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過去編 紅音の思い出12


過去編 紅音の思い出12



 1979年4月


 1



「我々、ラグビーサークルは常にメンバー、マネージャーを募集中です!!」



 大柄な男の大きな声が、晴天の下で響き渡る。

 だが、そうしているのは何も彼だけではなく、色んな若い男女が『うちのサークルはどうですか!』って声を高く上げていた。

 今は四月。

 大学のサークル勧誘が一番活発な時期だ。

 そんな最中、私は一人の男と一緒にのんびりと歩いていた。


「紅音はどこか興味あるサークル、ありそう?」


 隣の男――月原一騎が、私の方に顔を向けてそう問い掛ける。


「んー……。私は今のところ無いかな。一騎は?」


「俺も今のところ無いかなぁ」


 適当な会話をしながら二人で歩く。

 それだけなら一ヶ月前までの高校生時代と何も変わらないが、今月から私達は大学生。

 つまり、私と一騎は同じ大学に入学し、大学生らしく私服姿で広々としたキャンパスを歩いているのだった。


「まぁ、新入生歓迎会(しんかん)はサークル入らなくても参加していいみたいだし、俺はテキトーなとこいくつか顔出して、感じの良い所見つけたらそこに入るかも」


「なるほど。確かに、そうするのが一番良いかもな」


 って言っても、私はそこまでサークル参加に積極的では無かった。

 過去、真面目に部活動に参加したことだってない。

 だから、仲良い人が参加していたら兎も角として、そうでもなければ自分はサークルに入ることは無いだろう。

 ただ、それは一騎も似たようなものらしく、物見遊山感覚でサークルを覗いているようだった。

 ……実際、昨日辺りはサークルよりもバイト先の方を優先して探したいと言ってたしな。


「あの、すみません」


 そんなことを考えてる最中、横から声をかけられる。

 私と一騎、二人揃って目を向けると、その先には爽やかな笑みを浮かべている若い男がいた。

 その男はニッコリと笑いながら、


「僕ら、『鵺を保護しようの会』の者なんですけど、鵺の保護について興味はありませんか?僕らは――」


「ごめんなさい、無いです」


 一騎は即答でそう答える。

 直後、彼は私の手を握って、足早にその場から離れる。

 ……。

 ……十秒ほど経った後、一騎はパッと私の手を離すと、チラリとだけ後ろを見て、


「……ああいう団体、大学でも居るもんなんだな」


「……あぁ、そうだな」


 一騎が『ああいう団体』と纏めたのは、鵺の保護を掲げる団体のことだ。

 団体によって多少の主張は異なるが、要は『鵺は神秘的な存在なのだから、人の都合で鵺を殺すのではなく保護するべきだ』というもので、数年に一度駅前とかで見かける。

 ……鵺は、動くモノならなんでも襲う本能があるのに。

 鵺による死者が、今でも年間数万人は出ているというのに。


「……別に、連中の言い分も全く理解できないわけじゃない。鵺に死んでもらうのは、確かに人間の都合だと思う。でも、もし鵺が死ななければ俺の知り合いや大切な人が殺されるっていうんだったら、鵺を殺す必要があるって俺は思う。……アーベントでもない俺が言うのも変な話だけどさ」


「……いや、私もわかる」


 私はなんとなく、空を見上げて、


「私は、私の大切な人達は傷付いて欲しくないって心の底から思う。もし、鵺が私の大切な人達を殺すのなら、その鵺を殺したいと私は思うだろう。……だから、ああいう人の被害を考えない団体は好きじゃないし、あまり普段は意識しないが、ARSSって組織があってくれて良かったって思うよ」


「……」


 一騎はちょっとビックリした顔でこっちを見る。


「な、なんだ?私、なんか変なこと言ったか?」


「……いや、変じゃない。全然、変じゃないよ」


 一騎は何故かクスリと笑いながら前を向いて、


「確かに、紅音の言う通りだな。身を挺して俺達を守ってくれるARSSの人達には感謝しかない。……俺、死ぬのが怖いから、身体を張って知らない他人を守るのなんて無理だしな。本当、すごいと思う」


「……」


 今度は私の方が驚いて彼の方を見る。

 その視線に気付いているのかいないのか、彼は顔を前に向けたまま、


「さ、紅音。他のサークルも見て回ろっか」


 明るく、これからの話をした。






「……あ。紅音、ちょっとそこの寄ってみていい?」


「ん、いいぞ」


 一騎が指を差した方向に目を向ける。

 そこには、『サッカーサークルのメンバー募集中!!』というのぼりが立っていた。


(……そういえば、一騎、中学はサッカー部に所属していたとか行ってたな)


