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第十二章 疑問と可能性


第十二章 疑問と可能性



 2034年5月


 1


 スポット侵攻最終作戦。

 内容は、二ヶ月でカリフォルニア州エンジェルス国有林を巣食う全ての鵺を討伐するというもの。

 そんなARSS史上で最も大規模かつ高難易度の作戦が決行されて、もう一週間が経とうとしていた。


「……」


 黒い装束を身に纏った白い女に、数十の怪物共が襲い掛かる。

 だが、その彼女には傷一つ付かない。

 彼女は全ての攻撃を確実に躱し、全ての怪物の命を確実に奪い取るからだ。

 無論、後方に控える茶髪の少女も一切傷を負わせていない。

 それほどまでに、白い女が振り撒く『死』は徹底していた。

 異形の化け物を白い女……月原紅音が絶命させ、その様子を後ろから茶髪の少女……雲林院葉月がジッと眺めている。

 ここ一週間、この森林の中で繰り広げられた光景だ。

 しかし、今その光景にある一つの変化が訪れようとしていた。


「……ゎ」


 葉月は自分の目元を擦る。

 それは、己の目を覚まさせるためだった。

 ……そう。

 目の前で凄まじい戦闘を繰り広げられてるいる中、葉月という少女は途轍もない眠気と戦っていた。


(……もんのすっっごく眠い)


 ――確かに雲林院葉月という少女は、スポット内での月原紅音の戦闘を初めて見たとき恐怖した。

 スポット内の彼女は正に修羅そのもので、畏怖し見惚れるしかなかった。

 再びスポットに入った本作戦もそれは変わらなかったのだが……葉月が怖がるのも一日目だけだった。

 だって、紅音がいくら刃のような殺意を振り撒いていようが、その殺意が葉月に向けられることは絶対に無いからだ。

 むしろ、葉月に向かってくる敵も、確実かつ速やかに倒してくれている分、安心感すらあった。

 しかも、そう守ってもらうことすら偶にだ。

 基本的に鵺は動いている物体を襲うため、縦横無尽に空間を駆ける紅音に殺到する。

 葉月に向かってくるのは、そこからあぶれたほんの一部であるため『葉月が狙われる』ことすらほとんど無かった。

 つまり、この一週間、戦闘の最中において雲林院葉月は何もすることはなく、むしろ標的にされるのを避けるためほとんど棒立ちだったのだ。

 ……事前に紅音には『戦闘中に体力補給を頼むかもしれない』と言われていたが、実際にそうなることはここ一週間一度もない。

 戦闘後には毎回『生命奔流(サプライエナジー)』による体力回復を行なっているためか、『そうなりそう』という時ですら一度も無かった。

 つまり、ぶっちゃけると、紅音の戦闘中において、葉月は物凄く暇だった。


(……きれいだなぁ)


 葉月は霞がかった思考で、目の前の光景をそう思う。

 一つの感情の下、刀を振るう彼女は凄惨で、そして美しかった。

 その光景を目に焼き付きながら葉月は……


「葉月、ちょっと来い」


 辺りに居た鵺を一掃し終えた紅音が、葉月に呼び掛ける。


「……あ、はい!」


 葉月は頭を僅かにブルブルと振ると、紅音の方に駆け寄る。

 少女が紅音の目の前に到達すると、紅音は葉月のおでこに軽くデコピンをした。


「……いったぁ」


「気を緩め過ぎだぞ、葉月。お前と初めて顔合わせた日にも言ったが、最終的に自分の命を守るのは自分自身なんだ。いざという時のために気を引き締めておけ。……勿論、そんな事態には決してさせないが」


