
ピースは流し目を、悪魔のような腕を持つ鵺に向けて、
「よぉ、ジャック。今日もできもしない同族殺しに勤しんでんのか?」
「……」
「ピース、今は挑発しないで。私達は戦闘じゃなくて、停戦の提案をしに来たんだから」
「……停戦だと?」
その言葉に、黄金の鎧を纏うゼロが反応する。
「今ここで、死神とジャック……少なくとも死神は絶対に殺す。それは、我が定めた『事実』だ」
「いえ、そうはならないわ。だって」
デザイアはヒレを揺らしながらスキップし、白い女――月原紅音の側に近付く。
「だって、もしあなたが『死神』を襲うというのなら、私は死神側につくもの。……『死神』と私とピースの三対一なら、あなたの勝ち目も流石にゼロじゃない?」
「……」
「あ、もし『死神』やジャックが先に手を出したら、私とピースは手を出された方に回るから。……まぁ、簡単に言うと、先に動いた方が確実に死ぬってだけの話」
「……チッ」
ゼロは大きく舌打ちしながら、一歩下がり剣を消滅させる。
「ほら、あなた達も。……折角出会えたのに、いきなり必死の殺し合いって、つまらないでしょ?」
「……」
「……」
デザイアに言われるまま、ジャックは右手に纏わせていた炎を消し、紅音は二本の刀を空気に溶けるかのように消滅させる。
「……デザイア、貴様、頭をイカれさせたか」
「そんなことないと思うけど」
デザイアは追い払うかのようにシッシッと手を振り、
「これから『死神』……と、その後ろに付いてる子とかとお喋りしたいから、どっか行ってくれない?」
「……我の側に付かなかったことを、貴様はすぐに後悔することになる」
「あっそ。例えそれが本当だとしても、私は今を後悔したくない」
「……」
問答は、そこまでだった。
ゼロはクルリと体を向きを変えると、凄まじい音を立てながらその場から跳び去った。
その様子を満足そうに見届けながら魚人の鵺は、
「で、あなたも早く、どこか行きなさいよ」
ジャックを忌々しそうに睨みつける。
何度も自分を殺そうとしてきた相手なのだから、当然過ぎる反応だろう。
しかし、悪魔の腕を持つ鵺はその視線を完璧に無視して、
「……俺もそこの『死神』に用がある。お前の方がここから去れ」
「……は?」
デザイアはポカンと口を開ける。
「何あり得ないこと言ってんのよ。私がこの時をどれだけ――」
「はいはい。二人とも落ち着けっての」
鬼女が、悪魔の腕の主と魚人の言い合いに割って入る。
「あんたらの主義主張は今この場で重要じゃない。今一番重要なのは」
ピースはそこで言葉を止め、手の平で指し示す。
その先に居るのは、月原紅音。
五十年もの間、復讐のため鵺を殺し続けた最強の死神が、顔に無表情を貼り付けながらそこに立っていた。
紅音はチラリと悪魔の腕を持つ鵺の方に視線を向け、
「……ジャック、と呼ばれていたか。さっき私に用があるとか言っていたが、その用は何だ?」
「『死神』のお前に少し話したいことと、聞きたいことがある。……戦う意思は無い」
「んで、私とピースの要求は……まぁさっきゼロに言ったことの繰り返しになるけど、ちょっとしたお喋りと情報交換。勿論、あなた達と戦う意思は無いわ、今のところはだけど」
「……」
紅音は少し考えるように眉を顰める。
数秒後。
「……後ろにいる相棒と相談したい。少し待て」
紅音はそう言うと、葉月の元に跳んで移動する。
葉月は驚きでビクッと体を震わせるが、今さっきまで目の前で起きてたことの方が衝撃的だった。
葉月は全身を硬くしながら、
「……正直、めちゃくちゃ叫びたい気分なんですが、今はそんな場合じゃないんですよね」
「そうだな。話が早くて助かる」
紅音は葉月が安心できるよう、意図的に優しい笑顔を浮かべる。
それを見た葉月は、少し体が柔らかくなる。
葉月は数秒前より硬さを減らした声で、
「要は、あそこに居る人型の鵺達は、私達とは戦いたくなく、和平条約的なのを結びたい……ってことで合ってるんですよね?」
「そのようだな。……少なくとも、私の目から嘘を言っているようには見えなかった。敵意も全く感じないしな」
「超人的な感覚を持ってる紅音さんがそう言うならそうなんでしょうね……。……紅音さんの答えは決まってたりしますか?」
「……私としては、話に乗っても良いと思ってる」
「え?」
葉月は驚きのあまり高い声を出す。
質問したものの、紅音なら絶対にノーと言うと思っていたからだ。