「あ、そこのお二人さん!ウチのサークルに興味が!?」


 チラシを持った女の人が満面の笑みを浮かべながら近付いてくる。

 それに対し、一騎は、


「はい、少しだけ。ただ、これだけサークルが多いと、どこにすれば良いか迷ってしまいます」


「まー、そうですよねー。じゃ、とりあえずウチの第一回新入生歓迎会に参加してみませんか?勿論ウチらの奢りで、『サークル入会が条件』とかもありません!」


「……その会はいつやりますか?」


「早速今日です!とにかく、早く良い印象を与えて、早く一年生をゲットしたいなと!」


「なるほど……。じゃ、とりあえず、チラシ一枚貰えますか?」


「はい、どうぞ!そちらの方も!」


 一騎と私はチラシを一枚ずつ受け取り、その場から離れる。


「……紅音、どうする?」


 一騎はチラシをチラシをヒラヒラさせながら、私に問う。


「一騎が行くなら、私も行きたいかな」


「でも紅音、サッカーそんな興味無いだろ?今日は多分他のサークルも色々やってるだろうし、そっちじゃなくてもいいのか?」


「うん。今は適当に色んなとこ回ってみたいし、何より一人で寂しい思いするぐらいなら、お前と一緒に居たいと思ったんだが……ダメだったか?」


「……そんなわけないだろ」


 一騎はクスリと、どこか嬉しそうに笑いながらそう言う。

 だから、私は調子に乗って、


「というか、一騎も私と同じように思ってくれてるんだろ?」


 澄まし顔で、そう問い掛けた。

 一騎は一瞬だけ体を固めると、私から視線を外す。

 そして、


「……そうだよ。俺も紅音と一緒なのが、一番良い」


 照れ臭そうに、そう答えた。

 ……慣れないことはするもんじゃない。

 問うた私も、照れてしまっていた。


「……じゃ、じゃあ、少し早いが次の授業の教室でも向かうか」


 私はちょっと噛みながら一騎に提案する。

 そんな私を見た一騎は小さく笑って、


「そうだな。まだ大学(ここ)も慣れてないしな」


 私と同じ速度で、一緒に歩いた。




 2


 サッカーサークルが開催する新入生歓迎会。

 それは実質、居酒屋の一角を借りた飲み会だった。


(ふぁあ……)


 私、篠川紅音は欠伸を噛み殺す。

 思ったより、退屈だったからだ。


「それでさ、篠川……だったっけ?一年生なんだからもっと飲め!」


「まだコップに入ってるので、遠慮しておきます」


 私はおつまみの枝豆をつまみながら、愛想笑いを浮かべてそう答える。

 私の右隣に座って話掛けているのは見知らぬ男性の先輩。

 ちなみに、反対の左隣に座っているのも先輩で、一騎とは遠くの席になっていた。

 ……本当は一騎と近くの席にしたかったのだが、サークルとしては一年生とサークルメンバーを交互に配置したいらしく、それで遠くの席になってしまった。


「ねーねー、篠川さんって彼氏居るの?」


「来週も新歓あるんだけどさ、その時来てよ!篠川さん綺麗だしさ!」


「はぁ……」


 先程から繰り返されるナンパめいた言葉に、最初は私も愛想笑いを浮かべていたのが、少量とはいえ酒が入ってきたからか、段々と自分の対応が雑……というか素になっていくの感じる。

 とはいえ、普段だったらもっと嫌な顔するのだが、長テーブルの反対側に座る一騎がこのサークルに入りたくなることも考え、『一騎と一緒に来た私が態度悪かったら、一騎もやりづらいだろう』と思い、多少抑える。


(まぁ一騎の顔見る限り、一騎もそんな乗り気じゃなさそうだけどな)


 彼も彼で、両隣の女の人に(私から見たら)あからさまな愛想笑いを振り撒いている。

 女は女で距離を詰めながら話しかけているが、一騎はさり気なく躱している感じだ。

 というか、


(あの女達、距離感がおかしくないか?)