「ごめんなさい……」


 葉月は額を抑えながらシュンとする。

 そんな少女に対し、小さく笑いかけながら紅音は、


「……まぁ、鵺に手を出さないよう頼んでいるのは私の方だ。葉月の気が抜けてしまうのも仕方ないよな、すまない」


 とはいえ、


「だが、それでも戦闘中に気を抜くのはダメだ。疲労……は葉月の能力上無いだろうが、眠気とかが強くなってきたら言ってくれ。適当な場所で休憩する」


 ……ちなみに、葉月の固有能力『生命奔流(サプライエナジー)』は自他の体力を回復させるものだが、それでも睡眠・食事がゼロ……というわけにはいかない。

 だが、本来より大分量を減らせることができ、三日に一食、一日に一時間半程度の睡眠で、全快状態の活動が可能となる。

 ただ、昨日は寝付けがあまり良くなく、それもあって葉月は今眠くなってしまっているのだった。


「確か、この辺りに『拠点』の一つがあったはずだ。ついて来い」


 白い女が前を歩き、茶髪の少女が後ろから追い掛ける。

 五分後。


「着いたぞ」


 そう言うと紅音は立ち止まり、後ろに付いて来ていた葉月は紅音の隣に並ぶ。

 並び立つ二人の目の前には、組み木で作られた簡易な小屋が在った。

 紅音はボソリと、


「こんなんだが、壊されてなくてよかった」


「見る度に思うんですけど、すごいというか、大胆ですね……」


「そうか?」


 紅音は首を傾げながら小屋の扉を開け、中に入る。

 葉月は紅音の後ろに続きながら、


「スポットの中で、日曜大工感覚で小屋を何軒も建ててたなんて、実際見なきゃ信じられないですよ」


「そんなもんか。実際にスポットに何度も来る私としては、休める拠点のいくつか欲しいと感じるのは自然なことだったんだがな」


 ――鵺は動いてるものを積極的に襲い掛かる傾向にある。

 これはARSS、ひいては世界の常識だ。

 しかし、逆に言うとそれは『動いていない建造物はほとんど襲われない』という意味である。

 だから紅音がスポット内にいくつか拠点を作っても、あまり壊されないというわけだった。

 ……ちなみに、僅かな生物の動きを感じれるタイプの鵺も少なくないため、小屋に滞在している間だと小屋ごと襲われること自体は結構あったりする……のだが、紅音の影胞子感知能力は精度・範囲共に凄まじく、対応し切れなかったことは一度も無かった。(現に二日前、別の小屋で寝ている最中鵺に襲われたのだが、小屋の中から紅音が壁ごと鵺を八つ裂きにした)


「葉月はベッドを使ってくれ。ま、持ち込みのクッション以外簡易な手作りだから、そこまで寝心地は良くないだろうが」


「そんなことないです。いつもありがとうございます」


 葉月はペコリと頭を下げる。

 ……最初は葉月も遠慮していたのだが、紅音から『こんな危険地帯で葉月の体調が万全でない方が困る。それに、私は木を背にして寝れる人間だ』と言われてしまったため、基本的に葉月の方がベッドを使うことになったのだった。


「寝る前に葉月、頼む」


「あ、はい!」


 葉月はやや駆け足で紅音に近付くと、紅音の右手を握る。

 そして、


「狂気解放――『生命奔流(サプライエナジー)』」


 さっきまでずっと戦っていた先輩の体力を回復させた。


「……いつも助かる。ありがとう」


「いえいえ、このぐらいは!」


 紅音が感謝の言葉を述べて、葉月が謙遜の言葉を口にする。

 この一週間で何度もやったやり取りだ。

 何となく二人で照れ笑いのようなものを交換して、紅音は壁に寄り掛かり、葉月は木製のベッドに寝転がる。


「お言葉に甘えて、少しだけ寝かせてもらいますー」


「ああ。おやすみ、葉月」


 先輩と後輩は短く眠りの挨拶を交わし、目を瞑る。

 二人とも寝入りはかなり良い方だったため、二人揃って一瞬にして微睡みの中に落ちて行った。




 2


 ベッドに入って、一時間ほど経った頃。


「ふあぁ」


 葉月は欠伸をしながら上体を上げて、大きく伸びをした。


「……あれ?」


 気持ちよく起きた葉月はキョロキョロと周りを見渡す。


「……紅音さん?」


 先輩の姿がどこにも居ない。

 葉月達が寝ていたのは小屋は一室しかなく、見落としたなんてことはあり得ない。

 つまり、紅音は小屋の外に居る。


「……」


 不思議と、心細くは無かった。

 もし自分が危険になったら、彼女はすぐに助けに来てくれることはわかっていたから。


「……よし」


 葉月はベッドから勢いよく降りて、そのまま小屋を後にする。

 ……あの先輩のことだ。

 自分を置いて、そんな遠くまで行ってないだろう。


(戦闘音聞こえないってことは、鵺は近くに居ない。だから――)