「良いんですか……?」
『相手は、仇かもしれないのに』
その言葉は、口には出さなかったが、紅音にはしっかりと伝わっていた。
「……仕方ない。始まりの鵺を特定できてない以上、今は情報収集するのが一番だ。……今の時点では候補が多過ぎる」
「……なるほどです。了解しました。……それでなんですが、私と紅音さん、二手に分かれて、私はあの魚っぽい人と鬼っぽい人から話を聞いた方が良いと思ったんですが、どうですか?」
「……」
今度は紅音が目を見開いて、葉月の方を見る。
「……ちなみに、何故だ?」
「二手に分かれるのは、あの明らかに仲悪い三体が纏まっていたら、まともに話が聞けないから。それで私が魚と鬼の鵺から話を聞いた方が良いと思ったのは、あの二体は私に関心を持ってるからです」
葉月はチラリとデザイアとピースを見ると、すぐに紅音に視線を戻す。
「……さっき、あの金鎧の鵺と話していた時、唯一私のことに言及したのが彼女達でした。しかも、ちょいちょい私にも視線を向けて反応を気にしてる様子を見せてます。だから、紅音さんじゃなくて、私からでも十分話が聞けると思うんです」
「……なるほどな」
「それで黒尽くめの男の鵺の方ですが……彼は私の方に全く興味ないのか、全然私の方を見ません。ですが、紅音さんにはわざわざ『用がある』と言ってた辺り、紅音さんには良くも悪くも興味があるはずなので、紅音さんからなら話を聞き出せると思います。……まぁ、むしろ、今まで何度もスポットに攻めに来ていた紅音さんにだけ興味があるのが普通で、魚人と鬼の鵺が私に興味を持ってる方が不思議なんですが……」
「……」
紅音は一瞬考えるように真剣な表情浮かべると、葉月の方をチラリと見て、
「……葉月、よく見てるんだな。すごいぞ」
「ありがとうございます。……で、どうですか?」
「……葉月の案で行きたいと思う。ただ、あの二体が今は敵意が無いとはいえ、万が一がある。私から百メートル以上は離れないようにしてくれ」
「了解です」
「よし。では、頼んだぞ。……何を話すかは、葉月の判断に任せる」
「はい!」
葉月の元気良い返事を聞いた紅音は、相棒の少女を連れて鵺達の元に戻る。
そして、三体の鵺を見渡しながら、
「お前達の提案に乗ろう。ただ、私はそこのジャックとやらの話を聞くから、お前ら二体は後ろの葉月と情報の交換しろ」
「……良いの?あなたの相棒を、私達に預けて」
そう言いながら魚人のような鵺、デザイアは首を傾げようとしたが、デザイアの頭はピクリとも動かない。
なぜなら、その首には赤い刀の鋒が向けられていたからだ。
「……疑われるようなことも一切するな。その時点で、殺す」
紅音は言いたいことだけ言い放つと、血刀を自分の体の中に戻した。
デザイアは自分の首を摩りながら、
「……覚えておくわ」
そう言って、紅音に背を向けると、足早にその場から離れて行った。
……。
「……ついて来いってことなのかね」
鬼女のような鵺、ピースは苦笑いを浮かべながら後を追う。
「えっと……行ってきます!」
葉月は大きな声で宣言すると、二体の鵺を追い掛け始めた。
だから、その場に残るのは、二人だけになる。
「……それで、お前の言いたいことって何だ」
「……」
紅音に問われた悪魔の腕を持つ鵺は無言で彼女に近付く。
そして、
彼女の首に、その禍々しい右腕を突きつけた。
「……これは、どういうつもりだ?」
「逆に問おう。お前は、俺の『戦う意思は無い』って言葉を本気で信じたのか?」
「……」
紅音は、自分に向けられた悪魔の腕など無視してジャックの顔を無表情で見つめる。
「……」
ジャックは無言で右腕の方向を、紅音から全長十メートルほどの大樹――ジャックの斜め後方に立っていた――に変える。
直後、
その大樹は、巨大な爆発によって粉々吹き飛んだ。
葉と枝と幹が、粉微塵となって辺り散らばる。
ジャックは自分のところに転がってきた太い枝を踏み砕くと、彼の顔の半分程を覆う仮面のような鱗の隙間から、白い女を睨みつける。
「……こうなりたくなかったら、さっさと失せろ。お前みたいな人間にウロチョロされると俺の鵺狩りの邪魔なんだよ」
「そうか」
紅音は頷く。
だが、その場から一歩も動こうとしなかった。
「…….思い通りには行かないか」
ジャックは顔を僅かに顰める。
……なんとか口で死神を説得し、『中央』で鵺狩りをするのは今まで通り自分一人だけにしたかったのだが、この様子では到底無理だろう。