 さっきから一騎の手を握ろうとしたり、ボディタッチが激しい気がする。

 ……まぁ、一騎の見た目はかなりいいし、イケメンに目が無い女だったら、狙うこともあるんだろう。


「ねー、篠川ちゃんはどこ見てるの?」


 そう言いながら肩に手を回そうとする男を片手で突き飛ばしながら、一騎の方に視線を向けてしまう。

 ……一騎はちゃんと(?)上手く躱しているし、変に喜んでいるわけでもない。

 それは分かってるのに、心の中にはモヤモヤした気持ちが広がってしまっていた。




 3


「紅音、本当ごめん」


 新入生歓迎会から帰り道。

 一騎は私の隣に並ぶな否や、そう謝ってきた。


「……紅音、自分で対処できてたから、紅音の方に行かなかったけど、嫌だったよな……?」


 一騎は私の顔を覗きながらそう呟く。

 ……私が変にナンパじみたことされていたことに、彼は気付いていたようだった。


「ちょっと嫌だったけど、しつこくはなかったから大丈夫。それより、私はお前の方が気になった」


「?」


 一騎は僅かに首を傾げると、


「……あー……」


 私の言葉が何を指しているのか、彼はすぐに気付いたようで、納得した表情を浮かべる。


「あれのことな。あれは、正直迷惑だった」


 そう言いながら彼は嫌なことを思い出したかのような顔をする。

 それだけで、私のモヤモヤした気分は晴れ出していた。


「というか、今思い出しても、紅音の隣に居た男ムカつくな……。サークル活動だって、予定の話を聞いても飲み会の話しか帰ってこないような飲みサーだったし、付き合わせた紅音には悪いけど、行かなきゃよかった」


「……」


 私は無言で、隣を歩く男の顔を見上げる。

 ……さっき『紅音の隣に居た男ムカつくな』って言ってたけど、それって嫉妬してくれているってことなのかな。

 ……ちょっぴり違う気もしたけど、そうだと嬉しいのでそういうことにする。


「……」


 私は無言のまま一騎の手を握る。

 理由など、特に無い。

 私と一騎はしょっちゅう手を繋いで歩いていて、今もそうだというだけだ。


「はは」


 だというのに、何故か一騎は楽しそうな笑みを溢した。


「……なぜ笑う。別に、いつものことだろ」


「うん、そうだな」


 一騎はチラリと繋いでる手に視線を向けて、


「ただ、丁度俺も、紅音とくっつきたいなーって思ってたからさ。だから、なんか可笑しくって」


「……そうか」


 私は不貞腐れたようにそっぽを向く。

 ただ、繋いだ手を離すことはなく、むしろ深く合わさるように指と指を絡ませながら、二人並んで帰路を歩いた。





 ――ところで。

 私は、大学に進学するにあたって、大学すぐ近くのアパート一室を借り、そこから大学に通っていた。

 それは一騎も同じで、同じアパートの別の階で部屋を借りていた。

 だから、新歓のあと、私達は一緒の帰り道を歩いていたのだ。

 そこまでは良い。

 問題は、私達二人とも初めてのお酒で、前後不覚になるほどじゃないとはいえ、少々酔っ払っていたことだ。


「なぁ、紅音。もうちょっと一緒に居たいんだけど、いい?」


「うん、私もそう思っていたところだ」


「つーか、めちゃくちゃ眠い、すぐ寝そう……」


「正直、私も……」


 私達は心赴くままそう言葉を交わし、二人で私の部屋に入る。

 そして、一騎と少しお喋りした後、彼は勿論私も着替えることすらせず、二人で一つのベッドに潜り込む。


「紅音、おやすみ……」


「うん、おやすみ、一騎……」


 ぼんやりと、短く眠りの挨拶を交わす。

 そして、体を密着するようにくっつきながら、深い眠りに落ちていった。




 4


「ん……」


 窓から差し込んだ朝日が眩しくて、私は目元を擦りながら目を覚ます。

 すると、目の前には、寝息を立てている月原一騎が居て。

 私は、彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。


「……?」


 私の頭の中で疑問符が浮かぶ。

 数秒後。


「!!!!」


 私はすごい勢い飛び起き、後頭部を壁に思いっきりぶつけた。


「痛ったぁ……」


 私は後頭部を摩りながら、昨日何が起きたのかを思い出す。


(新歓に参加したあと、一騎と一緒に部屋に帰って、そのまま一騎と一緒に寝ることになったんだっけ……)