『パチャリ』


 何か、水が弾く音が聞こえた。

 葉月は音が発した方に視線を向ける。

 向けた視線の先には、透き通るような清流の川が在って。

 その中に、一糸纏わぬ『芸術』が立っていた。


「……!」


 葉月は近くにあった木に急いで身を隠す。

 そうすることで、目線を無理矢理逸らし、自分の心臓を落ち着かせていた。


「……」


 葉月はちらりと、もう一度覗き見る。

 視線の先には、川で水浴びをしている絶世の美女――つまりは、裸の月原紅音の姿が居た。


(うわぁ……)


 葉月は心の中で感嘆のため息を吐く。

 少女の瞳に映っているのは、それほどのものだった。

 ――出るところは出て、引き締まるところは引き締まっている魅惑的なボディライン。

 絹のように美しく滑らかな肌。

 霧の合間を差す僅かな光さえも照り返す純白の髪。

 そして、紅玉の瞳を収めている、人形のように整った顔立ち。

 それらが今、惜しげもなく晒されている。

 同性から見ても官能的で美しいその姿から、葉月は目が離せな――


「……そんなジロジロ見るな。流石に恥ずかしくなってくる」


「ごめんなさい!!!!」


 葉月は大きな声で謝ると、樹木の影に再び隠れる。

 ……相手はあの月原紅音だ。

 見られていることぐらい、気付いていないわけがなかった。


「思ったより起きるの早かったな。よく眠れたか?」


「おかげさまで、ぐっすり眠れました!」


「そうか、良かった」


 直後、水が弾く音が一際大きく鳴る。

 紅音が川から上がったのだろう。


「葉月も入るか?さっぱりするぞ」


「あ、じゃあお言葉に甘えまして、そうさせてもらいます!」


 葉月はまだ謎テンションを引き摺ったまま、大きな声で返事をする。

 そして、その状態のまま、『何か話さなきゃ』という何故か焦った思考に囚われ、話題を全力で探す。


「……そういえば、紅音さん」


「ん、なんだ」


 紅音はタオルで全身の水滴を拭いながら、聞き返す。


「……」


「?」


 葉月から話しかけてきたにも関わらず急に黙るものだから、紅音は髪を拭きながら首を傾げる。

 少女自身、自分が不自然な行動を取っていることはわかっている。

 だが、それでもつい躊躇ってしまう。

 話題を探した上で見つけた話題が、あまりにも軽々しくないものだったからだ。

 ……いや。

 見つけた、とは少し違うかもしれない。

 元々気になってはいたけど、今まで聞けなかったことだ。

 でも、どうしても聞いておきたかったことだったから、葉月は意を決して口を開いた。


「あの、紅音さんは、夫の……月原一騎さんを、殺した鵺を確実に殺すために、鵺を一体も残さず殺すんですよね」


「…….ああ、そうだ」


 先程までとは一転、紅音の声に昏さが帯びる。

 別に、今まで『そう』じゃなかったわけではない。