力ずくは、更に難しいだろう。
……。
「……そういえば、さっき、相棒に名前を呼ばれていたな」
「盗み聞きか。関心しないな」
「お前だってそんぐらい承知の上だったろ。……アーベントもそうだろうが、鵺の五感もかなり鋭い。他の連中にだって聞こえてたはずだ」
ジャックは左手で己の首を掻き、顔を横に向けながら、
「……俺は今日初めてお前を直接見たが、お前の名前には聞き覚えがあった。そして何より、お前の姿を写真で見たこともある」
「……写真、だと?」
ジャックの不可解な言葉に、紅音は眉を顰める。
「ああ。そうだ。……正確には俺が見たわけではなく、その記憶を朧げに引き継いでいるだけだがな」
ジャックは何かを思い出すかのように、霧に覆われた空を見上げる。
「その男は、月原一騎という人間の戦友だった。だが、そいつもここで死んだ。……ここから逃げきれずに死んだアーベントか、戦うために舞い戻ったアーベントかもわからないが」
「……」
「鵺は、生物の体を元に再構成される。だから、僅かに記憶が残ることもあるということなんだろう」
「……さっきから、何が言いたい?」
「ただの、俺と俺の宿主の話だ」
ジャックは視線を、黒い空から白い女に戻す。
そして、ハッキリとした声でこう言った。
「俺に記憶の欠片を残し、俺という鵺の元になったアーベントの名はベオスコール。……だから、お前のことを少し知ってるんだよ、『死神』」
2
「……良かったんですかぁ?ゼロ様」
「……」
黄金の鎧で四肢を纏っている鵺ゼロに向かって、蛾の羽を生やした少女のような鵺アクトレスが甘ったるい声色で尋ねる。
ゼロはそんなアクトレスの方を睨み付け、
「……貴様も隠れて見たからには知っているだろう。あの数相手では、我一人ではどうなるかわからん」
「……ゼロ様ならあんな連中、一人で倒せると思いますけど」
アクトレスは世辞ではなく、真剣に不思議に思い首を傾げる。
ゼロは溜め息を吐きながら、
「……ジャックもデザイアもピースも我の敵ではない。だが、『死神』だけは話が別だ」
「そうなんですか?『死神』の奴、そこまで強いんですか?」
「貴様は弱いから奴の力量がわからないだろうが、アレの強さは我と同レベルだ。……もっとも、それでも我が勝つだろうが」
ゼロの膨大な影胞子量に、ゼロの『法臓』。
この二つを組み合わせて、勝てない敵など存在しない。
だが、それも一対一の話だ。
「だから、今は一旦引く。一旦引いて、死神と一対一の状況を作り上げる」
「……それって」
「あぁ」
ゼロは少し離れたところに目を遣る。
その先には、とある鵺が気持ち良さそうに寝転がっていた。
「レジィの奴を叩き起こす。……完全覚醒まで半日以上かかるが、仕方あるまい」
「……」
アクトレスは何かを考えるように自身の顎に手を当てる。
そして、
「……じゃあその間、私は自由行動取ってても良いですかぁ?」
「……何?」
「ちょっと思い付いたことがありまして。勿論、ゼロ様に損することじゃないですよぉ」
「……臆病な貴様が我から離れようとするのは珍しいが、どうでもいい。貴様の好きにしろ。だが、必要な時に我の手元にいなかった時は、四肢のどれかを捥ぐ。そのことは頭に入れておけ」
「いやん、ゼロ様。興奮するようなこと言わないでください⭐︎」
アクトレスは妖艶な笑みを浮かべると、ゼロの元から離れる。
少し、一人で考えたいことがあったからだ。
(……ふふ)
アクトレスは愉快そうに笑う。
なぜなら、
(まさか、このタイミングで『アイツ』の秘密を知れることになるなんてね)
……この情報は、恐らく『アイツ』にとって弱点となる。
そう、アクトレスは確信していた。
(ゼロ様に教えるのもいいけど……ゼロ様は強い故にこういう絡め手は絶対にしない。だったら私がするしかないよねぇ)
さて、どうしようか。
どうすれば、一番自分にとって得になるか、アクトレスは勘定を始める。
(……まずは、『彼女』に接触して、『アイツ』のこの情報を売り渡す。そうすれば、多分……)
「……フフッ」
アクトレスは自身の顔に手を当てる。
その手で隠された彼女の表情は、悪意に満ちた邪悪な笑顔だった。
――さぁ、これから始まるのは楽しい楽しいショータイム。
自分が放つ『毒』で、盤上が一体どうなるのか。
想像するだけで、もう愉しみだ。