 ……。

 ……………。


「〜〜〜〜!!」


 恥ずかしい。

 物凄く、恥ずかしい。

 ……。

 ……いや。

 二人で添い寝したこと自体は、過去にもある。

 だけどそれは、休日の真っ昼間に、ベッドの上で遊んでそのまま昼寝するといったような感じで、要は泊まったことも泊めたこともなかった。

 なのに、昨日私は、一晩中彼と抱きつき合いながら朝まで寝入ってしまった。

 ……。

 ……別に、一騎との今までの関係性を考えると、恥ずかしがることもないのかもしれない。

 ただ、(ほぼ)無意識で一晩中の添い寝を決行してしまったという事実が、私を身悶えさせた。


(……それにしても)


 私は、同じベッドの上に居る一騎の顔を盗み見る。

 一騎はまだぐっすりと眠っており、そんな彼の表情は当然ながら無防備な寝顔だった。

 ……いつも見る彼の明るい笑顔は勿論好きだが、こういう顔も……


「……ふぁあ」


 私がベッドの上で悶えていたせいか、一緒のベッドで寝ていた一騎も、欠伸をしながら目を覚ます。

 そして、今私は彼の顔をジッと見つめている。

 つまり、寝起きの彼と私は、バッチリ目を合わせることとなる。


「……」


「……」


「……!?!?」


 一騎はベッドの上でビクッと体を震わせると、ベッドから落ちそうになるがなんとか耐える。

 とはいえ、彼もすぐ現状を把握できたようで、表情を隠すかのように顔に手を当てながら、


「……おはよう、紅音」


「おはよう、一騎」


 朝の挨拶を、ゆっくりと交わした。

 その直後、私は少し考えてから、掛け布団の中に再び潜った。


「……紅音、何してんの?」


「別に」


 そう言いながら私は、一騎の足を撫でるように足先でつつく。


「ただ、今日は休日だから、ゴロゴロして二度寝でもしようと思ってな」


「……それも良いかもしれないけど、紅音ん()なんだし、寝巻きに着替えてからの方が良くない?」


「今更過ぎるし、何より起きるのが億劫だ」


「……まぁ、気持ちはわかる。俺も自分の部屋に帰るの面倒だしな。それに今日は春らしく暖かいから、なんだか俺ものんびりゴロゴロしたい気分」


「だろ?だから、一緒に二度寝でもしよう」


「……そうだな。そう、しようかな」


 そう言うと一騎は、私と同じように掛け布団中に潜り込み、彼も脚を動かして私の脚と絡ませる。

 そんな感じで、私達は、適当に巫山戯ながらゴロゴロと休日を過ごした。




 1979年5月


 5


 今は五月。

 大学の生活が慣れ始めたある日、私は図書館で学科の友達と課題を終わらせた後、一人で帰路についていた。


「……」


 一人の帰り道は退屈で、気持ち早歩きになりながら住宅街の道を歩く。

 だからだろうか、自分の部屋があるアパートに体感すぐ辿り着いた。

 しかし、向かうのは自分の部屋ではない。

 もう一つの、よく出入りしている彼の部屋だ。


「……帰ってきてるかな」


 今日は一騎の部屋で一緒に夕飯を食べることになっていたが、学習塾のアルバイトがある日だとも言っていた。

 だが、余程のことがない限り七時半までに帰ってくるとも言っており、今はもう八時を回っていた。


「……」


 私は一騎の部屋にたどり着くと、チャイムを鳴らす。


『紅音ー?』


 ドアの向こうからくぐもった声が聞こえる。


「あぁ、私だ」


『ちょっと待って、今開けるから』


 そうドアの向こうから言われて数秒後。

 カチャリと鍵が開けられる音がして、ドアが開けられる。

 ドアを押さえながら一騎は、


「おかえり、紅音」


「ただいま、一騎」


 私はそう返事しながら、玄関に入って靴を脱ぎ、そのまま流れるようにリビングに向かった。

 そんな私の行動は『勝手知ったる他人の家』そのもので、このやり取りが日常になっていることを示していた。


(……にしても)


 私達は毎日のように、夜は互いの部屋のどっちかで過ごしている。

 だから、『おかえり』『ただいま』って挨拶は互いに何度もしている。

 その様子はまるで――――

 ……。


(……浮かれ過ぎだ、バカ)