 ただ、葉月と話している間は、少女を怖がらせないよう明るく努めていただけの話。

 ――ここは『彼』が死んだ土地なのだから。


「……あの」


 それを知りながら葉月は、


「もし、一騎さんが鵺に殺されたわけじゃなくて、影胞子の侵食によって鵺になっていたんだとしたら、どうするんですか?」


 この復讐の、根底を覆しかねない質問をした。

 ――アーベントは影胞子に適性がある人間のことだ。

 とはいえ、それにも限度があり、普通の病気のように衰弱している状態だと『侵食』のリスクが高くなる。

 特に、スポットのような濃い影胞子の霧の中に居たのなら尚更だ。

 だから葉月は『月原一騎は殺されたのではなくて、戦闘で弱体化したところを霧に侵食され鵺になった可能性もあるんじゃないのか』という意のことを問い掛けたのだ。

 それはある意味、月原一騎がこの世に遺した最期の一欠片と言えるかもしれなくて。

 復讐相手と思っていたモノが、仇どころか遺物かもしれない可能性だった。

 しかし、紅音は、


「殺すよ」


 一瞬たりとも、答えに迷わなかった。

 なぜなら


「もし一騎から鵺が生まれたんだとしたら、『それ』こそが一騎の仇だからだ」


「……あ」


「葉月も知ってると思うが、人が鵺化する時には全身の体細胞が劇的に変化する。それは脳……つまりは心だって例外じゃない」


 だから、鵺になるということは。


「そうなったらもう同一人物とは呼べない。人を母体かつ犠牲にして産まれる怪物が鵺で、だからこそ鵺化した人は『死亡』扱いとなる」


 ……確かに、そうだ。

 葉月は一度、日本に居た頃、人間(レベル3)(レベル4)になる場面に鉢合わせしたことがある。

 明らかに、精神も肉体も『別の何か』に変化してしまっていた。


「一騎を基に鵺が生まれるということは、その鵺は一騎を殺してこの世に生まれたということだ。……しかも、一騎の肉体を利用してだ」


 紅音は喋りながら近くに置いてあった、いつもの黒い装束を手に取り、手早く着る。


「だから関係ないんだ。直接殺してようが、生まれることで殺してようが、どっちにしろその鵺が一騎の仇には変わりない」


 紅音は葉月の方に近付き、何も感情を伺わせない声色で呟く。



「だから、全ての鵺を殺す。その決定に変わりはない」



 五十年前から続いている、復讐の宣言を。

 ……。

 …………。


「……無神経なことを聞いて、すみませんでした」


「謝る必要はない。お前としても気になるところだっただろうしな」


 紅音は葉月に笑いかけると、川の方を指差す。


「ほら葉月も行ってこい。中々気持ち良かったぞ」


「……はい!そうします!」


 葉月は気を取り直すように明るく振る舞って、足を川の方に向ける。


(あれ?)


 そこで少女は足を止める。


(ちょっと待って)


 さっきの先輩の説明の、『ある部分』が引っかかった。

 でも、何が引っかかったのか上手く言葉に表せない。

 多分、それは自分の常識を否定するようなそんな――


「葉月?」


 紅音が葉月の顔を覗き込む。

 目の前に凄く綺麗な顔が現れて、葉月はドキッとする。


「あ、いや……あ!荷物、小屋から取ってきてから水浴びします!」


 葉月は慌てるようにそう言って小屋に向かって駆け出す。


「そんな慌てなくても大丈夫だぞ?」


 後ろからクスクスと紅音の笑い声を聞こえる。

 なんとなく恥ずかしくなりながら、少女は小屋の中に入って行った。




 その時にはもう、直前に考えていた疑問のことなど綺麗さっぱり忘れてしまっていた。







 X


 スポットの中心部にて。

 悪魔の右腕を持つ男性型の鵺――ジャックと、魚人のような女性型の鵺――デザイアは、一週間前と同じ再び戦闘……いや殺し合いを繰り広げていた。


「……ッ」


 ジャックが掌の上に溜めた炎球をデザイアに向かって放つ。

 その炎球は当たれば爆発する爆弾で、半径数十メートルを吹き飛ばし、目の前の鵺の四肢を確実に奪うレベルの威力を秘めていた。

 しかし、それも当たればの話だ。


「……ハッ」


 一瞬にして現れた水柱によって炎球を掻き消される。

 直後、その水柱は龍へと形を変えて、魚人の鵺デザイアが操るままジャックに襲い掛かる。


「……クソッ」


 悪魔の腕を持つ鵺は短く罵倒すると、巨大な炎の壁を作り、それを水龍に覆い被せることで水龍を蒸発させ、水は一滴もジャックに届かない。

 つまり、どちらも無傷。

 それは今の攻防だけではなく、この二、三十年ずっとそうだった。


「……いい加減諦めたら?」


 デザイアが忌々しそうに呟く。


「あなたが私を殺せないのはもう十分わかってるでしょ?」


「……それで俺が納得するわけないってことはわかってるよな?」


「まーね」


 ――初めて殺し合ってから、何十年経っただろうか。

 ジャックとデザイアはもう何十何百も殺し合いをしているが、未だにどっちも相手を殺し切れていなかった。

 実力は完璧な伯仲。

 ゆえに、『別の何か』が介入すればその均衡は簡単に崩れるはずなのだが、


「ジャック、あなた無駄に引き際も弁えているからね。同族殺しに狂っておきながら、中途半端に理性を残しちゃって、ホンッット忌々しいたらありゃしない」


「そりゃあ、死に急いでたら、お前ら全員殺すことなんて到底不可能だからな」


「あっそ」


 デザイアは適当に呟くと視線を横に向ける。

 殺し合いの最中に余所見をするなんて、余程の事がない限りあり得ない。

 だから、


「で、その『引き際』が今来たみたいね。お互いにさ」


 余程のことが、この場に迫っていた。

 デザイアは空を泳ぐように離脱する。

 だから、その場に残るのは悪魔の腕を持つ鵺ただ一人。

 そして、彼の周りには数十に及ぶ異形の怪物に囲まれていた。


「……チッ」


 ジャックは小さく舌打ちする。

 彼の周りを囲っているのは異形の怪物ではあるものの、鵺ではなかった。

『影胞子によって構成された化け物』という意味では鵺なのかもしれないが、鵺が既存の生物を母体としてこの世に誕生するのに対し、今ジャックを囲っている怪物達は、何の生物を元にしておらずゼロから作られた化け物だ。

 スポット内で発生した新種の鵺とか、そんなのではない。

 ただある一()の鵺が、己の法臓能力を用いることで無限に作り出している『擬鵺』だった。


「……ッ」


 しかし、そんなこと、悪魔の腕を持つその鵺には関係ない。

 自分の目的を邪魔するものも、殺害対象だからだ。


「法臓器動――『憤怒の獄炎(サタンズフレイム)』」


 ジャックは己が能力名を呟き、自身の右腕に灼熱の業火を纏わせる。

 擬鵺だろうが鵺だろうが容赦なく焼き尽くすその炎を携え、彼は化け物の群れに突っ込んで行った。




 ――同族殺しに狂ってるだって?

 だから、どうした。

 なんと罵られようが関係ない。

『己の手で全ての鵺を殺す』。

 それこそが、自分の願望なのだから。








「あのイカレ、またバカみたいに張り切ってるよ」


 ジャックの様子を遠くから見ていた鬼のような女性型の鵺――ピースは呆れたように囁く。

 ……ピースは、魚人型の鵺デザイアと違って、ジャックと戦ったことはほとんどない。

 殺し合いなんて正直面倒なため、いつも鉢合わせしないようのらりくらり回避しているのだ。


(というよりデザイアの奴が真面目つーか要領が悪いんだよ。何回もジャックとやり合っちゃって、もし万が一殺されたらどうするつもりなんだか)