 心の中で自身を罵ることで、自分を律する。


「あ、紅音、今日の夕飯はステーキで、あと少ししたら焼こうと思うんだけど、その前にちょっと話していい?」


「あ、ステーキか、楽しみだ。……で、話って?」


 私と一騎はテーブルの前の座布団に座る。

 そこで一騎は、床に置かれているリュックに手を伸ばしながら、


「話ってほどのことでもないんだけどな。……はい」


 リュックの中から小さな花柄の紙袋を取り出し、それはテーブルを置いた。

 私は、一騎とその袋の間で視線を行き来させながら、


「……これは?」


「紅音へのプレゼント。ほら、俺、先月から塾のバイト始めたんだけど、その給料が出たから、紅音に何か形があるものを買いたくて」


「……」


 私は驚きで目を見開く。

 なぜなら、私達は知り合って三年も経つものの、相手に何かをプレゼントしたことなどほとんどなかったからだ。

 ……お菓子とか食べ物なら、結構贈り合っている。

 だけど、形が残るものを贈られたことは無かった。

 今日の、この時までは。

 ……。


「……開けてもいいか?」


「勿論」


 私は紙袋を手に取ると、袋口を閉ざしているセロハンテープを丁寧に剥がし、中の品物を取り出す。

 そこにあったのは、一輪の花飾り。

 正確には、花型の髪飾りだ。

 花の種類は、赤いアネモネ。

 私の目の前にあるその赤い花は綺麗で、そして何より、可憐だった。


「俺はさ……」


 そこで一騎は、彼にしては珍しく歯切れが悪くなる。

 だけど、彼は私をジッと見つめたまま、


「今まではプレゼントとかしたことなかったけどさ、初めて自分の手で金を稼いだら、その金で紅音にプレゼントを買いたいってずっと前から決めてた。……もっと、紅音に近付いて、もっと紅音の側に居たいって、そう思った」


 一騎は照れたように自身の髪を軽くかきあげて、


「紅音は優しいから、嫌って言わないだろうってことはわかってる。でも、受け取ってもらえたらすごく嬉しいし、気に入ってもらえたら、もっと嬉しい」


 ハッキリと、最後まで黒く大きな瞳で私を見つめながら、そう言い切った。

 だから、私は……。

 ……。


「……この髪飾り、付けてくるから、ちょっと洗面所まで行ってくる」


 私はそう言うな否や髪飾りを掴み取り、やや駆け足で洗面所の方に向かう。

 とはいえ、所詮は学生が借りているアパートの一室。

 十秒も掛からず、電気すら付いてない洗面所に辿り着く。

 そこで私は、髪飾りを近くの台に置くと、心臓の近くに手を持ってきた。

 ――錯覚だ。

 こんなもの、錯覚だ。

 そんなことはわかっているのに、あまりにもの胸の高鳴りに、心臓が破けてしまうのかと錯覚してしまった。


「……」


 私は洗面所の電気を付けると、自分の顔を確認する。

 その顔は真っ赤っかで、頬は変に緩んでいた。


「……ふぅ」


 やっぱり、洗面所に駆け込んで良かった。

 こんな顔、一騎に見られたら、恥ずかしさで死んでしまう。


「……」


 私は台の上の髪飾りに視線を移すと、壊れやすい物を触るかのように髪飾りを手に取り、自身の黒髪に留める。

 ……。


「……ふふ」


 つい、笑みが溢れる。

 似合っているかどうかは、よくわからない。

 でも、似合ってたら良いなと、そう思えた。


「……」


 私はその可憐な花飾りを付けたまま、洗面所から飛び出す。

 そして、一騎の目の前に座って、


「どうだ?似合っているか?」


 気になったことを、彼に尋ねた。

 ……折角、こんな可愛いものを彼から貰ったんだ。

 似合ってて欲しいと、そう思われたいと、心から願う。

 だから、私は期待の眼差しを一騎に向ける。

 すると、彼はニッコリと笑みを浮かべ、


「うん、似合ってる。すごく、可愛いよ」


 愛しさが込められた言葉を、優しく囁いてくれた。





 ――後日。

 五月からレストランでバイトを始めた私は、初めて自分で稼いだお金で彼にお返しした。

 贈ったのは、ブレスレット。

 四つ葉のクローバーを象った装飾が付いたブレスレットだ。

 それを一騎に渡しながら、『あれ、一騎は男だし、この手の装飾品、興味あったかな』って一瞬不安になったけど、彼は満面の笑みで嬉しそうに受け取ってくれた。

 彼の喜びようは想像以上で、『渡して良かった』と心の底から思った。






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