 デザイアは自分のことを臆病だと言うが、ピースからしたらデザイアは考え無さ過ぎだと思う。

 まぁ、少し離れた所に居るクレイジー野郎に比べれば断然まともだが。


「で、アンタはどう思う、ノブレス?」


 ピースは流し目を横に送る。

 その先には、マント状のヒレで全身を覆わせた男性型の鵺が立っていた。


「どう思うと言われましても。奴には一秒でも早く死んで欲しいとしか」


 灰色のマントで包まれた鵺――ノブレスは顔を歪めながらそう返事をする。


「彼は本当にええ。さっさと死んだ方が良いと私は常々思っているのですが、中々死んでくれないんですよ、これが。ええ」


「アンタの『子供』達も奴に殺されまくってるもんね。しかも現在進行形でさ」


「ええ。遺憾ですよ。心の底から、本当に」


 ノブレスの白い顔が大きく歪む。

 それもそれだろう。

 彼こそが、擬鵺を作り出し、擬鵺を統率する主なのだから。

 だが、ノブレスが怒りを感じているのは、正確なところ『自分の作った擬鵺が殺されているから』ではない。

 彼が怒っているのは、『自分の作った擬鵺が「彼女」以外の存在に殺されていること』だ。


「私が鵺としてこの地に誕生してから四十年経ったあの頃。あまりにも退屈でつまらない毎日だった」


 ノブレスは両手で己の白い顔を覆う。

 そして、その状態のまま彼は、


「そんなある日、私はあまりにも美しい『姫』に出逢った」


 当時の事を思い出し、彼は涙を流す。

 それほどまでに、あの出逢いは衝動的だったのた。


「私は緊張のあまり声をかけることすらできず、遠くから見てることしかできなかった。だけど、私は自然とこう思えたんです。『彼女に、私の全てを受け止めて欲しい』と」


 手の向こう側にある表情は笑顔。

 二つの手の平では隠し切れないほど、満面の笑みだった。


「だから!私は!彼女に私を受け入れてもらうために!私の『仔』沢山作った!私の思いの丈を!彼女に認めてもらうためにぃぃぃぃ!!」


 彼は笑顔だ。

 彼にとって一番の思いを語っているのだから、当然といえば当然かもしれない。

 だが、その笑みはあまりにも歪つなもので、口の端もまるで悪魔のそれかのように引き千切れていた。


「この五十年、私は彼女に(あい)を送り、彼女もまた殺意(あい)で返してくれた。だから、私の仔達は、彼女への想いのためだけに存在する。それなのにっ……!」


 ノブレスは度し難い怒りで両手に力を入れ過ぎてしまい、自身の頬と指が吹き飛んでしまった。

 しかし、そんなこと彼は僅かにも気にしない。

 御し切れないほどの怒りゆえに。


「ジャック、ジャック、クソジャック!その仔達はお前が殺していいものじゃない、それらは『姫』に捧げる供物だ!だというのに、お前は私の仔らを殺してしまう。許せない。お前は私の仔達に貪り殺されてくれればそれでいいんだよ、カス!!」


 ノブレスは崩れかけた顔面のまま、大きく叫び声を上げる。


「ねぇ、貴女もそう思――おや?」


 顔からグチュグチュと再生の音を鳴らしながら、マント状のヒレを纏う鵺は顔を傾げる。

 ピースが居ない。

 さっきまですぐ側に居たはずの鬼女が、跡形もなく消えている。

 ノブレスが熱く語っている内に、どこかに行ってしまったようだった。


「……まぁ、いいでしょう。私の五十年分の想いは誰かに聞かせるものではなく、私と彼女のためだけにあるのだから」


 ノブレスは独りで笑う。

 自分の想いなど、他人には理解できやしない。

 理解できるのは、自分と『彼女』だけだ。






「ノブレスもノブレスで、一人で勝手にトリップするのが鬱陶しいんだよなぁ……」


 鬼のような鵺ピースは一人愚痴っぽく呟きながら、樹々の間をのんびりと歩く。


「ノブレスに比べればジャックの方がまだマシか。命狙ってくる点はいただけないが、会話はできるしな、アイツ」


 ――ピースは他者との交流が好きだ。

『こういう奴も居るんだな』と思うと、なんとなく心が豊かになる感覚がしてくる。


「会話できるって意味では、デザイアの奴が一番話が通じるが、あいつも()()()()()()()()()()()()()()()とかいう中々ぶっ飛んだ願望持ってるしなぁ」


『ま、そこが面白いんだけどな』。

 そのことは口には出さず、一人の鬼女は霧の中を歩き続けた。




 さてさてさて。

 一番面白いのはどの選択だ?

 一番面白いのは、どの道だ?

 ピースは心の底から求める。

 最も自分の心を豊かにし、興奮させてくれるそんな『何か』を。







 ――ただ、己が悦楽のために傍観する者。

 ――ただ、己が羨望のために生きる者。

 ――ただ、己が我欲のために創る者。

 ――そして、ただ己が願望のために殺す者。




 心の赴くまま、怪物共は火花を散らして殺し合う。

 しかし。

 何もスポット(ここ)に居る怪物は、彼らだけではなかった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――

ノブレス

挿絵(By みてみん)


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